ことばとくずかご。 -6ページ目

ことばとくずかご。

大学院のときに勉強した辞書や社会言語学のことを

忘れないうちに記録しておこうと思います。

東銀座で働いていた頃、ソファーを求めて行ったけれど、
そんなこともなくなった今は行かなくなっていたスタバ。

今日は編集会議でお菓子は小ざさの最中に、と並びまして。
小さいお子さんのいる方へのおみやげと思って、
いまカレルチャペックの開店を待ちながら東急スタバ。
雨はひどくなってきて、スーツがかわいそうになってるけど、
お店の人がさわやかで、それだけで今日はいい日と思いました。

注文したものが用意されるのを待っている間
「外はけっこう降っていますか?」
プレートに載せて私に渡すとき
「お皿のサイズが合っていなくて…気をつけてお持ちください」
(この…がリアルだった!)

例えばこれがマニュアルで決まっていたとしても、
例えばこの人が演劇人で、いかにリアルに演じるか試していたとしても、
ありだな。円滑になるならそれでいい。
コミュニケーションはそろそろそういうのも認めたほうがいい。
本当の意思疎通なんて理想を個人で求めるのはいいけど、
そうではない意思のやりとりってのもある、ってさ。
デザインは、意味を決める。
形式は、意味を決める。
構造が、意味を決める。
辞書はまさしくそうで。
だから辞書が好きだった。

キラキラヒカル 入沢康夫

キラキラヒカルサイフヲダシテキ
ラキラヒカルサカナヲカツタキラ
キラヒカルオンナモカツタキラキ
ラヒカルサカナヲカツテキラキラ
ヒカルオナベニイレテキラキラヒ
カルオンナガモツテキラキラヒカ
ルオナベノサカナキラキラヒカル
オツリノオカネキラキラヒカルオ
ンナトフタリキラキラヒカルサカ
ナヲモツテキラキラヒカルオカネ
ヲモツテキラキラヒカルヨミチヲ
カエルキラキラヒカルホシゾラダ
ツタキラキラヒカルナミダヲダシ
テキラキラヒカルオンナガナイタ

もうだいぶ前になってしまったけど、いまさらだけど
気になっていたことを一つメモ。

フィンランドメソッド的な授業をして
さらに作文をして学習内容をしみ込ませる場合の
その適切な作文技術は、市毛先生式の
はじめ・なか・まとめ・むすび
だって発表があったけど、
それは当たり前なんじゃないか?
出身がいっしょというか。
それとも別のレベルで話されていたんだろうか。

忘れないようにメモ。
何にでも値段をつける
古道具屋のおじさんの詩

寺山修司


ぼくは訊ねる
――ロバとピアノは
 どっちが高い?

おじさんは答える
――ピアノだよ

じゃあピアノと詩集は
 どっちが高い?

ものにもよるけど
 詩集が高いことだってあるさ

じゃあ 詩集と春とは 
どっちが高い?

春だよ もちろん
季節は 超高級品だから

じゃあ 春と愛とは
 どっちが高い?

愛だろう
めったに 売りには出ないけど

そこでぼくは 最後に訊ねる
ぼくの一ばん知りたい質問

――愛となみだは
 どっちが高い?

グローバル・スタンダードの読解力を育むために
北欧文化教育総合研究所長 北川達夫

http://tb.sanseido-publ.co.jp/english/h-english/pr/08_summer/2008_sansseido_05.pdf

●読解教育の効果を高めるには


 前述のとおり、フィンランドでは問題解決に重点を置いた読解教育を行っているが、もうひとつ特筆すべき点として、単独での問題解決ではなく、集団での問題解決を重視している点が挙げられる。特に義務教育段階では、一人で問題解決して結果を出すことよりも、集団で問題解決を目指すプロセスを重視する。読解教育の場合も、みんなで話し合いながらテキストに示された問題と解決策を特定し、みんなでアイデアを出し合いながら解決策を模索し、そこから最善の解決策を見出していくのである。
 集団で問題解決を図る場合、必要不可欠な能力がある。それはコミュニケーション力だ。ただ一人だけが問題の存在に気づいても、それを他人に伝えられなければ問題は共有できない。ただ一人だけがすばらしい解決策を思いついても、他人を説得できなければ、みんなで協力して問題を解決することはできないのである。
 このように集団作業を取り入れることによって、読解教育は読解力と問題解決力を育むと同時に、コミュニケーション力を育むこともできる。言語教育として考えれば、一石三鳥といえるのではないだろうか。

環境破壊が進んでいること、地球温暖化が止まらなくなっていること、気づいている人はたくさんいるけど、そしてそれをどう解決していけばいいか知っている人もいっぱいいるんだけど、他人を説得できないから、紫外線が激しくなろうが、40度を超える日があろうが、いっしょに我慢しなくちゃいけない。


私たちのまわりには問題がたくさんあって、それに気づいている人も、解決策を知っている人もいるのに、問題がずっと問題としてあるのは、問題の共有ができずに、そのままになっているから。


今を生きる私たちには関係ないと思うかもしれないけれど、いつ問題が問題化するかわからないし、自分より後に生まれてきた人のことはいいなんて、そんなのってないなと思う。


もし、親だとしたら、子どもが死ぬまでいっしょに生きてあげられたら、もしかしたらそれでもいいのかもしれないけれど、だいたいは先にいなくなるでしょ。そうじゃなくても、大人はあきらめることもできるでしょ。でも子どもは、私たちが知らない世界に生きなくてはならないかもしれない。そうなったときに誰に、何に寄り添えばいいのか。まずは、それぞれが生きていけるように、何かあったときに解決できるようにすることが重要。どれだけ社会や世界が変化していっても、対処できる力をつけなくてはいけない。


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までにしておこう。

目が回りそうに忙しい日々がつづいていて、弱音を吐きそうになる。
実際に、出てくることばは愚痴っぽくて、またいやになる。
少し依存しすぎたのか、肝臓がやられてしまって、ドクターストップ。
お酒、コーヒー、お茶、紅茶。たばこは吸ってないことになってるから言われないだけ。
きょう入るはずだったお金が入らなくて、もう逃げ場がない。


このごろ、一日にやらなくてはいけないことの種類が違いすぎて、
それもいくつもあって、しかも場所もけっこう違ったりして、
精神的にも体力的にもヘトヘトになってしまう。
今日なんか、4時までメールとウェブ仕事とで終わってしまって、
4時半には……なんでこんな仕事のしかたを許したのか、今まで相手してた人を恨むね、
こういう人がけっこういる、なめられてるよなぁ、よく言えば余裕があるというか。

そして、私のことを根掘り葉掘り聞く人がいたりして、本当にうんざりする。
なぜそこまでプライベートに踏み込むのか。
用事があると言ったら用事があるのだから、
優先しなくてはならない用事があるのだから、
何があるかとかどこであるかとか聞かないでくれ。
いちいち用をつくって話しかけないでくれ。
気持ち悪い。


泣きたかった。泣きたかった。
声をあげて泣きたかった。

あおっただけではただのwater


とあるフリーエディターが言っていたんです、私じゃありません。


さて。


伝わらない相手がいるからこそ
伝えたいという衝動が起き
それが対話への欲望となる

by北川達夫(さんの言ってることを一部まとめたつもり)


だから教師は、伝わらない相手にならなくてはいけない
対話力=コミュニケーション力=いま求められている言語力を育てるために


シンパシーからエンパシーへ by北川達夫さん


協調性から社交性へ by平田オリザさん


明日は北川さんのトークセッション@池袋ジュンク堂



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伝わらない相手がいるからこそ
伝えたいという衝動が起き
る、そこに伝えたい内容があるから
それが、ことばを覚える最初の動機になるだろう

母語にしても、外国語にしても、専門用語にしても
伝えたい内容を伝えられることばの獲得をめざすために



企画がいくつもあふれてくるのだけど
それは本業ではないと
今の私は、まだことばを獲得していないのかもしれない

もじもじカフェ久しぶりの参加。
成澤正信さんによるロゴタイプデザインのお話。

キリンといったらね。あの文字。
一番搾りのロゴは毎年ちょっとずつ変わっているらしい。