最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦 -40ページ目

最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦

このブログは、私SPA-kが傾倒するギリシャ哲学によって、人生観と歴史観を独断で斬って行く哲学日誌です。
あなたの今日が価値ある一日でありますように

ニュースを見終わった伸太さんは無言で立ち上がり、ふいに私に向かって「来なよ」とだけ言った。
思わず私は「はっ、はい。」と言ってしまい、拒否することも質問することも出来なかった。
ゾウ舎に着いた伸太さんは、観光用の衣装を着けずに、鞍?座席だけを背に固定したゾウを引き出した。
舎内の梯子のある所まで誘導され、私達を優しい目で待つゾウ。
伸太さんは無言で数段梯子を昇ると、振り返り、私を見て静かに頷いた。
私も黙って梯子を昇り、ゾウの背に乗った。
思えば餌やりや掃除の手伝いはしたが、観光客の様にゾウに乗ったことはまだなかった。
星空を眺めながら、伸太さんのこれまでの経緯や今の気持ちを聴けるかな?なんて想像したことはあったが、夕暮れ時のゾウの背の上とは意外だった。

「…母さんが倒れた時にね…」
と、切り出した伸太さん。
直ぐに出来杉さんと剛田さんのニュースに言及しないことは少し嬉しかった。

「そりゃ、悲しかったし、何度も『こんな時ブルーキャットが居てくれたら』って思ったさ…。」

「ごめんなさい!『ポケット』は私が持っていたから…。」

「いや、そうじゃないんだ。
あの時の皆には感謝している。
僕だったら我慢出来なかったと思うから。
問題はそれよりも、僕に取っての『母親役』ってのを考えさせられたってことだよ。」

伸太さんは「お母さん」ではなく「母親役」と言った。それは伸太さんだけでなく、ブルーキャットのを示しているのは直ぐにわかった。
でも私は直ぐに、伸太さんの傍らでインド人の女の子を育てるまる代さんが浮かんだ。

「母さんはいつも僕を心配してくれた。僕がお腹を空かせないように美味しいご飯やおやつを用意してくれ、僕が困らないように、部屋を散らかしたり、悪戯が過ぎた事を叱った。
何よりも僕が勉強出来ないことを叱った。
それは将来、僕が困らない為に必要だったことは十分にわかってる。
ただ…今になって、母さんは『立派になってるであろう理想の僕』を思い過ぎてたのかなぁ?って。インドと伸郎叔父さんから学ぶ内にそう思うようになった。
そして、母さん以上に…その時は『親友』と思ってたけど、ドラ…いや、ブルーキャットはいつも母親の様な気持ちで『今の僕』を見てくれてた。
見て、静香ちゃん。このパソコンに接続出来るメモリースティックがブルーキャットの『記憶』さ。でもこれは僕が10歳までの過去のあいつとの思い出だ。未来には接続しない。」続
「あら出来杉先生、暫く見ないうちにまた一段と男前になりましたなぁ。」

と、料亭の女将は傷だらけになった二人の青年の顔に絆創膏を貼った。
その言葉と真意がどれだけ乖離してるか悟らせないのは、その道のプロたる所以だろうが…

「先生も少しくらい人間臭い所がありませんと、世の中の女から見向きされんようになりますぇ。」

手荒な治療に顔を歪める英才はなおも憮然そうに

「女将、これは他言無用だぞ。」

「はいな、承知しております。巷では閨の話を平気で口外する水商売の女が居てますが、明治創業の老舗のウチを場末のきゃばくらと一緒にしてもらっては困ります。」

「おい、英才!男の約束だぞ。
わかってんだろうな!」

「うん、剛田君…。総理に進言はするさ。
だが正式決定には官僚と閣僚の会議が…。」

「それを何とかするのがお前の仕事だろうが!
素直に『はい』と言えねのか!」

「剛田先生の方は昔とちっとも変わりませんねぇ。
世の母親連中からしましたら、出来杉先生とはまた違った安心感がありますねぇ。」

「女将、誉める時は俺の頭でも解るような言葉を使えっつーの!
いや、それより女将は俺が直ぐに誰か解ったのかよ?」

「お得意様の顔を憶えるのは、この商売の鉄則ですけど、それとは別にウチは『英雄・剛田少年』のファンでしたわ。年甲斐もなく、連日のワイドショーの視聴率に協力させて頂きましたわ。」

「チェッ、女将みたいなのが居るから、俺はプロ野球選手もアイドル歌手の夢も諦めたっつーの!『英雄・剛田少年率いるチームは無念の二回戦敗退!』『英雄・剛田少年はオーディション失格』とかさ!」

「…そのイバラの道を進んでも…守りたいと思ったものがあったんだよね。僕はそれを…。」

「英才、お前だって俺の心の友だ。骨川と源さんのことは俺が取り持つ。」

「でも、剛田君の条件はホントに…。」
「うるせぇ、勝ったものの勝ちだ。」

****

インドで伸太さんに言いたいことも言えないまま一週間。
私はゾウの世話と農作業を手伝い、たくさんのスタッフと仲良くなれた。
まる代さんとはお互いの胸の内をホントに語らないまま『良いお友達』になれたかもしれないと思った時、そのまる代さんからテレビのニュース直ぐに見に来て!と呼ばれた。

インド人キャスターが『好戦派議員の出来杉が遂に防衛大臣に就任。副大臣に同級生を起用の私的人事!』と告げた。剛田副大臣?どうして!?続
源静香がインド滞在中の同時刻。
東京。
****
「いやぁ、よく来てくれたね、剛田海曹。」

「いきなり実家に黒い高級車が停まったと思ったら、『出来杉先生がお待ちです。』だもんな。
こんな赤坂の高級料亭なんて俺には場違いだっつーの!
お前もまだ一年生議員のクセに、どんどん胡散臭い政治家になってくなぁ」

「剛田君に場違いだからこそ、ここに呼んだんだよ。
言うなればホームアドバンテージだね。」

「用件はさっさと言え。
俺が原子力潜水艦をいきなり降ろされたのはおかしいと思ってたんだ。
英才、何を企んでる?」

「ご挨拶だね剛田君。
僕は君をとても評価している。
だからこそ艦内で起きたパワハラを見過ごすことは出来ないんだ。」

「潜水艦の中で『もっとカレーを食べたい』と言っただけで、潜水艦の任務を解かれで自宅待機だもんな。
最初からお前が圧力をかけた猿芝居っつーことか?」

「否定はしない。
率直に言おう。君には潜水艦任務ではなく、沿岸警備の任務を担ってもらう。
日本の海域を最前線で守り、国民に日本の安全と外国の脅威を知らせるには剛田君は適任なんだ!」

「票稼ぎのために『かつての小さな英雄・剛田少年』を担ぎ出したいわけか。
しかも青年議員の出来杉英才と、15年前のテロから当時の総理を守った剛田少年がかつての級友ということを公開すれば、お前の人気はうなぎ登りだな。戦争の肯定派も増えるってわけだ…。
だが…たかが一国会議員のお前に命令される筋合いはねぇぜ!」

「だからこそ…パワハラ問題が効いてくるんだよ。
進澤泉次郎(しんざわ せんじろう)総理には、現防衛大臣の辞職を進言した。
来週には僕が防衛大臣さ!」

「今の総理にはお前程度しか味方がいねぇってのが哀れだぜ…。
防衛大臣はいい。だが、パワハラ問題の筋を通すとすると、俺の先輩や艦長は…。」

「勿論、彼らも表面上は戒告処分を出すが彼らの老後は政府が手厚く保障するよ。」

「先輩はまだしも、俺の恩師である栗林艦長が、お前のそんな茶番に乗ると思うなのよ!」

「それで辞表を出すなら僕は止めやしないよ。」

「…お前…調子に乗るなよ、太郎…!」

「…何?今…なんて?」

「へへっ、大人になっても変わってなくて安心したぜ。鉄仮面のお前も『出来過太郎(できすぎだろう)』だけは禁句だったもんな。
こいよ、我を通したきゃ殴りあいで決めようぜ、太郎ちゃん!」

「言うなー!!」