「どんな標的に対しても私的な恨みはない」
それが私の仕事に対する私の矜持だった。
絶対に足が付かない自信はあったが、「殺意の否定」は単なる自己弁護か?と、引き金を引く直前はいつも欺瞞的になる。
感傷的だから職務に忠実なのか、職務に忠実だから感傷的なのかは解らない。
だが…依頼を受けたからには私は躊躇わなかった。
しかし、今回だけは勝手が違う。
私の意思である。
いや、正確には「私の意思でもある」だ。
飛行機を乗り継いで訪ねて来た碧い目の若者よ、全財産を賭して私を雇おうとした老紳士よ!
案ずるな。
「私も同じ気持ちだ。」
森は身を隠すのに最適だが、完全に管理された人工の森ではガラス張りと変わらない。
事前に職員を買収して「その日」に備えている。
あぁ、私みたいな穢れた生業の者は、四六時中、弾倉を入れ替えては引き金を引いてるとお思いでしょうが、それは多いなる誤解だ。
私達の仕事の殆どは「調査と準備」なんですよ。
いつ、何処に標的が現れるか?その情報がどれだけ正確か?を丹念に調べること。
次に場所と時間を絞ったら、獲物の準備だ。「どの相棒をどう使うか?」これもまた大切な時間だ。
そして逃走経路の確保を事前にしておくことも重要だ。
これらを全てクリアした時に私は身を潜め照準器を見つめながら「その時」を待つ。
勿論、100パーセントの情報なんてない。今日が明日になることもザラだ。
そう、私がこのゴルフ場に潜入してから10日が経過したのもその為だ。
それは情報が不正確だって?
いいや、狙撃手はそれが最も可能性が高いと判断すれば、何日でも待つさ。何日でもな。
だが…私の判断が正しいかを鈍らせるのがさっき述べた「私怨」だ。
私自身が撃ちたいと思ってしまっている。
真田幸村は、八方塞がりの大阪城夏の陣で、徳川家康の首を討りに出た。
もう、それしか策が無かったからだ。
刀を投げつけ、徳川の馬印が倒れたという。
その刀、村正は妖刀と呼ばれ、幸村は英雄視された。だが、それは失敗したからだ。
私に名声は要らない。
冷徹な実行力だけがほしい。
電動カートから奴が降りた瞬間が最大のチャンス!
引き金を引こうとしたその時、突撃取材のメディアが奴に声をかけ邪魔された。
…この現場はここで終りか。
優秀な実業家ではなく醜悪な支配者として消したいんだよ。
私からのプレゼントを待っててくれよ、ミスタープレジデント
了