続・続 人間機雷 318
第六章 夢幻泡影
三 歳月
2 憂国 14
昭和27年の3月秋山征志郎に連れられ黒崎と共に甲斐路を訪れたとき、大井は24歳だった。それから3年が経ちふたたびこの甲斐路を訪れたのだが、同じような話の中にも受け止め方も考え方も自分で驚くほどの変わりようだった。
この国のためにオレに何が出来るのだろう。
その答えを探すためにも秋山征志郎に勧めに従い、大菩薩峠の麓、天狗の棲むという雲峰寺に剣聖・月心老師に教えを乞いにやってきたのだ。
そこでの様々な人々との出会いも大井秀敏にとって、貴重な経験の積み重ねであった。
老師に代わって剣技を尽くし指導してくれる蒔田源一の技量は、最後の剣聖との称号をほしいままにしている老師から信頼を得ている剣士であった。
そして、何よりも驚いたのは、このような山深い古刹で、近寄りがたい品位を備え、それでいて心の底からにじみ出るような優しさを、漂わせている美しい女性と邂逅したことである。貞子という女性だった。
フト、黒崎師範に連れられて行った横浜埠頭の屋台「かもめ」の女主人“慈母観音の桜子”の面影をおもい出したが、妖艶な美しさをもった桜子にくらべ、貞子の清楚な美しさにこころとらわれ、この方は幾つぐらいになられるのだろうか、三十路は過ぎているのだろうか等と瞬時に思い巡らせるほどだった。
昭和29年のこの時、貞子はすでに42歳になっていたのだが、それでもなお若く美しかった。そのひとは月心老師の一番弟子でもある蒔田源一の妻女であることを知ったとき、なぜかホッとした。そのぐらいお似合いの二人であった。
蒔田源一は稽古に臨むと眼光鋭く、襲いかかる竹刀は鬼のごとく厳しいが、平素は物静かで落ち着いてやわらかい。だが52歳という年齢にふさわしい思慮深い色を沈めた眼をもつ端正な相貌は、つねに精気にあふれ、軍人あがりらしい節度ある挙動もあいまって古武士を彷彿とさせる好漢である。
横浜・至誠館館長の黒崎軍三と似ていなくもないが、渋さを一皮被せた奥深さがあり、秀敏は畏敬の念と一緒に親愛のこころを感じたものだが、それは過去二度にわたって甲斐路で語り合い、肝胆相照らしながらも“この方もまた我が師なり”と感得した秋山征志郎につうじるものがある。
さらに奇縁であろうか、雲峰寺に着いたとき応接してくれた貞子に、手土産の浅草名物“雷おこし”を手渡したとき、その美しい顔を喜色にそめて懐かしがったことから、山梨に疎開するまでは浅草に住んでいたことを知ったのだが、異郷で知人に巡り会ったような安堵感を感じたものである。
その折のことが蘇った。
秀敏が手土産の“雷おこし”を取り出し「気持ちばかりのものですが、お口に合いますかどうか・・・・」と差し出したときのことである。
「まあ、これは懐かしいこと、常磐堂の雷おこしですね」
「よくご存知ですね」
「はい、浅草に住んでいたことがありますから」
「そうでしたか・・・・いつ頃だったんですか」
「そうですねえ・・・・かれこれ20年も前になりますか・・・・」
雷おこしの箱をそっとなでながら、遠くを思いやるような眼でその婦人が言った。
「浅草の雷おこしと言っても、それはそれは沢山のお店がございますものねえ・・・・なかでも常磐堂のこれは美味しいと評判でしたわ。200年以上前からの老舗ですものねえ」
「自分のお世話になった方から勧められたんです・・・・雷おこしなら常磐堂がいいって」
「その方は浅草にお詳しいんですねえ」
「ええ、何代にもわたってお住まいとお聞きしました」
「浅草寺のお近くにお住まいなのですか」
「花屋敷の裏手です」
「まあ、私もその辺りに居たんですのよ。もしかして存じ上げてるかも知れないわね。差し支えがなかったら教えて頂けないかしら。どうにも懐かしくて・・・・はしたないお願いで恐縮ですが」
小津さんと言いますが・・・・と少し言いよどんだのは、“雷おこしは常磐堂に限る”と教えてくれたのが、ずいぶんと世話になった小津組の五代目小津政吉からであったし、その稼業が稼業だけに、はばかったからだった。
「えっ!小津さんて浅草小津組の息子さんかしら」
手に取っていた雷おこしの箱を、取り落とさんばかりにして尋ねてきた。
「小津組をご存じなのですか?」
あまりのことに、こんどは大井が驚くことになった。
続
次回7月9日
こころ絵 『以心伝心』
『以心伝心』
いしんでんしん
日常会話でも「オレとアイツは“以心伝心”だよ・・・・」などと使われる『以心伝心』が今日のお題ですが、はたで聞いていると「本当にそうだろうか」と思ってしまったりすることもあります。
「心をもって心に伝える」というこの言葉は、もとは禅の主旨をよく表現した有名な仏教語からだといいます。
お釈迦さまの教えは、経典に記されていますが、それを読んだだけで悟りの極意が伝えられるものではなく、お釈迦さまの教えの心髄は、文字や言葉によらないで、心から心へと、じかに伝えられるものであることを意味しています。
師から弟子に、言葉にならない“こころ”を、伝えつづけてきたことを『以心伝心』というわけですね。
言葉で気持ちを表すことは難しいもので、どんなにしゃべり続けても相手がチャンと理解してくれているかなんて判らないことがありますし、あまりに多弁になると誤解を生むことさえあり、それを解こうとしてますます多弁になって、最後にはなにをしゃべっているのかも判らなくなったりして・・・・酒場のカウンター越しの話なんかとくにそうかもしれません(苦笑)。
やはり男同士「何も言わなくても、オマエさんの気持ちは分かってるよ」と言葉に頼らないつきあいの方が良いなあ~。
続・続 人間機雷 317
第六章 夢幻泡影
三 歳月
2 憂国 13
「戦後の日本ではマスコミが“アジアの国々に多大な迷惑をかけた。アジアの国々に謝罪しなければならない”と報道し続けてきた。しかし、日本の近代史を振り返れば、なにをか言わんやだ。インドをイギリスが、フィリピンをスペインとアメリカが、インドネシアをオランダが、ベトナムをフランスが、それぞれ数百年に亘って、じりじりと侵略し続けてきた歴史は明白であり、何もいまさら声高に喋るような史実ではない。
徳川幕府を打倒して明治元年を名乗った1868年の、アジアの版図を振り返ってみたまえ。国際的には、日本はチョンマゲを結っていた平穏な小国だった。その小国が、強烈な自己防衛の意識を持とうとしたからといって、それを誰に咎める資格があるというのか。もはやその時点で、日本は列強諸国の侵略の対象になっていたのだ。
新生明治の初め、清国が誇る戦艦『定遠』『鎮遠』を含む艦隊が日本を威嚇するために横浜まで巡航し、帰途長崎へ上陸して略奪、婦女子への暴行をほしいままにしていったことなど、歴史から消し去られている。だから若い人でその事実を知る人はほとんどいない。
日本は徳川体制を倒し、わずか27年にしてこの定遠・鎮遠を含む清国の北洋艦隊と戦いそれを撃破した。これが1894年の日清戦争だ。さらにその10年後、徳川体制を倒してわずか37年にして、ロシア大帝国と戦い、日本海海戦においてバルチック艦隊を殲滅そせた日露戦争(1904年)、さらに昭和16年の太平洋戦争初期には不沈を誇っていたイギリスの『プリンスーオブ・ウェールズ』や『レパルス』を撃沈している。単純に考えてみれば、日本を狙っていたこれら大国の艦船は、新生日本がわずか70余年にしてすべて撃ち沈めているのだ。誇らしいことではないか!!しかしだ、GHQに洗脳されたいわゆる進歩的文化人と言う輩や共産主義者は、日本の侵略性だけを叫きちらすが、では何故にイギリスの不沈戦艦レパルスやプリンスーオブーウェールズがアジアの、それもシンガポール辺りに居座っていたのかについてはひと言も言及しないのだ。その結果どうなるかね」
「要するに共産主義者や進歩的文化人と自称する醜い日本人が、日本の非のみをわめき続けることによって、その実態や実像がまるで判別できなくなってしまったということでしょう。先生が仰るとおりいつまで“魂なき繁栄”にうつつを抜かしていてはいけないのです。戦中戦後を通じて日本中の人びとが、誰もが飢えていた。敗戦となり、日本は自ら魂を売ってパンを買った。それも仕方なかったろうとおもいます。だがもう十二分に空腹は満たされたのではないでしょう。いつまでも飽食に浸っておらず、もうそろそろ、あの時売ってしまった“魂”を収り戻し始めるべきだとおもいます」
黒崎がため息交じりに答えた。
「しかし、大井君も知っての通りもっともっと素晴らしいことで、日本は世界に貢献しているんだな。1494年だったかな、今から500年ほど前だ。ローマ法王アレキサンドル六世が、“地球を二つに割って、半分はスペインに、半分はポルトガルにやろう”と言ったところから、西洋の世界侵略が始まった。ピサロがインカ帝国を滅ぼし、バスコーダーガマがアジアに入ってきてから500年になんなんとしているけれども、白人支配の社会の中では彼らが神なんだ。アフリカの黒人は単に奴隷として存在した。だから、網をかけて野鳥をとるように捕まえ、奴隷化していったし、アジアはことごとく侵略の対象になった。そして、有色人種が白色人種と対等に戦い、初めてかろうじて勝つだのは、あの日本海海戦なんだな。バルチック艦隊の戦いによって、奴らのエルギーが反転する時期を担ったのは、日本なんだ。それは声を大にしても子供たちに誇りとして教えなきゃならないと思う。
世界史の中でどれだけアジアの人たちが、そしてアフリカの人たちが苦しんだことか。
だからこそバルチック艦隊を壊滅させた日本海海戦を転機として、日本はアジアの曙であると思ったからこそ、孫文や日本に逃れてインド独立運動を続けたビハーリー・ボース・蒋介石などがみんな来日し、日本で勉強をして“西洋と戦おう、独立を勝ち取ろう”という鋭意努力をしたんだ。もちろん、善と悪は混淆している。だから、すべてが良かったと言っているんじゃないけれども、日本の誇るべきことだと僕は思っているのだよ」
「恥ずかしながらそこまで理解していませんでした。しかし、黒崎先生のお話で救われたような気がします。ありがとうございます」
続
次回7月2日
続・続 人間機雷 316
第六章 夢幻泡影
三 歳月
2 憂国 12
「何度でも繰り返しますが、我々特攻隊員の先人達をはじめ、すべての日本兵は、祖国日本とアジアの未来を思い命を捧げたのだとおもいます。その犠牲の上にこれからの日本とアジアがあることを自分は忘れてはならないと心に決めています」
大井は声を詰まらせながらそう言った。
「大井君よくぞ言った。敗戦から9年後のいま巷を徘徊している若者の顔を見たまえ。進駐軍の払い下げのジャンパーやズボンを誇らしげに着て、我がもの顔に闊歩している。まるで自分たちが米兵でもあるかのようにだ。戦前の日本の若者達の顔は失われている・・・・ということは精神もまったくもって失われているのだろう。日本人としての誇りの欠片も見えないではないか。じつに嘆かわしい。だかたった一人でも大井君のような心構えを持った青年がいてくれることが嬉しいのだよ」
秋山は銚子を取り上げると大井の盃を満たした。
「戦前の日本人にはそれが良いか悪いかはべつにして、天皇陛下こそが絶対的存在だった。いまそれに代わる存在は連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーだ。彼には大統領トルーマンから米国史上空前の全権が与えられ、その権力たるや“アメリカ史上、一人の手にこれほど巨大で絶対的な権力が握られた例はなかった”といわれるほどだったとも聞きます。でもですよ、終戦の翌年に開かれた上院軍事外交合同委員会において、マッカーサーは資源の乏しかった日本が“原料の供給を断ち切られたら、1000万から1200万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。したがって、彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要性に迫られてのことだったのです”と証言しているのです。この発言はマッカーサー自身が、大東亜戦争は日本の自存自衛のための戦争であったことを認めたことの証言でもあるわけです」
「たしかにその通りだ。しかし、天皇と日本政府の統治権はマッカーサーに隷属しており、その権力を思う通りに行使できるのも、アメリカと日本の関係は条件付きのものではなく、無条件降伏に基づいていたのだから、“マッカーサーの権力は最高であり、日本側に何の疑念も抱かせてはならぬ”という占領政策に基づいていたものだし、もし必要であれば、出した命令は武力行使も含め必要と思う方法で実施せよとされていたのだ」
秋山が黒崎の言葉を補足するように言った。
「その彼の証言かですから重みがあるのではないですか」
「大井君、占領中に徹底した日本人の愚民化を成し遂げたマッカーサー証言の軽重などクソ食らえだ。大事なのは敗戦と同時に“魂を売ってパンを得た”この国の民が、建国以来の誇り高き民族に立ち返るかだよ。2年前(昭和27年)に締結されたサンフランシスコ講和条約で、日本の主権は回復したかに思えるが、いちばん大事な魂が模糊として見えてこないのだ。このままではいずれこの国は滅びてしまう」
秋山は憤然として銚子を取り上げると盃に注ぎ、一息に飲み干すと話を続けた。
「明治天皇は、国造りのため教育を使い、大成功を収めた。マッカーサーは国潰しのため教育を使い大成功した。マッカーサーは、キリスト教文明の優越を信じ、それを日本国民に丸呑みさせるため、日本の伝統文化を異教徒の偶像崇拝と軽蔑し、破壊した。この破壊は、脈々と流れ続ける歴史と、その永い年月ゆえに育むことができた独自の文化を持つ国に対する犯罪行為であり、国の尊厳に対する冒涜でなくてなんであったろう。マッカーサーは、日本国民を精神年齢12歳であるとさえ言っていた。だから真の文明開化へ導いていると信じ疑わなかったのかもしれない。この破壊が表面的なものだけであれば、昭和27年のサンフランシスコ講和条約の発効で得られた独立と同時に、日本を建て直すことができたはずであった。絶えず攻撃に出るマッカーサーは、日本の伝統文化を抹殺しただけでなく、その死体に悪・罪・恥という烙印を押したのだよ。
さらに、学校教育を使い、日本の若い世代に日本は大罪を犯した恥ずべき国・「愛国心は戦争を引き起こす黴菌・日の丸は軍旗・君が代は軍隊行進曲と教え込んだ。この洗脳には、“平和教育”という美しい熟語が付けられていた。
日本国民はこのマッカーサーの呪文に縛られ、今なお、枷(かせ)の鎖を断ち切れず、国の意識と行動に無残な後遺症を残したまま、21世紀の荒波に呑み込まれてゆくのだ。これが戦後の悲劇でなくて何であろう。まさに戦後は屈辱の歴史だ」
秋山征志郎の顔がこころもち青くなっている。
続
次回6月25日
こころ絵 『刻舟求剣』』
『刻舟求剣』
(こくしゅうきゅうけん)
「 舟に刻みて、剣を求む」と読みますが、慣用では“ 刻舟”とか“刻舷”
といわれます。
古代中国の春秋時代にあった“ 楚”での出来事です。
ある剣士が揚子江を舟で渡っている時、過って剣を水中に落とし、小
刀でここから剣を落としたという目印を船べりに刻み、少し経ってから
舟を止めさせ、その目印を見て水中に飛び込んで剣を捜し求めたとい
います。
この故事から“事態が変化しているのに、そのことには全く気づかず
に旧来の方法”によって物事を解決しようとする、愚かな行動のたと
えをいいます。

一刻として留まることなく時代は移り変わって行き、時の流れには必
ずその時点で事態の変化点があるはずなのに、それをも省みず、こ
れでいいのだと物事の動きを自分なりに決め込んでしまう頑迷さと愚
挙は避けてかからなければなりません。
尖閣諸島問題における中国の有り様には激憤するが、日本の屈辱
的対処にも怒りを感じる。
だけど歴史を振り返ればかって関東軍が支那に仕掛けた暴挙に似
ていなくもないな。
続・続 人間機雷 315
第六章 夢幻泡影
三 歳月
2 憂国 11
「そればかりではないぞ。両君とも覚えているだろうが、東京裁判が行なわれているあいだ中、占領軍がつくった“真相はこうだ”『真相箱』というラジオ番組が毎日、ひっきりなしに日本国民に向かって流され続けられていたが、あれはアメリカのしてきたことは一方的な正義であり、日本のしてきたことは一方的な悪だったとする内容だった。アメリカ人の歴史観を日本人に吹き込み、たくみに日本人を洗脳する番組だったのだよ。
日本の国民が悪いのではない。軍部が悪かったのだ。アメリカは日本を救ってくれた、アメリカが自由と民主主義をくれた、といったプロパガンダ、いわゆる政治宣伝だ。この番組は、NHKがつくったように偽装されていましたが、つくったのは占領軍だ。それが三年間も、毎日ゴールデンタイムに流され続けた。当時の日本人は敗戦で何もかも失い、呆然とした状況だったし、厳しい情報統制下にあったから、多くの者が“そうだったのか”と思ってしまったのだ」
「あれは占領軍の、『ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム』という戦争犯罪意識を植えつける洗脳計画に基づいて作られたもので、またこのプログラムにより占領軍は、日本人に与える情報や、出版物、教育などを厳しく制限し、統制したから、今日の日本にみられるような、“明治以降の日本の歴史は侵略の歴史だった”という、日本を悪者とする歴史観が形成されてしまい、日本人の自虐史観の源になってしまったのだ。だから東京裁判の結果に憤りを感じる国民は少なかった。その意味でも占領政策は成功したと言うべきでしょうな」
「しかし、アメリカやその同盟国であったイギリス・フランスと闘っていたナチス・ドイツではなく、日本に原爆を落としたのでしょう。日本なが標的にされた理由が分かりません」
「それはドイツ人は白人であり、日本人は黄色人種だったからだろう。著名な飛行家リンドバーグは“ドイツ人はユダヤ人の扱いで人間性を汚したと主張する我々アメリカ人が、日本人の扱いで同じようなことをしでかしたのである”と言っている。ドイツ人がユダヤ人に対し、ひどい人種偏見を抱いていたのと全く同じように、アメリカ人は日本人に対し、ひどい人種偏見を抱いていたのだ。
大航海時代以降の四世紀にわたる白人支配、白人全能の歴史に、日本はただ一国で立ち向かった。白人は、この生意気な有色人種をどうしても許せなかった。だから彼らはオレンジ計画を作成し、日本の都市をことごとく空襲で焼き払い、原爆を2発落とすまで続いたのだ。繰り返して言うが、日本は当初から日本対白人の戦争をしようと思っていたわけではなかった。日本は最後の最後まで、欧米を相手とする国際協調にかけてきた。それは忍耐に忍耐を重ねたものだった。しかしそれが破綻したとき、日本は自存自衛のために、白人相手に戦うことを辞さなかったがあの太平洋戦争だった」
「そう知れば知るほど、日本の近代史は悲しく、悔しく、だけど誇らしく思います。そして愛おしく感じられまて仕方ありません」
大井は涙声でそう言った。
「子孫のため先人は時代に対応した衣を纏い、私を捨て公に殉じ一丸と化し、数十倍の侵略者と三度戦い、三度目に全世界の征服主義者とたった1ヵ国の戦い・・・・自由希求の戦いを挑んだ。特攻隊は敗色濃厚のなか、己の生死と護国の精神を昇華し、悟り、軍艦に突撃し果て、護国に徹した日本精神を最後に残したのだ。精神を鎮め、そして昇華し、悟ったその精神が、静かで穏やかだ。そこには自分の運命に対する恨み辛みも、また敵国に対する憎しみもない。ただひたすらに祖国を憂える貴い熱情と、愛する者の幸せを願うという純粋無比な気持ちだけが、そこにはある。静かなだけに、感動だけが残るではないか」
秋山は言葉をつまらせながら、ゆっくりと言うと、間をおかず黒崎がその言葉を継いだ。
「おっしゃるとおりです。先人が残した“死しても護国”の日本精神は、アジアの人々の琴線をかき鳴らし覚醒させ、独立に拍車をかけ、アジアは皆独立し、戦後の日本の復興に多大な協力を惜しまなかったではないですか。アメリカに吹き込まれた自虐史観の嵐の中で、日本人探究者は、日本精神を真正面から受け止めて再び一丸と化し、より良い国作りに励みアジア同胞と共に復興しました。この日本精神こそが戦いに敗れても、再び日本の礎となったのだと思います。戦後、アジアやアフリカや世界の同胞は、南北アメリカの轍を踏みませんでした。侵略者に虐げられた世界の同胞は、護国の真髄を見た。
侵略者も同様に護国の真髄を見、いや人類が護国の真髄を見たのです。おなじ轍を踏まなかった起因は正に、ここにあるのです。日本精神護国の真髄は、開闢以来延々と続いた侵略と差別の弱肉強食の本能の歴史を破壊し、共存共栄と平等に基づく新たな人類の歴史を、世界に創造したともいえます。戦後の平和の起因も、正しくここにあるのでしょうな」
黒崎は苦く酒を飲み干した。
続
次回6月18日
こころ絵 『貧者の一灯』
『貧者の一灯』
その昔、お釈迦様が王舎城の近くで説法していた時のことです。
ある日、お釈迦様が町に来ると知った王様は“万灯”をかかげて、供養することにしました。
城下のかたすみに住む貧乏な老婆も、それを聞いて何とか供養したいと望んだのですが、一文のお金も持っておりません。
そこで通行人からお金を恵んでもらい、わずかばかりの油を買いにいくと、油屋の主人は「あなたは明日の食事にも困っているのになぜ油を買うのか」と聞きました。
老婆が「貧しい自分だがせめて一灯だけでも供養したいと、やっとのことでお金を乞うてきました」と話すと、油屋は感動して自分からもあなたに喜捨(貧しい人に施すこと)したいと申し出てくれました。
豊かな財力によって灯された万灯よりも、実の真心による一灯のほう
が尊い・・・・同じひとつの行動でも、そこにかけた労苦や犠牲、献身の
度合いでその価値が決まるという教えですね。
自滅への道を、ひたひたと歩み続けているようなこの国のことを思え
ば、先の見えない暗黒を嘆くよりまず自分が貧しくとも一灯をともし、
一隅を照らしたいなどと考えます。
やがて万民がひとり一灯もってこの国を照らしてくれたら、子供達のた
めに明るい日本を残すことが出来ます。
取るに足らない『こころ絵』ですが、そんな念いも心のどこかにありな
がら描き続けています(笑)。
続・続 人間機雷 314
第六章 夢幻泡影
三 歳月
2 憂国 10
「あの戦争でアメリカのどこに正義があった?どう考えても奴らには正義なんてものは存在しまい。ところがだ単に日本を悪者とするだけの歴史観のなかで、片隅に追いやられてしまったが、日本には正義があった。先ほども言ったようにまずは自衛のためであった。そして欧米列強によるアジアの全植民地化を防ぎ、アジア諸国を独立させるという正義だ。それを忘れてはいかんのだよ。それを忘れたふりをしているのは、世界に例を見ない誇り高い歴史をもつこの国への冒涜だよ。公平で真実な歴史観に立つて、自虐史観をかなぐり捨て、日本民族としての誇りを取り戻さなくてはならないのがいまだ。
そしてその思想を啓蒙していくのが貴君らなのだ。そのためにも新生日本の誇りを新たに造り直すのは、正しい歴史を知ることから始めなければならない。国民の多くが終戦直後から“日本イコール悪”という教育を徹底的にたたき込まれ、それに影響されている人が大多数だ。道は遠いかも知れんが、まずこれを日本人のなかから払拭しなければ駄目だ。正しい歴史を知るこれは是が非でもやり遂げなければならん」
秋山は銚子を取り上げると黒崎と大井に注ぎ、自らの盃も満たし、目を据えると言葉を継いだ。
「考えてもみたまえ。アメリカは日本の各都市への無差別爆撃で、民間人計約60万人を殺した。そのやり方は、まず直径5~6キロの周辺を焼夷弾で焼き払い、人々の逃げ道を断って、それから内側に無数の爆弾を雨あられと落とすと言う作戦だ。それは始めから民間人の虐殺を目的とした、史上空前のホロコーストだった。
そればかりではないぞ。アメリカは原爆で、民間人計約30万人を殺したが、知っての通り原爆は一発はウラン型爆弾、一発はプルトニウム型爆弾だった。これが何を意味するか分かるかね。そうなんだよ。タイプの違う原子爆弾を持った以上、使ってみたかった。それで日本人を相手に人体実験を行なったのだ」
「アメリカは“戦争を終わらせるためだ”とか“これ以上アメリカ人兵士の死者を出さないため”だと言って原爆を投下したと聞いています」
「大井君、それも奴らの独善的うそ話だ。すでに日本が降伏する意志を持っていることを、充分に知りながら、そう言って原爆を落とし、民間人の大量虐殺を行なったのだよ。当時すでに、日本は降伏することを決め、和平の仲介をすでにソ連に願いでてもいたから、当然アメリカ側は、その情報をつかんでた。つまり、原爆を落とさなくても日本はもう降伏すると知っていながら、“それを落とさないと戦争は終わらない”と米国民に説明して、原爆を落とし女子供含めての大量殺戮を行った。その数が空前絶後の死者となった30万だ。30万だぞ!!」
秋山は荒々しく盃を取り上げると、酒をのどのに放り込むように煽った。
「そればかりか放射能による後遺症で、苦しみながら死ぬ人も後を絶たないと聞いています」
「黒崎君のその情報も、占領軍の報道管制で、公表されずにずっときていたが、その数も夥しいものだときくが、アメリカが原爆を使った背景には、戦後の体制を見据えて、“アメリカにはこんなすごい武器があるぞ”ということを、ソ連に見せつけておくねらいもあったのだよ。一部には軍事国家であった日本を、解放して民主国家にしてくれたのはアメリカだ・・・・等と言っている輩もいるようだが、近代戦においてこれほど多くの民間人を組織的に、かつ、ためらいもなく殺した国があったかね。国際法からいえば、アメリカは最も裁かれるべき存在であるはずだ。しかし、裁かれておらん。勝者が敗者を裁いた東京裁判がいかに茶番であるか、それを考えただけでもわかるだろう」
「東京裁判は、一種のリンチであり、負けた日本が一方的な悪であることを世界に印象づけるためのショーだったともいえるような気がします」
二人の話を傾聴する秀敏の拳が震えている。
続
次回6月11日






