酒場人生覚え書き -14ページ目

こころ絵 『美成在久』

  美成在久
 びせいざいきゅう

中国の古典『荘子』にある言葉です。
「美の成るは久しきに在り」に続いて「悪の成るは改むるに及ばず」とあります。
よい物事を成し遂げるには長い時間がかかるけど、悪の結果は悪いところばかりが欠点となるために、改めることよりも早くつぎつぎと問題が起こり、物事が巧くはかどらないことになるという意味ですかね。



         酒場人生覚え書き
 

 

たしかに“悪いこと”の結果はすぐに出るのに“成功”するには長い時間がかかるものです。
物事を成し遂げるには、途中で苦しまぎれの勝手な変更や焦りからの無理をしないことが大切なんでしょうね。

例えば人の“長所とか短所”。
昔から“長所は短所”といわれますが、失敗の多くはその長所に頼りたがる心から起こりますから、長所も短所になりかねないけど、短所を短所と心得て、その短所を大切にしていれば“短所も長所”として立派に通用することにもなります。
だけど自らの心というものは、もっとも身近でありながら、実はもっともわけの分からないものなのかもしれません。
一番手近にあるものが、実は一番分かりにくい厄介者なのです・・・・いえいえ、奥方のことではありませんよ(笑)

自分を戒めるために描いてみました。


   

 

 

 

 

 

 

 

続・続 人間機雷 313

第六章 夢幻泡影
三 歳月 
2  憂国 9


  「当時、ハワイの真珠湾にはアメリカ軍の一大基地があって、アメリカによるアジア侵出の拠点となっていたのだ。日本軍はこの真珠湾の基地を攻撃、破壊しアメリカの主要艦隊を撃沈し戦力をそぎ、優位に戦争を展開し然る後に、有利な和平交渉に持ち込もうという戦略だった。日露戦争がそうであったな。しかし、真珠湾攻撃のニュースが飛び込んだとき、喜んだのはルーズベルト大統領だった。これでアメリカ世論は一気に傾き、日本との戦争を始められるからだ。当時の大統領側近の話によれば、真珠湾のニュースを聞いたとき、大統領は“安堵した”と叫んだというのだな。それは彼の念願がかなった瞬間だったわけだ」
秋山は手酌でついだ酒を勢いよく飲み干しながら言った。


  「それにまつわる様々な論評が残っていますな。イギリス・チャーチル内閣のオリバー・リットルトン生産相は、1944年の演説の中で、日本の真珠湾攻撃についてふれていて、当時の『ザ・タイムズ』誌は、“リットン氏曰く『日本人が真珠湾でアメリカ人を攻撃せざるを得ない』ほど、アメリカは日本を挑発した、と言明し『アメリカが戦争に巻き込まれたというのは、歴史を戯画化したものである』と付言した”と記していきす。これはアメリカは戦争に巻き込まれたのではなく、戦争を自ら引き起こしたのだ、ということだ。またイギリスの海軍軍人ラッセル・グレンフェル大佐も、その著『主力艦隊シンガポール』の中で“今日、いやしくも合理的な知性のある人で、日本が合衆国に対して悪辣な不意討ちを行なった、と信ずる者はいない。

 

 

攻撃は充分予期されていたのみならず、実際に希望されていたのである。ルーズベルト大統領が、自国を戦争に巻き込みたいと考えていたことは、疑問の余地はない。しかし政治的理由から、最初の敵対行動が相手側から始められるようにすることを、熱望していたのである。そのような理由から彼は……武力に訴えなければ耐えることができない点まで、日本人に圧力を加えたのである。日本は、アメリカ大統領によって合衆国を攻撃するように仕組まれたのである”と書いている。それらの記事からも分かるように、日米戦争は、決して日本が一方的に始めたものではなく、もし戦争責任ということを言うなら、それはアメリカにも日本にもあったというべきだろうな」
黒崎は大井に教え込むように語っている。


「戦争をしたがったのはルーズベルト本人だったのですね。それがアメリカ国民に露呈したら世論によって、大統領の座を奪われいたかもしれません。それに真珠湾攻撃以前に筒抜けだったと聞いています。それにまた開戦から終戦まで終始一貫して、日本海軍の暗号はアメリカ側が全て解読していたのに比べ、陸軍の暗号は漏れていなかったと言われてもいます。『リメンバー・パールハーバー』とあれほど、声高々に、日本海軍を責めていたアメリカなのに、東京裁判では、一人も海軍の軍人を殺していません。戦後、海軍はカッコよく描かれることが多いですが、陸軍は悪として描かれることが多いのも不思議でしかたないです。短い間だったけど日本海軍に身をおいた者としては慚愧に堪えないのですがこれは何か変だなと思っています」


「海軍がアメリカ側に通じていたなどと言うことはないだろうと思うが、たしかに不思議ではあるな。大統領一家の一員、大統領の長女の夫であるカーチス・ドールが著書『操られたルーズベルト』のなかで、家族との会食の席でのルーズベルトの発言を暴露しているのだが“私は決して宣戦はしない。私は戦争を創るのだ”といい、また真珠湾攻撃の前日には、“明日戦争が起こる”とつぶやいていたそうだ。どのように経緯か分からんが日本の暗号は、この頃既にアメリカに解読されていたことになる。しかし、いずれにしても国家存亡をかけ、日本を護る為に苦渋の決断をした先人達の胸中を思うとき、誇り高き民族の一人であって良かったと思うのだよ」
黒崎はフキノトウをつまむと口に放り込み、盃を干した。
大井にはその顔がフキノトウのほろ苦さと同じ、ほろ苦い誇りででもあったかのようにみえた。

                                                                                 続
                                       
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こころ絵 『阿吽』

『阿吽』

 

『阿吽』の“阿”はあいうえおの“あ”に例えられ“吽”は最後の音“ん”に例えられるように“阿吽の呼吸”というのは、口を開ければ出る音“あ”と、口を閉じた時に出る音“ん”の二音だけであれば、間に余計な邪魔がはいらないという意味から、2人の人物が呼吸まで合わせるように共に行動している様子です。

ですから互いの損得を考えたり、相手を疑ったりせずに、簡潔そのものの呼吸なのですね。

夫婦もそうありたいものですが、奥さんがご主人を疑ったり、ご主人が奥さんをバカにしていたのでは決して生まれない呼吸かも(笑)

 

        

『阿吽』はほかに“対となる物”を表す用語としても使われ、例えば社殿の前に据えられた狛犬や、寺門にの仁王など“一対”で存在する宗教的な像に表されています。
ちなみに口が開いている方を阿形(あぎょう)、閉じている方を吽形(うんぎょう)と呼ぶのだそうです。

その昔、国民小学校一年生の教科書には『こまいぬさん、こまいぬさん、あ、ん』の“読み方”がありましたが、もともと『阿吽』は仏教の呪文の1つで“宇宙の始まりと終わり”を表す言葉だといいます。
たとえが古すぎますかね 苦笑

宇宙の始まり(ビッグバーン)を赤で、低温化で迎える宇宙の終焉(ビックフリーズ)を青で表わし、銀河系やアンドロメダや、大宇宙に存在する無数の星雲などを点在させ、その中に浮遊しながら存在する地球も、そこに住む人間も塵芥のごときもと思えば、こせこせと生きている自分の人生観も少しは変わってこようとの思いを『こころ絵』にしてみました。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こころ絵 『勿体ない』

 『勿体ない』

 

「ほら、まだご飯つぶが残ってるでしょ。もったいない・・・・」
お茶碗に残った一粒のお米も「もったいない」と叱られたものです。
それも59年には「消費は美徳」などという、アホな言葉が“流行語大賞”に選ばれるにいたって「もったいながること=ケチケチすること」と思われ、とくに若者達には人気が無くなったような気がします。
ところが高度成長期が終わったころから、ポイ捨てが反省され「もったいない」という言葉が復活し、低成長期が続いたうえに世界同時不況という今では、子供まで口にするようになりました。

もとは「有りがたや 勿体なや」と神仏の前に詣でたときに発する言葉として日本で作られ、中国伝来の仏典にはないんだそうです。
“勿”(漢音ではブツ・呉音ではモチ)は“物”と同じことを表す字で“勿体”は“物体”のことですから、『勿体ないと』は“物の本体”そのものが本来持っている価値「もののいのち」を生かし切れていないことでしょうか。

字の解釈からするとそうですが、神仏の前で「勿体ない」と言うと“恐れ多い”という心の表れになりますし、ご飯粒の場合などは資源の少ない島国であればこそ、たとへ一粒でも「もののいのち」を大切にする「勿体ない」という言葉になって、精神のなかに根強く生き残ってきたのでしょう。

 

酒場人生覚え書き


使い捨てはモッタイナイ!

アイドリングはガソリンがモッタイナイ!
食べ物を粗末にするのはモッタイナイ!
もちろん自分の命も「もったいない」ことにならぬよう、大切にあつかっていきましょう。

ミレーの「落穂拾い」からヒントを得て、勿体ないから和紙の切れ端に描いてみました(笑)。



 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こころ絵 『何をもとめる』

『何をもとめる』


開店して五十四年が過ぎたいま、フト我に返ったように考えることがある。
仕事から得たものは何んだろう?
生涯をかけて探してきたものは何だろう?
それとも自分とは何かを知るための旅だったのだろうか?

山頭火もまた解くすべもない惑ひを懐にして旅に出たのだろう。
そして、歩けば何かが見えてくると信じて、ただ歩き続けこころの内なるものを俳句として詠み続けたのに違いない。
時にほおを打つ風の中をただひたすらに・・・・。

 

           

ならば自分も時に冷たく、時に荒れ狂う風の中を、ただ歩み続けて自分を探す旅を続けよう・・・・そんな念いで描きました。

左脚は鍬(くわ)、右脚は鋤(すき)、左右の歩みは、この鍬と鋤で、心田を耕す。
一つの鉄片を砥石にかけて針を作るように、歩行で煩悩を磨り減らして仏心を研ぎ出す。
禅でいう、一寸坐れば一寸の仏、二寸坐れば二寸の仏、の言葉の如く、脚は彫刻のように、一歩歩めば一歩の仏、二歩歩めば二歩の仏を我が心中に刻んでゆく。
その仏との出逢いにこそ「歩行禅」の意義がある。
                    
「徒歩巡礼による歩行禅」松尾心空より
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こころ絵 『無』



今から千年も前の中国で“雲門山”というところで修行をし、中国の禅宗のひとつ“雲門宗”をたてた雲門禅師というえらいお坊さんがいました。
その雲門禅師は弟子を指導するのに、言葉で表現する事の出来ない仏法の真理を簡潔な一字をもって説いたといわれます。
そこから当時の人々は雲門宗の特色を『雲門の一字関』と呼ぶようになったのだそうです。

一字関の代表的なもとしては“喝”(かつ)・“看”(かん)・“露”(ろー)・“繁”(かー)・“参”(さん)・“咄”(とつ)などなど沢山ありますが、今日の『こころ絵』ではそのなかのひとつ“無”に取り組んでみました。

 

                               

禅の世界で云う“無”は「ある」に対する「ない」ではなく、有無の二元を超えた絶対の“無”を指し、禅の究極の目的とする所は、この“無”を体得することに他ならないといいます。

 

・・・・とは言え凡人にはなかなか難しいことです





 

続・続 人間機雷 312

第六章 夢幻泡影
三 歳月 
2  憂国 8


「アメリカは不思議な国で、戦争の際には、いつも都合よく敵国からの攻撃があり『リメンバー!』の合い言葉で国民世論がまとまって開戦に至っている。いつも敵の攻撃を誘ったり自作自演を行ったりして、国民を戦争に引きずり込むと言うのが常套手段だった。そこでどうしたら、世論は日本との戦争をよしとするだろうか。大井君、容易に想像がつくだろう」


「ルーズベルトは“何度でも何度でも重ねて誓う。あなたがたの夫や息子を戦場に送ることはない。私が大統領になったらアメリカは絶対に戦争はしない・・・・”と公約し大統領になったんですよね。その彼がそれでも日本を戦争に巻き込むためには、どうしても日本からの先制攻撃を演出するしかなかったのでしょう」


「そうなのだよ、日本が最初の一発を打てば、アメリカ国民は怒り、戦争やむなしと思うだろう。アメリカは西部劇にもみられるように決闘の国であり、先に相手に銃をぬかせてこそ、大義名分が立つという考えだ。そのためにアメリカが用意したのが、ハル・ノートだった。これをつきつけるなら、日本は牙をむいて、刃向かってくるに違いないと踏んだのだな。これこそ文字通り日本に最初の一弾を撃たせるための最後通牒だった。それに至るまでに在米日本資産を凍結し、日本への石油の輸出を禁止する命令を発している。イギリスのチャーチル首相も同時に措置をとった。これは二国間に日本挑発のための密約があっり“我々が過大な危険にさらされないで、日本の最初の一弾を撃たせるように、どのように誘導していくか”が話し合われたというのはいまや衆知の事実だ。

 

 

その時チャーチル首相が“日本は一撃で石油供給の道を致命的に断たれた”とほくそ笑んだという。そんな一挙に麻痺状態に陥れるような打撃を加えれば、日本は国家の崩壊ないしは国策の放棄を回避する唯一の方策として、戦争に訴えるほかはないという状況に陥ることは、それまでに行なった研究において、われわれが常に認識してきたことであったのだ。このとき日本が自国に課された石油禁輸措置を中止させる交渉を試み、四か月以上も日本側からの攻撃を延期したことはよくしられた注目すべき事実なのだ。アメリカ政府は、日本がインドシナからのみならず、中国大陸からも撤退しない限り、石油禁輸措置の撤回を拒否した。いかなる政府も、そのような屈辱的な条件を受け入れて、体面を失った発表を行なうことはありえない。特に日本は誇り高き民族である・・・・あったと言い換えるべきかな。そこには開戦の道しか残されていなかった。そして1941年12月8日日本の存亡をかけて、ハワイの真珠湾を攻撃し、大東亜戦争に突入したのだよ」


「アメリカはありとあらゆる手を使い、日本を徹底的にいじめ、日本が立ち上がらなければ、日本がもはや日本という国家を維持できないところまで追い詰めたわけですね」


「そうなのだ。そしてルーズベルト大統領はアメリカの安全保障に対する不気味な脅威に鑑みて、日本政府による真珠湾の“卑劣極まりない攻撃”に焦点を合わせた演説を熱烈に繰り返した。それが『リメンバーパールハーバー』の真実なのだよ。だけどその中で合衆国大統領は、アメリカの爆撃機による日本本土に対する焼夷弾爆撃を後押しする計画があったことを明かさなかったし、ビルマで活動を展開中のアメリカ特別航空戦隊の件にもいっさいふれていない。また、東南アジアにおける日本の拡張主義を抑える目的でABCD四ヵ国が事実上結んでいた同盟関係への言及はもちろんなかったし、アメリカと中国による本土爆撃の構想に日本が気づいていたこともあえて明かさなかったのだ。なんとも卑劣な奴ではないか」


「両先生の教えで開戦への道筋が分かりました。目から鱗が落ちるとはこういうときの言葉かも知れません。まずヨーロッパで戦争勃発し、イギリスは苦戦に陥った。そこでチャーチル首相が、米国ルーズベルト大統領に参戦を要請したが、米国ルーズベルトはすでに“戦争しません”と米国民に公約をしていたため、その要請に即座には応えられなかったわけですね。ここで、ワルの企み浮上し“では、日本に仕掛けさせよう!”ということになりアメリカが日本に対し、経済封鎖、ハルノートなど、無理難題を突きつける。追いつめられ、行き詰まった日本が、開戦に踏み切ると言う図式がハッキリと分かりました。しかし、なぜ真珠湾を目標として攻撃したのですか」

                                                                                 続
                                       
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こころ絵 『虚舟』

『虚舟』

舟で河を渡ろうとしているときに、流れてきた舟が“ドン”とぶっつかってきました。
「バカヤロウ!気をつけねえか。どこを見て漕いでるんだ!!」
と船頭は怒り狂って怒鳴り付けたが、よく見ると虚舟(無人の舟)でし
た。
虚舟はまたクルリと回ってゆっくりと流れていきます。
「なんでえ、あれは・・・・」
息巻いて怒鳴り付けた船頭は、きまり悪そうにぶつくさと言いながら、またゆっくりと櫓をこぎ出しました。

                        

これは、舟に乗っているときに別の舟が衝突してきたら、それに人が乗っていれば腹が立つが、無人の舟であれば怒る気持ちはなくなるという『荘子』(外編 第二十 山木編 虚舟)のなかにでてくる寓話です。
どんなに短気な人でも、その舟に誰も乗っていなければ、怒ることはしないでしょうが、ひとりでも人が乗っていたとしたらどうでしょう。
「舟をどかせろ!」
「あっちへ行け!」
などと、大声で怒鳴りちらすにちがいありません。

おなじ舟の衝突でも人が乗っていれば怒りが生じ、だれも居なければ
何ごともなかったようにやり過ごすことから、自分の乗っている舟を人
が乗っていない“虚舟”のようにすれば、言いがかりをつけたがってい
る連中とて手も口も出しようがなく、無用なトラブルは避けることがで
きると教えているのでしょう。       

まあ、自分のエゴをできるだけ無くしていくことと、誰もいない舟に誰かが乗っているように思い込むような“愚”はおこさないで、日々を楽しく生きていきたいですね。
あるいは相手の舟に乗っている人と見えたのは、自分の影なのかも
知れないものね。
大切なことは、自分の舟が自分の行きたいところへ進んでいく旅を、こころから楽しむということなのでしょう。

そんな思いで漂い流れる『虚舟』を描いてみました。

『虚舟』読めますかねえ(笑)   








 

続・続 人間機雷 311

第六章 夢幻泡影
三 歳月 
2  憂国 7


「さっきも言ったようにアメリカは、オレンジ計画にみられるように、いずれ日本を叩きつぶそう、屈服させようと思ってた。だからアメリカが真珠湾以前から、日本との戦争を決意していたと考えるのはいまや当たり前になっている。だが当時、アメリカ国民の大半は、参戦に反対だった。アメリカ人の多くは、かつての大恐慌の悪夢からようやく立ち直り、安定した生活を手に入れるようになったばかりなので、できることなら他国との戦争などにかかわりたくないと思っていた。

そうしたでもルーズベルト大統領は、なんとか日本と戦争をし、日本を屈服させたいと願ったいたのだな。第一次大戦に懲りていたアメリカ人の間には戦争反対の嵐が吹き荒れていたうえ、ルーズベルトも大戦不参加を公約し“何度でも何度でも重ねて誓う。あなたがたの夫や息子を戦場に送ることはない”として大統領選挙に再選していたので、アメリカの自発的な戦争参加は絶対に無いと信じていたのだな。だが日本から戦争を仕掛けさせようと、周到に仕向けたグルの悪党が二人がいた」

 

「誰ですか。その不届き者は」

大井が意気込んで聞いた。


「英国のチャーチル首相と、米国のルーズベルト大統領だ。当時ヨーロッパでは、すでにドイツ軍の勢力がイギリスにも迫っていた。それでルーズベルトは、盟友チャーチル首相のイギリスを救うためにも、アメリカの参戦を何とか果たしたいと思っていたのだ。もしアメリカが日本と開戦すれば、日本とドイツの同盟関係により、アメリカは自動的にドイツとも開戦することになる。そうすればアメリカがドイツを打ち負かす機会が生まるわけだ。そのためルーズベルトは、何とか参戦を果たしたいがアメリカ政府が勝手に戦争を始めても、アメリカ世論がついてくるわけが無いのは先ほど言ったとおり世論がそれを許さない。しかしだよ、アメリカが攻撃を受けたなら話は別だ」

 


「大井君も知っていると思うが、アメリカの戦争の歴史を振り返れば、西部開拓史にみられるように“西へ、西へ”の開拓によって大きくなっていった国だ。だいたいアメリカは、はじめはあのように大きな国ではなかった。テキサス州なども、もとはメキシコの領土だった。だがアメリカはメキシコ領だったテキサスのサンアントニオに、独立運動の象徴アラモの砦を築かせせるのだ。これはメキシコ軍が襲ってくるのを見越した上のことだった。案の定籠城した200人の人々はメキシコ軍の攻撃を受けて全滅してしまった。アメリカはこの事件を『リメンバー・アラモの砦』という合言葉で、国民の戦意を鼓舞し、戦争を正当化して侵略戦争を起こし結局のところ、このメキシコとの戦争での勝利で、アメリカはテキサス、ニューメキシコ、カリフォルニアなど、当時のメキシコ領の半分に当たる広大な領土を奪った。そればかりではない。これに味をしめたアメリカは、同じ手口でスペインと先端を開いたのだ。これは1898年にアメリカの戦艦メイン号が撃沈された事件が起きた。その爆破は、スペインのしわざと宣伝されたのだが、その真相は100年経った今も不明だが、それを契機にスペインとの戦争を始めた。合い言葉は『リメンバー・メイン号!』だったのだよ」


「『リメンバー・アラモ砦!』『リメンバー・メイン号!』それに続いて真珠湾攻撃時の『リーメンバー・パールハーバー』かあ。それが奴らの常套手段だったのですか」


「そうだよ大井君。『リメンバー・アラモ砦!』を合い言葉にメキシコと戦争をし、テキサスをはじめ西部の広大な土地を手に入れたばかりでなく、土着民のインディアンたちを殺しながら開拓を続けた。そのインディアンたちとの戦争は25年間も続いたのだが、その時の合衆国の司令官たちは、“インディアンを絶滅すべし”と発言して容赦ない絶滅作戦が展開されたのだ。女・子供も虐殺、生活環境を破壊し尽くし、インディアンの数が激減したところで、インディアンの組織的反抗はやっと終結したのだが、こんどの戦争ではオレンジ構想にもうたっているように“日本人は絶滅すべし”とでも言っていたんだろう」
黒崎がたまりかねたように発言した。

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こころ絵 『照らされて照る』

 『照らされて照る』

酒場人生の途中でフト立ち止まり己を振り返ったとき
『人の光を借りて我が光を増さんと欲するなかれ』
                                                                
  森鴎外『智恵袋』より
なんて言葉を思い出しました。

これは自分以外の人の威光を借りて、自分の足りないところを補っ
てはいけないよ・・・・ということですが、鴎外は「日の光を藉りて照る
大いなる月たらんよりは、自ら光を放つ小き灯火たれ」と勧めているのです。

                     

月光菩薩のいう“われに照らす光なけれども照らされて照る”という言葉を噛みしめては、禍々しい闇の中をさまよい歩いているような今でも『照らされて照る』世界があることを思い、いずれ“自ら光を放つ小き灯火”になれることを思いながら描いてみたかったのがきょうの『こころ絵』です。

光は声を持たないから
光は声で人を呼ばない
光は光で人を招く 

     高見順  詩集『樹木派』より