最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦 -16ページ目

最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦

このブログは、私SPA-kが傾倒するギリシャ哲学によって、人生観と歴史観を独断で斬って行く哲学日誌です。
あなたの今日が価値ある一日でありますように

1祖母は疑いもなく、ただただ祖父や医者という「偉いさん」言葉の言いなりになり、重要な局面で責任ある決定が自分で出来ない。

「選択せん罪」
これは
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洗濯洗剤

2理想に燃える教師は子供に「夢を持つ大切さ」を教えた。「夢を持ち続ける大切さ」を教えた。
そして「諦める大切さ」を一切教えなかった。
「完走罪」
これは
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乾燥剤

3父は意見が対立したら、反論せず引っ込めるだけだった。それが組織と思ってた。が、本当の協調性とは自分の主張が出来る人で、無批判に従うのは従順性だ。
そんな連中が堕ちるのが…
「柔軟罪」
これは
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柔軟剤

4母は子供達に期待していた。
子供達が挫折しない様に苦心した。
子供達が躓かないように、先回りして小石を拾いまくった。
そしてコケたら立ち上がれない子供達が育った。
深すぎる愛情が空回りした…
「干渉罪」
これは
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プチプチ…じゃなくて正式名称は「エアキャップ」…じゃなくて、はい、緩衝材ですね。

5姉は博愛精神旺盛で、就職も結婚もせずに世界中でボランティアに一生懸命だが、流石に紛争地帯は不味いだろう!?
分をわきまえずにどこまでも行けるって思ってたら…。
「漂泊罪」
これは
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漂白剤。うっかり、そのまま書きそうでした。

6弟は俺と姉を見てて引きこもりがちだ。ネットの世界だけは強気だが、本人は何もしない。文句ばかりで対案は示さない。こんなに若いうちから
「咆哮罪」
これは
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芳香剤。まぁ、強すぎる香水も芳香罪ですが。

7かくいう俺も、自分の体たらくを家族と教師のせいしにしてしまってるのかなあ?生来の打たれ弱さが…七転び八起きの精神で立ち上がりたい気持ちはあるんだけど…たった一度のミスが大袈裟に頭の中でリピートし、いつも過剰に痛みの波が押し寄せる。そんな俺は
「沈痛罪」
これは
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鎮痛剤。
(終わり)
吸血鬼と恐れられたルーマニアのツェペシ公は

「戦争の天才」

でした。寡兵で勝利するその様は、現代のベンチャー企業での成功にも参考にするところがあるのでは?

ヴァンパイアは夜行性で日光で死ぬ→ツェペシ公は夜襲が得意でした。

ヴァンパイアは心臓に杭を打たないと死ぬ→ツェペシ公は討ち取った敵兵の遺体を串刺しにして敵側に晒すことで大勢の敵兵の戦意喪失に成功しました。

吸血鬼に血を吸われた者も吸血鬼になる→ツェペシ公は戦地にペスト患者を送り付け、敵兵に感染させるという恐怖の戦略を使いました。

吸血鬼は十字架を恐れる→ツェペシ公は敬虔なキリスト教徒でしたが、宗派は東方正教会です。しかし、自国を守る為に、カトリック国から援軍を貰うことに心を傷めました。

あと、ニンニクを嫌うということの直接的な関連はわかりませんでした。

なお、ブラム=ストーカー氏の小説「ドラキュラ」でヴァンパイアの基本的なイメージ像が確立しましたが、ドラキュラとは「ドラゴンの息子」という意味です。
地震とか火山とか、地面の下に眠る「人智を超えた力」を竜にたとえる文化が欧州にあったそうです。
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イエス様はパンを無限に増やした→1つのパンを分け与える大切さを解いた

イエス様は水をワインに変えた→博識なイエスは、農業指導により、ブドウの収穫を増やし、今まで水しか飲めなかった人が、ワインが飲めるように「生活水準を変えました」

失明した少女の目を開いた→ライ病患者の為の施設を作ることで、少女は失明の危機を回避出来ました。

水の上を歩いた→干潮時に水が引いた。または、水面の底が見えるほどの風が年に数回吹く地域だったとの話もあります。

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私達が今現在の危機を乗り越えた時、何十年後、何百年後にはどんな風に伝わっているのでしょうか?
外に出れないこと、学校に行けないこと、たくさんの人が亡くなられたこと…。

人類の努力と叡知に、神の祝福がプラスされて伝わるのか?厳格な道徳的な訓話として語り継がれるか?

学生達は「コロナ世代」と呼ばれるのだろうか?


「万物は流転する」

「水が流れる限り、同じ川を見ることはない」


日本神話において、稲穂は娘、大地は母。

そして父であり夫である男は…。

「風」なのです。
更にいえば暴風雨であり、「災厄そのもの」なのです。
だからこそ遺伝子は変化するということです。

私達はきっと変化に対応します
ホルベルの喜劇「イタカのユリシーズ」という舞台で

「七尺と四分の一の偉丈夫ホロフェネス将軍」

というセリフがある。
ここでの矛盾は実のところ最後の付け足しにある。
七尺という身長は絵空事である。
だがまったくの絵空事なら四分の一といった小刻みな単位を持ち出さないのが普通である。
この現実性を匂わせる付け足しなのだ。
七尺と聞いて笑いだす人は、笑いの的がはずれている。
けれども七尺と四分の一と聞いて笑う人なら、何がおかしいのかをちゃんと心得て笑うのである。
(キルケゴール全集9巻より)
****

はい、先ず私から注釈を。

このキルケゴールの言葉は、19世紀に述べられたということ。

そして文中のホロフェネス将軍とは、旧約聖書の外伝に登場するバビロンの将軍だそうです。

私が上記のキルケゴールの言葉から感じたのは

「フィクションにおけるリアリティの演出」

です。
21世紀に生きる私達だからこそ、ファンタジーな映画やアニメを当たり前の様に視聴してますが、舞台こそが最も視覚に訴える創作だった時代に、キルケゴールの言葉はファンタジーな娯楽の到来を予言してたのでは?
と思います。

はい、これが神話なら、

「将軍は大男」

で終わってます。

昔話や口頭伝承なら

「七尺はゆうにある~」

と、誇張され、尾ひれが付く程度です。

しかし、「七尺と四分の一」の、「四分の一」が付くだけで、聞いた側は

「いや、お前、自分で見たんかい!」

と、突っ込みを入れずにはいられない所に、笑いを誘う演出が仕掛けられてるということです。

これが現代のSFならどうでしょう。

ガンダムにおける専門用語の数々、

「ミノフスキー粒子」「モビルスーツ」「ニュータイプ」なんて言葉も、架空の世界に単位を設定することで、作品のみの世界観とその「法則」に真実味をもたらすのです。

ゲームのドラクエの魔法体系なんかもそうですね。
メラ→メラミ→メラゾーマと呪文が強大化したりします。
なお、キルケゴールの生誕から約70後に「SFの父」HGウェルズが生まれます。


なお、私は翻訳本を読んでますので七尺は2メートル12センチ(一尺=約30.3センチ)ですが、おそらく原文は7フィート(1フィート33センチ)だと2メートル31センチになりますね。
欧米の四分の一とかの文化は、金の塊そのものを、「割って」使用して名残で10進法はアラビア文化です。