あるキリスト者のつぶやき… -91ページ目

やっと終わった

今日は会社の忘年会!親睦会会長としての最後の仕事である。やる度に思うのだが、60人近い人数が参加すると、やっぱり取り纏めるのが大変である。

結果がどう出たかは私ではなく参加された方々が決めることであるが、まずは一通りの役目が終わって感謝である。疲れたぁ。

このまま帰って寝るだけなら良いのだが、まだまだプライベートな仕事が残っている。もうひと頑張りだ。

過ぎていく時間

12月も後半だというのに、何だかこう、クリスマスっていう気がしないし、年末っていう感じもしない。何でだろうか…。毎日がせわしく過ぎていくので、どうも季節を感じるゆとりがないのかもしれない。

あれをやらねば、これをやらねば…そんなことを考えているうちに、どんどん時間が過ぎていく。どれもクリスマスとも関係なければ、年末に限ったことでもない。普段のごたごたが今の季節も続いているのだ。

それも仕方のないことか。仕事も役目も責任も、求めているわけじゃなくてもやってくるのだ。無視したくとも、そうする訳にもいかず、淡々とこなすのみである。けして楽しいものでもないが、この歳になって楽しいことばかりを求めるのも、それはそれで何か違うような気がする。

要するに、やってくることを一つひとつ片付けていくばかりで、時間が過ぎていくのだ。この時期特有の浮き足立った雰囲気を感じなくても仕方がないのだろう。まぁ、何か寂しい気もするし、果たしてこんなんでいいのだろうかとも思うのであるが、これが現実である。

でもこれもいつまでも続くものではないだろう。遅かれ早かれ一段落する時が来るのだ。何か期待するものがあるということは、考えようによっては、感謝なことかもしれないなぁ。

げじげじまつ

げじげじまゆとはよく言う。毛がぼうぼうでげじげじみたいな眉毛だから、げじげじ眉である。そんな総理大臣も昔いたような。つい最近何かの雑誌でみたが、今でも元気にしていらっしゃるらしい。まぁ、それはそれとして、げじげじ眉ならぬ「げじげじまつ」なるものを昨日目撃してしまった。もちろんげじげじみたいな睫毛のことである。

ぱっと見ただけで、天然の睫毛じゃないのは、素人というか、男の私でも分かるくらいだった。付け睫毛なのであるが、いやぁ、もうこれがすんごく長くて、目ン玉の上からほぼ水平に飛び出して、しかも触れたらかちかちに硬そうなのである。思わず見とれてしまった。しかもまぶたに金粉でもかけているんじゃないかと思えるくらいに、金ぴかにきらきらしているのである。何と言うか…見入ってしまった。そんなじろじろ見たら失礼なのかもしれないが、そう滅多に見れるもんでもない。見ながら笑いをこらえるのに必死であった。

しかもあまりにも不自然すぎて、もう、別の生き物が顔にへばりついてるんじゃないかと思えるくらいである。文字通りげじげじを2匹目の上に糊付けしちゃったような感じ。しかも、その人がまばたきするたびにそれが動くのである。いやぁ、不気味すぎて面白い。たとえて言うならば、エイリアンがちょうど腹を突き破って出てくる瞬間。いまにもげじげじが顔からぽろっと落ちてくるんじゃないかって思っちゃったよ。

でも、あれをしている本人にとっては、自分の化粧はばっちりだと思っているんだろうな。美的感覚というかなんというか、私には未知の領域である。

十人十色という言うけれど、本当に人のセンスというか好みっていうのは色々である。世の中、色々な人がいて、おもしろいものである。世の中みんな同じだったらつまらないもんね。

ベルトが切れそう

ベルトが…何だか今にも切れそうなくらいぼろぼろになってきた。まだ買ってから一年位しか経っていないにも関わらずである。これの前に使っていたベルトはそれこそ10年以上も使えたことを考えると、何という違いなのだろうか。

ちなみにどちらもGAPの物だ。同じブランドで、似たようなスタイルなのに、何だろうこの差は一体。

前のはまだアメリカにいる頃に買ったものだが、今のは日本で買ったという違いはあるが、でもどちらも元を正せば、同じように人件費の安い途上国で生産されたものであろう。値段も前のがいくらしたのかは当然覚えているわけがないが、ただでさえケチな…

おぉっと!今駅で電車を待ちながらこれを書いているわけだが、さっきからくるくる踊り回ってるおっさんがいるぜ…師走の忙しさで逝っちゃったのか!?

…実況はそこまでにして、話を元に戻すが、ケチな私が学生の分際でベルトごときに高い金を払うとも思えない。してみると、どちらのベルトも似たような値段なのだろう。

違いと言えば、前のは本革だったが、今のは合成皮革であることくらいか。あぁ、それともう一つ、今のベルトはうっかり間違えて洗濯機で洗ったことがあることだ。何となくそれが原因でベルトの傷みが著しくなったような気がしてならないのだ。

要は洗濯しないでいいものを洗濯すると、損をするってことだろう。何でもかんでもきれいにするだけが能ではないってことか。特に深い意味はないが。

さて、今日の感謝は「昼飯のおかずにコンビニで買った根菜ゴマサラダがおいしかったこと」である。全然、脈絡ないけどさ。

寒い日には

突然だが…肉まんを食いたい。今夜のように寒い日には、ふと思い出したかのように、肉まんを食べたくなることがある。あんまんでもない、ピザまんでもない、カレーまんでもない。肉まんでなければいけないのだ。

何も中華街で売っているような、立派な肉まんである必要はない。もちろん、でかくて具がギッシリ詰まって、食べたら熱々の汁がこぼれてくるような肉まんであれば、それに越したことはないのだが、ふと思い立って無性に食べたくなった今日みたいな日には、それこそコンビニの肉まんでも十分である。

やはり冬と言えば肉まんである。

でも、夏に肉まん食べたい思うことはまずない。当然コンビニに行っても肉まんは売っていない。まあ、あのホッカホカの肉まんを、暑い夏の盛りに食べたいと思う人はまずまずよほどの物好きとしか言えない。冷やして食べれば熱くないだろうが、どうにもマズそうである。やっぱり夏に肉まん似合わない。

そんなことを考えていると不思議に思えてくるのが、なぜアイスは冬でも普通に売っているのだろうか。コンビニに行けば、ホカホカのまんじゅうの横で普通にアイスが売っているのだ。もちろん冬でも買う人がいれば、食べる人もいるからだろう。かく言う私自身がそうなのであるが、真冬でも冷たいアイスを食べたくなるのである。

うーん、不思議だ。やっぱり暑さよりも寒さに耐性があるのだろうか…よく分からん。いっそのことアイスまんなるものを発売したら…無理か。ぐずぐずになって食欲を削がれそうだ。

でもやっぱ今日は肉まんな気分である。今夜は肉まんでも買って帰ろうか。

というわけで今日の感謝は…肉まんを食べれたら、感謝!である。食べれなかったら…まあ、またの機会に期待して先に感謝!