最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦 -8ページ目

最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦

このブログは、私SPA-kが傾倒するギリシャ哲学によって、人生観と歴史観を独断で斬って行く哲学日誌です。
あなたの今日が価値ある一日でありますように

「どんな標的に対しても私的な恨みはない」

それが私の仕事に対する私の矜持だった。
絶対に足が付かない自信はあったが、「殺意の否定」は単なる自己弁護か?と、引き金を引く直前はいつも欺瞞的になる。
感傷的だから職務に忠実なのか、職務に忠実だから感傷的なのかは解らない。

だが…依頼を受けたからには私は躊躇わなかった。

しかし、今回だけは勝手が違う。

私の意思である。

いや、正確には「私の意思でもある」だ。

飛行機を乗り継いで訪ねて来た碧い目の若者よ、全財産を賭して私を雇おうとした老紳士よ!
案ずるな。

「私も同じ気持ちだ。」

森は身を隠すのに最適だが、完全に管理された人工の森ではガラス張りと変わらない。
事前に職員を買収して「その日」に備えている。

あぁ、私みたいな穢れた生業の者は、四六時中、弾倉を入れ替えては引き金を引いてるとお思いでしょうが、それは多いなる誤解だ。
私達の仕事の殆どは「調査と準備」なんですよ。

いつ、何処に標的が現れるか?その情報がどれだけ正確か?を丹念に調べること。
次に場所と時間を絞ったら、獲物の準備だ。「どの相棒をどう使うか?」これもまた大切な時間だ。
そして逃走経路の確保を事前にしておくことも重要だ。

これらを全てクリアした時に私は身を潜め照準器を見つめながら「その時」を待つ。
勿論、100パーセントの情報なんてない。今日が明日になることもザラだ。
そう、私がこのゴルフ場に潜入してから10日が経過したのもその為だ。
それは情報が不正確だって?
いいや、狙撃手はそれが最も可能性が高いと判断すれば、何日でも待つさ。何日でもな。

だが…私の判断が正しいかを鈍らせるのがさっき述べた「私怨」だ。
私自身が撃ちたいと思ってしまっている。

真田幸村は、八方塞がりの大阪城夏の陣で、徳川家康の首を討りに出た。
もう、それしか策が無かったからだ。
刀を投げつけ、徳川の馬印が倒れたという。
その刀、村正は妖刀と呼ばれ、幸村は英雄視された。だが、それは失敗したからだ。

私に名声は要らない。
冷徹な実行力だけがほしい。

電動カートから奴が降りた瞬間が最大のチャンス!
引き金を引こうとしたその時、突撃取材のメディアが奴に声をかけ邪魔された。

…この現場はここで終りか。

優秀な実業家ではなく醜悪な支配者として消したいんだよ。
私からのプレゼントを待っててくれよ、ミスタープレジデント
こちらは後編です。
前編を読まれていない方は前の記事をお読みくださいませ。
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別になにも変わらない日が続いた。
どうやら私達四人以外に
「願いを叶えてくれる使者」
の夢を見た者の話は聞かず、日常は過ぎていった。

夢はただの夢として終わるのかと思った一週間後…。

「あさひ、幸成、博司、私やったよー!」

何気ない朝の教室に響く奏の喜ぶ声。
世界征服を願った彼女の夢が叶ったにしては、下々の私達に変化はございませんが!?

「これ見てよ!この前応募したコンクールの結果が来たの!」

「ワールドユニフォームデザインコンテスト?
ええと…CAの制服部門で奨励賞!凄いじゃない!」

「へへん、そりゃグランプリや優秀賞にはほど遠いけど、世界同時募集のこのコンクールでただの女子高生の私がこの結果だよ!もう嬉しかった~。」

「おぉ~世界一のデザイナーの誕生の瞬間か?」

「うん、まだまだこれからなんだけど…。道が拓けたっていうか…。ほら、私の親進路に反対してたし。」

「奏さんは喜ばしい結果ですが、僕は不甲斐ない結果で…。」

対照的に低いテンションなのは博司。地球の支配者にはほど遠い。

「今のままでは医学部は無理だと。歯学部に変更した方が良いと予備校から言われたよ…。」

「そっかぁ、博司ほど成績優秀でも医者って難しいんだね。」

「でも、何だか解放された気もします。すっきりとした気持ちで歯学部合格に頑張れそうで。」

「おぉ~前向き~!」

「あれ?なんか可笑しいね。博司は『支配者』から『歯医者』だもんね。」

「ダジャレかよ!」

「それを言うなら奏さんも『世界征服』が『ワールドユニフォーム』だから…『世界制服』じゃないですか!」

「苦しいなぁ…。」
「お前勉強のし過ぎでお笑いセンスないなあ…。」

現実的な舵切りに安心する日常。『使者』はどうやら少しずつ『ズレて』願いを叶えてくれたみたいだ。じゃあ、幸成の『独裁者の妻を貰う』は?『私の核のボタンは?』

放課後、真剣な表情で幸成は私を呼び出した。
でも…私への告白じゃなかった…。

「なぁ、あさひ。俺、本当はお前の妹のまひるちゃんが好きだ!教室の四人の友情がギクシャクしないかと心配で…。」

「口の悪い妹だけどよろしくお願いします。」

畜生、「毒妻者」かよ!

帰宅したら私宛の小包が。『核の牡丹』かよ!
この牡丹を育て上げたら世界を滅ぼせるかなぁ?完
「使者よ…願わくば…

『永遠の命』なんて虚しいだけよ!
やっぱり独裁者よ!世界征服だわ!地球の支配者にさせて!私の胸三寸で核のボタンを操るのよ!さぁ、使者よ!私に核のボタンを与えなさい!!」
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「あさひ!まひる!起きなさ~い!遅刻するわよ~!」

そこで夢は終わり、私は現実に戻された。
「お姉ちゃん、また夜中までゲームしてたんでしょ?せめてオンラインでいい男見つけたら?」
「あんたみたいに朝帰りするくらいなら、男なんて要らないわよ!」

…全く。同じ双子なのに、毒舌の妹ばかり何故モテる?
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テレビニュースを見ながら一家四人の朝食。
「まぁ、差出人不明の『植物の種』ですって。怖いわねぇ…。」

「タダでくれたなら育ててみてから捨てても悪くないな。」

「やめてよパパ!麻薬の種とかだったら逮捕されちゃうよ。」

のんびり屋さんのパパと、おっとり屋さんのママ。
毒舌家の妹まひるに、ごくごく平凡だけど危険な空想?が趣味な私あさひ。こんな家族に私の夢の相談なんて出来ず…。
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「ウソー!?私も同じ夢みたよ!『使者』が願いを言えって。」

「俺も!」

「僕もです!」

男女仲良し4人組みがまさか同じ夢を見た奇跡!あり得ない力が働いてるとしか思えないわ…。

で…奏(かなで)は何てお願いを?
「あたし達親友だから、夢の中でもあさひと同じよ。世界征服って言っておいたわ!まぁ、現実的にはデザイナーになれたらいいんだけどね~。はぁ、この前応募したコンクールで良い結果でないかな~?」

「僕もこの世の支配者になりたいと願いました。まぁ、願いは願い、夢は夢で地道な努力とは別です。医学部に合格したい気持ちは変わりません。」

「博司が支配者なんて言い出すなんてな!俺の夢だけちょっと違うんだよな~?」

「幸成(こうせい)は何て?」

「『極上の妻が欲しいって願ったんだ。』そしたら、使者が『汝は独裁者の夫となろう』って…。」

「ウソ?じゃあ、幸成は私かあさひちゃんと結婚するってこと!?だって、私は世界征服で、あさひちゃんも核のボタンだよ!?しかも四人が同じ『使者』の夢を見るなんて…。」

「ないない、私と幸成だなんてー!なんであんただけ結婚願望なのよー!四人で地球を分割しようよ~?」

…内心嬉しかった。奏ちゃんの可能性があるにしても、私が独裁者で幸成がその夫。あり得ない空想に魅惑のエッセンスが加味された。