ドビュッシー『シランクス』とギリシア神話 | 岩下智子「笛吹女の徒然日記」Tomoko Iwashita

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フルート奏者 岩下智子が綴る気ままな日記です。

こんにちは!

フルーティストの岩下智子です。

 

ドビュッシー作曲『シランクス』は、フルーティストにとって必須のレパートリーのひとつです。

なぜなら、ドビュッシー(1862-1918)がフルートのために書いた唯一の「無伴奏曲」であり、まさに20世紀の新しい音楽の幕開けとなる音楽だからです。

この曲の調号を見てみると、♭が5つ付いていますので、普通に考えるとDes-dur、または、b-mollにみえますが、実際はどちらでもありません。曲の中に五音音階や全音音階が頻繁に使われ、臨時記号が数多く出てきて、最初にこの曲を学ぶ人にとっては、曲想を掴むのが難しく、ハードルが高いと感じてしまうでしょう。今までに経験したことがない曲なのです。ドビュッシーはそれまでの音楽を壊してしまって、新しいものを作り上げたのです。

ニコレも言っていましたが、シランクスで最も重要なことは、「曲の構成でも、分析でもなく、音の響きの詩想を探すこと」です。


では、この曲が作曲された背景を簡単にお話ししましょう。ドビュッシーは、ガブリエル・ムーレの舞台劇『プシュケ』のために、1913年にこの『シランクス』を作曲し、名フルーティストのルイ・フルーリー(1878-1926)に捧げました。初演は同じく1913年12月1日にそのルイ・フルーリーによって、劇中の第3幕第1場で、牧神パンが死ぬ前に奏でる最後の音楽として、奏でられました。


残念ながら、原譜は残っていません。のちの1927年にようやく、ジョベール社から出版されました。


当時、多くの作曲家たちがギリシア神話を題材に作曲しています。ドビュッシーの『シランクス』には、半人半獣の牧神パンが登場します。パンは、古代アルカディア地方の森の奥に住み、牧人、猟人、家畜の保護神でした。パンは夜明けから妖精たちと山谷を見廻っていました。あるとき、パンは木の妖精シュリンクスを見染め、愛を迫るようになりました。シュリンクスは独身をとおす狩猟の神アルテミスを尊敬しており、結婚しないと決めていたので、パンの求婚を拒み続けます。しかし、パンは執拗にシュリンクスを追いかけ、ついに力ずくで捕まえようとします。そのとき、シュリンクスはパンの腕を振り払い、水辺まで逃げたものの、水流が速く、泳ぐことができず、その場で葦に姿を変えてしまうのです。パンは嘆き悲しみ、その葦を摘んで笛を作り、ため息を吹き込んだところ、楚々とした美しい音が鳴りだしたというわけです。パンは、この笛をシュリンクスと名付け、つねに持ち歩いたと言われています。


この物語を読んだだけでも神話の世界が浮かび、音楽が聴こえてきますね。多くの芸術家たちがそれを題材に作品を作ったのが、うなずけます。このストーリーを知っていると、ドビュッシーの『シランクス』の音の世界を表現しやすいと思います。

 


 

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