聖書を読む人
昨日の仕事帰りのことだけれども、いつものように横浜から京急に乗ったわけだが、隣に立っていた人、20代と思われる女性だったが、なにやら本を読んでいるのが見えた。ちらっと見ると、聖書を読んでいるではないか。いわゆる新約聖書だけの小さなやつである。さすがに旧約新約の両方では、辞書並みに厚くなってしまうので、彼女は新約だけを読んでいたのかもしれない。ちらちら見てみると、新品の聖書というわけではなく、何度か通読されたかのようであった。
ほぅほぅ、これは感心感心、と思った。私も毎日聖書を読むわけではないし、ましてや電車の中で読もうとは思わない。いや、自慢にはならないのだが。理想は毎日一度くらい読むのがいいのだろうけどね。でも、一時期よりは読むようになったと思う。これも波があるのだろうか…。やっぱ聖書はかさばるし、他の本がおもしろかったりするわけで…。
しかし、電車の中で読むとは熱心でヨロシイ。その心意気は大切である。
ところがだ!
彼女、いきなり声に出して読み始めたのだ。もちろん、大きな声を出して読んでいたわけではないが、小声でぶつぶつ読んでいるのである。おいおい…これは…ちょっと…あれじゃないか…勘違いされちゃうのではないか。幸いにも隣にいた私が「クリスチャン」でよかっただろうが、もしこれが信仰者でなかったら、これはちょっと不気味に思ってしまうだろう。普通の本でさえ、しかも電車の中で声を出して読む人なんていないだろう。下手したら周囲の人に変な誤解を与えてしまうのではないだろうかと、私の方が心配になってしまった。「この人、なんかあやしい宗教やってんじゃないのか…」なんて思われてしまっては、なんとも複雑な気持ちになってしまう。
それとも彼女は音読することで伝道、布教をしている気になっていたのだろうか。それなら、まぁ、はいそうでしたか、としか言いようがないのだけれどね。でも、それを聞いている私はすでにクリスチャンなんだな、そうは見えないかもしれないけどさ…まさか「足りてますよ、知っていますよ」というのもヘンだろうしね…。いやいや、どうしちゃったんだろうか。
ほぅほぅ、これは感心感心、と思った。私も毎日聖書を読むわけではないし、ましてや電車の中で読もうとは思わない。いや、自慢にはならないのだが。理想は毎日一度くらい読むのがいいのだろうけどね。でも、一時期よりは読むようになったと思う。これも波があるのだろうか…。やっぱ聖書はかさばるし、他の本がおもしろかったりするわけで…。
しかし、電車の中で読むとは熱心でヨロシイ。その心意気は大切である。
ところがだ!
彼女、いきなり声に出して読み始めたのだ。もちろん、大きな声を出して読んでいたわけではないが、小声でぶつぶつ読んでいるのである。おいおい…これは…ちょっと…あれじゃないか…勘違いされちゃうのではないか。幸いにも隣にいた私が「クリスチャン」でよかっただろうが、もしこれが信仰者でなかったら、これはちょっと不気味に思ってしまうだろう。普通の本でさえ、しかも電車の中で声を出して読む人なんていないだろう。下手したら周囲の人に変な誤解を与えてしまうのではないだろうかと、私の方が心配になってしまった。「この人、なんかあやしい宗教やってんじゃないのか…」なんて思われてしまっては、なんとも複雑な気持ちになってしまう。
それとも彼女は音読することで伝道、布教をしている気になっていたのだろうか。それなら、まぁ、はいそうでしたか、としか言いようがないのだけれどね。でも、それを聞いている私はすでにクリスチャンなんだな、そうは見えないかもしれないけどさ…まさか「足りてますよ、知っていますよ」というのもヘンだろうしね…。いやいや、どうしちゃったんだろうか。