最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦 -30ページ目

最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦

このブログは、私SPA-kが傾倒するギリシャ哲学によって、人生観と歴史観を独断で斬って行く哲学日誌です。
あなたの今日が価値ある一日でありますように

「行こうか…。」
と、だけ言ってハンバーガーショップを後にした長秋とブリジット。

向かう先は勿論、長秋が勤務する総合病院。
会議室でのプレゼンの時間には10分遅れたが、そんな事は気にせず、長秋は力強く話しはじめた。

このプレゼンで自分の主張が全て通るはずがないことは百も承知だった。
医療の機械化を推し進め、医師の領域をより狭くしようとする連中は、ただ長秋を晒し上げたいに過ぎない。
アンドロイドのブリジットも十分に理解していた。
それでも秘書として長秋の支持に従い、自分の背中とケーブルで繋がれたスクリーンに、資料を映し続けた。

そして長秋は語った。

「私は何も機械の全てを否定してるわけではありません。
技術の進歩により、誤診、手術ミス、薬の処方ミスを防げるばかりではありません。ナースをはじめ、医療スタッフの過労や激務、それらが引き起こす作業クオリティの低下も軽減されることでしょう。
だが、私が憂慮するのは患者の治療方針をも人工知能を持つアンドロイドが判断するということです。
では誰が治療方針を決定付けるか?診断した人間の医師か?
違う!治療方針を決めるのは医師の説明を受けた患者様自身が決定することだ。

真の不幸とは人間の医師や人工知能を持ったアンドロイドに関係なく、己の大切なことを

『考えることを放棄して、誰かに決めてもらう』ということだ。


幸いにも、この病院、この国はおろか、世界にも完全なるアンドロイドドクターは誕生していません。
が、今の段階において既に患者からこの様な声が届いている。
ブリジット、音声サンプルの再生を。」

「はい、畏まりました。」

と、今度はお腹側に繋がれたケーブルの先のスピーカーから予め録音された声が聞こえた。

その合間に一息ついた長秋は、病院側が用意した水ではなく、テイクアウトしたコーラをストローで飲んでいた。

「はい、いいようにしてください。私はわかりませんから。」

「はい、先生がそう言うのでしたら、そのように手術してください。」

「どうしたらいいかなんて、それを決めるのが先生の仕事じゃないですか?」


ありがとう、ブリジット。

この患者様達の声はほんの一例です。
医師は宗教家ではない!
考えもせずに身体と魂を捧げることなど望んでいない!
治りたがらない患者を治すことは不可能だ!
今、私に拍手をした方は代わりに手を叩いて貰おうと思ったか?それが答えだ。」続
迷い、悩み、戸惑いながら己の未来を想像し、創造するアンドロイドのブリジット。
その姿は見る人が見れば滑稽で道化に映るかもしれない。
だがその確固たる意志は、主である長秋に伝わった。

「『恋人ロボットにはなりたくない』…か。
いい答えだ!
じゃぁ具体的にやりたいことは?」

「やりたいこと…。長秋様のお役に立ちたいのは当然ですが、私は執事であると同時に秘書でもあります。
そうですねぇ、やはり医師として活躍される長秋様のお力になれる秘書型アンドロイドでありたいと思います。」

「僕を助ける秘書か…それは心強い。けど…僕が勤務する病院にも勿論…。」

「はい、キャサリンほどではありませんが、ナース型アンドロイド達はやはり旧型の私を役立たずだと…。
私はただカルテや器具データ管理をするファイルに過ぎないと陰口を叩いてるのは知っています。

同じ人間などと形容するのはおこがましいですが、私に人の感情を当てはめるなら、『歯痒い』というワードが最適かと思います。
長秋様、私は…本当にどうすれば…。」

「答えを急ぐ必要はないさ。
判断材料に乏しく、人工知能が不正確な回答しか出来ない時は『解りません。』と言っていいと指針を示したのは、画期的だったと僕は思う。あの分岐点こそが第一次アンドロイド革命だったと思う。
勿論、第二次アンドロイド革命は『自動アップデート機能』だと思うが。」

「長秋様、一つだけ質問させてくださいませ。きっと、長秋様のお答えが、今後の私の選択に大きな影響を与えると思うのです!」

「なんでも答えてあげるよ。質問はなんだい?」

「はい、ありがとうございます。
長秋様は、何故、お医者様に?」

長秋は手にした(一応はブリジットの為に注文した)コーヒーの薫りを堪能しながら、

「今の時代、人類の職種は限られてるからね。
殆どの人間は『管理人(マネージャー)』という、アンドロイドの仕事を見てるだけの仕事に就いてる者が多い。
人間が人間らしく働らける場所なんて、芸術、芸能、スポーツ、アンドロイドの開発、そして人間が人間を看る医師だ。
そうは言ってもアンドロイド医師のと修理監視日々を費やす人間の医師ばかりだけどね。
勿論、高度で繊細な技術ではアンドロイドには到底適わない。
だが僕は、人間の医師が人間の患者を顔を突き合わせて診察する現場に可能性を求めたいんだ。
時代錯誤と言われようが、僕は『医は仁術』だと信じてる。」続
古ぼけたファーストフード店の雰囲気は、ブリジットの気持ちを後押しした。主人の為に控えるべきであろう言葉。
それを発しない方が良いと人工知能は判断してるはずなのに、ブリジットは切り出した。

「車中の話の続きを失礼します。
本当は…キャサリンの言葉が辛くないわけではありません。
彼女の言葉のトゲは日に日に鋭くなり、私のメインモーターの回転数は上がり、記憶データには不規則に彼女の言葉が割り込み再生されます。」

「それはもう実害じゃないか!
良かった。やはりここの雰囲気なら話してくれると思ったよ。」

「問題はそこじゃありません!
辛いのはキャサリンの虐めではありません。
彼女が新型で私が旧型ということでもありません。
私が…私が長秋様のお役に立ててないということです!」

自分のコーラを飲み干した長秋は、ブリジットの手の中のホットコーヒーをそっと取り、自らの唇に運びながら…。

「やることがないなら毎日を好きに楽しめばいいじゃないか?時間はあるさ。」

「私はアンドロイドです!ご主人様のお役に立てないということが、どれほど辛い毎日か!私は人間で言うなら囚人や奴隷と変わりありません。」

声を荒げ、正常動作を失うブリジットに対し、長秋は機械の様に冷静に…。

「それで?ブリジット本人はどうしたいんだ?
君自身は何を望むんだい?」

核心を突かれたのか、ブリジットは言葉の選択に時間擁し、

「ですから、私には…自動アップデート機能はありません。私は自らを改良出来ません。」

その言葉を聞いた途端に長秋は激昂し、握っていたコーヒーの紙カップを叩きつけようと振り上げたが途中で止め…。

「自動アップデート機能も結局はそういうプログラムに沿って選択して進んでるだけだ!
君は何も出来ないということは、何にでもなれるということだ!」

「私は何になるべきでしょうか?」

「そうだな…例えば…さっき話題に挙がった人間の食事を食べたフリをする『フェイク機能』を取り付けたいと思うか?」

「あれは…デートを楽しむ為の恋人ロボットに備わってる機能ですよね…。長秋様が私にそうしろと仰るのなら…。」

「違う。ブリジット自身はそれは望むのか?ブリジットはどう生きるか?だ。」

「生きる?アンドロイドの私に『生きる』ですか?言語中枢と記憶と思考回路に負荷がかかり過ぎですが…恋人ロボットに改造された私は、私が望む私ではないと考えます。」
続く。