先週の15日の昼の朝日連峰です。
道の向こうに輝かしく見えておりました。
道の向こうの朝日連峰

うわあ、大朝日まで見えてる・・・。
今年の12月は雪が降り続いており、うちの最寄のアメダスでは12月に入ってから今日までの22日間のうち日照時間はわずか5.5時間。(もうひとつ東のアメダスでは24時間ほどですが、それでもまあ短いですよね)
ここの載せるのは晴れた際にうれしくて写真を撮ることが多いために、晴れてるじゃないか、と見えてしまうわけですけれど。
輝かしい

屋根の雪下ろしも始まりました。
雪下ろし

翌日の16日にはまたモノトーンの風景に。
モノトーン

17日もまたこんな感じ。
真っ白

夜の雪の道。
夜の雪道

生活するのには邪魔な雪ですが、そろそろスキーでの散策もできそうなくらいの量になってきたようです。
ついこないだに、ぼくの住んでいる谷間のお隣の谷間の集落に、イノシシが出たらしいといううわさを聞きました。彼らがどのくらいの距離を移動してあるくのかわかりませんが、雪ならば足跡も残るのでしょうから、追いかけてみたいなあ、なんて思ったりしておりました。
またしばらくぶりになってしまいました。
今年は山に行かれる回数が少なく経過し、雪が降ってからはさらに少なくなっております。
「人間は考える足である」(ほんとは葦ですが)という言葉がありますとおり、歩くのが少なくなるとぼくなどは不思議となんにも思いつきません。
公私問わず、なにか考えているようでなんにも考えないまま過ごし、そんなわけでモチベーションの低下の循環の中に放り込まれたようなかたちでございます。困りましたね。
普段からブログでやりとりさせていただいている皆様にはたいへん不調法し申し訳ありません。

さて、12月に入り、到来のやや遅かった今年の雪は一気にいつもの年に追いつき追い越しという具合に降ってまいりました。
そんな雪の後に晴れ間のあった6日の風景です。
雪の後の晴れ

白いですね。真っ白です。
白い景色

新雪に朝の陽射し、輝く林。
輝く林

この日は友人と待ち合わせて、今年の秋に出来た山形市のモンベルという山などのウエアやあれこれを扱うお店へ行ってみました。思ったよりも大きなお店になっておったようです。
山形市のモンベル
いろいろ見たものの結果として自分のものはひとつも買い求めず。(東京にいる友人に子どもが生まれたので、お祝いのプレゼントを買いました)

昼ごはんにはそば屋へ。
門構え

友人の注文したのはランチのセットだそうです。
そば

ぼくは板そばでした。たいへんおいしゅうございました。
そばです

適度にこしがあり、つるんとした中にソバ粉のざらっとした感触が残っていて、茹で上げた後に洗い上げた水の美味しさの感じられるおそばでございました。
美味しいそば

翌週のはじまりも雪でした。
自宅の最寄のアメダスの観測データによると、年間の日照時間の平均(24年間の平均だそうです)は、1214.9時間。12月に限ると38.3時間が平均となっておりました。なお、日照の有無は、ほのかに影ができるかどうかくらいが基準となっておるようです。
なお、ひとつ東のアメダス観測地点では1581.4時間、山形市では1613.3時間、仙台では1796.1時間、東京では1876.7時間となっておりました。なお、瀬戸内の陽射しのあふれるイメージの高松は年間の日照時間は2053.9時間。うちの最寄のアメダスの日照時間に近いのは、ノルウェイのベルゲンという都市の1179.3時間、でした。
世界中の都市の年間日照時間の平均はおおむね2500時間ほど(Wikipediaより)だそうですから、うちの付近の日照の少なさは世界的に見てもかなりのものです。
雪続く
これから数ヶ月はとにかく毎日がどんよりと雪雲が低く空を覆い、陽射しのなかなか見られない日々が続くのですね。

そんな折、知り合いから、以前に参加した薪作りの講習会の様子がテレビで放映されるとお知らせがありました。
まき作り

はあはあ、ほんとだ。テレビに映ってる。
このほかにも集落の風景なども放映されておりました。
薪

そういえば、こないだは変な夢を見ました。
公園のようなところを歩いていると、電線にミミズクのような鳥がいて、眺めていると青緑の美しい翼をくるんくるんとまあるく広げ、もう一羽に求愛行動をしているのです。はあ、不思議な鳥だ、初めて見る鳥だ、これは撮っておかねばと思いカメラを探すも手元になく、仕方なくクルマに走っていく途中、建物の横の路地のようになったところを通ると、足元にはキイロスズメバチの古い巣があって、それをいじくっている若者がおり、なかからはなぜかハダカデバネズミが何頭もかたまってころころと出てきたのでした。
そうか、こんなふうに集団越冬をするのだねえ、なんて妙に納得していたら目が覚めました。
雪がもさもさと降り始めたのは12月3日。
明けて翌朝のことです。
庭から眼下に見える集落からの出口の道路に大き目の木が倒れてしまっていました。
(うちの敷地の木ではありません。よその方の木でした)
倒木

これではクルマが通られないので、チェンソを持ち出し、ある程度切ってみたものの、電線にひっかかっていて届きません。
仕方が無いので軽トラックに乗っていき、足場にして届く範囲を片付けました。
倒木処理

でも、引っかかっちゃってますね。
電力会社さんへ電話したら、危ないので触らないでくださいとのこと。
後ほど電気工事の方がきてなんとかしてくださるとのことでした。(もっと後でわかったのでしたが、電気でなく電話の線だったそうです)
電話線が引っかかっているので

一段落着いて家に帰ってみると、こないだ水路の手入れのお手伝いをした集落の方から電話があり、そちらでも倒木で通れないところがあったとのこと。
出勤前に行ってみるとこんなふうでした。こちらはチェンソは持っていなかったので、手作業で細かい枝のみ取り除きました。あとできちんと工事会社の方が片付けたそうです。
もうひとつの集落の倒木

雪景色は美しいのですけれどもね、いろいろ困ったことも起きるんですね。
まあ、冬だからねえ、そういうこともありますね。

先週のうちには、雪の日が続き、土曜日も雪の降るままでした。
この日は朝日連峰と月山の間を通って海側の旧朝日村へ行っておりました。
雪景色

朝日連峰と月山の間を抜けていく道路は月山道と呼ばれ、通年通れるこの規模の自動車道としては日本でももっとも過酷な状況なのでないかと思われます。降り始め間もない季節ですが、道の側は普通自動車よりも高い雪の壁となっておりました。
今回は山岳会の先輩のクルマに同乗させてもらいました。
月山道を越える

この日は、林野庁の関係で、朝日山地森林生態系保護地域の巡視員の会議があり、ぼくは県の岳連枠で委嘱をされているものですから、参加をしていたのです。
(一緒に朝日へ登ったことのある方は、ぼくのザックに緑色の巡視員の腕章がついているのを見ておられるかと思われます。)
この会議では、朝日連峰のあれこれの情報、登山道のことや生き物の変化、登山者のマナーなどが話し合いになります。
ちなみに、昨年に募集していた朝日山地の写真に応募したところ、今年いろんな方からの投票で、ぼくのこの写真が一位になったそうで、大きくプリントしたパネルをいただきました。
一位になりました

午前中の会議を終え、昼休み。
このあたりの雪はこんなふうでした。
旧朝日村の雪

隣の建物(なんだかわかりませんが、ちょっと学校っぽいです)と針葉樹に積もる雪。
雪の景色は綺麗なのですけれどもね

午後からは出羽三山の山岳信仰の研究所のえらい先生の講座がありました。
むつかしい話が多かったので、まだ噛み砕けておりませんが、そのうちに、そういうことかと馴染んでくるかもしれません。
ひとつには、縄文時代にも大陸と行き来があったらしい痕跡が出羽三山周辺で遺物として発掘されている点。もうひとつには、かつて長江周辺にあった文明の中で自然崇拝を基調としたものがあったという点。それらから縄文時代の出羽三山周辺に自然崇拝の源として伝播をし、これに、陰陽道、神道、仏教が習合されて、今の山岳信仰につながっているのでないかということでした。
出羽三山のおはなし

帰り道の月山道です。冬のここの道は、特に吹雪の日などは生きた心地がしません。
月山道の帰り道

ようやくうちが近くになりました。
あちらは雪が多いなあ、と思っていたら、この日も結構降り続いていたようで、うちの近くもさらに雪景色が深くなりました。
雪の杉林

素朴ならーめんを食べ終わり、
ラーメン

家のすぐ近くに着く頃には結構暗くなってしまっておりましたね。
家の近く
一年で一番昼の短い時期もそろそろです。