福岡ロゴマークデザイン根本和幸 -7ページ目

起業したいが進まない最大の理由

連日の起業の相談をしていて思うこと。

 

やりたい事は決まっていても、どうも動きが鈍いと

いうか遅い。そんな人が本当に多いです。

 

本音を言うとそれってやらなくてもいいんじゃない?

 

あなたの今のベースの生活があるし、家庭もあるし、

会社もあるし、やめてもリスクないし 

理由はいろいろあります。

 

はっきり言ってこの状態では、成功どころか

起業するのもやめておいたほうがいいです。

 

最大の理由は「あなたの覚悟」の問題です。

 

多くの成功している経営者と仕事をして思うことが

別にやりたいと思ってこの仕事をしている訳じゃない。

 

親や先祖から受け継いだ仕事をどうにか

しなければならいと懸命にやっている。

 

やりたいで始めた仕事でも社会から外せない

仕事のレベルまでとことんやり抜いている。

 

もうやめれないって状況までのリスクを

色々ととっている。

 

ちょっと大げさに言うと、同じ仕事でも

借金返済のためにやっている人と

ただやりたいだけでやっている人とでは、

仕事の取り組み方や人としての信用も全然違う。

 

借金を返済するためにやっている人のほうが

これまでの経験上 仕事のレベルや行動スキルも

高いように思います。(もちろん例外はありますが)

 

つまり、ただやりたいだけの状況の人よりも

やらねばならない状況の人のほうがいい仕事をする

と言っても過言ではありません。

 

では、起業したいとか、今仕事がうまくいっていない

人とかは、どうすればいいのか?

 

手っ取り早い方法としては、

何かしろのリスクをつくり、

やらねばならない状況を作るということです。

 

そうしないと起業もなかなか進みません。

 

タグをつけるならどの言葉がいい?!

同じ商品でもどの言葉でタグをつけるのがいいのか?

そんなご相談を受けることがあります。

 

実はインスタではこのタグの言葉の数は

すぐに調べることができます。

 

つまりどの言葉が一番多く使われて

いるのかは解ります。

 

ただ、どの言葉を使うかは?

少し戦略が必要となってきます。

 

より詳しく知りたい方は今週末の講座へ

https://ameblo.jp/logobrand/entry-12565415996.html

なぜ広告屋になったのか?

大学へ進学するかと?考えていた

高校3年生のちょうど今くらいの1月頃に

担任の先生から

「お前の学力じゃ希望の大学には無理!」

こういうデザイン系の大学はどうか?

と進められたのが実はデザインを始めた

きっかけです。

どうせ3流4流大学へ行くなら、デザインの

方が面白そう!と思ったのが当時の私です。

今思えば本当親には感謝しかありません。

 

大学へ行くと勉強どころか夜のクラブでバイトを始め、

音楽やファッションや夜遊びなどアンダーグランドな

世界にどっぷりとはまっていきました。

 

 

休みの度に友人と企画をしてクラブイベントをし、

結構な集客数で人気イベントにまでなりました。

私の役割は、チラシやチケットの製作など。

この時が今の仕事の原点かもしれません。

 

こんな事を仕事にできればと思い、

就職活動は 広告代理店 に絞りこみ、

九州の主要な広告代理店は全て入社試験を受けに

いきました。当時は超就職氷河期と言われ、

どこも書類審査で落とされる中 たまたま面接まで

いったのが朝日新聞系のは朝日広告社さんでした。

面接でのハッタリが通用したのか見事に採用となり

いきなり長崎支社への辞令となった。

 

 

広告代理店といっても仕事の95%は朝日新聞内の

広告スペースを埋める仕事だった。

 

それでも初月から売り上げを叩き出し

同期ではトップの成績でした。

1年目の秋には朝日新聞の地方広告企画賞を

この「ごんあじ」の企画で受賞するまでになっていました。

 

正直広告の基本も何も解っていなかった新人の私ですが、

広告予算をとってくる才能だけはあったように思います。

 

当時私の担当していた小さなオープンしたばかりの居酒屋が

ありました。私も一人暮らしでしたので、よく食べにも行って

いました。私がお願いするとよく広告を出してくれていました。

今思えば小さなオープンしたての居酒屋が新聞の広告を何回も

出してくれるなんて! 費用対効果は全然なかったと思います。

それでも私がお願いすると広告を出してくれて

総額で200万円以上の広告費になっていました。

数ヶ月もしないうちにその居酒屋は潰れてしまいました。

私は顔も出せませんでした。 

すごく辛い気持ちにもなり、ウツ状態にもなり、

長崎にもいたくなくなり、会社を辞めることにしました。

 

 

 

もう一度きちんと広告を勉強しようと思い、

福岡の製作会社へ入りました。

パッケージデザインが私の担当となり、

今のロゴマークデザインの仕事へと繋がってきました。

 

 

時代とともに媒体はどんどん変わってきていますが、

広告という「広く告げる」という本質は

変わっていないように思います。

 

今の時代にあった最善の方法で

お客様の情報を「広く告げる」ことが

今の私の役割だと思っております。