最近読んだ巽氏の「パラノイドの帝国」でこれが紹介されていて、思い出した作品だ。2005年ごろだろうか、シスコのBordersで手に取った記憶が残っていた。プロットはおもしろそうだったが、購入するには至らなかった。アメリカの作家は、今でもそうだが、あまり読んだことがなく、いつも最後まで読めないだろうという恐怖と入り混じった抵抗感があった。今回は巽氏に導かれて、またこの本にたどり着いたのだ。不思議な縁を感じる。今回調べてみたら、本書にはだいぶ後になってだが日本語訳もでている。

 

 

 

この作品は、いわゆるcounterfactual、alternate historyというジャンルに属するものだ。歴史を題材にしているが、ある瞬間を歴史的な事実と大幅に改変してしまうことによって、読者の関心に訴えるdystopia的な状況を作り出すのだ。過去には、len deightonの「SS-GB」やrobert harris の「fatherland」などがある。この二つのどちらも、もしナチが英国に侵攻し第二次大戦に勝利していたらという仮定の下で書かれたミステリー作品だ。もっとも前者は途中で放棄、後者はまだ未読なのだけど。

 

上記の2作品と異なり、本書は決してミステリーではないが、もし対独宥和主義者で人種理論の信奉者でもあった有名なリンドバーグが1940年の大統領選挙でルーズベルト(FDR)に勝っていたら、アメリカはどうなっていたのだろうかというdystopiaへの恐怖を背景として書かれた作品だ。そういうわけで、ここにもナチが間接的に関わってくる。そういう意味では、ナチというのは欧米の読者にとってはいつも変わることのない、「絶対悪」という象徴性を持っている。

 

とはいえ、始められた作品は起承転を経て終わりを迎えなければいけないわけで、このalternate historyにもこの起承転結に絡むミステリーは存在している。リンドバーグを大統領にした作品は平板には終われない。ただこの部分はネタバレになってしまうので、あまり詳しくは説明しないほうがいいだろう。

 

孤立主義者リンドバーグの大統領当選だが、これ自体を中心として政治的な物語が展開されるのではない。この歴史的な事情の改変が、ある家族に与えた影響を重層的に描くのがこの作品だ。この家族は典型的なWASPのアメリカの家族ではない。この家族はnewarkという町のユダヤ人居住区にすでに三世代にわたって住んでいる下層中産階級のユダヤ人の家庭なのだ。そしてこの作品の語り手として、philip rothという著者と同名同年の人物が仮託されているのだ。この作品は1940年から1942年を舞台としており、philip rothは7歳から9歳の少年ということになる。ここには様々な実在並びに架空の人物が登場するのだが、この少年の目から見た激動の2年間に当時のアメリカの社会の状況が凝縮されていく。

 

今日は本書の始まりの紹介だけにとどめておこう。