歳のせいか近頃、交友の範囲、時間が少なくなった。


3月3日の誕生日には多くの友人や先輩、後輩、教え子から


お祝いの電話やメール、がありとてもうれしく有り難かった。


そしてそれぞれの人に逢いたくなり行動を思い立った。


以前は何かにつけて友人知人を訪ねたり、迎えたりしていたが


最近ご無沙汰ばかりなのでこれからは極力出かけて会うように


しようと思っている。 


多くの顔を思い浮かべると、無性に逢いたくなる。


今のうちに行動を起こしておかないと遅くなる、


とゆう心配も手伝う。


また以前に行ったことのある場所も懐かしく思い浮かぶ、


昔を思い浮かべながら想像するだけでも顔がほころんでくる。


皆元気のうちに、と思う歳である。



若い時の営業の接客には


相当の神経を使ったものだ。


相手の性格や素振りは


数回会ううちにわかってくるのだが、


何回会ってもその気の使い方には


自然と気力が入っていて


気がつくとかなりの心労となっていた。


接客が終わり一人になったときに大きく感じた。


人間自分に自信のない時ほどガードをする


努力が無意識のうちに大きくなっているものだ。


もちろん相手にも気付かれているのでしょうが、


それは若さがカバーしてくれていた。


社会の未熟な一員がそのような努力を重ねて、


また時代の社会人を育成する側になって役に立つのである。


目の前だけを見ず頑張れば


総てのことが必ず役立つときが到来する。 


若い時はそれなりで決して恥ではなく、


宝庫である。





学卒後倉庫会社に入社し2年間現場で埃にまみれ、


さらに2年間受付や労災関係の修業をして営業職についた。


最初は役所に提出する書類作りなど基礎編で勉強であった。


少しづつ得意先周りをするようになり、


得意先の担当者との会話になると自分の見識の


狭さを知らされ戸惑った。


仕事の話は何とか辻褄が合わせられるのだが、


世間話になると何とも心もとなかった。


25歳の青二才の持つ一般教養はゼロに近かった。


政治経済、趣味、スポーツ、日本歴史、世界史、各種のマナー、


などなど、相手によってあらゆる会話が出てくる。


概念的には解っていても少し掘り下げた話になると、閉口である。


急には無理だが何とかできる限り早く、身につけようと努力の開始である。


以後約30年間常に頭においてようやく染み付いたような気がする。