どうも、就労移行の網川ニールです。
今日はちょっとだけ耳が痛いかもしれない、でも知っておくと心がすっと楽になる「自己決定」のお話です。
みなさんは自己決定は得意ですか?
うんうん
そうだね、全員
得意だね
だってね実は人間のおおよそのことって、ぜんぶ自分で決めて(自己決定して)生きてるんですよね。
例えば嫌な仕事をズルズルと続けちゃうことも、その結果として心が限界を迎えてしんどくなっちゃうことも、残酷なようですが「自分がそうすることを選んだ結果」なのです。
そうですねー
仮に職場に激ヤバな嫌な上司がいたとします。毎日ストレスフルで、もう仕事が嫌で嫌でたまらない。
当然、「辞めるか、続けるか」を頭の中でぐるぐる考えますよね。
こんなことを思うわけです。
「生活があるから辞められない!!」と。
「だからこれは自分で決めた訳じゃない!」と怒りたくもなるでしょう。わかります。
でも、論理的に整理すると、実はこれだって立っぱな「自己決定」なんです。
この場合、心の中で「毎月の生活費(安心)」と「上司から受けるストレス(苦痛)」を天秤にかけて、「今はストレスに耐えてでも生活を守るほうを取る」という選択を自分で下しているわけです。
だって、もし「その仕事を明日も続けたら、間違いなく100%死にます」って分かってたら、どれだけ生活が厳しくなろうが絶対全員辞めますよね?
死ぬと分かっていて通い続ける人はいない。つまり、「死ぬほどではないから、嫌だけど続ける」という決断を自分自身で下しているんです。
もちろん、世界には自分の力ではどうにも選べないものもあります。
血液型とか、生まれた場所や親、生まれ持った障害の特性とかね。こればっかりは選べないし、いくら悩んでも時間の無駄なので考えてもしょうがありません。
でも逆に言えば、「自分で決定できるもの」は、いつだって自分で考えて選ぶことができるんです。
何かあった時に「上司が悪い」「会社が悪い」「環境のせいだ」と他人に責任をなすりつけるのは、めちゃくちゃ簡単だし一瞬は楽になります。
ただ、他人のせいにしている間は、自分の人生のハンドルを他人に握らせているのと同じなので、状況は1ミリも変わりません。意味がないんですよね。
「自分が選んだんだ」と腹をくくって、その結果に対する責任を自分で果たす。
「じゃあ、この生活を取る代わりにストレスを逃す方法を考えよう」でもいいし、「やっぱり無理だから、生活レベルを下げてでも辞める決定をしよう」でもいい。
自分で決めて、自分で責任を持つ。
就労支援の現場でも、最後に人生を動かすのはいつだってその「自分で決めた」という感覚だったりします。
あなたは今日、どんな選択を自分で選びますか?
それでは、また!






