小さな森の小さなお墓。
気が付けば、私も墓石に手を合わせていました。
名前も顔も知らない異国のお役人さん。
『親友』の銃弾に倒れたということは、恨みこそすれ、悲しみの気持ちは湧かないはずなのに、何故か私は大粒の涙を流していた。
「昔と変わらず優しいね…静香ちゃんは…。」
「…そんな…。伸太さんの優しさには敵わないわ。」
「…だから…ごめん。
『日本には行けない。』
今の僕にはここでの暮らしがあるんだ。」
…はっきりと言われて気持ち良かったです。
昔の彼なら、どっちつかずの態度で私をイライラさせてたでしょう。
昔からの優しさに、私由来じゃない逞しさを兼ね備えた彼は、この遥か異国の地で幸せな家庭を築いていくでしょう。
私と武さんと周音夫さんは戦争と向き合った。
伸太さんは自分が犯した罪と向き合っている。
どちらも目を背けてはいけない現実。
だからこそ時間はかかってもブルーキャットが無事に製造されるような22世紀が創られていくはずよ…。
「…明日、日本に帰るわ…。
今度来る時は、武さんと周音夫さんと三人で…本当にブルーキャットの鍵を開けることが出来るその日まで…。」
「まだこの地を離れられない。
まずは養女のプサディーが大人に…いや、せめて10歳くらいになるまでは…。」
「ドラちゃんも、そんなことで自分を優先してほしくないと思うわ。」
「ごめん、皆は世界を相手にしてるって言うのに…。」
「いいのよ。伸太さんの仕事も立派よ。世界中が伸太さんみたいな人なら戦争も起きないわ!
ありがとう、伸太さん。
…でも、たった一つ、私からのお願い。…」
ゾウが私達の一部始終を見ていたかと思えば恥ずかしいですが、私は構わず目を閉じました。
伸太さんは背も伸びていたので、私は少し上を向いていました。
お互いにぎこちなく重ね合う口唇に、不思議な安心感と少しの罪悪感を感じながらも、離れることを暫く許さなかったのは私の方でした…。
****
「帰る前にまた芋煮を頂いていい?」
「うん、静香ちゃんは随分気に入ってくれたみたいで嬉しいよ。」
「相手の気持ちが解る、心の芋なんてウソよね。食べて解ったのは、正直な私の本心よ!」
「ドゥル芋は、相手に食べさせても、自分が食べても気持ちが通じるとされてるからね。
出来杉が此処に来てくれたらご馳走するのになぁ。」
「うん、ついでに大統領と総理も呼んだら…それだわ!」続
「僕は人を殺した。
引き金を引いたから。」
淡々と話す伸太さんに寒気を感じた。
既に私から遥か遠くに行ってしまった彼が、もう二度と私の傍に戻ってこないんじゃないかという不安から来る寒気だ。
「で、でも、町の役人を撃ったなんて…。だったら何故、今も伸太さんは平時と同じ生活を!?」
「本当の苦しみはその後からだったよ。
誰も僕を責めなかった。叔父さんとまる代は勿論、村のみんなも。亡くなった彼の同僚でさえもだ!」
「同じお役人さんまで?つまり罪に問われなかったってこと!?」
「うん、役所の連中からすれば、出世レースのライバルが消えて喜ばしいことだったそうだ。
その日を境に、職業の表裏を問わず、『スカウト』が押し寄せたよ。静香ちゃんが来る前日にもね。」
「伸太さんの射撃の腕を欲しがったのね。」
「殺し屋や用心棒をやるつもりはなかったけど、軍隊には入隊したい気持ちはあったよ。
僕は…あの日の自分の弱さが心底嫌になったからね。自分を叩き直したい気持ちはあった。」
「伸太さんが弱い?大切なまる代さんと叔父さんを守って、十分に強いわよ!」
「でも、あの男の命を守れなかったんだ。
二発も撃ってしまってたんだよ。眉間と心臓にね…。
足や手に撃っておけば…と今も夜中にうなされることはあるよ。」
「そ、それは、まる代さん『だから』守りたかったのかしら!?」
「……。」
「……。」
「や、やだ…ごめんなさい、失礼よね、こんな質問。何年も会ってないのに私なんかがいきなり…。」
「…農場には、元軍人もたくさん手伝いに来てくれてる。
イモ作りとゾウの世話が、戦場での辛い経験を癒してくれるらしい。」
「聞いたことがあるわ。心理療法の一環ね。」
「僕は彼らに鍛え上げてもらうことにした。本当の強さがわかるまでね。
そして去年、ここで僕はプサディーに出会ったんだ。」
話の途中で静かな森に入っていたことに今、気付いた私。
そこには長細い石が土に埋められていた。
「…お墓?まさか…?」
「うん、日本流のこの埋葬が正しいか解らないけど、僕らなりに彼をここに葬ったんだ。そして去年、ホントにここに、プサディーが捨ててあったんだ。
まる代は僕以上に歓喜したよ。『遂に私達は神に許された』ってね。
お互いの気持ちを確かめ合う前に、あの子を授かったから…好きとか…正直わからないんだ…。」
「嫌いな人はやっていけないと思うわ。」続
引き金を引いたから。」
淡々と話す伸太さんに寒気を感じた。
既に私から遥か遠くに行ってしまった彼が、もう二度と私の傍に戻ってこないんじゃないかという不安から来る寒気だ。
「で、でも、町の役人を撃ったなんて…。だったら何故、今も伸太さんは平時と同じ生活を!?」
「本当の苦しみはその後からだったよ。
誰も僕を責めなかった。叔父さんとまる代は勿論、村のみんなも。亡くなった彼の同僚でさえもだ!」
「同じお役人さんまで?つまり罪に問われなかったってこと!?」
「うん、役所の連中からすれば、出世レースのライバルが消えて喜ばしいことだったそうだ。
その日を境に、職業の表裏を問わず、『スカウト』が押し寄せたよ。静香ちゃんが来る前日にもね。」
「伸太さんの射撃の腕を欲しがったのね。」
「殺し屋や用心棒をやるつもりはなかったけど、軍隊には入隊したい気持ちはあったよ。
僕は…あの日の自分の弱さが心底嫌になったからね。自分を叩き直したい気持ちはあった。」
「伸太さんが弱い?大切なまる代さんと叔父さんを守って、十分に強いわよ!」
「でも、あの男の命を守れなかったんだ。
二発も撃ってしまってたんだよ。眉間と心臓にね…。
足や手に撃っておけば…と今も夜中にうなされることはあるよ。」
「そ、それは、まる代さん『だから』守りたかったのかしら!?」
「……。」
「……。」
「や、やだ…ごめんなさい、失礼よね、こんな質問。何年も会ってないのに私なんかがいきなり…。」
「…農場には、元軍人もたくさん手伝いに来てくれてる。
イモ作りとゾウの世話が、戦場での辛い経験を癒してくれるらしい。」
「聞いたことがあるわ。心理療法の一環ね。」
「僕は彼らに鍛え上げてもらうことにした。本当の強さがわかるまでね。
そして去年、ここで僕はプサディーに出会ったんだ。」
話の途中で静かな森に入っていたことに今、気付いた私。
そこには長細い石が土に埋められていた。
「…お墓?まさか…?」
「うん、日本流のこの埋葬が正しいか解らないけど、僕らなりに彼をここに葬ったんだ。そして去年、ホントにここに、プサディーが捨ててあったんだ。
まる代は僕以上に歓喜したよ。『遂に私達は神に許された』ってね。
お互いの気持ちを確かめ合う前に、あの子を授かったから…好きとか…正直わからないんだ…。」
「嫌いな人はやっていけないと思うわ。」続
『記憶』
それは『心』とも『魂』とも明らかに別物だった。
伸太さんの思いを伝えることも、ブルーキャットから返事を得ることも出来ない。
私達は伸太さんに酷な責任を押し付けたのだろうか?
淡々と話しながらゾウを操る伸太さんの急成長ぶりに私は言葉を失った。
「出来杉もジャイアンも…随分変わったみたいだね…。静香ちゃんと周音夫はそのままのようだけど。」
と、不意に先ほどのニュースの話を振られ、思わず私は…。
「一番変わったのは伸太さんよ!
武さんが副大臣に就任したのは、出来杉さんを止めたい一心だと信じたいわ!
その出来杉さんだって、今の戦争が世界を良くすると信じてるのよ!
みんな…ドラちゃんが居ない現実の中で必死やってるわ!
だから伸太さんの力を借りたくて私はインドまで来たのに!」
「僕が出来杉にしてやれることなんて…。」
「でも、何もしなければ、戦禍は広がって、それこそ平和な22世紀は訪れないし、ブルーキャットは生まれてこないわ!
伸太はそれでいいの?
インドの田舎で幸せに暮らしてたら、もうドラちゃんに会えなくてもいいの?私は嫌よ!」
「…世界を平和にすることと、ブルーキャットに再会すること。二つ別々の目的が一つに繋がってるんだもんね。しかも『平和な世界』なんて抽象的だもんね…。」
「そうだけど…。
インドで自分だけ安穏と暮らす伸太さんには解らないのよ!
じゃあ、末永く、まる代さんとお幸せになってればいいでしょ!
もう降ろしてよ!」
「……。」
「……。」
お互いに暫くの沈黙が続き、辺りを見回しながらゾウを操る伸太さん。ゾウを停車させれる場所を探してるみたいだった。
その時…。
「戦争の爪痕はこんな田舎町にも確実に来てるよ。
三年前にね、地方役人が開戦を理由に不当な名目の税を要求して来たんだ。
早い話が賄賂だね。」
「難癖をつけて私腹をって話?どこの国も同じね。」
「その時、伸郎叔父さんは断固拒否したんだ。」
「大丈夫だったの?」
「うん、賄賂を拒否しても、留置所という『別荘』に数日泊まらされるだけさ。叔父さんも何度か入ってる。
そして面子を潰された役人は村人から笑い者にされ、違う役人が配置されるってわけさ。」
「それで?」
「でも、当時まだ、事情を知らないまる代は、叔父さんが連行されると思って、台所の包丁で役人を刺そうとしたんだ。咄嗟に僕は、それより先に銃で役人を撃ったんだ」続
それは『心』とも『魂』とも明らかに別物だった。
伸太さんの思いを伝えることも、ブルーキャットから返事を得ることも出来ない。
私達は伸太さんに酷な責任を押し付けたのだろうか?
淡々と話しながらゾウを操る伸太さんの急成長ぶりに私は言葉を失った。
「出来杉もジャイアンも…随分変わったみたいだね…。静香ちゃんと周音夫はそのままのようだけど。」
と、不意に先ほどのニュースの話を振られ、思わず私は…。
「一番変わったのは伸太さんよ!
武さんが副大臣に就任したのは、出来杉さんを止めたい一心だと信じたいわ!
その出来杉さんだって、今の戦争が世界を良くすると信じてるのよ!
みんな…ドラちゃんが居ない現実の中で必死やってるわ!
だから伸太さんの力を借りたくて私はインドまで来たのに!」
「僕が出来杉にしてやれることなんて…。」
「でも、何もしなければ、戦禍は広がって、それこそ平和な22世紀は訪れないし、ブルーキャットは生まれてこないわ!
伸太はそれでいいの?
インドの田舎で幸せに暮らしてたら、もうドラちゃんに会えなくてもいいの?私は嫌よ!」
「…世界を平和にすることと、ブルーキャットに再会すること。二つ別々の目的が一つに繋がってるんだもんね。しかも『平和な世界』なんて抽象的だもんね…。」
「そうだけど…。
インドで自分だけ安穏と暮らす伸太さんには解らないのよ!
じゃあ、末永く、まる代さんとお幸せになってればいいでしょ!
もう降ろしてよ!」
「……。」
「……。」
お互いに暫くの沈黙が続き、辺りを見回しながらゾウを操る伸太さん。ゾウを停車させれる場所を探してるみたいだった。
その時…。
「戦争の爪痕はこんな田舎町にも確実に来てるよ。
三年前にね、地方役人が開戦を理由に不当な名目の税を要求して来たんだ。
早い話が賄賂だね。」
「難癖をつけて私腹をって話?どこの国も同じね。」
「その時、伸郎叔父さんは断固拒否したんだ。」
「大丈夫だったの?」
「うん、賄賂を拒否しても、留置所という『別荘』に数日泊まらされるだけさ。叔父さんも何度か入ってる。
そして面子を潰された役人は村人から笑い者にされ、違う役人が配置されるってわけさ。」
「それで?」
「でも、当時まだ、事情を知らないまる代は、叔父さんが連行されると思って、台所の包丁で役人を刺そうとしたんだ。咄嗟に僕は、それより先に銃で役人を撃ったんだ」続