あお色のたね、きん色のみ

あお色のたね、きん色のみ

A Blue Seed and a Golden Fruit
Subtle, Slight, Trivial Happiness of My Sweet Days
自分を受け入れる。自分を楽しむ。自分をゆるす。自分を愛するの日々。

今日はとっても具合の悪い日だった


昼過ぎから目眩がひどくて

今日は吐気もマックス…

昼食に食べた柑橘類のハルカが

ちょっと体調に合わなかったのか

汚い話だが吐いて、吐いて

もうヨレッヨレでした。


戻しすぎて涙目、鼻水をたたえつつ、

ヨレヨレとカウチに身体を横たえ

15分ほどうつらうつらと寝て起きたら

ちょっと元気になっていた。


もう少しじっくり吐くので縮こまった

身体を休めようとベッドに移動、

しんどいので何にも考えたくないのに

突然、数日前に読んだOxford Memoriesで

Covered Marketの中が改修されて

私がよく通った靴屋さんや、

新鮮なお魚が並ぶ魚屋さん、

お肉屋さんでは

屠殺されたばかりで首をきりおとした

動物が、わずかに藁を持った

上に天井から吊って血抜きされる…

初めて見る光景に打ち震えて…


しっかり写真に収めたな、

なんてことがふんわりと頭に浮かんだ。


すると、

それはもうまるで小さな閃きのように

ものすごくポジティブな思いが

心の奥底からぽっちりと浮かんできた。


今にして思うと、

アメリカなんかからはすっかり

消え去ってしまった古き良き日の

雰囲気がイギリスには

まだまだ残っていて

その一端が見れたなぁ、と思った。


そんなCovered Marketですが

去年の夏に行ったら

肉屋も魚屋も無くなって

それらがあったと思しき市場の

中央には広場めいたものが

作られていて、帰国してから

分かったんだが、今はEat-inの

スペースになってるようだ。


肉屋や魚屋だけでなく、

八百屋や果物屋、チーズ専門店に

素敵なフラワーアレンジメントが

店先に飾ってある花屋さんなど、

私にとっては楽しい場所だった。


人も変わるが

色んなものも変わる。


懐かしいけれど

もうあの素敵な、懐かしい、

私が子供の頃に読んだり見たりした

1970年代の名残を残した風景は

もう二度と見られないんだな、と

ベッドに横たわりながら

ぼんやりと考えた。


なんだけど、

寂しくセンチメンタルになるだけじゃなく、

「もう二度と見られない風景なんだったら、

本当に見られて良かった」

としみじみ思った。


子供の頃に読んだ数々の童話で

感じた「イギリス」がまだそこに

あるのを見ることができただなんて

自分はものすごくラッキーだ、と

急に心が喜んだのよ。


そう、喜びを感じたの。


そして、何がそんなに良かったのか、

とか、そんなことを考えていると、

どうして見れたのか?と疑問が湧いた。

答えはすぐ、そこ、

心の1番表面にあった。


私はその答えを声に出して言ってみた。

「それは、オックスフォードに行こうと

思って、アプライしたから。

そして受かって、躊躇なく行ったから」。

「機会が巡ってきて、

それを掴んだからだよ」。


私は心のどこかで

オックスフォード大学に行ったことを

失敗だったと恥じていた。

本末転倒なことに遭遇し、

自分を優先せず、

自分が優先されないことに怒り、

心を壊して鬱を発症し、

それでも卒論を必死で書いて、

アメリカでは

全てが合理的に

オンライン化していたそれとは真逆の

未だ印刷屋にわざわざ論文を

プリントアウトして持ち込んで

製本するだとか、

合衆国では絶対にできない、

そこでしか経験できないことを経験し、


その上、

卒業成績はまたとないほど悪かったが

あの体調や精神状態でも

諦めずになんとかこなした自分を

初めて「頑張ったね」と思えた。


何より、年齢や自分の英語力など

言い訳せずにチャレンジしたことは

たとえ結果が明るくなくても、

本当によくやったよね、と

初めて思えた。


臆せず行くことに決めたから、

たとえ成績的に散々であっても

美しい牧草地や、

鬱のレメディの一環で毎日歩いた森、

林、ロビンの群れや

ガチョウや白鳥との憩いの時間、

春の訪れと共に咲き誇る

私が心から愛した

バターカップやデイジー、

ノラニンジンや勿忘草に

スターフラワーにサンザシ、

そして、

まだまだアメリカの資本主義とは

一線を画していた伝統的な数々が

残っていた町並み…

そんな大好きだったもの全てに

出会えて、大好きな国になったんだな、


その上、今の仕事もそのおかげで

就けたわけで、


決して、失敗とは言えないな、と

そんな風に初めて思えた。


ただもう、幸せに感じた今日だった

…吐き気は酷かったけど。。。


たった1年だったから

それも良かったのかもしれないよね。


ありがとう、勇気を持って

選んだ私。

カバードマーケットが元に戻ることは

恐らく、永遠にない。

でも、あの日、あの時の懐かしさや

感傷的に素晴らしかった

「古さ」の最後の一瞬は

私の中で「思い出」というフィルターを

まとって、私が生きている限り

私の記憶に残り続ける。


思わず目を閉じて、胸に手を当てて

大きく深呼吸をした。


ああ、ありがとう。

幸せだわぁ。

最高の思い出だわ。


しみじみと、初めて、

11年前の自分の選択に

感謝した。


決して、決して、

悪いことでもなかったよね、って。


11年前のアルバムから

思い出の日々

今よりうんと人が少ないなぁ…













論文に行き詰まることが、鬱のせいで多かった。

そんな時はこの子達に会いに行った、

パンのふくろを持って。

牧草地には小さな湖がいくつもできるほど

テムズが溢れるのが冬だった。懐かしい。



XGというガールズグループがある。


日韓ハーフでアメリカ育ちの

サイモンという人が

自分もアイドルだった経験を活かして

世界に通用するユニットを作ると

何年もかけて育成した女の子たちだ。

出す曲は全部英語歌詞、

でも音は日本のポップスだったり、

懐かしい(らしい、私の世代ではない)

M-flowの音源を取り入れたり…

K-popsやアメリカンポップス寄りの

曲もあったりと多彩だな、と思う。


女の子たちの腕も相当で

歌もうまければ、ダンスも素晴らしい。

だが、デビューして3年目か4年目、

一昨年から昨年にかけて

ワールドツアーを終わらせて、

少しずつ知名度を上げてはいるものの

所属先のavexによると

投資額の回収にはまだ至っていないらしい。


女の子たちは全員20代前半、

魅力的だし、上手だし、これから、

と思っていたら、


プロデューサーのサイモンが

薬物所持で捕まった。


ほぼこの人1人に頼ったXG、

ニュースを聞いた時には

「詰んだ!」と思った。


うちの子たちより

ひと世代若い女の子たち、

一人一人の顔が浮かんだ。

司令塔でもあるトッププロデューサーが

逮捕されたのだ。

しかも、ウィードごときではない、

かなり悪質だと思った。

女の子たちに

これから一波乱あるのは避けられない、

それが可哀想でならない。


昔、Puffyというガールズユニットが

奥田民生プロデュースで

デビュー、『アジアの純真』が

ヒットしたけれど、

彼らが何かの音楽番組に出ている時

「すごいね」と司会者に言われて

喜ぶパフィに奥田民生が

「まだまだこれから、

君らは鵜がいの鵜だから

飲み込ませないぜ」と言ったのを

笑って聞いていたけど

その言葉を思い出した。


大人たちの拵えた野望に

自分の夢を乗せて

大変努力していた子たち、

それをこうも簡単に、と

それを拵えていた大人の

大人気のなさで寸断されるかもしれない、


それが可哀想だと思ったのだ。


サイモンさんはまだ40歳に

ならない若造だ。

うちの1番上の娘より若い。

その上、去年、結婚したばかり。

奥様も心労やまないだろう。


分かっていたことだと思う。

まさかこの国で、

自分の所持しているものが

合法でないことは

必ず知っていたことだろう。

もしそれが見つかったら

どこに影響が行くのかも

どこまでも分かっていたことだろう。


でも、持っていたのだ。

使ってもいただろう。


人間の弱さとは

こういうことなんだろう、と思う。

分かっていても

犯してしまう、

私たち凡人があずかり知らぬ

圧力とストレスがそれをさせる。


私も自分がこの頃は

「薬漬けだな」と思う。

目眩の薬、頭痛薬、睡眠導入剤、

精神安定剤、胃薬…

なんでそんなに?と思うが

翻訳の締切日に精神的に追われる、

そして、つまらないことだが

語彙の選択にものすごく気を使う。

長い、長い何十ページにも及ぶ

いたずらに混み合った日本語を訳していると

特に使い慣れない語彙は

最初に何をあてがったのか

忘れてしまったり、

国際規格から外れていることが

後から発覚して全部改修…などなど

心折れることが

腕の足りない翻訳者なもんで、ある。


他にも、語彙の選択で

一緒に働く翻訳者と意見の相違が

ある時にも大変だ。


多くの場合、翻訳者同士は仲が

悪くなることの方が多い。

そもそも、数学のようにはっきりとした

答えのない仕事だから、

どうにでも翻訳できるわけ。

だが、もともとない語彙を

固有名詞として作るのか、

それとも粛々とそのまま変だけど

訳すのか、で文法的に誤りになったり

正解になったりする。

そこのすり合わせの時点で

不機嫌になる翻訳者も少なくなく、

前いた翻訳者なんかは根に持つ人で

誤解が解けた後もしこりが残ったりした。

そんなことのないよう、

慎重に、相手を思い遣って仕事するが

合意に至るまでに根気良く

やり取りするのも、

一人でする時とは違ったテンションが

生まれたりする。


で、頭痛薬が手放せない。

仕事が頭の中で終わらないので

睡眠導入剤や

時には安定剤も必要だ。


サイモンさんがいた環境には

そんなこと、遊びやで、な

ストレスがあっただろうことは

想像に難くない。


とは言え、大人はそんなものに

手を出さない。

バレなければいい、という問題でなない。

女の子たちのことを考えれば

彼は大人になる必要があった。

本当の大人に。


私は自分が長いこと

「大人だ」と思っていたが、

でも、振り返ると

全く大人ではなかった、

と感じることが多い。


ある程度大人になったのは

この頃やっと、かもしれない。


それ程までに

大人になるのは難しいのかもしれない。


しかしながら、

彼がそう言うことはできない。

多くの、若い女の子たちに関わって

その人生を左右する前なら良かった、

今になってそう言わねばならない

彼は、残念ながら、

考えが足りなかったのかもしれない。


私たちは後悔も、反省も

転んだ後にしかできない。

大人ではなかった、と気づくのも

アホなことをしでかしてから、だ。


女の子たちが無事ですように。

精神的負担ができる限り、

できる限り、少ないですように。


そればかり祈ってる。




オリンピックが終わっちゃった。


この冬季オリンピックは

ものすごく面白かったので

まるであっという間に終わった感じ。

「ロス」という言葉があるけど

それになってしまうくらい、

本当に楽しかった。


最後のクロススキーも

初めて見る競技だったけど

興奮しながら観たわ。

観ているだけで息切れするよな

それはもうタフな競技で

本当にすごいな、と思った。


日本人選手も4位に入って

本当によく頑張った!と思ったわ。


フィギュアのエキシビションも

楽しんだ。プレッシャーやストレスから

解放された演技は美しい!しかない。

楽しかった。


悔しいこともあったかも、だけど

本当に、感動しかないって感じ…

その栄光やら悔しさの裏にある

努力に深く、深く感謝なのよ


なんだかねー、

すごく考えちゃったわ


こういう素晴らしさ、

一瞬後には過去になって、

また人の記憶の奥に畳まれていって

またいつか、何年も経って新しい

スターが現れる時に荒川選手の

金メダル演技みたいに流れるのかな


若い選手たちは

また日本に戻ったら

練習を再開し、次のシーズンに

向けて準備を始めるのね。


人生の立ち止まらなさを

閉幕と共に感じたわ。

変やけど。


とにかく、イタリア人の陽気さや

優しさも私には感じられて

よかった、ありがとう!


本当に、楽しかったぁ…