「反戦運動と好戦派議員の暗殺依頼。」
その二つが別物とは頭では理解出来ていたが、具体的に「関係ない」と断言出来ない私がいた。
英才さんが亡くなることで得られる平和。
それはあるかもしれない。
でも、それが導く悲しみや混乱も確かにあるわけで、骨川コンツェルンの成長による経済や環境の負の側面もあり、私の父が構築した数学の論文さえも戦争の道具になる。
達観しきった体で喋るクリスティーネさんと、感情のままに否定する社長秘書の河井さん。
私はこのどちらとも違うと思っていたい…。
ただ、逆の立場で、英才さんが『彼』の殺害依頼をしたとしたら、私は今より冷静に居られるだろうか…?
「いいえ!骨川社長。お言葉ですが黙っていられません!
会社ぐるみでテロ支援とか、自国の政治家を狙撃依頼するなどと…容認出来るはずもありません!」
なおも激昂する河井さんに、冷めた視線を投げ掛けるクリスティーネさん。
感情的な実兄の取り扱いに慣れた妹さんは年令不相応な冷徹さだった。
「別に…。社長の私費でいいのよ。
たんまり儲けてるんでしょ?こんな戦時下だから余計にさ?」
「貴女、どこまで私達を馬鹿にすれば…!」
「あんたみたいに、秘書ごときが会社の力を自分の力と思った思い上がりが、世界戦争を加速させるのよ!あんたと出木杉英才とは良く似て…。」
「黙りなさい!」
と、河井さんが平手を振りかぶったところで、骨川さん彼女を制止した。
「部下の非礼は社長の僕が謝罪しよう。
今日はこれで帰ってくれ。
結論としては、骨川コンツェルンとしては英才の暗殺は到底容認出来ない。
勿論、一個人なら『検討の余地はあると言っておこう』
…その時は全ての責任を取り、社長の座は弟の周音嗣(すねつぐ)に譲るけどね。」
「社長…!」
「河井くん、君は勿論、僕だけに付いて来てくれるよね?」
「はっ、はい…。勿論であります!学生の頃からの熱烈なアプローチで、入社を奨められたことは、河井伊奈子に取って、見に余る光栄。社長が社長でなくとも私は…。」
やっぱり…。
河井秘書の忠誠心は度を越してると思っていたが、まさかね…。私達の小学校の別クラスに居たあの河井さんだったとは驚きだわ。女子受けは悪かったから知らないけど…。
「そう…。」
とだけ言ってクリスティーネさんが踵を返そうとした時、彼女の携帯が鳴った。彼女の兄からだ。
「妹よ!俺は上官の奴隷じゃないっつーの」
続
確かに彼は地元の中学に進学しなかった。不思議だな?と思っていたら、一家全員が突然居なくなっていた。
勿論、小学校高学年くらいから、彼は休みがちになり、私達と交流しなくなってしまった。
そう、私達で封印したブルーキャットの4本の鍵の一つを持って…。
彼に会えない限り、いえ、私達四人全員の同意がない限り、ブルーキャットを完全復活することは出来ない。
だから英才さんがどんなに私を脅迫しようとも、ブルーキャットの「未来テクノロジー」を軍事利用することは不可能なんだけど…。
****
「率直にどう思うの?源(みなもと)さんは?」
「これだけでは何とも…。
でも、grass runner (草原を駆ける者)を名乗るなら、ヨーロッパに伝承される妖精に習って、植物を愛する彼らしいけど、glass(ガラス)って…。彼らしいスペル間違いか、彼の眼鏡(glasses )を象徴してるのか…。
ただ、私はやっぱり彼がテロリストや狙撃手に身を堕とすなんて考えられないわ。
運動も苦手なのに…。」
「冷酷な狙撃手glass runnerは、子供には優しくて、スラム街の少年少女に日本の『あやとり』を教えたって、ネットの噂があるほどよ!」
「そんな…まさかホントに…!?」
「何の取り柄もない彼でも、『あやとり』、『射撃』、そして『漫画の批評』は天才的…だったっけ?」
「そうね…。それだけはブルーキャットに頼らなくても、彼自身の能力よ!でも、それだけじゃない!植物を愛する心や、他者の気持ちに敏感で、一緒に喜んで、一緒に悲しんでくれる青年になってるだろうって、私のパパも言ってたもん!」
「…源 静香(みなもと しずか)さんに女友達が居ない理由が良く解ったわ!
貴女なら解ってくれると思ったのに!
いいわ、『彼』じゃなくても、私の世界中の絵師仲間の『ラフレシア同盟』でglass runner とコンタクトを取り、彼を雇うわ!
ターゲットは…主戦派議員の出来杉英才(できすぎひでとし)よ!」
「待って!話が飛躍し過ぎよ!反戦運動の為に骨川コンツェルンと絵師のクリスティーネさんが協力するかの話でしょう?
義賊の狙撃手が彼かどうか以前に、テロを肯定しないで!」
「源さんの言うとおりです!社長の幼友達の妹さんとはいえ、我が骨川コンツェルンが会社ぐるみでテロ支援など言語道断!社長秘書の私が許しません!出ていきなさい!」
「河井くん、落ち着いて」
続
勿論、小学校高学年くらいから、彼は休みがちになり、私達と交流しなくなってしまった。
そう、私達で封印したブルーキャットの4本の鍵の一つを持って…。
彼に会えない限り、いえ、私達四人全員の同意がない限り、ブルーキャットを完全復活することは出来ない。
だから英才さんがどんなに私を脅迫しようとも、ブルーキャットの「未来テクノロジー」を軍事利用することは不可能なんだけど…。
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「率直にどう思うの?源(みなもと)さんは?」
「これだけでは何とも…。
でも、grass runner (草原を駆ける者)を名乗るなら、ヨーロッパに伝承される妖精に習って、植物を愛する彼らしいけど、glass(ガラス)って…。彼らしいスペル間違いか、彼の眼鏡(glasses )を象徴してるのか…。
ただ、私はやっぱり彼がテロリストや狙撃手に身を堕とすなんて考えられないわ。
運動も苦手なのに…。」
「冷酷な狙撃手glass runnerは、子供には優しくて、スラム街の少年少女に日本の『あやとり』を教えたって、ネットの噂があるほどよ!」
「そんな…まさかホントに…!?」
「何の取り柄もない彼でも、『あやとり』、『射撃』、そして『漫画の批評』は天才的…だったっけ?」
「そうね…。それだけはブルーキャットに頼らなくても、彼自身の能力よ!でも、それだけじゃない!植物を愛する心や、他者の気持ちに敏感で、一緒に喜んで、一緒に悲しんでくれる青年になってるだろうって、私のパパも言ってたもん!」
「…源 静香(みなもと しずか)さんに女友達が居ない理由が良く解ったわ!
貴女なら解ってくれると思ったのに!
いいわ、『彼』じゃなくても、私の世界中の絵師仲間の『ラフレシア同盟』でglass runner とコンタクトを取り、彼を雇うわ!
ターゲットは…主戦派議員の出来杉英才(できすぎひでとし)よ!」
「待って!話が飛躍し過ぎよ!反戦運動の為に骨川コンツェルンと絵師のクリスティーネさんが協力するかの話でしょう?
義賊の狙撃手が彼かどうか以前に、テロを肯定しないで!」
「源さんの言うとおりです!社長の幼友達の妹さんとはいえ、我が骨川コンツェルンが会社ぐるみでテロ支援など言語道断!社長秘書の私が許しません!出ていきなさい!」
「河井くん、落ち着いて」
続
「お待ちしておりました、社長。」
都心から車を走らせ、辿り着いた農家で待ち受けていた秘書の様な女性。
会社の施設であることをカモフラージュする為かと思ったら、本当に彼女の実家だそうだ。
「僕は家族ぐるみで会社に貢献する者を優遇する節があるからね。
役員連中からは苦言を受けるけど、氏素性の知れない者はやはり重要なミッションに採用出来ないよね。」
「社長の社員を思う深いお志が理解されないのは残念ですが、忠誠心がふるいにかけられて私は満足ですわ。」
笑顔で農家の奥に案内する秘書の女性。
彼女の両親達と思われる年配の男女がお辞儀すると、床にある大きな扉を二人がかりで開きはじめた。
「地下室?」
「ええ、社長が我が家を選んでくださって大変光栄でございます。
世界有数のシェルター機能を備えた秘密会議室でございます。」
おそらくは茨城県辺りにある農家然とした家屋の地下が、天下の骨川コンツェルンの秘密会議室になっていたのは驚きだ。しかも秘書の女性の実家で彼女達は平事も有事もここで暮らし続けているのだ。
骨川さんは怖がりな部類の男性で、それは「彼」と似ている部分でもあったが、骨川さんは「警戒心」というか「安全管理」「リスク軽減」という方面に上手くそれを昇華していると私は感じた。
それに比べて未だに行方不明な「彼」は恐怖そのものに押し潰されたままなのだろうか?「ブルーキャット」を私達四人で封印せざるを得ない道を選んだ私達の中で、一緒に生活していた彼が最もダメージが大きかったのは十分に理解出来るが…。
「クリスティーネ剛田さんがお待ちです。」
地下室の階段を降りて扉を開くと、深紅のベレー帽を被った女性が待っていた。
「お久しぶり!会いたかったわ源さん。
流石は骨川さんね。
本当に源さんを連れて来てくれるなんて。」
「あの…クリスティーネさん。申し訳ないけど私、は未だに『彼』の情報は何も…。」
「そんなのアテにしてないわよ!私が期待してるのは数学者としての貴女よ。
この写真を見てよ。」
見せられたのは、銃弾に倒れた兵士や政治家の目を覆いたくなるような写真だった。
「これが何?」
「世界中に居る私の絵師仲間で今、話題になってる狙撃手の仕業よ。
狙われた人物や、狙撃のクセを源さんに調べてほしいの。」
「どうして私が?」
「この狙撃手の通り名は『glass runner 』(ガラスの走者)って言うの」
続く
都心から車を走らせ、辿り着いた農家で待ち受けていた秘書の様な女性。
会社の施設であることをカモフラージュする為かと思ったら、本当に彼女の実家だそうだ。
「僕は家族ぐるみで会社に貢献する者を優遇する節があるからね。
役員連中からは苦言を受けるけど、氏素性の知れない者はやはり重要なミッションに採用出来ないよね。」
「社長の社員を思う深いお志が理解されないのは残念ですが、忠誠心がふるいにかけられて私は満足ですわ。」
笑顔で農家の奥に案内する秘書の女性。
彼女の両親達と思われる年配の男女がお辞儀すると、床にある大きな扉を二人がかりで開きはじめた。
「地下室?」
「ええ、社長が我が家を選んでくださって大変光栄でございます。
世界有数のシェルター機能を備えた秘密会議室でございます。」
おそらくは茨城県辺りにある農家然とした家屋の地下が、天下の骨川コンツェルンの秘密会議室になっていたのは驚きだ。しかも秘書の女性の実家で彼女達は平事も有事もここで暮らし続けているのだ。
骨川さんは怖がりな部類の男性で、それは「彼」と似ている部分でもあったが、骨川さんは「警戒心」というか「安全管理」「リスク軽減」という方面に上手くそれを昇華していると私は感じた。
それに比べて未だに行方不明な「彼」は恐怖そのものに押し潰されたままなのだろうか?「ブルーキャット」を私達四人で封印せざるを得ない道を選んだ私達の中で、一緒に生活していた彼が最もダメージが大きかったのは十分に理解出来るが…。
「クリスティーネ剛田さんがお待ちです。」
地下室の階段を降りて扉を開くと、深紅のベレー帽を被った女性が待っていた。
「お久しぶり!会いたかったわ源さん。
流石は骨川さんね。
本当に源さんを連れて来てくれるなんて。」
「あの…クリスティーネさん。申し訳ないけど私、は未だに『彼』の情報は何も…。」
「そんなのアテにしてないわよ!私が期待してるのは数学者としての貴女よ。
この写真を見てよ。」
見せられたのは、銃弾に倒れた兵士や政治家の目を覆いたくなるような写真だった。
「これが何?」
「世界中に居る私の絵師仲間で今、話題になってる狙撃手の仕業よ。
狙われた人物や、狙撃のクセを源さんに調べてほしいの。」
「どうして私が?」
「この狙撃手の通り名は『glass runner 』(ガラスの走者)って言うの」
続く