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ことばとくずかご。

大学院のときに勉強した辞書や社会言語学のことを

忘れないうちに記録しておこうと思います。

組合のある活動の引き継ぎを頼んだ相手の様子が変。
実質引き継ぎができない状態が続いている。
確かに一つパワーをつかった。
組合に干渉した経営を批判した。

彼女は組合活動をやることを、なぜか、組合員でない上司に相談し、
なぜか、上司はそれはあなたのためによくないと言い、
彼女はそのことを、なぜか、私に伝え、
私は、当然、経営の過干渉だと組合執行部に伝え、
窓口のやりとりの結果、当然、彼女の上司は行動を詫び、
彼は、突然、ぜひ組合活動をやるべきと言ったようで、
彼女は、突然、ぜひ私にやらせてくださいと言ってきた。


なぜか

当然

入れ替えたら
彼女の気持ちになれるだろうか。



たまたま私のが先に会社に入っている。
年齢は彼女のが5つくらい上だけれども。
派遣から契約社員になった彼女は私よりも社歴が長いけれども。

今日の組合イベントに
参加できませんという彼女からの連絡が、
なぜか
彼女の上司から来た、
彼女は体調を崩していて会社を休んでいて伝言を頼まれた、と。

私は彼女を追い込んでいるのだろうか。
断りの連絡から5日間、
また頭の湿疹が出るようになってしまったのは
たぶんこれと無縁ではない。

自分だけができてもしかたない

持続できる仕組み、システム化できるように。


どこの組織・共同体でも、

ある少数の人のがんばりが

支えになるということはしかたないと思う。

みんな働きアリにはなれないようで。


そこはそうだとしても、

一人だけができるということは、

あまり意味がないように思う。

その人がいなくなったときになくなってしまって

大丈夫なものとそうでないものがあってさ。


今回の編集後記にも書いたように、

待つことと耐えること、

あと腹を決めること。

人を育てるには――もしかしたら人に伝えるには――、

それがとても重要なのだと思う。

相手に投げるまではいい、

返ってきたものが期待通りでなかったとしても、

またはすぐには返ってこなかったとしても、

そのリスクをこちらが負えるか。

実質の編集長をやっている社内報は
当然ながら小社のような小社では
デザイナーを立てていないので、
自分でデザインを決めなくてはいけない。
ラフじゃなくて。デザイン。


デザインってさ、ある程度
技術というか型というものがあって、
そこから外れるとき、
型を破るのは踏まえていないとできないことで、
型を無視するのは無知でしかない。
そこに意味があるなら、必然性があるなら、
気持ち悪さのなかに何かあるのなら、
きっと引き受けられるのに、
気持ち悪いだけのものが他の人のところでできてしまった、
そのとき、どうしたらいいのだろう。


デザイン的にこれはない


と私が言うのはとってもおかしくて、
だって私はデザイナーじゃないし、
それが証拠に反発されてしまって、


あなたの感性やセンスやあなた自身を否定しているわけではない


と今さら言ってもしかたない状況になってしまった。
でも私は編集長なので、それを引き受けなくてはいけない。
印刷されて配られたときに何を言われても引き受けなくてはいけない。


本来、管理職というのはそういうことなんだろうけど、
実質管理する立場の私はどうしたらよいのだろう。

専門外の私の意見を聞き入れない気持ちがあるのは理解する、
でも誰の意見だとしても聞こうとしないのは、
もうどうしようもないことだよ、
あなたはチャンスを自分で逃してしまったんだよ。

ただそれを、他人に求めることはどうなんだろうか。

まともな出版物だったら、「もっとよいものを」ということばが
もしかしたら通じるのかもしれない。
でも社内のものだからといって、
「もっとよいものを」つくらなくていいのか?


洋販が倒産。
知っている人はもちろんいる。


ニュース見たり検索したりしていたら、
ふと、長兄が本を出していたのを知る。
本の執筆にかかわったのは、私がいちばん早いのだろうけど、
それは名前が前に出ていないし、なにより名前間違っているし。
次兄はもう出した2冊の話なんかしないけど。


そっか。

ひいた手を持っていくところがなくて。

10年前によく来たところを通るときの
懐かしさににじむなにか。
至極全うな意見を言ったつもり。
けれどもそれはわかりきったことであって。
けれども未だに何も変わっていなくて。

実務をこなさないのは逃げているだけ。
向き合ってこそ私の場は生まれる。

向き合うのは自分しか

活字が好きで=本が好きで
ではなくて
活字が好きで
それ以外のなにものでもないし、
それ以上のなにものでもない。


文字は語る
本明朝を語る
フォントブック
たのしくて。

でも美しくないフォントしか使えなくて悔しくて。




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http://kura.hanazono.ac.jp/kanji/20080719.html

「ワークショップ: 文字 ―(新)常用漢字を問う―」のご案内

趣旨

本年(2008)の5月、各新聞や報道機関において、「(新)常用漢字表」(案)なるものが報道されました。 これについて、調べてみますと、そもそも「案」ですらない「素案以前のもの」であることが、明らかになりました。

また、これがそのまま「案」というわけではなく、委員会においては、新たに正式の「案」を作成となっております。 しかしながら、どのような形にせよ、「常用漢字表」の改訂が、各方面に影響を与えることは必至です。

このワークショップ「文字-(新)常用漢字表を問う-」では、そもそも文字とは何であるかという根源的な問いかけから、 常用漢字表改訂の意味、さらには、情報社会といわれる今日、コンピュータにおける文字コードにどのような影響をあたえるのか、 幅広い多様な視点から、文字というものを考えます。

文字、(新)常用漢字表に、御興味御関心のある方々の御参加を希望いたします。

2008年6月15日 記

協賛

漢字文献情報処理研究会

日時

2008年7月19日(土)13:30より

場所

花園大学  自適館 300教室

※ 会場へのアクセスについては、大学へのアクセス | 花園大学 および施設・設備案内 | 花園大学 をご覧下さい。

プログラム(予定)

  • 基調報告 當山日出夫 13:30-13:45 「(新)常用漢字表」(案)報道と現代社会の文字
  • 発表(1) 師茂樹 13:45-14:20 一般キャラクタ論としての文字論の可能性
  • 休憩 14:20-14:40
  • 特別講演 安岡孝一 14:40-15:40 (新)常用漢字と人名用漢字と文字コード
  • 発表(2) 高田智和 14:40-16:15 常用漢字と「行政用文字」
  • 発表(3) 小形克宏 16:15-16:50 (新)常用漢字は本当に必要か
  • 全体討論

終了後、懇親会を予定しています。

参加方法

  • 入場無料。
  • 資料や懇親会の準備の都合がありますので、なるべく前日までに下の申込書にご記入の上、 s-moro@hanazono.ac.jp までメールでお申込み下さい (事前申し込みなしでも入場はできますが、資料等が間に合わないかもしれません)。

関連情報

2008年07月12日「北川達夫さん(フィンランド教材作家)」

ゲストは、フィンランド教材作家の北川達夫さんです。
外交官として在フィンランド日本国大使館で働き、
現在は、フィンランド教材作家として活動している北川さんを
スタジオにお迎えして、話をうかがいます。

久米宏 ラジオなんですけど

放送日時

毎週土曜日 13時00分~15時00分



だそうです。

ラジオが入らないんだなぁ。。。

高校のとき好きだった英語を
あなたのは感覚でやっているだけ
と言われたときからひっかかっていて。
センターレベルのものはだいたい同じくらいとれていたから
なんでそんなことを言われているのかわからなかった
技術や学力にはなっていなかったと気づくのは
まぁやっぱりもう取り戻せなくなってからなわけで。


ある集中力をもって文字を眺めるとき、
なんだかこのあたり自信なさそうだなと思うと
そのあたりに誤植があったりする。これは勘。


感覚的に…
と思うことは当然ながら人には伝わらない。
技術やシステム化できることはそうするし、
できるだけ客観化・一般化すべき。

そう思う。

言われるよりも
言われなくなるほうが
悲しい

せめて
もう相手してられないと
言われたほうがよっぽどいい



追記

このところ不安定な日が続く。

実務がとても多いのに仕事と認められていないことばかり。

それで夕方までかかってしまったり、

マシンが空いていなくて、お昼休みや夜にやらなくてはいけなかったり。

久しぶりに薬が処方される。漢方薬とはいえ「柴胡加竜骨牡蛎湯」 ……。