雪がもさもさと降り始めたのは12月3日。
明けて翌朝のことです。
庭から眼下に見える集落からの出口の道路に大き目の木が倒れてしまっていました。
(うちの敷地の木ではありません。よその方の木でした)

これではクルマが通られないので、チェンソを持ち出し、ある程度切ってみたものの、電線にひっかかっていて届きません。
仕方が無いので軽トラックに乗っていき、足場にして届く範囲を片付けました。

でも、引っかかっちゃってますね。
電力会社さんへ電話したら、危ないので触らないでくださいとのこと。
後ほど電気工事の方がきてなんとかしてくださるとのことでした。(もっと後でわかったのでしたが、電気でなく電話の線だったそうです)

一段落着いて家に帰ってみると、こないだ水路の手入れのお手伝いをした集落の方から電話があり、そちらでも倒木で通れないところがあったとのこと。
出勤前に行ってみるとこんなふうでした。こちらはチェンソは持っていなかったので、手作業で細かい枝のみ取り除きました。あとできちんと工事会社の方が片付けたそうです。

雪景色は美しいのですけれどもね、いろいろ困ったことも起きるんですね。
まあ、冬だからねえ、そういうこともありますね。
先週のうちには、雪の日が続き、土曜日も雪の降るままでした。
この日は朝日連峰と月山の間を通って海側の旧朝日村へ行っておりました。

朝日連峰と月山の間を抜けていく道路は月山道と呼ばれ、通年通れるこの規模の自動車道としては日本でももっとも過酷な状況なのでないかと思われます。降り始め間もない季節ですが、道の側は普通自動車よりも高い雪の壁となっておりました。
今回は山岳会の先輩のクルマに同乗させてもらいました。

この日は、林野庁の関係で、朝日山地森林生態系保護地域の巡視員の会議があり、ぼくは県の岳連枠で委嘱をされているものですから、参加をしていたのです。
(一緒に朝日へ登ったことのある方は、ぼくのザックに緑色の巡視員の腕章がついているのを見ておられるかと思われます。)
この会議では、朝日連峰のあれこれの情報、登山道のことや生き物の変化、登山者のマナーなどが話し合いになります。
ちなみに、昨年に募集していた朝日山地の写真に応募したところ、今年いろんな方からの投票で、ぼくのこの写真が一位になったそうで、大きくプリントしたパネルをいただきました。

午前中の会議を終え、昼休み。
このあたりの雪はこんなふうでした。

隣の建物(なんだかわかりませんが、ちょっと学校っぽいです)と針葉樹に積もる雪。

午後からは出羽三山の山岳信仰の研究所のえらい先生の講座がありました。
むつかしい話が多かったので、まだ噛み砕けておりませんが、そのうちに、そういうことかと馴染んでくるかもしれません。
ひとつには、縄文時代にも大陸と行き来があったらしい痕跡が出羽三山周辺で遺物として発掘されている点。もうひとつには、かつて長江周辺にあった文明の中で自然崇拝を基調としたものがあったという点。それらから縄文時代の出羽三山周辺に自然崇拝の源として伝播をし、これに、陰陽道、神道、仏教が習合されて、今の山岳信仰につながっているのでないかということでした。

帰り道の月山道です。冬のここの道は、特に吹雪の日などは生きた心地がしません。

ようやくうちが近くになりました。
あちらは雪が多いなあ、と思っていたら、この日も結構降り続いていたようで、うちの近くもさらに雪景色が深くなりました。

素朴ならーめんを食べ終わり、

家のすぐ近くに着く頃には結構暗くなってしまっておりましたね。

一年で一番昼の短い時期もそろそろです。
明けて翌朝のことです。
庭から眼下に見える集落からの出口の道路に大き目の木が倒れてしまっていました。
(うちの敷地の木ではありません。よその方の木でした)

これではクルマが通られないので、チェンソを持ち出し、ある程度切ってみたものの、電線にひっかかっていて届きません。
仕方が無いので軽トラックに乗っていき、足場にして届く範囲を片付けました。

でも、引っかかっちゃってますね。
電力会社さんへ電話したら、危ないので触らないでくださいとのこと。
後ほど電気工事の方がきてなんとかしてくださるとのことでした。(もっと後でわかったのでしたが、電気でなく電話の線だったそうです)

一段落着いて家に帰ってみると、こないだ水路の手入れのお手伝いをした集落の方から電話があり、そちらでも倒木で通れないところがあったとのこと。
出勤前に行ってみるとこんなふうでした。こちらはチェンソは持っていなかったので、手作業で細かい枝のみ取り除きました。あとできちんと工事会社の方が片付けたそうです。

雪景色は美しいのですけれどもね、いろいろ困ったことも起きるんですね。
まあ、冬だからねえ、そういうこともありますね。
先週のうちには、雪の日が続き、土曜日も雪の降るままでした。
この日は朝日連峰と月山の間を通って海側の旧朝日村へ行っておりました。

朝日連峰と月山の間を抜けていく道路は月山道と呼ばれ、通年通れるこの規模の自動車道としては日本でももっとも過酷な状況なのでないかと思われます。降り始め間もない季節ですが、道の側は普通自動車よりも高い雪の壁となっておりました。
今回は山岳会の先輩のクルマに同乗させてもらいました。

この日は、林野庁の関係で、朝日山地森林生態系保護地域の巡視員の会議があり、ぼくは県の岳連枠で委嘱をされているものですから、参加をしていたのです。
(一緒に朝日へ登ったことのある方は、ぼくのザックに緑色の巡視員の腕章がついているのを見ておられるかと思われます。)
この会議では、朝日連峰のあれこれの情報、登山道のことや生き物の変化、登山者のマナーなどが話し合いになります。
ちなみに、昨年に募集していた朝日山地の写真に応募したところ、今年いろんな方からの投票で、ぼくのこの写真が一位になったそうで、大きくプリントしたパネルをいただきました。

午前中の会議を終え、昼休み。
このあたりの雪はこんなふうでした。

隣の建物(なんだかわかりませんが、ちょっと学校っぽいです)と針葉樹に積もる雪。

午後からは出羽三山の山岳信仰の研究所のえらい先生の講座がありました。
むつかしい話が多かったので、まだ噛み砕けておりませんが、そのうちに、そういうことかと馴染んでくるかもしれません。
ひとつには、縄文時代にも大陸と行き来があったらしい痕跡が出羽三山周辺で遺物として発掘されている点。もうひとつには、かつて長江周辺にあった文明の中で自然崇拝を基調としたものがあったという点。それらから縄文時代の出羽三山周辺に自然崇拝の源として伝播をし、これに、陰陽道、神道、仏教が習合されて、今の山岳信仰につながっているのでないかということでした。

帰り道の月山道です。冬のここの道は、特に吹雪の日などは生きた心地がしません。

ようやくうちが近くになりました。
あちらは雪が多いなあ、と思っていたら、この日も結構降り続いていたようで、うちの近くもさらに雪景色が深くなりました。

素朴ならーめんを食べ終わり、

家のすぐ近くに着く頃には結構暗くなってしまっておりましたね。

一年で一番昼の短い時期もそろそろです。