Get It On! YZ450Fで後方排気 -122ページ目

Motocross Dad

ちびっこギャング

あー、今朝は二日酔いと寝不足で、だるかった。昨日の夜は帰ってきたの3時過ぎてんだけど、でも今日はまたMX行きたかったので頑張って起きる。

相棒の Spider氏は今週末は来れず一人で茨城へ行く。一人のMXは無駄話できないから寂しいねぇ。

MX408に着いてみると、なんか大盛況じゃん。来週日曜日、Kids Supercrossがあるらしくちびっこが練習に来てるんだね。走行時間を分けるためのクラス分けが、①50cc ②60cc ③85cc ④それ他125ccや250cc、の4つに別けられたぐらいだから、いかにちびっこギャングが多かったか。

写真一番上はXR50でマジなバトル。みんなホント本気だよ。

俺も二日酔いの割には調子よく走った。走行中一度カワサキの人が前に居て、逆バンクで殆ど止まる位にスローダウンしたので、俺はインから思いっきり突っ込んで相手はこけてしまった。その場で謝ったけど、ピットに帰ると隣に車停めてる人じゃん・・・気まずいなぁ。サイドプレートに俺のタイヤの跡が思いっきり付いてるし。

その後の走行は、なぜか毎回同じ青ゼッケンのCRF250の人に後ろから追い回された。セッションの最後で俺がスタミナ切れすると毎度抜かれる。今日最後の走行の時も後ろにつかれ(わざとじゃないんだと思うけど、なぜか毎回後ろにいるんですよ)、俺もひっちゃきになって頑張るが、ラストラップにインを差されてしまった。絶対抜き返してやる、と思いすぐさま付いていくと、その直後のジャンプで俺達の直前に居た人が(写真でちびっこギャングが走ってる)ジャンプでコケて、青ゼッケンはそのバイクに当り、俺はその人の膝を轢いてしまった。それも丁寧に前後タイヤで2回も。あんらまぁ!俺が轢いた足よりコケテ打った手首の方が痛かったようで、足は心配要らないみたいでよかった。


行きと帰りの高速は、桜見で込むかと思っていたが、ガラガラでした。高速より一般道の方が花見帰りみたいな飲酒運転確立高いっぽいミニバンが多かったです。帰り外環で調子良く120ちょい超えで走っていると、またもや覆面を抜いてしまった!!!あわわわ!クルーズコントロールを入れてたんでブレーキを踏まずに解除して減速しようと思ったら、逆に加速の方向にレバー押しちゃったりして!ちょー焦る。もうしょうがないからブレーキ踏んで減速して、左車線に戻ったら無事でした。

最近の覆面クラウンさぁ、判りずらいんですよ。後ろの窓と後席がスモークでホント真っ黒で、後ろから見ても覆面かどうかがワカラナイ。横に並べば二人それっぽい男が乗ってるし、ルームミラーが教習所の車のように2個縦に付いてるから判るんだけどね。今度から昔の自動車電話アンテナみたいなのが付いて、ヤンキー仕様じゃないのにスモークが真っ黒なクラウンのアスリート(?マジェスタじゃない奴)を見たら、全て覆面だと判断することにした。危ないから。

覆面パトカーについて、いろんなサイトがありますね。参考まで。  怪しい感じのサイトです・・・・


で今日のMX408はちびっ子天国だった訳だけど、ちびっ子専用コースで子供を練習させてた真ん中と下の写真のお父さんは凄かった。多分まだ小学校入ってないぐらいの子供に思いっきりスパルタなんだもん。コーナーの突込みが甘いとか、アクセルは開けるときは全開まで開けろとか、コーナーの突っ込みは俺の居るところまでアクセルは閉めるな(子供にそんな教え方危ないっつーの)、とか。ご丁寧に「アクセル緩めていいよ」の合図の棒まで持って、ピットに居る俺達に聞こえるぐらい大声を張り上げていた。真ん中の写真は「アクセルはこうググッと、グググーッとやってあけるんだー!」、下の写真は「お前はインを閉めないから、こうやって入られちゃうんだろう!」と激怒してる感じだ。熱心なのは結構だけど、バイクの乗り方なんて「ここでこーしろ!」とか実際に乗ってないあんたに言われても無理だって。横を通り過ぎていく青い8番のCRF50のお友達が、「また怒られてるのー?」って風に見てるのが良いな。さっき君が強引に彼のインを刺したから、この子は怒られちゃってるんだけどね。笑

MotocrossDad、なんとも言えませんなぁ・・・

WANGAN

CherryBrossam

今朝は新宿に用があったので、帰りがけに練馬のMotoshopBomberに行きCRFの前後タイヤを交換してもらう。先週末しどきでリヤがパンクしちゃったし、この頃Dunlopは評判が良くないらしいので(自分では別に悪いとは思わないが)、前後Bridgestoneの硬質に変更する。601と602と言ったかな?602は軽量仕様で従来の物より600g軽いとか。うれしいねぇ、そうゆう変更は。

この前のリヤのパンクは、ギャップや石にヒットしてリムがチューブを噛んだわけではなく、チューブが中の繊維まで擦り切れてそこからエアーが洩れてました。ふーん、ビートッパーが緩んでた訳では無いんだけどね。またそんな事にならないように、とチューブは少し厚めのMXヘビーを勧められた。チューブが重くなったらタイヤを軽いものにしても意味が無いと思うが、プラスマイナス0と言うことで。

スポークが大量に緩んでいたらしく、おじさんに注意される。笑


帰りの関越でハーレー軍団を見かける。どこかへお花見ツーリングかな?「おらおら、俺達アメリカのLow Life(流れ者)、ハーレー軍団だぜぃ」風コスプレが恥ずかしい。ああゆう人たちはバイクを乗る事が目的なんじゃなくて、ああゆうコスプレをする為にハーレーに乗ってるんではないかと俺は思う。ちらっとしか見えなかったけど、どこで手に入れたんだかHell's Angelesと書いたジャンパーを着た人が居たが、あんなの本当のメンバーじゃなくて古着屋かなんかで買ったのとか着てたら、メンバーに見つかったら殺されるぞ・・・マジで。あーコワ。支部が無い日本でよかったね。くれぐれもアメリカ旅行に行ったときなど持って行かないように気をつけてください。


んで仕事の合間にバイクの洗車と整備をしたら、うわー、泥水がスーツのズボンに!参りました・・・仕事サボってする事じゃないって事か。今度は作業着に着替えてからにしよう!

写真は実家にある桜をバックに一枚、と思ったが、木が遠すぎるのと高すぎて上手くいかなかったですね。近くこの周辺の木は全部なくなってしまう予定なので、今年が最後の桜になるんで、一応記念にパチリ。

H-D Duece

Softail Duece


実家にある机を、タンドラで姉の自宅まで運んでくれと頼まれた。数日前には自宅のゴミを市の処分施設まで運んでくれ、と頼まれて、俺の車はゴミ収集車か!?結局机は明日、土曜日の朝に運ぶことになったんだけど、学生時代に年20回ぐらい引越ししてたのを思い出した。もちろん自分のじゃなくて、友達のね。


ごみ繋がりの話題で、ごみ箱って、漢字だと『護美箱』って書くって知ってました?ほーぉ、と感心した。でも辞書見たら載ってないけど、ただの当て字だったりして・・・


話は引越しに戻って、LAの学生はフルサイズのトラック持ってるのなんてまず俺以外居なかったから、殆ど喋ったことも無いような人からもよく頼まれた。自分は年20回手伝っていても、気まずくてもそれでもわざわざ俺に頼んでくる相手は1回こっきりなんだから、と思って割り切ってはいたものの、やはり面倒ですよね。女の子の引越しはほいほい手伝っても、男はそんなもん車貸すから勝手にやってよ、と内心思っていた。がはは


この写真が俺のハーレー。バランサー付きのBig Motorを、Softailフレームに押し込み、そこから現代チョッパー風にしたDueceというモデル。なんて言っても訳がわからないと思うけど、俺もこれを真剣に見るまでハーレーなんて普通みんなEasyrider風なチョッパーで、ダサいタイプ(失礼)はChip'sのJohn&PunchみたいなPoliceモデルだけだと思ってた。実は大きいのから小さいのまで、色々あるんですねー。


私はアメリカに13年も住んでおきながら、当時は一度もハーレーなんて気にかけたこともありませんでした。友達はカリカリのエンジンからフレームまで、全て部品で買って組み立てるようなハーレー(こんなの)とか持ってるのもいたんだけどね。バイクの免許自体持っていなかったし、第一バイクはモトクロッサー乗るだけで忙しかったし。でも日本へ帰る直前にバイクの免許を取り(アメリカの二輪免許は、バイク自分で調達して一人で自走して実地受けるって知ってました?友達のCBR1100で試験受けたんだけど、変形のスラロームの試験場所の地面が傾いていて、参りました。リヤブレーキ使っちゃいけないと言うんだけど使わないと無理そうだったし、おばちゃん試験官にばれるはずが無い、と今度はリヤブレーキのセンサーを外してリヤブレーキ踏んでもライトが付かないようにして、めでたく受かりました)、数ヵ月後に友達の結婚式でハワイに行った時に今と同じ同じDueceを借りて、あまりに気持ち良いので帰国後ディーラーへ。


しかし、想像の2倍の価格がするのに腰を抜かし、最初は退散。でもそれから数回通ってしまい、ローン返済計画表を見せられたのが運の尽き、「あれ、買えるじゃん!?」みたいな。で、その間に速攻免許取りにって(鴻巣で1発合格だぜ!試験コースを使った二輪車安全運転推進委員会、略して二推の講習は受けましたが。その時はインストラクターの何か棒持ったオヤジにさんざんヘタッピ呼ばわりされて、相当むかついた。できねーからこんな所わざわざ来て、お前に怒鳴られても我慢してんだよ、このあんぽんたんが!とにかく一回で受かるのが目的だから、腰を低くしてましたが・・・)在庫処分で結構負けますよ、の言葉にいきおいで買ってしまった。今ぐらい冷静になっていれば、買わなかったと思う・・・苦笑。


これは2003年型の100周年記念モデル。もう2004年が出るって時にディラーに行って、残ってたのはこのワインレッド1台で、赤になりました。俺は結構色はこれは絶対に嫌だ、というのじゃなければどうでも良いんですよね。たとえば、グリーンのボクスターとか・・・は嫌。あんなの買う人居るんかなぁ。でも紫のM3は見た瞬間、「あ、いいんじゃん!?」


購入後マフラー変えたり、シートやハンドル変えたりして(部品は全てアメリカから調達しました。値段なんと1/3!)、今の形に落ち着きました。あとは・・・ステップとペダルを変えるかな。本当はリヤの車高も落としたいけど、乗り心地が硬くなるのは嫌なので迷ってます。


ハワイのハーレーは気持ちよかったんだけど、一緒に行った友達がFerrariの360Modenaを借りて乗ったのが悔しかったなぁ。その時は24時間、走行制限距離320キロ、で1,000ドルは高いと思ったけど、自分で同じ360を買って、しばらく乗って、売って損する額を考えたら、心の充実感は抜きにして金額だけで考えるとこちらの方がお得かもしれない。


次にもしハワイに行ったら、何が何でも借りてやろうと誓いました。でも俺だったら355でもSpiderが良いかなぁ。

べんべー

E36M3 

以前兄がBMW E46 328Ci、現行初期の3シリーズクーペに乗っていた。青いボディーで、純正オプションの18インチ付けて、ATだから気合を入れすぎずに街中で乗るには最高の車でした(気合入れてBMW乗るならMがいい!)。買った直後に「これは何キロ出るのかな?日本仕様はリミッターは付いてるのかな?」なんて言いながら外環で最高速アタックしてたら、覆面のGT-Rを追い越してしまい、一回目の免停になったのもこの車だし。あぁ、懐かしや。

リミッターはやはり付いていて、確か190ちょっとしか出なかったと思う。M以外は全てリミッター付いてるらしいね、べんべーは。

でもこの思い出の車は1年程前にお医者さんの従兄弟に譲られて行きました。その従兄弟は派手なことは何もしないぐらいの凄く真面目な子で、親戚一同自慢の秀才、決して地味ではないこの車を乗って少しははめを外して遊ぶのだろうか、と俺は密かに期待していた。でも、親戚の家に行くとずーーーーーっと車は放置されたまま。せっかく売る前にタイヤを換えて、ボディーも再コーティングしたのに、埃がかぶりまるで泥の塊。叔母さん会った時に話をふってみると、(昔から乗ってる)サニーがまだあるから・・・なんて言われて拍子抜けしたりして。10年以上落ちのサニーと同等かい!

年が明けてその親戚の家に行ったときに328が無くなってたから、お、乗り始めたんだ?と喜んでいました。ところが一昨日電話があり・・・事故っちゃったみたいです。夜勤明けの交差点でぶつかったらしいのですが、体は無事な模様、車は近くのBMWディーラーへ。翌日また勤務してると聞いたので大した事がないのかと思いきや、実はタイヤが1個取れてしまったぐらいの大事故らしい。あらまぁ、ホント無事でよかったね。

もちろん車がかわいそうな気持ちも多少あるが、でもこの時にサニーに乗っていたら本人がどうなっていたか。少し大き目で頑丈であろうBMWで良かったなという気持ちが強い。車は多分廃車だと思うが、次に彼が何を買うのか今から興味しんしん。堅実にいくか、派手にいくか!


写真はそのE46ではなく、自分が1994年から1999年までカルフォルニアで乗っていたE36M3。今見てもカッコいいと思うんですが、どうでしょうか?Ohlinsの足回りや、BBSのDTM、日本から手荷物でもって帰って付けてねぇ、相当な箇所に手を入れてました。気合入れてる風には見えないように外見はノーマルっぽくしてあったが、今思うと相当気合入れすぎ。でもカッコいい。

紫のM3!Daytona Violet!!耀いてるぜ!!!

当時は腐るほど写真を撮っていたのに、今手元に残っているのはこの一枚だけ。デジカメは便利なんだけど、俺みたいにいい加減な奴はPCが変わるたびにDataも無くなるから、ダメですね。昔作っていたHPのデータも、どこかにあるんだと思うがもったいないことをした。

実は、この車も事故で廃車になってしまった。私の場合は・・・くだらない合コンしてたら天罰が下ったんです。路上のメーターに停めておいたら居眠りのキャデラックの親父が突っ込み、左後ろはキャデラックに押しつぶされ、前はNissanP/Uの下に潜ってしまい、ねじれて廃車になりました。倉庫に運ばれてきたM3に自分でカバーをかけて、泣けたなぁ・・・

この車がなくなってから、車をいじるのは止めました。いつどこで無くなっちゃうか判らないから。手を入れると割り切れなくなる。

そう言えば、このM3ではさらに笑う事がありました。その約1年後に全く知らない人からいきなり「このM3は貴方の昔の車だと思うのですが」なんて車の写真付きのメールがきたんです。確かにその車には紫のM3で、俺がつけていたシートベルトやステレオ機器が付いている・・・。でも、悲しい感じのBBS風16インチホイールがついていて、まるで318クーペを改造した車のような。

説明を聞くと、LA郊外のメキシカン親子がこの廃車になったM3をオークションで手に入れ、動く様に直してまた売ろうとしてたらしい。で、その車の購入を考えていた人が俺にメールしてきて、事故当時の写真ある?なんて言われて。俺はいかにもちゃんと直ってない風だったので、「ちゃんと直してあるのであればいいんじゃないんでしょうか?」なんて適当な事を言いながら事故当時の写真送ったら、やっぱり買うの辞めたらしい。笑


長いけどさらに話はバイクに変わって、今日はあまりにも天気が良いので仕事をちょい早く切り上げてハーレーでメシを食いに行くことにした。でも実はちょっとした部品が壊れたままで、ブレーキランプが点きっ放しになる状態で置いてあったので、まずはそこの修理から。新しい部品を用意し、古い部品を取り外そうとすると・・・こんなの外れるわけ無いじゃん、って感じで部品が付いている。どうやって外すんだ???たとえ外れたとしても、新しい部品を俺が壊さずに付ける事が可能だとは到底思えない。もうめんどくさいので配線を切ってしまい、前ブレーキはランプが点かないまま乗る事にした。後ろを踏めば点くから問題ないし。チョッパーなんで、始めっから前ブレーキなんて使わないし。

でもいきなり切るのも怖いので(笑)、念のためいつもの車屋さんに相談して確認する。訳わかんないので今度組み立てるの手伝ってくださいよぉ、とお願いすると、「あはは、そんな程度で嫌になってるんじゃ、アメ車やイタ車は乗れないねー。○○君は日本車かドイツ車じゃないと無理なんだね」と言われてしまった。アメ車はいらないけど、あぁまたまた遠のいていくラテンの車。

久しぶりに乗ったハーレーは気持ちよかった。

スキン再変更

スキン変えてみました。なかなか気に入ったのが無いから。

UCLAにある街の名前、Westwoodって名前のスキンだから選んでみたら、ただの木目かい!

しかし何故かトラックが上にあるので、これでいいや。

俺は大学はLAの学校に行ったけど、UCLAではなくてUSC卒。FUCLAなんて言っちゃってね・・・UCLAの皆様、ごめんなさい。