あるキリスト者のつぶやき… -93ページ目

深爪

髪を短く切りすぎてしまったと後悔していたら、今度は爪を短く切りすぎてしまった…。しかも一番面積のある親指である。アタマは寒いし、指は痛いというわけで、ツイてないと言うか、残念としか言いようがない。髪の毛は床屋に頼んだから、自分ではどうしようもなかった(もちろん頼み方が夏に頼んだときと同じっていうのも確かにマズかったのだが…)わけで、まあ仕方がないと思うのであるが、爪は自分で切っておきながらこのザマである。深爪なんて滅多にしないのに…。まあテレビを見ながら爪を切っていたのだから、それが理由というか原因なのかもしれないが。にしてもなぁ、いつもテレビ見ながらだったりするのになぁ。ちょっと勢いがついてしまったのだろうか。いずれにせよ終わったことは終わったことだ。

幸い髪も爪も放っておけば伸びてくる。それを待つだけだ。次回は気を付けなければ…。あれだな、身近な問題は時間が解決してくれるものだ。何だかんだ言ってみても、世の中の諸々のことは時間の経過とともに解決されていくのではないだろうか。それとも、それは本当に解決したのではなくて問題に免疫がついただけなのだろうか、はたまた問題がさほど重要なことではないと感じてしまうのであろうか。良きにせよ悪しきにせよ、人を悩ます物事は、いつの間にやらその効力を失うのかもしれない。

今日は時間が過ぎていくことに感謝をしよう。

なぜか気分爽快?

例によって例のごとく、アタマが冷える。朝とか昼間とかはあまり気にならないのだが、夜になって日差しがなくなると、かなり寒くなる。いやいや、改めてお日様の偉大さを感じるのである。

にしても今日は月曜日なんだけど、水曜に休むことが分かっているから、どこか気持ちがラクである。もっとも年末だから、あれやこれやと何かと気にしなければならないことややらなければならないことが多いことに変わりはないのだが…。何か焦っていない自分なのである。焦ったところで何がどうなるというものでもないのだろうが…もう少し緊張感を持ってもよいのではないかと思ってしまうのだ。

何とも妙な心持ちである。

なぜって聞かれても困るが、全てが丸く収まるような気がする。あくまでも、そんな気がするだけなのだが。もちろん投げやりになっているわけではない。日頃の行いが良いから運が向いてきたとも思わない。そもそも素行が良い人間ではないし。

前向きに物事をとらえているからだろうか?とも思うのだけれど、さてどんなものだろうか。そんなに明るく過ごしているわけでもない。

あれこれ考えたところでどうなるものでもないだろうし、何となく良い感じがするのであれば、あまり詮索せずに素直に感謝に思うべきだろう。

何だかんだ言っても、全ての良いものは神様からの贈り物なのてある。

久しぶりに

今日は教会の役員会。役員会の後は唯一ひとりになれる貴重な時間。といっても、教会から家に着くまでだけど。普通にいくと15~20分程度しかないんだけどね。というわけで、今日はひさしぶりに並木にあるスーパーオートバックスに寄ってきた。家の近所にあるこの手の店は、並木のSABか釜利谷のイエローハットくらいしかないわけで、やはり規模の大きい方であるSABの方がいきやすい。駐車場もそれなりにあるしね。

まぁ当然といえば当然なんだけど、やっぱ駐車場を見ると、ごっつい車が多いね。店頭に展示してあるデモカーは良いとしても、普通のお客さんの車で、こんなんで公道走ってもええんかいな?車検通らないんじゃ…って思うのもたまにあったりする。私のカルディナなんかまだまだおとなしい方である。

で、結局そんなにたいそうなものは買えなかった。たいそうなものを買うのであれば、やはりヤフオクが安くて良い。で、最終的な今日の収穫は、ガラスクリーナー、ダッシュボードクリーナー、耐熱テープ、消臭剤、エアクリーナー程度である。ふーむ、よくこれだけで済んだな。エアクリは買う必要なかったんだけれども、今使っているTRD製と比較してみたくなっただけの理由で買ってみた。ちなみに買ったのはBLITZの青い純正交換タイプね。

それはそうと、先週取り付けたDIC-Rと専用アースケーブルだけれども、燃費があがったかどうかは、正確な値を調べることができないのでなんともいえないけれど、乗っている感覚としては、トルクはあがったかもしれない。一番顕著なのは、坂道発進。まえは必ずと言っていいほど、ずるずる下がってくることがあったけど。DIC-Rをつけてからは、坂道で下がらなくなったことかな。あとは自宅マンションの駐車場の段差をクリープ現象だけで、乗り越えられるようになったこと。たしかに以前の感覚でアクセル踏んでしまうと、ぐんぐん加速していくような気もする。

そういや、排気系はコストがかかりすぎるし、社外品だとDラーが対応してくれないので、ちょっと保留。

ということで、今日の感謝は「SABに行けたこと」でした!

聖書を読む人

昨日の仕事帰りのことだけれども、いつものように横浜から京急に乗ったわけだが、隣に立っていた人、20代と思われる女性だったが、なにやら本を読んでいるのが見えた。ちらっと見ると、聖書を読んでいるではないか。いわゆる新約聖書だけの小さなやつである。さすがに旧約新約の両方では、辞書並みに厚くなってしまうので、彼女は新約だけを読んでいたのかもしれない。ちらちら見てみると、新品の聖書というわけではなく、何度か通読されたかのようであった。

ほぅほぅ、これは感心感心、と思った。私も毎日聖書を読むわけではないし、ましてや電車の中で読もうとは思わない。いや、自慢にはならないのだが。理想は毎日一度くらい読むのがいいのだろうけどね。でも、一時期よりは読むようになったと思う。これも波があるのだろうか…。やっぱ聖書はかさばるし、他の本がおもしろかったりするわけで…。

しかし、電車の中で読むとは熱心でヨロシイ。その心意気は大切である。

ところがだ!

彼女、いきなり声に出して読み始めたのだ。もちろん、大きな声を出して読んでいたわけではないが、小声でぶつぶつ読んでいるのである。おいおい…これは…ちょっと…あれじゃないか…勘違いされちゃうのではないか。幸いにも隣にいた私が「クリスチャン」でよかっただろうが、もしこれが信仰者でなかったら、これはちょっと不気味に思ってしまうだろう。普通の本でさえ、しかも電車の中で声を出して読む人なんていないだろう。下手したら周囲の人に変な誤解を与えてしまうのではないだろうかと、私の方が心配になってしまった。「この人、なんかあやしい宗教やってんじゃないのか…」なんて思われてしまっては、なんとも複雑な気持ちになってしまう。

それとも彼女は音読することで伝道、布教をしている気になっていたのだろうか。それなら、まぁ、はいそうでしたか、としか言いようがないのだけれどね。でも、それを聞いている私はすでにクリスチャンなんだな、そうは見えないかもしれないけどさ…まさか「足りてますよ、知っていますよ」というのもヘンだろうしね…。いやいや、どうしちゃったんだろうか。

今日も頭が寒いです

どこかにしまってある帽子を出さないと、アタマが冷えすぎてしまう。アタマが良くなるんだったら我慢のしようがあるものだが、今更な感じもする。どうせ良くなるアタマじゃないんだったら、このまま寒い思いをするのも無意味なことである。

それはそうと、今日はボーナスが支給された。この不景気の煽りを受けてか、昨年と比べて15%程減ったような気がする。正確な数字が分からないから感覚で思うところであるが…要するに大幅に減ってしまったということだ。

改めて考えてみると、中古のパソコンを買ったおかげで、わずかな負担で済んでいるので、まずはひと安心というところか。

にしても減額というのは、正直、残念に思うのだけれど、まぁ今の世の中支給されないところもあるだろうから、それを考えるとまだマシなのかもしれない…と思う一方で、大手なんかはしっかり貰ってるんだろうなぁと思うと、やっぱり世の中不公平だと思うのである。が、あれこれ考えたところで、どうなるものでもあるまい。無い物ねだりをするよりも、今自分の手の内にあるものを感謝して受ける方が、気持ちも楽であろう。

なんせ後悔して解決するものなど世の中にありゃしないだろう。