あお色のたね、きん色のみ

あお色のたね、きん色のみ

A Blue Seed and a Golden Fruit
Subtle, Slight, Trivial Happiness of My Sweet Days
自分を受け入れる。自分を楽しむ。自分をゆるす。自分を愛するの日々。

親友は、毎年旦那さんと

この頃に遅い夏休みで

旅行に出かける。


親友はオンタイムでそれほど

写真をあげたりしないのだけど

ご主人の方がオンタイムで

美しい写真をあげられる。


旦那さんは写真が上手なのだ。

それは昔っから。


若い頃から知ってる二人だ。

それはもう、二十代の終わりか

30代に足をかけなんとする頃から

知っている人たちで


親友によると

「私が大好きで結婚した

腹立つこともあるけど

今でも大好きやねん」と言うが

写真からは旦那さんの愛の方が

激烈に迸っている。

ように見える。😊


ま、初めて会った時から

今年で30年だけど

その間、ずーっと「ステキ」なのだ。


あまりにも微笑ましくて

毎年めちゃくちゃ楽しみにしている。


本当に羨ましい。


家族ぐるみで一緒にご飯を

食べたりしたから

なんとなく、

「私も結婚を続けていたら

こんな風にできたかな」と

ぼんやり思って

すぐさま雷に撃たれたように

「そんなわけない」と思う。


私は親友の夫に対する

寛容な心持ちや態度が大好きだ。

私もああであったなら

きっと結婚生活もまだ

続いていたかもしれない。


だが、私は違ったのだ。

夫に対して非常に不親切な

類の人間なんだと思う。

相手を信用していなかったのかな、

「こやつの思う通りにしたら

大変なことになる」と

常に疑心暗鬼に満ちていた。


家庭内の上手くいかないことを

未然に防ごうとしていたのかな。


いや、単なるわがままだったの

かもしれない。


頭も壊れていたし

いろんな不具合を私が抱えていた。


そういったわけで

私はその時々に思うことを

思ったままに夫に言ったし

時には必要以上に辛辣に言ったが

結果的に、私は夫の本心のあらかたを

知ることなく来てしまった。


なので、

あんなに長く一緒に暮らしたのに

私は元夫のことをほとんど知らない。


そして、これからも一人で

生きていこうと思っているのは

誰かと暮らす忍耐も自信もないからだ。


理想は

「私も気の合う人と旅行に

行けるような、そんなパートナーが

いたら嬉しいな!」だが

現実は

「私の思う通りにいかないな

相手の要求ものまないといけないよな

それは当然のこととして」と

なんら進歩のない思想に

打ちひしがれている。


果たして、元夫との関係が

続いていたとして

私はそうであったなら

きっと今のように自分を省みて

自分を知ることはなかっただろう。


そんな関係で旅行に行っても

元夫は私を喜ばせるために奔走し

少しでも気にそぐわないと

不機嫌になる私…という構図が

火を見るより明らかで

「ま、無理な話やな」と思ってしまう。


したくても

自分の足りなさから

できないことなのだ。


これぞ「理想と現実」。


生きてみると

自分の不甲斐なさの大きさに

驚くことも多い。

無知だったからこそ

ここまで生きてこられたのかもね。


今なら全てが恥ずかしい。

ニヤニヤ


ぶしゃいくモーリー🩷

「わたくしに『恥ずかしい』なんてないのよ

だって、すべてが完璧だから

…わかるかしら、そこんとこ」by モーリー


英国のコミュニティで

ものすごく好みの

ライブラリー風カフェを見かけた。


なんとも言えないステキさ。


壁の四方には背の高い本棚が

配置され、奥はフランス窓が

開け放たれて、緑のガーデンと

テラス席がチラリと見える。


店内にはバラン、バランと

テーブルと椅子が不揃いに

置かれていて、フロア側には

椅子が、本棚側にはソファ風の

椅子が配置され、どこをどう

切り取っても癒され要素しかない。


ここで勉強したら

さぞかし捗るだろうてよ。

ここでお茶したら

心の開放感、癒され感

半端ないだろう!

一体、英国はどこのカフェ?


と、思っていたら

見た人は皆

同じことを考えていたようで

「どこにあるの?」

「これは行ってみないと」と

コメントしている人が多数いた。


だが、しかし発信者は

「できないわ」

「不可能よ」としか反応しない。

そして、最後には

「だってAIだから!」と

高らかに宣言して終わっていた。


なるほどねー


オックスフォードには当時、

2件のワインカフェがあって

サマータウンにあったところが

比較的、そのAIカフェに似ていた。

つまり、あるっちゃあるもんだから

みんな本当だと思っちゃう。

それほどまでにAI画像には

隙がない。


そして、私は途方に暮れる。


東京都知事の小池さんが

一度AIを公務に使って

話題になったことがある。

AI小池都知事は違和感なく

小池さんだったのを見て、

なぜか私は嫌悪感を抱いた。


便利になったけれど

不便な方がいいな、と思った。

多少、それを開発した

Open AIを恨まんでもないな、

と、同じ開発者を息子に持っているので

大きく批判はしたくはないが

それでもそんな風に思ってしまう。


業務の効率化ねぇー

正確さ、速さ

どれをとってもお見事ですな。

だけど、それって要するに

アメリカ主導のキャピタリズムの

思う壺ってことなんだろうなぁ、


って、つまんねぇなぁ!

と、思ってます。

お陰で1日が短くなった。

だって常に急かされるんだもんな。


日本の文化には侘び寂びがある。

それはどちらも自然の中て、

あるいは生活の中で

結果的に歪みやディフェクトに

至ったことの美しさをいうものだが

AIに至ってはその本質を

再現できでも理解には

到底至らんのやろなぁ、と思う。

そもそも感情的な部分に

根差したことで

見た目そのまんまでも

ちゃうねんなぁ、

とごろつきたくなるねん。


とにかく、

今朝みたカフェがAIで

当然ですから、みたいな風情で

現存しないと知った時の

悲哀ったらなかったわ。

がっかり感…とでもいうのかな。


まぁ、これからも世界は

この世の春をここ数十年以上

謳歌しているテック系開発者の

ワンダーランドへと邁進するのよね。


かくいう私も携帯を

一日中探して歩いている 笑

なくてはならないもの。

ここ十数年で

テックワンダーランドで共に

ステップ踏んどるわい


それでも、

AIのカフェ情報はいらんで。

ほんまもんのだけ教えて欲しい。

てか、上手くできたんで

嬉しかったんやろねぇ。

でも、本当みたいな

作りものはいらない。


段々と人の心も

そんな風になっていきそうよ。


脳みそは多大なる影響を受ける。


哀しかったわ、

ライブラリカフェ。


くだんのワインカフェ

探したが、これ一枚のみ残っていた

ここで勉強することが多かったが

既に病んでいたので

もっぱら寝ていたような気がする

何時間いても、何も言われない

まだあるのなら、ここでぼんやりしたい

イタリア人の若い奥さんが

イタリアの小さなアパートで

旦那さんとお子さんのために

作るトマトソースの動画をみた。


ものすごく美味しそうだったので

作ってみることにした。

だが、そのためには

真っ赤に熟れた

イタリアントマトがいった。


オーガニックのものを2袋買って

その通りに作ってみた。


去年だったか一昨年に

日本の桃太郎トマトで作った

トマトソースとら相反する

真っ赤な美味しいソースができた。


夏はこういう料理が嬉しい。

簡単で

素材の味がしっかりして

そして異国も感じられる。


ずいぶんと長く日本に住んでいる。

第二国語はどんどん忘れていく。

でも、魂は第二の故郷…

前世の故郷にずっと惹かれるのは

大変に不思議なことだ。


そんなことを考えながら

トマトソースを煮た。

台風が来ているけれど

バジルを買いに行こうか

どうしようかと

心から悩んでいる。


悩みの程度もほどよく呑気だ。