自分のおかれた環境を理解してくれる人を探している
でもどこかで自分の痛みはわかりっこないと思い込んでいる
そんな人が私の周りにはたくさんいるし
誰かから見たら私もそう見えてるのかもしれない
母が太陽ならば
私は月で
そういう人の陰影を映すのだろう
集まってくる人たちに
無邪気に
距離を置いてないように思わせて
その影を陰を映してしまうのかもしれない
大切なのは何か
大切なのは誰か
わかったのだから
もうそんなことをする必要はないのに
淋しさをごまかすことを
どうしてしてしまうのだろう
中秋の月は
でも太陽ではなくて
私はやはり太陽になりたくて
馬鹿なことをしてしまっても
まだ。
私に会うと力をもらえると言ってくれる人が
いまはあまりいなくなってしまったけど
きっとまた照らせるように