どうも就労移行で支援員をしている綱川ニールです。

 

最近インスタで

 

「就労移行を退所した人のその後が知りたい」

 

という質問がありました。

 

今回はその疑問にお答えさせていただきます!

 

と言っても実は結論としては……

 

人それぞれ汗

 

ってことになっちゃうのです。

 

ごめんなさい。

 

でもですね、大体このパターンが多いってことは言えますのでご紹介していきます。

 

  パターン①就職

 

これはおそらく質問の趣旨とは違うとは思いますが一応書いておきます。

 

就労移行で一番多い退所理由は

 

就職による退所

 

です。

 

まあ、当然です。

そういう施設ですから。

 

ちなみに就労移行を通して就職していただいた方は年単位で働ける方が多いです。

 

精神の方の一年以内の離職率は約50%と言われています。

 

しかし就労移行などを通すと

 

約85〜100%(事業所による)

 

の方が年単位で働けるようになります。

 

これは就労移行を使う大きなメリットなのかなって思います。

 

  ②B型事業所

 

就労移行に通っていく中で

 

すぐに一般就労は難しい

 

と感じる方もいらっしゃいます。

 

そういう方はB型に行かれるケースもあります。

 

しかしどうですかね〜

 

割合としてはそんなに多くはない気がします。

 

どちらかと言えば、行かれるならA型の方がまだ多いですかね……

 

ちなみに就労移行の支援員は、アセスメントの結果、一般就労が難しいと思われる場合はそのデータを元に適切なB型を探したりもします。

 

  ③A型事業所

 

B型で説明をした通り、まあこのルートを辿られる方もいらっしゃいます。

 

しかしそれでも数は多くありません。

 

というのも就労移行としては(名古屋に限るかもしれませんが)A型で働けるなら、特例子会社を十分に狙えるというケースが多いのです。

 

逆を言えばA型で求められるものはそれだけ、ハードルが高いということです。

※くり返にしになりますが名古屋だけかもね!

 

例えばA型で求められるのはこんな感じ

 

・週5日6時間働ける体力

・場所によっては一定の仕事スキル(PC)

・急に休まない安定性 などなど

 

ね、これできたら特例子会社行きません?

 

って話になりがちです。

 

特に愛知の特例は安定性などを大事にする傾向があります。

 

私の知っているあるA型では、ある大きな病気の疑いで検査に行きたいといった利用者さんに

 

「今納期の関係で忙しいので、検査はできれば後回しにして、まず仕事を優先してください」

 

と言っており衝撃を受けました。

 

これ実話ですよ。

 

まあ、これは極単な例ですが、A型=楽に働けるということではないという一例です。

 

  ④医療機関

 

これは行き先とかとは違うかもしれませんが、就労移行に通った結果、病状が悪化して入院するケースもあります。

 

入院まではいかなくても、先生からドクターストップかかって、デイケアとかに行く人もいます。

 

こうなる原因は……

 

・他の利用者と自分を比べて落ち込んでしまう

・就活が辛い

・支援員や他の利用者の言葉に傷つけられた

・思ったより自分ができないと知った

・勝手に断薬行う などなど

 

が挙げられます。

 

支援員の言葉に傷つくといのは何も酷いことを言われた!!

 

というケースばかりではありません。

 

支援員は利用者の皆さんの「苦手なこと」を伝える役割も持っているので、その過程で傷つくこともあります。

 

しかしまあ、なるべく傷つかないように伝えるのも支援員の力量なんですけどね……

 

  ⑤他所の就労移行

 

このパターンは意外に多いかな〜って思います。

合わない就労移行を変えて、別の事業所に行くパターン。

 

実際、事業所によって合う合わないありますからね。

 

でもですね〜

 

私の経験上の話をすると、このパターンの人は別の就労移行に行っても辞めることが多いです……

 

いわゆる就労移行を転々とする人

 

ですね。

 

特に3ヶ月以内に就労移行を辞めた人は、次の事業所も同じくらいで辞めますね……

 

もちろん通う就労移行が本当に自分に合わないで辞めるケースはその限りではありませんけどね。

 

  ⑥どこにも行かない、何もしない

 

最後は最も避けるべきパターン

 

どこにも行かない

何もしないパターン

 

です。

 

これね多いんですよ!

 

就労移行をただ辞めるだけのパターン。

 

我々、支援員は利用者さんが事業所を辞める場合は必ず次の行先の話をします。

 

どこにも行かない、何もしないタイプの選択肢を取る人はこのステップをさせてくれません。

 

突然来なくなったり、もう次が決まってるなんて嘘をついたり……

 

色々な方法で行先決めを阻止してきます。

 

まあ、この選択肢を取る人は就労移行に対してある種の「絶望」していることが多いので仕方ないんですけどね……

 

ある種の絶望というのは

 

・支援員がいるせいで就職活動が上手くいかないと感じている

・就労移行に通っている意味が感じられない

・福祉なのに優しくしてくれない!

などなど

 

こういった思いを抱えた人が、この先の進路を支援員に相談してくれることはないわけです。

 

本来なら、そんな思いをさせないのが一番ですが、感じ方は人それぞれなので止められない部分もありますからね……

 

  まとめ

 

以上簡単ではありますが、就労移行を辞めた後の行先でした。

 

でもまあ色々書きましたが就職って道が一番多いのが事実です。

 

就労移行は就労できる状態に移行する場所ですからね。

 

逆を言うと就労移行を選ぶ際は

 

就職以外の辞め方をする人が多い事業所

 

は選ばないでください!

 

って話です。

 

今回はInstagramから質問を受けての記事でしたが、この先もTwitterやコメントで質問いただければそれに関する記事を書かせていただきますので、どしどしお申し付けください!

 

それでは!!

 

就労移行から就職する利点に関する記事

 

 

 

 

 

 

 

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どうも就労移行で支援員をしている綱川ニールです。

 

突然ですが、就労移行に来て就職しやすい人と、しにくい人の違いってわかりますか?

 

障害の種別?

 

ノンノンノン

 

障害の重い軽い??

 

ノンノンノン!

 

職歴がクリーンかどうか?

 

ノーーーンノン!!

 

違いは実はそんなところではありません。

 

※実際はちょっとは関係しますけど問題にはなりません。

 

 

一番の違いは

 

働くことで実現したいことがあるか

 

否かです。

 

就労移行や就職活動は決して楽なものではありません。

 

時に自分の向き不向きに悩んだり、不採用通知が重なり限界近くまで追い詰められることがあります。

 

それを乗り越えられる糧が

 

働いて実現したいこと

 

です。

 

これがないと、多くの人は心が折れて就労移行や就職活動から逃げ出してしまいます。

 

もちろん就労移行は支援員と一緒に、働いて実現したいことを考えられる場ではあります。

 

しかし最終的に

 

これを実現したい!

 

ということを決められるのは、自分自身だけです。

 

それを持っていないと就職までたどり着くのは難しいかもしれません。

 

ちなみに、これがないまま運良く就職しても、辞める確率は高いです。

 

だから皆さん

 

何故働きたいか!

 

この理由を明確にしてください。

 

理由は大層なものでなくても大丈夫です。

 

・月一外食したい

・結婚したい

・アニメのサブスクを契約したい

・目を伏せず、堂々と昼間の道を歩きたい

 

本当に何でもいい!!

 

ただ働いて実現したいことだけはしっかりと持っておいてください。

 

それが就職するコツであり、長く働き続ける秘訣です。

就労移行に関する記事

 

 

 

 

 

 

 

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どうも就労移行で支援員をしている綱川ニールです。

 

4月から18歳が成人年齢、つまり大人と認められるようになりましたね。

 

今日はそんな新しく大人になった人へのメッセージのようなものを書いていこうかと思います。

 

 

さて皆さん、大人とはなんでしょう?

 

私が子どもの頃に思っていた大人の定義は

 

「自由な人」

 

でした。

 

大人は子どもが禁止されていることをたくさんできる。

 

寝ながらテレビを見ても怒られないし、夜中にお菓子を食べても怒られない。

 

嘘をついても

「あれ、そんなこと言ってたっけ?」

なんて一言で済まされる。

 

とても羨ましかった。

 

しかしいざ大人になると、自由なんてそれほどないと気が付かされます。

 

少し違いますね……

 

正確には子どもの頃、手に入れたかった自由は大した自由ではなかったと気がつくと言った感じでしょうか。

 

寝ながらテレビを見ても満たされる物はなく、夜中にお菓子を食べてもただ胸焼けをするだけです。

 

そして嘘はつけば、信用を失うというペナルティがあった、それでも嘘をつきたければつけるというだけのことでした。

 

むしろ大人になってからは、子どもの頃が如何に自由だったのかと嘆くことが増えました。

 

大人になる過程で手にした自由とは別に、失った自由もたくさんあった。

 

大人は無邪気に公園を駆け回る自由も、すれ違う人全員に屈託なく「おはよう」と笑いかける自由もありません。

 

今の世はそんな人、不審者扱いされてしまいます。

 

大人、特に社会人は風邪をひいても

 

「いや、今日休むのは不味いな……でもコロナだったら迷惑かけるし……」

 

なんて思いが頭を過ぎります。

 

私たちは休む自由も、自分を真っ先に心配する自由もなくしてしまっているわけです。

 

大人になると大人って何だろうと思うことも多いです。

 

子どもの頃の方が、大人という生き物の輪郭は明確だった気がします。

 

人間誰しも人生は一度きりです。

 

右を歩いている人も、左を歩いている人も一度きりの人生を生きています。

 

だから誰もが今日が初めての18歳と数日、初めての35歳と数十日、初めての60歳百数日を生きているわけです。

 

初めてのことだから、当然失敗もします。

 

大人ってこんなんでしょ?

 

って感じで行った振る舞いが後々、黒歴史になったり、反対にもう子どものような振る舞いが許されないのにそういった言動をとって赤っ恥をかいたり・・・・・・

 

後悔や赤面をする日々の連続です。

 

それでも人は一度きりの人生で、大人を生きていかなければなりません。

 

みんな大人の初心者です。

 

だから失敗をしても良いと思います。

 

でもできるだけ人に迷惑をかけずに、同じ大人の初心者の人たちと上手くやっていきましょう。

 

私は今就労移行という福祉施設で支援員をしていますが、この仕事を行う前は広告の仕事をしたり、編集の仕事をしたり、フリーライターをしたりしていました。

 

今の仕事をするまでは、どんな仕事をしているときも、なんとなく違和感があり、しっくりしていない感じを持っていました。

 

だから数か月で辞めた仕事もあります。

一般的には職歴は汚れていると言われる方でしょう。

 

それでも社会人、十年目くらいでようやく自分にしっくりくる仕事に出会えました。

 

こんな感じで人生は何が起こるかはわかりません。

 

新成人の皆さん、大人になって良いことは正直、少ないかもしれません。

 

それでも諦めず、めげずに初めての大人を一緒に頑張っていきましょう。

 

若い世代の自殺者が多い、こんな国ですがお互い、命からがらでも初めての80歳くらいは迎えられるといいかな? と思います。

 

それではとりとめのない文章になってしまいましたが。

 

お互い頑張りましょう。

 

網川ニール

 

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 その小鳥は空を飛ぶことが大好きでした。空を飛んで、そこから下を見下ろすと、住処である森のスミズミまでが、ハッキリと見えて、とても良い気分がするのでした。


「おや、あそこでは、いつも恐ろしいクマさんがイネムリをしているぞ、あっちでは、リスが木の実を岩のスキマにかくしているな」


 空からは、森の動物たちがなにをしているのかが、すべてまる見えでした。

 

 小鳥はある夜、大好きな空を飛んでいると、森からずっと遠くはなれた場所に、黄色いキラキラとキラメク明かりがあることに気がつきました。それは人間という生き物が住んでいる場所から溢れる出る光でした。


 小鳥は、人間という生き物が夜でも、光の中で生きているということは他の鳥から聞いて知っていましたが、実際にその明かりを自分の目で見るのは初めてでした。

 

 小鳥は、その夜の月よりも明るく美しい光に心をうばわれました。そして、あの美しい光の上を飛んでみたいと思ったのです。

 

 小鳥はその夜、森を旅立ち、黄色い光のあふれる場所まで向かうことにしました。

 

 遠くの光へ向かって飛んでいく途中、小鳥は「村」という人間のすみかの上を通りました。村は、ポツリポツリとわずかなオレンジの街灯が道をてらしているだけで、とても静かな場所でした。人間の住処である建物もみな木で作られており、とくべつ美しいものはなにもありませんでした。

 

小鳥は、村を見下ろしながら、ここはキラキラとした光はあまりないけれど、自分の住んでいる森とよく似ていて安心できる場所だなと思いました。そして今は夜でもたくさんの光の中で生活している人間も、もしかしたら昔は、森の中に住み、自分たちと同じ暗がりで生活していたのかもしれないと考えて少しオカシクなりました。


村を通りすぎ、たどり着いたのは人間が「街」とよんでいる場所でした。それはまさに小鳥が森から見た、美しい黄色い光りがあふれる場所でした。

 

「なんてキレイなんだ!」


 小鳥は思わず、そんな言葉を口にします。

 

 街には宝石のような光が所かまわず溢れていて、建物は森の木々よりもはるかに高く、空を飛んでいる小鳥ですら、見上げるほどでした。そして建物の中にも、やっぱり黄色い光が灯っていました。光の中には、たくさんの人間が働いていたり家族と笑いあったりしていました。

 

 小鳥は街を見て、こんな美しい光の芸術を作りだせる人間という生き物はなんてすばらしいんだと思いました。


「僕には、この黄色い光がどんな仕掛けで光っているのか分からない、それに、この高い建物がどうやって作られたのかも分からない。こんな分からない物を作りだせる人間は、きっとすごく賢く、りっぱな生き物なのだろな」

 

 小鳥は街を見れば見るほど、人間の作りだした美しい明かりをもっと見てみたいと思うようになりました。すると、そこに偶然一羽のワタリドリがやって来ました。小鳥はワタリドリにたずねます。


「ワタリドリさん、ワタリドリさんは世界中を飛んでいるよね? 僕はもっともっと人間の作った明るい光を見てみたいんだ。どこかにそんな場所を知らないかい?」


 小鳥の言葉を聞いたワタリドリは少しだけ考えこんだ後こう言いました。


「そんな、人間の作りだした明かりが見たいのなら海をこえて、ここからずっと西に行くといいよ。そこには人間の作りだした光があふれているよ……」


 そう口にしたワタリドリの顔はなんだかとても怯えている様子でした。

 

 小鳥は、彼がなぜそんな顔をするのか分からず、ワタリドリは自分の見つけたキレイな光を僕に教えるのがイヤだったのかな?と思いました。

 

 海をこえるのは、小さな羽の小鳥には大変なことでしたが、人間の作りだした光が見えると思うと、少しも苦にはなりませんでした。


 やがて小鳥は海をこえて陸地にたどり着きました。そして、いくつかの高い山や、なにもない草原をこえると小鳥は遠くの方で赤い何かがチカチカと光るのを見つけました。


「もしかしてあの光がワタリドリさんの言っていた人間の作りだした光なのかな!?」


 その赤い光はある所では小さくチラチラと光り、またある所では大きく光っていました。それは、まるで夕日のように真っ赤な光でした。


 小鳥はもう居ても立ってもいられなくなり、急いで赤い光りに向かって一直線に飛びました。


「街もキレイな黄色い光をしていたけれど、あの赤い光もきっとキレイにちがいないぞ。早く見てみたいな!」


 けれどそう思って急いだ小鳥が見たものは、街で見たような美しい光景ではありませんでした。


 夕日のように赤い光の正体、それは人間の放った鉄砲の火薬の光や、ミサイルの爆発や、建物や家が燃える炎の光りだったのです。


 それは「戦争」という人間同士の争いが作りだす光でした。

 

 戦争が行われている場所では赤い光がいたる所で溢れており、その光は消えることがありません。


その赤い光の中では、大人や子ども、男女にかかわらず、多くの人が戦って、血を流し、泣いていました。そして、たくさんの人が倒れていました……


小鳥は赤い光に照らされた目の前の光景がとても怖くなりました。


「こんなの僕が見たかった光じゃない……」


 小鳥はその恐ろしい赤い光の光景に、怖くて動けなくなりました。それから、少ししたあと自分のすぐ近くで爆弾がボンと爆発したとき小鳥はようやく我に返り、いそいで住処の森へと逃げ帰ったのでした。


 森への帰り道、小鳥はただただ、あの赤い光が怖くて、人間同士の争いが怖くて、気がつけばポロポロとナミダをこぼして泣いていました。


 森へ帰った小鳥はそれからもう二度と人間の住む場所へいきませんでした。けれども時折、森から遠くの方で光る黄色い街の光を見ることはありました。しかし、どれだけその黄色い光を眺めても、小鳥はもう初めて見たときのように、それを美しいだけのものとは思えなくなっていました。


「人間はあんなにキレイな光を作ることができる。それなのにどうして、恐ろしく争うのだろう。あの黄色くキラメク光を作ることより、仲間同士で争わない方法をみつけることの方がよっぽど簡単なはずなのに……」


 小鳥はマチの黄色い光りを見るたびに、赤い光の中で泣いていた人々のことを思いだし胸が痛みました。

 

 そして、あの黄色い光りの中にはなんとなく、戦争の赤い光がまじっているような気がして悲しくなるのでした。


そのほかの小説


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愛知のニールは博学才英(自称)、平成の中頃、名を五流大学に連ね、ついで広告屋に捕せられたが性狷介、自ら頼むるところ頗る厚く、企画営業に甘んずるを潔しとしなかった。


数年業界で働き職を退いた後は、故山各略に帰臥し、ひたすら職探しに耽った。


企画営業として長く、膝を俗悪な上司の前に屈するより、適職に就き会社に60歳まで名を残そうとしたのである。


しかし適職は容易に見つからず、生活は日を追うごとに苦しくなる。


ニールはようやく焦燥に駆られた。


この頃から、その容貌も小太りになり、肉付き、骨埋もれ眼光のみイタズラに炯々として、嘗てテレビ局や大手通信会社に出入りしていた、わりかしできる感じの営業マンの面影は何処にも求めようもない。


数ヶ月の後、貧窮と昼夜逆転生活に耐えず、自らのパソコン代のために遂に節を屈して、就労移行の職員として働くことになった。


一方これは、沢山の転職サイトや福祉施設の見学に行った結果、就労移行の職員に惹かれた為でもある。


かつての広告時代の同輩は既に高位に進み、彼が昔、アイツはコンビニの駐車場に営業車を停めサボってばかりだがいつ働いているんだ? と本気で心配していた連中と比べて格段に低い給料になるのは、往年の俊才(自称)ニールの自尊心を如何に傷つけたかは想像にし難くない。

彼はおうおうとして楽しまず、というか新しい業界で楽しむ余裕などあるはずもなく、いっぱいいっぱいの気持ちはいよいよ抑え難がたくなった。

数ヶ月の働いた後にとある利用者さんから、「四大出て福祉って、まじウケる、ちょっと惨めですね」という言葉を聞いた時遂にマジで辞めようと決意した。

しかし、その日の面談にて件の利用者が「自分は気がつけば、言わなくても良いことを言って周りから人が離れていく。友達もできなくて苦しい」という趣旨の言葉を聞き、気持ちが切り替わる。

なるほど、色々と困っていなければ就労移行は使わない……
そんな当たり前のことを何故気づけなかったのだ……
言われた言葉ではなく、何故それを言ったのかに目を向けるべきだった。

その様な考えが頭を過った後、それまで考えていた何やら訳の分からない辞めたい気持ちは何処かへ消えて二度と戻って来なかった。


その後、ニールがまともな支援員になれたかは誰も知るところではない。


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とまあ、こんな感じで思い悩んだ時期もあった、というお話でした笑