それなりの年齢(還暦を少し過ぎた)になり、とっくに親父は亡くなっている。

母親は、グループホームにいて、すでに会話できない。

私が話しかけると、ちょっと視線を動かすかな、という感じ。

もう20年以上も前、同い年の友人が40歳の若さで亡くなった。

とてもツライので詳しくは書かない。

 

人間はいつか死を迎える。

地球が消滅しないとして、その地球の大きな流れの循環に帰るわけだ。

そして一人の人間が生命を健康に維持するための、飲食の量、

あとは身体を動かす量などは、個体差はあれども無限大ではない。

 

ずっと思っているのは、

「あの世に持っていけるのはこの世での思い出だけかなぁ」であり、

「財産があっても、お金もあの世にゃ持ていけない。借金も追いかけて来ない」

という事。

 

死ぬ時が怖いかというと、今はさほどでもない。

「痛いのは嫌だな」と思うから、痛くない死に方で、死に顔が穏やかなら良い。

 

人間が一生のうちに体験できる事には上限があるんじゃないかと思う。

それは人それぞれに決まっているのだろう。

自分が消費するもの、自分の肉体そのもの、住む土地・建物などについては、

ひと時、太陽を主体とする宇宙からの力を使わせてもらいながら、

地球から借りているだけなんじゃないか、と感じている。

死ぬというのは、それを地球や宇宙に返す事。

使わせて貰っている間は、感謝して使わせて頂けば良い。

クリエイティブとされる仕事をするにあたって。

「そういう仕事は、いずれAIにとってかわられる」
とか、

「AIが参照しているデータベースには無許可の物があるから使うな」

など、あまり良くない意見を目にする。

そういう考えもあるんだなぁ、と思って眺めている。

画像生成AIについて、特に厳しい。
 

私の場合は、付き合い方によっては、単なる道具として、
「AIさん、手伝え!」
で良いんじゃないかな、と思う場面も結構ある。


私が男性なのでこういう方々を列挙するのだけど、

白土三平 横山光輝 手塚治虫 水木しげる 石ノ森章太郎 松本零士 などなど
(後ろにちゃんと先生と書いてあると思って下さい)
こういう方々や、その影響下の先生たちの模写もせず自分の絵柄を確立出来たか?

何らかの参考にしただろうと思う。


私の場合は、水木しげる先生、松本零士先生の影響が大きい。

そして大学時代には、たがみよしひさ先生や小山田いく先生の絵を真似て描いた。

後に電子楽器メーカー勤務で立体音場装置のコントローラーをプログラムした。
この時、左斜めから見た人体のイラストを描き、それを球を表す線で囲った。

少年っぽい人体のイラストは、明らかに小山田先生の影響のもの。

同室のスタッフに海外の人がいて、システム・エンジニアに向かって進んでいる筈の私が描いた『イラスト』を、

「上手いイラストだね。なるほど音の定位と人体がわかりやすい」

と面白がってくれたのを思い出す。
チームリーダーの課長も笑顔で「福田クン、漫画家もするのか?」と笑っていた。

 

ギターに関しては、当然ながらブルーグラス系も入るがクラシックも。

小原聖子先生(クラシック)、ドク・ワトソンさん、クラレンス・ホワイトさん等。

やはり誰かを参考にしてスタートするのが普通だと思う。

 

コンピュータで数学の問題を総当たりして解いたり、ランダムに値をぶつけて解いたり(モンテカルロ法の事)という人間には出来ない方法を使うのは邪道ではない。

 

私が「工学部」の出身で、理屈よりも現象の活用を発案するタイプだからかな?

(「理学部」の出身だと、なぜその現象が起きるかが重要らしい)

結局は人間の絵描きが手作業でやっている事と変わらない。

AIは「無差別に超高速で情報集め(無差別に、が問題)」をしてしまう。
人間にも「これこれこういう漫画家っぽく描いて」くれる人はいる。
たなたろう先生もそうだし、田中圭一先生もそうだなぁ。

 

訴えないで下さい!(祈)

任天堂の「Switch2」かぁ・・・

予約したワケじゃないから、入手は当然できない。

白物家電みたいに「ないと困るんだよ」という物でもなく、

仕事で使う道具(パソコンやEWS+アプリケーション)でもなく。
 

私の場合は色々なそれなりのグレードの楽器があり、仕事に使っている。
親父(故人)は建築会社の社長をしており、そのあたりは徹底していた。
「趣味のドライブ用にスポーツカーを購入」とかは全くしない。
その代わり、ブルドーザーや現場に職人さんを連れて行くマイクロバスは買う。

仕事の規模を変更せざるを得なくなったら、ライトバンを導入。

後ろのハッチを開けると、親父が自分で作った棚と仕切りが取り付けてある。

そこに工具の類などが機能的に分類して収納してあった。

 

棚の状態だったのは、上の棚を丸ごと置き換えると別の現場用になるから。

そして、親父の趣味だった釣具の棚があった様に、なんとなく記憶している。
「その位は、楽しんで良い、熱心に自分も動く社長」だ。
必要なら買うのは親父と同じなのだ。(親父が大好きなのである)

 

私は、大学卒業後、一時的に会社員になり、転職もし3つの会社を経験した。

今でいうブラック企業でありモラハラ、パワハラ、残業手当ナシもあった。

高度成長期にあたるが、必死で働く側であり、今なら貧困層になるだろう。
結局、身体と心を傷めつけてしまい、会社員を辞め、長期療養した。

その後、自己責任で昔からの目標、デジタルコンテンツの制作を開始。

好きな事を仕事にし始めた。当然、猛勉強もした。

機材も購入し、必要なアプリケーション、楽器なども追加入手。

 

大学合格の時、教授が「君らは何でこの大学に入ったんだ?」と質問。

ほぼ皆が「偏差値を理由に選んだ」「学費が理由で」という中で、私だけが、
「将来、自分の音楽制作スタジオを持ちたいから」
という理由を言うと、教授が「そうか、しっかり頑張れ」と言った。
はい、今まさに、音楽や動画の制作をしております。
年齢的に、亡くなられていると思うけれど、ちゃんとやってますよ、教授。
あと、地元の国立大学だから学費もおさえられ、田舎だから家賃も安かった。

それなりに、親孝行だったんじゃないかな?

かなり昔にそろえたブルーグラス楽器の教則本。

ギター、バンジョー、マンドリン、フィドルの四冊。

私が四冊とも買うんだから、値段は仮に高くても、合計8,000円ちょいの筈。

実は正確な値段は覚えてない。


ふと思い立って、その時買ったマンドリンの教本の値段を確認。(Amazonで)

ええーっ、輸入品しかなくて、なんと、13,500円もする。


うわぁあぁ。他の3冊は見当たらない。

もし同様の値段なら、54,000もするのか。

50,000円だったら、楽器が一台買えたなぁ、昔は。

ひぇ~!

ちなみに「107 SONG BOOK VOL.2 フォギー・マウンテン・ブレイク・ダウン。5弦バンジョー・ワーク・ショップ編」は、1,593円。
一つの楽器の教則は、これくらいが順当だと思う。
教則本集めで破産して、楽器が買えなくなっちゃうもの。

唐突に、中身のない、表紙、裏表紙、背表紙だけで、中身がない辞書の絵を思い出しました。

何かのコミックかアニメで見たのか、勉強法の本の挿絵で見たのか?

「覚えたページを破り捨てて、食べる」という話だった気がします。

そうすると、厚味のある参考書だったのかもしれません。

 

自分も子供の頃から、結構な量の本を読むタイプだったな。

母親に「本の虫」、挙句は縮めて「本虫」と呼ばれる始末だった。

「本虫」とは釣りのエサに使う「イワイソメ」の通称。姿はミミズの平たい物。
岩の中にある隙間を棲家とするので、親父はツルハシで岩を割って獲っていた。

もう一種類、砂の中に棲息する、ゴカイという、やはりミミズににたエサもあった。
これ以上書くと、このブログが「釣りキチ三平」とか「釣りバカ日誌」になる。
 

私は理系なんだけど、大量の読書のため、周囲に文系と信じられていたんですよ。
と、書きたかっただけなんですけどね。

タイトルの答えを書いてしまおう。

「人間」

です。平気で同族を殺傷し、騙し裏切り、居住環境を破壊する。

「天災」も恐ろしいが、こちらは万物に平等だから諦めもつくだろう。
 

人間が思いつくものはみな、過去に見聞した物の組み合わせらしい。

幼稚園などで子供たちに「オバケの怖い生き物を描いて」と言った時には?

すでに知っている生き物のハギ合わせを描いてしまうそうだ。

そう言えば人魚は人の上半身に魚の下半身だ。

両面宿儺は人間二人をハギ合わせて巨大化させたもの。

鵺は、とらつぐみ、という鳥の事でもある。

ただしこっちを思い浮かべる人も多いだろう。

「猿の顔、狸の胴体、前後の肢は虎、尾は蛇」見事なキメラであると思う。
案外これが後のロボットアニメの合体タイプの物の発送の元かもしれない。

何か嫌な経験をした時に役所関係、警察関係の方々や教師に腹を立てるのは普通。

腹が立った時だけ書くのは不公平なので、そうでない事も書いておこう。

市役所とその福祉関連の別棟に用事があったのだけど、大変親切に対応して頂き、感謝している。
警察での経験では、免許証を返納した時には、窓口のカウンターの警察の方が並んで礼をして「勇気ある決断ありがとうございました」と言って、送り出して下さった。

同じく警察に関して(中には相性が悪い人もいるが)きちんと話を聴いて下さり、ちゃんと調書と被害届をご自身でワープロで確認しながら書いて下さって、そのまま受け付けて下さった刑事部部長もいらっしゃる。
こういう方々には心から感謝しています。
対処がモタモタしていたり、警察官だからと、ふんぞり返っていると、ちょっとなぁ、と感じるのは当然ですね。


きちんと丁寧に対応して下さった時には、
「こういう方々が、きちんと本当の中立でいられるための税金からの給与だな」

と感じる。

残念ながら、小中学校(国立)では良い教師に出会えなかった。

高校(県立)では音楽、それもクラシック系の音楽を教えてくれた恩師がいる。

そういう先生が、県民税の給与で良いじゃん、と思う。

 

結局、どういう人と出会うかという問題なのだと思う。

職業が何だから、ではなく、その人がより良く職務をしようと思う人との出会いは大切だと思う。

職務その他の権限を振り回し(周囲が穏やかなので)見下して暴言などでマウントを取るという人とは距離をとり、関りたくないと思う。

結局、普通の事を書くしかないのですよね、うん。

ストーリーとブルーグラス音楽の方は、三浦 功と福田の担当。

コミックの形にするのは、花房クンの受け持ち。

という分業をするコトなのですよ。

ここへ来て、花房クンは改めて、絵の練習を始めちゃいました。

「どうせ描くなら、今より良い絵を描きたいからさぁ」

というコトなんですね。
修行の方法なんですけど、それは花房クンが恥ずかしがるから内緒。

向上心の表れだし、どういうステップで練習するかも説明してくれた。

こうなったら、納得いくまでやっちゃおうぜ!!

音楽は、絵は、アートは、楽しまなくっちゃ!

ブルーグラス・コミック「とわの絆」はのんびり焦らず楽しく制作、がモットーになっていますね。カタツムリです。絵の担当は、花房康作ちゃん。

という事で、多分、あまりお馴染みでない楽器を紹介。

「フラットマンドリン」でございます。
ボーカル、ギター、フラットマンドリン担当の、うちの子、梳夜櫛里月ちゃんと。

「すきやぐし りつき」で、どの大御所からお名前を頂いたかは・・・

ブルーグラスファンの方なら、明白ですね。

向かって右がフラットマンドリンを持ったらこうかな、という里月ちゃん。

里月ちゃんとフラットマンドリン

とまぁ、こんな感じになります。

(このフラットマンドリンは、私の個人所有の物を撮影した物です)
ブルーグラスでフラットマンドリンの有名曲というと?

「ビリー・イン・ザ・ローグラウンド」も好きだし「ライムロック」も良いな。

でも、いつか弾きたいのは、ビル・モンローのローハイド。
(フランキー・レインのローハイドも、当然だぁ~い好きですよ)

YouTubeで岡田斗司夫さんが、「岬めぐり」の感想を述べていらっしゃった。

話を聞きながら、さすがに鋭く見抜いておられるな、と思いました。

「相手の性別はわからないし、生死もわからないけれど、良い歌」というご感想でした。

フォークソング(ニューミュージックやJ-POPではない)も大好きな私。

思い出した事があって、備忘録の代わりにここに書こうと思いました。

「山本コータローとウィークエンド」のヒット曲が「岬めぐり」

その前に「山本コータローとソルティ・シュガー」というバンドがあった。

こちらのヒット曲は「走れコウタロー」であり、後に「マキバオー」の曲に。

更に「ウマ娘」の曲に、歌詞の変更をして、なっている。

「走れコウタロー」の誕生秘話は、ディレクターが「最近はどんな曲をしてるの?」と質問したところ、電車やバスに一人だけ遅れそうな山本さんにむかって、他のメンバーが囃し立てて「走れ、走れ、コウタロー」と言っていると伝えたのを面白がって貰えて、曲に仕上がった、と以前読んだ書籍に出ていた。

「ソルティ・シュガー」はこの曲のヒットでとんでもなく忙しくなった。

ある時、山本コウタローさんが、目が腫れ上がってツライ朝、電話がメンバーから入り「今日の収録、メンバーの〇〇は体調が悪くて休むから」とのこと。コウタローさんが「目が腫れ上がった自分だって行くのに」と反論して電話を切った。

しばらくして先ほどのメンバーから再び電話が入り

「さっきは、体調が悪くてって言ったけど、今朝〇〇のお母さんから電話があって、〇〇が亡くなったんだ」

と伝えて来たそうだ。

 

「岬めぐり」がこのメンバーの事を思って書かれた、と決める証拠はない。

少なくとも、私の手元には。山本厚太郎さんにも確認できない。

そして、証拠を見つけて特定するつもりも、自分にはない。