タイトルの通り。私を責めたのは、誤解が起きない様に「義父」と明記しておく。
彼の娘であり私の妻の持病の大きな発作による急死があった。

何ヶ月経たかは書かないが、やっとまともになって来たかな、と思っていても、

思い出して、倒れ込む事がフラッシュバックする場合もある。

 

妻が亡くなり、葬儀のほぼ全ての手配を私自身で殆どやり切った。

(姉夫婦が、手伝ってくれたのは、本当に救われた)
妻の父親は遠隔地におり、体調の都合で来られない。

葬儀当日、電話で話しあった時に、分骨して欲しいと言うご希望なので手配した。

(淡々と書いているが、まだつらい)その時、義父は金額は伏せるが、
葬儀代の足しに、お金を送ると、電話で私に言った。

妻の骨と自宅で何日か過ごして、福田家のお墓に納骨する日を決めた。
姉夫婦が手伝ってくれた。一人で納骨するつもりだったから助かった。

 

その夜、義父に納骨した事を電話で連絡した。

話している内に、やたらと私に「間違った宗教」と責め立てて来る。

私は、洗礼を受けたカトリックのクリスチャン。
理由は、幼稚園の頃から縁があってカトリック教会と親しんでいたから。

そして、離婚経験を神様に清めて、洗い流す方法。

もう一つは、私がブルーグラス・カントリーの音楽愛好者だから。

ジョークとしては、家の家紋が島津轡で長州藩士であったし、

「とある魔術の禁書目録」なら、お気に入りの天草式の五和ちゃんとつながるし。

義父は「検証会」とかいうエチレン正宗の信者で、自分の宗教が正しいんだと。

さんざん、間違った宗教、と罵られてしまった。
ありゃなんだったんだ???(正しい宗教名は書かない。モメるとイヤだから)


あ、お義父さん、正しい宗教は間違った宗教にお金を送らないんですねぇ。
まだ分骨のときお義父さんが提示した金額、ウチに届いてないのそういう事ですね。
すごいねぇ、正しい宗教のなさる事は。あははは。あきれてんだよ、オレは。

 

 

まずは、無連絡状態になった事、心からお詫びいたします。
私は今年の二月に、妻と死別しており、そのショックがフラッシュバックします。
お仕事のお話を頂いた時はマシだったのですが、直後フラッシュバックしました。
約一週間少々、完全に寝込んでしまい、パソコン、スマホとも使用不可能。
完全に独り暮らしのため、代理の者に連絡をさせる事も不可能でした。

この点について、本当にスタッフの皆様にご迷惑をおかけしました。

深く、深く、お詫びいたします。

 

では、お仕事の方は、というと合同出版で、と水を向けて頂きました。
そして伏せますが、私の出資金額が、現在の私の生活水準では、困難です。
これは、フラッシュバックの間に真剣に考えて出した結論でございます。

出版のお話を頂く少し前に「ハヴァシュ式デジタルレッスン」を申し込んでいます。
これは大人になってからでもヴァイオリンを学習するメソッドです。
こちらに支払った受講料は、合同出版の金額よりかなり少ないものです。

それでも私にとっては、小さい金額ではありません。

フラッシュバックの可能性を持ちつつ、ヴァイオリンを学習しながら、

そして書籍も出版するというのは、現実的ではないと感じました。
それから、合同出版の金額でご提示いただいた、私の出す金額。
その金額を出すなら、今の自分はヴァイオリンを買うだろう、
という事も、寝込んでいる間に考えておりました。

 

頂いたお話はとても魅力的です。自分のブログが書籍になるのですから。
ただ、楽器習得をしながら執筆等が出来る程の器用さはないのでは、

そしてフラッシュバックという爆弾を抱えて、お請けするのは無責任。

 

連絡が取れなかった理由、今回見送らせていただく事、お伝えさせて頂きました。
フラッシュバックの払拭、ヴァイオリンのある程度の習得、そうなった時、

まだ私に可能性を感じて頂いていたら、改めて、お話出来るかもしれません。

全て可能性を消すことはお互いに良い事ではないと思います。

特殊な形ですが、こうしてお詫びをさせて頂きました。

GalaxyBooks様、改めて、誠に申し訳ない事を致しました。お詫びいたします。

高校時代のバンドの話を思い出した。相当、頭に来たのが残ってるな。

やりたい演奏をちょっと位は聴いて貰おうと、先輩たちと集まった時の事。
「なぎら健壱・永遠の絆リサイタル」の音源を持って行った。
「永遠の絆」自体もやりたかったし、他にもやりたい曲があった。
インストゥルメンタルで入っていた「レッド・リバー・バレー」もその一つ。
もちろん、なぎら健壱さんの「昭和の銀次」とかもやりたかった。

 

まずスリを扱った「昭和の銀次」はイキナリ却下。犯罪者はダメだとさ。

そして「永遠の絆」は「ナターシャ・セブンがやってない、ダメ」だと。

「レッド・リバー・バレー」は、フィドルがズレてヘタだと、酷評。

 

頭を抱えた。このフィールドフォーク至上主義者ども、バカ耳か?
ヘタだと酷評したフィドルを弾いていたのは・・・
マウンテンプレイボーイズで一時はリーダーもしていた、宮城久弥さん。

日本のカントリー界、ブルーグラス界で、一番フィドルが上手いとされていた方。

 

なお、マウンテンプレイボーイズはジミー時田さんのバンドでもあった。

そして、いかりや長介さんがベースで参加していたバンド。

そこでフィドルを担当した、宮城久弥さんをヘタだって?バカ耳が!!

そこの日本カントリー音楽愛好の方、激怒して、良いぞ。
もしくフォークスの腰巾着たちのバカ耳を笑ってやれ。

金平隆さんのスティールギターの音にまで、苦情を言ったからな、あいつら。

狂信的ってのは、ああいうのを言うのだろうか?

内緒で聴かせたら、ビートルズやベンチャーズまでケチをつけそうなバカ耳たちだ。

何だか、タイトルを見ているウチに、昔は色々あった長屋のご隠居みたいな・・・
政治活動をやり、音楽活動もやり、学生運動とか、会社員とか、ブラック企業とか

 

で、今は結構、のどかだなぁ、と想いたい。
まぁ一応、ライブハウスのレギュラーの弾き語りはしていたな。

これが証拠。村上 律さんのライブのオープニングアクトをしている。
使用楽器が、アコギとバンジョーで同一だったのである。

なお、リハーサルの時に「勉強してきました」と申告した。

本番で、アルバム「ロホホラ」などから、ステージで三曲ご一緒させていただいた。


「さらばジャマイカ」「ライオンは寝ている」「ミスターボージャングル」である。

おー、まるでミュージシャンの様だな、私(ミュージシャンだろーがっ!)。
村上律さんと言えば、有名な所では、長渕剛さんの大きなライブのサポートかな?

しかし、ご本人はいたって気さくな方で、ライブのあと、一緒にラーメンを食べた。


その時に自己紹介のつもりで、
「私、田代ともやさんの弟子なんですよ」
と言ったら、ニコニコしながら、
「へぇーそっかぁ、ともやクン元気かなぁ」
と言っていた。

後に、田代ともや師匠にその話をしたら、ともやさんもニコニコして、
「へぇー、律さん覚えててくれたんだ、うれしいね」
と言っていた。

こんな風に、お互いに覚えていることを楽しみたい。
そういえばハワイの路上で久保田真琴さんと、田代ともやさんが、すれ違った。
お互いに音楽をやっていると話をして別れ際に思い出し、
「え!ともやクン?」
「あれ!久保田サンじゃないの」
それ以降、数年、久保田さんの「夕焼け祭り」のゲストに、ともやさんが出た。

もちろん、自分のバンド「テキーラ・ジャム」と一緒に。
素晴らしいなぁ、と感じる。

音楽はいがみあう道具じゃないんだけもんなぁ。
なぜか私の周囲ではいがみ合いが起きる。
フィールドフォークが日本共産党の影響下で動いているからかなぁ、とも考える。

それはそれとして、演奏の後とかに、「お前の考え方では日本はうんぬん」などど。

そんな事をしていると、音を楽しめない。
まずは音楽なんだからさ。
面倒がりの私は、各種楽器を学習し、一人多重録音に走っちゃったの・・・かな?

 

高校時代などでのバンドで、酷い目にあった話を、このブログで書いた。

問題は「新入り(私)」をどう扱うかにあったと思う。

それらのフィールドフォークバンドは、私が疎遠になったら、衰退し解散している。
きちんと継続させたければ「俺たちはナターシャ・セブンのコピーで行く」、
と私を含めて申し合わせナターシャ・セブンの演奏タイミングなどを習得するまで、
『ちゃんとバンドの練習をする』べきだったのに、二年生、三年生が出来るから、
「お前も出来しろ」と放置して『合わせる練習』をしなかったのが、原因。

電子楽器メーカーで参加した時は、プログレのバンド、SGAバンドにも入った。
軽めのロックバンド『トリオ・ロス・タバカラス』にも参加した。
そして、いずれも『合わせる練習』をきちんとした。だから楽しかった。
バンドもそれなりに続いたし解散しても元メンバーは、お互い仲良くしていた。

企業はどうだろう?その電子楽器メーカーは、
「昼過ぎ出勤・穴埋め役をしていた福田康英を叱責する困った上司、与児島係長」
がいたのだが、日本資本の会社だったのに(私が辞めたからじゃないと思うが)
USの合弁会社に資本を持って行かれているそうだ。(乗っ取られたのね)

それでは、政治経済はどうか?と話を広げてみよう。
次の世代の政治家、経済計画を立ててインフラストラクチャを1,000年先まで保たせ、

税金を私物化することが恥であると認識し、日本民族の国家として保つ。

そんな先読みをする国家1,000年の計を立てられる真の政治家、官僚はいるのか?
国の三要素、国土、国民、インフラストラクチャの機能を含む政治経済。
これを目指す、本来の(政治屋ではない)政治家を欲する。

 

後進を育てるより、税金を私物として懐に入れ、手抜き工事で稼いでいないか?
それで道路に大穴が空いたりするんじゃないのか?
日本の現在の憲法は全く手つかずで問題があっても不可侵になっている。
教育基本法も同じだ。まずはここらへんから手をつけるべきだし、後進を育てよう。

私とて、レコード、CD、DVD、その他でクラシック音楽を聴く。
北アメリカに入植があって、宗教やら何やらが原因で、人の移動。

その後、鉱山が見つかって南北戦争があって(以下略)
さて、カントリー音楽や、そこからエッセンスを取り出したブルーグラス音楽。

これはビル・モンローさんとかアール・スクラッグスさんの名前を置いてすませる。
(おい、雑駁だなぁ・・・)
ここで、歌い演奏された曲は、アメリカ合衆国の国の宗教がキリスト教なわけです。
したがって、神様を讃える讃美歌は中に入っています。
それから、スコットランド、アイルランド、グレートブリテンの歌。
そこには、ナーサリーライム(マザーグース)も入っているでしょう。
イギリスのバンドですが、ビートルズが「エッグマン、エッグマン」と歌う。

これはナーサリーライムのハンプティ・ダンプティ(なぞなぞ歌。答えは卵)です。


じゃ、メロディはどうなのか?
他所で書いたのと同じ事は書きません。そっちをどうぞ。
何となく覚えているクラシック音楽のメロディを、あやふやなまま再現かも。
もちろん中には「カエルの求婚」みたいに、ルーツがヴィクトリア王朝の物も。

私は今、ヴァイオリンに取り組んでおります。
で。前から気になっていたのが、曲の出だしの所あたりなのですけど・・・
「ユモレスク」と「ビリー・イン・ザ・ロウ・グラウンド」が似てるなぁ、と。
速度は「ユモレスク」の方がはるかにゆったりしています。
ブルーグラスのレコードで「ビリー・・・」をちょっと早めに弾いていました。

しかも主旋律が、フィドルだったわけ。

 

似ているんですよね、「ユモレスク」と。
案外クラシック音楽の曲を超高速で弾いてチップを貰っている内に、変化したのかなぁとか類推します。
お金がないので現地調査には行かれませんが。
アメリカ民謡とクラシック音楽が仲良くたって良いじゃないか。
みんな、相手の国の礼儀を守って、平和に仲良くしようよ、とか思うのです。

高校の時、参加させられたバンドのメンバーは「高石ともや(友也、ではない)とザ・ナターシャ・セブン」、及び「笠木透と我夢土下座」「凪の座」の信者たちだった。
私が、自分で望んで作ったバンドではなく、すでにあったバンドでギターが不在になるから、先輩たちからお声がかかったので「参加させられた」と表記した。


中学時代に、なぎら健壱さんの「永遠の絆(とわのきずな)リサイタル」のレコードを入り口に、高田渡さん、岩井宏さん、加川良さん、岡林信康さん、遠藤賢司さん、斉藤哲夫さんたちに惚れこみ、田代ともやさんに弟子入りした私とは、どうにも合わない所があった。


また、自分はドク・ワトソンさん、ノーマン・ブレイクさん達にひかれ、ニッティグリッティダートバンドのセッションにひたっていた。

ウディ・ガスリー様やカーターファミリーを聴き、アーロ・ガスリーさんに心酔とかしている内にライ・クーダーさんにハマり、デビッド・リンドレイさんではしゃぐ私。

いきなり品行方正なナターシャ至上主義からスタートした皆さまと合わなかったのですよ。
私がニッティグリッティダートバンドのタイミングで"Keep On The Sunny Side"のリフレインを歌おうとし、彼らはナターシャ・セブンの「陽気に行こう」のタイミングで歌おうとする。ここで、向こうが高校の先輩なので「お前は間違っている」と袋叩きにあうわけです。(高校の先輩であって音楽業績の先輩ではない)
"Will The Circle Be Unbroken"に至っては、ナターシャ・セブンはコレという訳をしておらず、なぎら健壱氏の訳で歌うと、罵詈雑言を浴びせられ、酷い目にあった。
レッド・リバー・バレーを歌ったらワザと違う歌詞で歌って重ねて嫌がらせとか。
 

まあ、道は違っても同じ所にたどり着く事もある。
ナターシャのバンジョーとギターの名手、城田純二さんが弾いていたインスト曲を、それを知らずに、元の音源から耳でコピーして弾いた事が何度かあった。
その度に「その曲は純ちゃんが弾いていた」と貶す口調で嫌味を言われて遮られる。 ドク・ワトソンさんの「リドルソング」を弾いても「それは『凪の座』の曲だ」とケチをつけられる。いやいや、元のドク・ワトソンのを聴いてから文句を言えよ。
しかし私は高校一年生。彼らは二年生と三年生。先輩が何?あ、何でもありません。

中心メンバーのリーダーは、心の底ではよほど私が嫌いだったのか?
まあ、今更だが、中心メンバーが、川向こうさんだったから、私が気に入らなかったんだろうなぁ、と諦めている。結局、そこでは楽しく弾けなくなってしまった。
という訳でそれらの私の演奏を聴きたければ、私と仲良くしてほしい。
ナターシャのマネ、純ちゃんのマネ、と言われたとたん、私は不機嫌になり、
「また後日、弾くよ」 と言う可能性が高いけどね。www
あ、バンドの名前を書いておこう。ブルー・スカイ・ボーイズ。
同名のバンドがアメリカにもあったが関連はない。
ここには内容を書かないが、ある事で私を激怒させたバンドのリーダーの名前のみ伏せ字で書いておこう。村○田○と言う人物である。
私が一番後輩だったのが運の尽きだったなぁ。
ちなみに、日本人向けにとても良く整理された演奏をし、高石ともやさんがステキな歌唱をするというのは、私なりに心得ているから、ナターシャ・セブンそのものを否定する気は全くない。
ナターシャを錦の御旗にして、それ以外の音楽を見下す困ったちゃんが苦手だから、近寄りたくない、という話でございます。

私には疾患があります。最初の会社で、とある私が辞表を出した現場に昼過ぎに出勤して来る上司がいました。(与児島《ヨコジマ》、お前だ、お前)
午前中に仕事をしないかというと、私はちゃんと朝の定時八時半には席に着く、ギリギリでも社屋に駆け込む、という、まぁ、マシな出勤を、一年先輩の、清村さんとしておりました。

上司の技術力の高さを見込んで、そういう暴挙が通っていたんだと思います。

実際、実力はとてもある上司でした。
午前中に、隣の課の井上課長から、声がかかり、ややこしいソフトの改変の依頼。

しかしこれをしないと、外部の方にも迷惑がかかる、というお話。

「福田くんなら、出来るはず。頼むよ」
当時、主任Bの私が、部署が違うとは言え課長にNOは言えません。
主任Aの清村さんだって言えないでしょう。
課長の指示じゃ与児島は係長、課長を優先じゃ~!

と、昼過ぎにのどやかに出勤してきた与児島係長にイキサツを説明。

私、超叱責を与児島係長に浴びました。そんなん、井上課長に言ってちょーだい。

の前に、テメェ、朝ちゃんと定時に出てこいでございます係長様、敬具。
こんな事が他にもいくつかありまして、脳の中を食蜂操祈ちゃんに整理して欲しい。

ブラック企業じゃないんだけど、変な軋轢が来て、出勤時に吐き気がしたり。
そこらが引き金になって、今に続く双極性障害を煩って、Uターン。
当時は妻子がいたので稼がにゃならんので、すぐ転職を結局は、二回。
(パワハラ企業・モラハラ企業)+(ブラック企業)と続いたので、私の底力は、あっさり尽きます。
この所の虎さんは、どうか、というと・・・
何もしてない時は、ひたすら(良い意味で)休んでおります。
こんなヤツ(私)に継続したバンドなんぞ

出来る訳がない!
そうは言っても、楽器好きは根本にあるのです。
ちょっとでも調子が良ければ、フラット・マンドリンやハヴァシュ式デジタルレッスン(ヴァイオリンのメソッド)を、休みがちながら、練習しているのです。
この所、ドーンと調子を崩したから、また楽しまねば。
一番調子を外しちゃう(フレットがない)ヴァイオリンと格闘するのは楽しいよ。

・・・これだけ楽器を弾くヤツにバンドはいらんぞ。
ドラムスは、打ち込みでしちゃうし。(え?)

他人のバンドのお手伝いで、各種楽器を持ち替えるクセに、自分がシンガーソングライターでありながら、自分のバンドを持つ事が今(63歳と3ヶ月)に至るまで無かった。
中学校の文化祭では、ギターの弾き語りで「想い出という街」を歌った。
高校に入ってからは、ナターシャセブンのコピー高校生バンドに参加。

ここで、バンジョーとフラット・マンドリンを覚え、オートハープを覚えた。
なお、高校生の時に約1,000人の高校生の歌の歌唱指導と伴奏をしている。
大学では、ブルーグラス同好会と、手話の同好会に入った。
しかし、歌の集まりの伴奏を頼まれ、逃げ場がなかったので、やむなく引き受ける。

ここらで「楽器があるから朝八時に迎えにいくよ」をすっぽかされた。
十時になり、自転車を荷車代わりにして行った。ひたすら待ってても良かった。
ねぇ、どう思う、牛島先輩?他にも、イベント参加者が、ギター伴奏をさせられた私を「除いて」皆様、打ち上げに行って、山口弁で言う「はぶてた」事もあった。
これ、はぶてる(不機嫌になる)方がおかしいのかね、牛島先輩?

大学卒業後、電子楽器メーカーに勤務。ここでのバンドに文句はない。
皆さん社会人、大人である。
Uターンで山口県に帰郷。ここで社会人のバンド「風来坊」に補助参加。
補助と言いつつ、スライドギター、バンジョー、オートハープ、フラット・マンドリン、ブルースハープ、練習時のへたくそフィドル、と、普通のギターの弾き語りの私にあんまりだぁ、という状態。このバンドはリーダーの定年で解散。
行き場所が無くなった私は、自分のバンドがないから多重録音で楽しみ始めた。
女性ボーカルは、初音ミクや巡音ルカを使ったりもしたけれど、ネットで歌いますと言っている女性に頼んだり、メンバーをさがしてユニットを組んでみたり。
私とデュエットしてもらったのも手元に残っている。
自分のバンドを継続して持てたかった(持たなかった?)理由は、ちょっと、きなって(格好つけての山口弁)かくと、この田舎にしては、私が楽器の持ち替えで便利すぎたからかな?卑下して書くと「弾けよオラ」と言われたら弾く人だったからだ。
 

#敬老の日_投稿キャンペーン
2011年3月21日に父が亡くなり、それより前に祖父母が亡くなっている。

祖父は私が産まれる半年位前、母に
「今度、生まれるのは男の子です。だから私は安心して、死ねます」
と伝えてから亡くなっている。
祖母は、闘病生活で病院に入院したのを見た記憶がある。
今、私は独身状態で、男の子がいないから、この話を聴くとちょっと申し訳ない。

現在の生活に、妻と男の子がふえたら、にぎやかになるだろうとは思うが。
では敬老の相手は?90歳を過ぎた母親になる。
何か不都合が無い限りグループホームの母のところへ出かけていく。
私の誕生日には「母さん、産んでくれてありがとう」と言う事にしている。
母親は、意味のある言葉を喋れないながらも「・・・、・・・・・。・・・・」と、

返事をしてくれるから、それで私は十分だ。

以上は全て父方の祖母と父母の話。
母方の親戚は、母とすでに何か有ったらしく、私の人生にはあまり関わってない。

また、父の死後母親が親戚付き合いを切ったらしく、そちらとの関わりもない。

もし関わられて、借金を申し込まれたりしても、ウチはそんな余裕はない。

「こんなにあるんだから、楽器を売って、その金をよこせ」と言われても困る。

そんな感じで、後は姉夫婦。今は穏やかに接しているな~
書きたい事がある、と言えばあるんだけど、書く必然性がないから、書かない。