ことばとくずかご。 -8ページ目

ことばとくずかご。

大学院のときに勉強した辞書や社会言語学のことを

忘れないうちに記録しておこうと思います。

KOTONOHA『現代日本語書き言葉均衡コーパス』検索デモサイトを2200万語に拡張しました。是非お試しください。

http://www.kotonoha.gr.jp/demo/

従来は白書500万語、知恵袋500万語の合計1000万語を公開していましたが、今回これに、国会会議録からの500万語と、一般書籍からの700万語を追加し、全体で2200万語(概数)のデータが検索できるようになりました。ちょっとした均衡コーパスになってきました。この拡張にあわせて、前後の文脈や書誌情報で検索結果をソートする機能も追加しましたので、使い勝手も大きく向上しています。



http://www.tokuteicorpus.jp/  よりコピペ。

広辞苑セミナー@紀伊國屋ホール
池上彰(週刊こどもニュースのお父さん)
×
深谷圭助(立命館小学校教頭、辞書引き学習法提唱者)

100人ほどいたかな、関係者も多いと思うけど。400人入るホールだけど。
私の嫌いなことばがたくさん出てくる。
「ことばは生き物」
気持ち悪い。
「漢字のほうがわかりやすい」
そりゃ漢語をそのまま仮名書きしても読みにくいのは当たり前。
「ハリウッドスターのだれそれや現大統領はアルファベット読めないらしいけど漢字は表意性があるから」
おいおい。たいがいにしろよ。
「読者とともにつくっていく辞書」
今回の版を出すとき問い合わせ電話の意見を反映したとか言ってるけど
それは当たり前のことだし、イメージ戦略にもならないと思うけど。

立命館小学校は漢検合格率100%ですって。だからどうした。
漢検や白川静のは一つの思想であって、それをがんばったと言われても。
公立小学校でもあの実践が使えるかというと難しいと思う。
公立の社会科の授業で百科語を調べるために広辞苑使ってたらしいけど、
小学生には合わないでしょ、まだ大辞林のが記述の仕方は合うと思う。

一時間だったらまともだったのになぁ。放談になってた。
どうしてもこういうとき、日本語の美しさや正しさに話がいくのはしかたないのか?
そんなこと言ってたら純血主義になりません?


人選とテーマ設定も微妙だけど、これだけ集客悪いと……
やっぱりそんなに辞書に風は吹いてないんだなと。
残念。
独立行政法人の整理で、
国立国語研究所で現在進行中のものは
ほとんど平成20年度中に廃止すると出ています。
日本語コーパスをのぞき。
とはいえコーパスも平成20年度中に民間企業へ。
それはどんな法人なのか、比較的中立的な立場なのか、
どういう形で進めるのか
もし一出版社なんかにわたったら……

ああ。
コーパス早くつくらないと。
10年早いセリフを吐くのも疲れてきた。
建設的なこと以外は却下したい。
わがままな人は、
そこでしか甘えられない人は、つまらない。
あからさまにつまらない顔をしてしまうから要注意ね。
いつか何かの雑誌の誰かのインタビューで
「私は文房具が好きだから少ないお金で満たされるの」
と答えていたのを読んだけど、そんなことってあるのだろうか。
私はおいしいものを食べることが一番安上がりな幸せと思っているけど
やはりそれは効き目がすぐになくなってしまって
持続する、満たされているという感覚はいつ得られるのだろうと思う。

仕事の内容と手段に関して
同じ本を担当している人とのコミュニケーションのとれなさ
最近あまりにもそれを意識してしまって
一人でがんばっているような錯覚に陥っている。
私の考えていることはとてもシンプルなのになぁ。

満たされる感覚を与える可能性のあるものが
仕事だろうということはわかっていて
でもそれは永久に錯覚さえも起こせないだろう
たぶん満たされない気持ちを飼いながら疲弊していくんだ。
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びびった。
すげーボリューム。
かわりカツ丼を頼んだのに
サービスのもやしの炒め物と生野菜。山盛り。
すごくうれしいんだけど、
メインが重いからね、、、
もしかしてプラスいくらかかかるのかしらと思いつつ
おどおど食べていましたとさ。
もちろんかからなかったわけだけど。
喫煙可。少し店内暗いので本は読みにくい。
女性一人で行くとこではないもよう。団体の人はいた。
自分のおかれた環境を理解してくれる人を探している
でもどこかで自分の痛みはわかりっこないと思い込んでいる
そんな人が私の周りにはたくさんいるし
誰かから見たら私もそう見えてるのかもしれない

母が太陽ならば
私は月で

そういう人の陰影を映すのだろう
集まってくる人たちに
無邪気に
距離を置いてないように思わせて
その影を陰を映してしまうのかもしれない

大切なのは何か
大切なのは誰か
わかったのだから
もうそんなことをする必要はないのに
淋しさをごまかすことを
どうしてしてしまうのだろう

中秋の月は
でも太陽ではなくて

私はやはり太陽になりたくて
馬鹿なことをしてしまっても
まだ。

私に会うと力をもらえると言ってくれる人が
いまはあまりいなくなってしまったけど
きっとまた照らせるように
コミュニケーションツールとしての文字について
自分が考えていたことが大体書かれていた。

国語施策について、
文字地獄について。

175ページからはそのまま書きたいくらいに。
一部だけ引用。


もとはと言えば、二十世紀末の漢字政策がトロイカ状態になっていたことが原因です。『常用漢字表』は文部省・国語審議会、『人名用漢字別表』は法務省、印刷文字は通産省・日本工業規格、それぞれが微妙な連携で進めてきたのです。『常用漢字表』ができるとそれが「戸籍法施行規則」に反映され、その工業規格をもとに「戸籍法施行規則」に変化があり、それをのみこんで『表外漢字字体表』がつくられ、それがまた「戸籍法施行規則」に反映されて、それらがまた工業規格に反映されました。この三者でのキャッチボールが現在の状況を生み出したのです。もしかして、これは「千日手」ではないでしょうか。
<略>


ここから先も打ちたいんだが親指が疲れたので、
続きはまたいずれ。
早くネットつなげる手続きしよっと。