60歳を過ぎる頃から毎日服用する


薬が必要になってきた。


予防的な薬品であるが


今では数種類になっている。


食前食後、週一回のものなど


つい忘れそうになる。


特に食前は忘れることが多い、


食事を食べ始めてからハッと、


気がつき服用するのだが効果は半分だそうな。


現在此処といって特に悪いところはないが、


全体が老化しているので無理は出来ない、


運動量が少ないのが一番いけないのは解っているが


挑戦する気力が減少していて一人心配している。


無理をしてはいけない、気持が先に立つ。


言い訳のようだが、仕方ない。

生まれて初めて誕生パーティーなるものをやってもらった。


70年の間、子供のころは食うのに精一杯の世の中で


お祝いどころの話ではなかった、


青年期はまだまだ生活に追われて働き蜂で


パーティーなどは念頭になかった。


熟年になると誕生日を忘れるくらいになって来て


祝いらしいこともしなかった。


このたび社員が内緒で仕組んでおいてくれて、


全く予期していなく、会場に案内されて、


はっと、気がついた。


元気な社員の顔がずらっとならんでいるのを


見たとき眼がしらが熱くなり


何とも言えない嬉しさが込み上げてきた。


他人が花束を貰う情景は何度も見ているが、


自分が貰うとなると、こんな厳かな気持ちになるのだ、


と深深と身にしみた。


社員の一人一人の気持ちにただただ感謝であった。


人間の心の温かさをこれ程感じた瞬間は


人生で初めてではないだろうか、


自分の人生を褒めてもらったのも初めてである。


面ばゆいが。



地元の小学校から卒業式の参列案内が来た。


20年近く学校施設開放委員会長を


拝命している関係である。


年配の人は今様の式を知らない人が殆どだと思う、


まず名称が卒業証書授与式である、


優等証書、皆勤賞など個人を表彰することは一切ない、


総代で証書を戴くのではなく、一人一人校長から戴く、


仰げば尊し、蛍の光の歌はなく、全員で別れの唱歌、


送る唱歌を合唱する。 


送辞、答辞も全員で一行ずつ読むのである。


全員が主役であるからこれで良いのでしょうが、


なんとなく張りがないような感じがする。


しかし先生の演出により会場の雰囲気が高揚してくると


何人もの生徒がしゃくりあげて泣いている。


先生も父兄も来賓も眼がしらを抑える。


大人はつい自分の時代と比較したがるが、


今は今で記憶に残る素晴らしい厳かな卒業式なのである。


時代の変化は時代を経過してみないと解らないものである。