サッカー嫌いのファンタジスタ。 -5ページ目
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中田英寿

ヒデ ども。明日の投票は自民党に決めているタルタルッカです。今回は“中田ヒデ”。

古今東西の日本人サッカー選手の中で最高のキャリアを持つ男といっても過言ではないと思う。
カズから“日本サッカー界キング”の称号を譲り受けた男。
僕が初めヒデを見たのは今から12年程前、冬、テレビで見た全日本高校サッカー選手権だった。

僕の出身地である滋賀県の代表が守山北高で、1回戦の相手の韮崎高校にヒデがいた。
韮崎高校が勝った。
決勝のゴールを決めたのはこの時FWを勤めていたヒデだった。


―ゲーム終盤、ペナルティエリアからさらに10メートル程手前、ヒデにボールが渡る、しかしDFが一人マークを外すことなくついてきている―


ヒデは正面のDFに対して、右側にチョンとボールを蹴りだしシュート体制にはいった。
そして右足を振り下ろした。
DF、ヒデのシュートコースに左足を投げ出したが、ヒデのシュート体制は実はフェイントで右足でさらにチョンと蹴りだした後、右足を振り下した。
GKのダイブも及ばずボールはネットに収まった。


当時、Jリーグは開幕したばかりで今と比べると技術なんかは雲泥の差だったと思う。

具体的に言うと、あの頃、フェイントを使えるサッカー選手を僕は見たことがなかった。
FWでは今でいう、アントラーズの鈴木の様な選手ばかりだったと思う。
当たりが強い、スピードがある、キック力がある。など、身体能力だけでやってる感じのタイプばかりだった。
僕はヒデの技術に驚いた。
今はキックフェイントは皆当たり前に使う。高原なんかはこれを使って上手に自分でシュートコースを作ってシュートまで持っていく。
でも主流はキックすると見せかけて逆サイドに切り返し、反対の足でキックするパターンだ。キックする足を一旦止めてまた同じ足で蹴るのは体制が崩れやすく、一応サッカー経験者(小学校から高校まで)の僕に言わせてもらうと難しいのだ。

レベルの高いフェイントの直後にミドルレンジからシュートをねじこんだヒデは(この時からすでに ̄▽ ̄;)淡々としていた。(続く)(05.09.10)

続・カズ2

カズはブラジル時代、スパイクを隠されたり、ゲームではパスをもらえなかったり、いろいろ辛い思いをしたらしい。


当時僕がテレビで見ていたカズは日本最大のスーパースターとしてのカズであったから、そこからでは想像もつかないようなカズのブラジル・苦難時代の記事は読んでいてすごくおもしろかった。
前に述べた通り、カズ以外の日本代表メンバーは皆、小学校から大学までのカテゴリーをエリートとして通過してきていたので、彼らの上に君臨するキング・カズが、ブラジルで“いじめられた”とか“辛くて一度(そのころブラジルに住んでた)父親の所に逃げ帰った”とかいう記事や報道はカズを身近に感じられて見ていてとても楽しかった。


マスコミに対する発言も“ブラジルでは女も買いました”とか言ったこともあったみたいで、僕が描いていたプロ選手のイメージ(今思えば読売巨人軍のイメージやったと思う。移動はスーツにネクタイ、でいつもビシッとする、記者に対する受け答えは皆、模範解答みたいな。極端かしら。 ̄▽ ̄;)とかけ離れていて驚いた。

もちろん好きになった。

以前テレビで、海外の既婚女性対するアンケートの答えで“『夫が何をしても許せる』という回答が多い”というのをやっていたが、そう、まさにそれ。

あの時の僕はまさに“カズが何をしても許せる状態 ̄▽ ̄;”であった。

今でも週刊誌に“カズ、夜な夜な○月ありさ宅前で待ち伏せする(カズ様とっくに結婚してますからー。 ̄▽ ̄;)”とか書かれてあっても全く平気なのだ(でも週刊誌にりさ子婦人が誰かとキスしている所が掲載されたとのを見た時にはムカついた。`´))。

カズに対する世間的評価はカズがセリエA、ジェノアに移籍して迎えた開幕戦、ミランの、フランコ・バレージと激突して鼻骨骨折した時を境に下がり始めたと思っている。

今、カズにはあの神がかり的なシュートの決定率はないし、日本代表でもない。そして最近J1の選手でもなくなった。
この間、カズはいつでも引退できたはずだ。いつ引退しても“お疲れ様カズ”という雰囲気なったはずだ。
僕はカズ教えてもらった。


挑戦することが大切なんだ。
ということを。

先日、カズがJ2の横浜FCに移籍というニュースで、移籍の記者会見の映像を見た時、全くかわっていないカズを見て僕は嬉しかった。

僕はこれからもカズが大好きだ。(05.09.10)

続・カズ

<続きから>この時ははっきり言って印象に残らなかった。確か・・アナウンサーも“カズ”ではなく“三浦”って呼んでたと思う。
それからしばらくしてW杯予選が始まった時にはカズは“三浦”ではなくブラジル帰りの“カズ”としてラモスらと一緒に日本代表の代名詞みたいになっていた。

この辺りからだと思う、カズに興味を持ち始めたのは。


雑誌ではカズのことが載ってる記事は隅から隅まで読んだ。

ニュースなどでテレビに取り上げられている時には、食い入るようにテレビに見入っていた。

カズのことを知れば知るほど、さらに興味を持った。

驚いたのはカズはエリートコースとは無縁の存在であるということだった。カズはサッカーの名門校、静岡学園を中退(なんと1年の時!なんで?(;Д;))している。当時の日本代表は殆どのメンバーがエスカレーター式にサッカー界のエリートコースを歩んできたはずであるから、カズは全く異色だった。

エリートコースを具体的にいうと、小、中、学校で県、地域選抜に入り、高校のサッカー名門校に入り、スポーツ推薦に近い形で名門大学に入るというコースである。

当時はプロがなくて一部上場企業の“サッカー部”の集まりという感じで日本サッカーリーグが存在していたのでしかたないのかもしれないが(読売クラブだけは選手とプロ契約を行っていた。)高校の時に少なくとも県選抜ぐらいには入っていなければ、それより先では日本代表を目指すサッカーは続けられない感じだった。

当時の日本代表ではラモス、カズ以外は皆、“上記のエリートコース”出身だったのではないか。(違っていたらごめんなさい。 ̄▽ ̄;)

当時、離婚した父親の方がたまたまブラジルで生活していたらしいからブラジルにいくつてはあったかもしれない、にしてもどうしてサッカー名門高を中退してまで行く必要があったのか。

もしかして静学でレギュラーになれそうもないと悟ったから?まだ1年だよ。しかも日本の高校でレギュラーになれないのにブラジルでプロになれると思うか、普通?(?_?)

理由は今もわからない、結構カズ関連の記事は読んだつもりだけど。

でも当時、ブラウン管の向こうに見えたカズはフィールド上で一番光輝いていた。カズはブラジルに行かなくても、日本代表で活躍したかもしれない。でもブラジル帰りのカズでなかったら、僕はこんなに好きにならなかったはずだ(続く)(05.09.03)

カズ

僕はカズが好きだ。カズの生き方が好きだ。


先日、カズはJ2の横浜FCに移籍した。

ニュースが取り上げた移籍の記者会見の映像を見た時、僕は驚いた。13年程前に~その時初めてカズを見たのだが~見たカズそのままに見えた。爽やかで、野心に溢れていて、カズ自身がわくわくしていて瞬間、瞬間を楽しんでいるように見えた。


事前に移籍することは知っていたがJ1からJ2のクラブに移籍するということに対して、“都落ち”の雰囲気は一切なかったように見えた。

これは普通なら考えられないことだと僕は思う。ほかの選手のなら、会見すら行われない場合も多いのではないか。

長く日本代表にいた選手なら会見も行われるだろうが格落ちの感は否めないにちがいない、例えば落合が巨人から日本ハムに移籍した時のように。


カズは今も全力で走り続けている。久しぶりにカズを見て僕はとても嬉しかった。


カズの存在を知ったのは今から13年ほど前だった。僕は高校生で毎日部活でボールを蹴っていて生活の中心は紛れもなくサッカーだった。

この頃からサッカー雑誌を同級生のRに勧められて読み始めたと思う。

この頃はサッカーのテレビ放送はトヨタカップだけだったし、今のように日本代表の親善試合を、しかも試合の数日前からの予告コマーシャルつきで放送するなんて考えられない時代だった。

雑誌も、はっきり言って3種類しかなかったと思う。サッカーマガジン、サッカーダイジェスト、サッカーストライカー、この3つである。

ちなみに僕はちょっと難しめの内容を扱ったマガジンを好んで読んだ。

皆、月1の発行で今みたいな海外リーグ限定の雑誌はなかった。これら情報誌によりマラドーナと釜本ぐらいしか知らなかった自分に少しずつ当時の日本サッカー情報が蓄積されていった。


確か、今では名前が変わって“東アジア選手権”となってると思うのだけど、当時のダイナスティカップで日本は韓国や中国を破って優勝したが、先にあげた情報誌からでしか代表や大会の様子がわからず、僕は三冊とも、大会の記事を取り上げてる部分を繰り返して読んだのを覚えている。(気にいった記事は何度も読み返すタイプ。 ̄▽ ̄)

このあたりからテレビがサッカーを取り上げ出して、しばしば日本代表の試合中継を見ることがあったと思う。キリンカップだったと思うけど、このとき初めてカズを目にしたと思う。(続く)(05.08.03)

はじめまして。

はじめまして。この度、ここでブログを公開させてもらうことになりましたタルタルッカです。実は“楽天ブログ”でやってたんですがランキングのあるこっちの方がいいと思ったんで、引っ越してきました。え~、思ったことを気ままに書いていきたいと思ってるんでよろしくお願いいたします。^^

初回はやっぱり代表のことでしょう。・・“決定力に欠ける”とか国外組を使いすぎるとかいろいろ問題もあるみたいやけど、

今の代表は強すぎる!

今から12年ほど前、“ドーハの悲劇”をテレビのブラウン管を通して実感した僕に言わせれば今の日本代表の選手達の技術やサッカー界を周りを取り巻く環境は当時と比べて格段に向上していると言わざるをえない。

だってラモスしか中盤にタメを作れる選手がいーひんかってんから。


ラモス以外の選手は自分の間合いに入ってきたディフェンダーをかわす技術を持ち合わせていなくて、相手陣地のコーナーフラッグめがけてボールをキックするか、ラモスを探すようにチョンチョンつなぐだけやったし。


ボールが選手を追いかける現在の世界レベルのサッカーと違い、(こう表現してもいいすぎではないと思う。今、ヨーロッパで言えばオランダ以外の国とは互角の勝負ができると思う。・・おれだけかしらこんなん思てんの。)FWはいつも相手DFと必死にボールの追いかけっこをしていた。


あれから12年がたった・・毎日のようにサッカーの試合は放送され、世界のサッカー情報は新聞や雑誌にあふれかえっている。


僕にとっても、もうサッカーだけのことを考えていればよかった時代は過ぎ、社会人になってからは代表の試合を見逃すことも多くなり、たまに見てみれば出てる選手の名前がわからなかったりもした。

最近、久しぶりにじっくりW杯予選を見て改めて小野にびっくりさせられた。


ボールを持って中盤のラインサイドにいた小野は、パスコースがないと判断するやいなや相手マーカーに対して半身になって相手マーカーから遠いほうの足にボールをおいてキープ。この状態を4~5秒後にパスコースができ、味方にボールを預けるまで続けたのだ。

『すっげー!!!』

僕の知ってる限りじゃ、あの場面は前方、相手DFの裏にボールを蹴りだして“責任逃れ”(“追いつけなかったFWが悪い”みたいな)するしかなかったから。

自陣ゴール前ではないものの、チャレンジが許される相手ゴール前ではない。相手DFに完全に背を向け自分の視野まで消してしまう“相手DFがなんとかボールに触れるとボールはラインアウトしてマイボールになる”キープでもない。(←相手陣地コーナーフラッグ付近でよく使う手段ね。)よっぽど自分んの技術に自信があんねんなぁ・・脱帽。 ̄▽ ̄;


今の代表は誰がなんと言っても強いと思うのだ。(05.07.03)

ヴィレムII  ●1 - 2  ○ヘラクレス(平山)

平山3戦連発W杯代表入り猛アピール エールディビジ

2006年1月13日(金) 8時1分 スポーツ報知

 【ティルブルク(オランダ)11日=星野杏子】ヘラクレスのFW平山相太(20)が、ドイツW杯代表入りに向けて猛アピールした。11日、アウエーのヴィレム2戦に先発し、後半21分に3戦連続となる決勝弾を沈め、2―1の勝利に貢献。後半44分に退いた。今季6ゴールと海外組FWで一番の結果を出しており、日本代表のFW争いに名乗りをあげた。

 ヴィレムII  1 - 2  ヘラクレス
勝ち点 9       勝ち点 22
▽得点者[ヘ]スラウテル(前2分)[ヴ]デンベレ(前41分)
    [ヘ]平山(後21分)

 1―1で迎えた後半21分、平山は、右サイドにいたFWヌルメラからの柔らかなクロスを逆サイドでフリーになって受けた。これを胸トラップし、冷静にGKの動きを確認すると、右足インサイドでシュート。GKのまたの間を抜き、ボールを右サイドネットに突き刺さした。

 「コースがなかった? また抜きを狙ってやりました。一か八か」と自らも胸を張る決勝点。ゴールシーン以外は「やばかったですよ。前半はマークが厳しかったし、最初走りすぎてキツかったっす」とこぼす内容ながら、FWにとって一番重要な得点を奪うという仕事をきっちり務めた


                    **********

今週は土曜が仕事です。いやです。どもタルタルッカです。平山は間違いなくワールドクラス。サッカーを僕も少しやってはいたけど、サッカーを少しでもやったことがある人ならわかると思う。隠れた逸材でもなんでもない。A代表に呼ばれない理由を見つける方が難しい状況ではないだろうか。06W杯予選突破に彼は欠かせない戦力だ。

ジーコ、1回彼を代表に呼んであげて。 ̄▽ ̄;

高部 務
平山相太―世界へ続くウイニングゴール

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