実質の編集長をやっている社内報は
当然ながら小社のような小社では
デザイナーを立てていないので、
自分でデザインを決めなくてはいけない。
ラフじゃなくて。デザイン。
デザインってさ、ある程度
技術というか型というものがあって、
そこから外れるとき、
型を破るのは踏まえていないとできないことで、
型を無視するのは無知でしかない。
そこに意味があるなら、必然性があるなら、
気持ち悪さのなかに何かあるのなら、
きっと引き受けられるのに、
気持ち悪いだけのものが他の人のところでできてしまった、
そのとき、どうしたらいいのだろう。
デザイン的にこれはない
と私が言うのはとってもおかしくて、
だって私はデザイナーじゃないし、
それが証拠に反発されてしまって、
あなたの感性やセンスやあなた自身を否定しているわけではない
と今さら言ってもしかたない状況になってしまった。
でも私は編集長なので、それを引き受けなくてはいけない。
印刷されて配られたときに何を言われても引き受けなくてはいけない。
本来、管理職というのはそういうことなんだろうけど、
実質管理する立場の私はどうしたらよいのだろう。
専門外の私の意見を聞き入れない気持ちがあるのは理解する、
でも誰の意見だとしても聞こうとしないのは、
もうどうしようもないことだよ、
あなたはチャンスを自分で逃してしまったんだよ。
ただそれを、他人に求めることはどうなんだろうか。
まともな出版物だったら、「もっとよいものを」ということばが
もしかしたら通じるのかもしれない。
でも社内のものだからといって、
「もっとよいものを」つくらなくていいのか?
洋販が倒産。
知っている人はもちろんいる。
ニュース見たり検索したりしていたら、
ふと、長兄が本を出していたのを知る。
本の執筆にかかわったのは、私がいちばん早いのだろうけど、
それは名前が前に出ていないし、なにより名前間違っているし。
次兄はもう出した2冊の話なんかしないけど。
そっか。