H-D Duece | Get It On! YZ450Fで後方排気

H-D Duece

Softail Duece


実家にある机を、タンドラで姉の自宅まで運んでくれと頼まれた。数日前には自宅のゴミを市の処分施設まで運んでくれ、と頼まれて、俺の車はゴミ収集車か!?結局机は明日、土曜日の朝に運ぶことになったんだけど、学生時代に年20回ぐらい引越ししてたのを思い出した。もちろん自分のじゃなくて、友達のね。


ごみ繋がりの話題で、ごみ箱って、漢字だと『護美箱』って書くって知ってました?ほーぉ、と感心した。でも辞書見たら載ってないけど、ただの当て字だったりして・・・


話は引越しに戻って、LAの学生はフルサイズのトラック持ってるのなんてまず俺以外居なかったから、殆ど喋ったことも無いような人からもよく頼まれた。自分は年20回手伝っていても、気まずくてもそれでもわざわざ俺に頼んでくる相手は1回こっきりなんだから、と思って割り切ってはいたものの、やはり面倒ですよね。女の子の引越しはほいほい手伝っても、男はそんなもん車貸すから勝手にやってよ、と内心思っていた。がはは


この写真が俺のハーレー。バランサー付きのBig Motorを、Softailフレームに押し込み、そこから現代チョッパー風にしたDueceというモデル。なんて言っても訳がわからないと思うけど、俺もこれを真剣に見るまでハーレーなんて普通みんなEasyrider風なチョッパーで、ダサいタイプ(失礼)はChip'sのJohn&PunchみたいなPoliceモデルだけだと思ってた。実は大きいのから小さいのまで、色々あるんですねー。


私はアメリカに13年も住んでおきながら、当時は一度もハーレーなんて気にかけたこともありませんでした。友達はカリカリのエンジンからフレームまで、全て部品で買って組み立てるようなハーレー(こんなの)とか持ってるのもいたんだけどね。バイクの免許自体持っていなかったし、第一バイクはモトクロッサー乗るだけで忙しかったし。でも日本へ帰る直前にバイクの免許を取り(アメリカの二輪免許は、バイク自分で調達して一人で自走して実地受けるって知ってました?友達のCBR1100で試験受けたんだけど、変形のスラロームの試験場所の地面が傾いていて、参りました。リヤブレーキ使っちゃいけないと言うんだけど使わないと無理そうだったし、おばちゃん試験官にばれるはずが無い、と今度はリヤブレーキのセンサーを外してリヤブレーキ踏んでもライトが付かないようにして、めでたく受かりました)、数ヵ月後に友達の結婚式でハワイに行った時に今と同じ同じDueceを借りて、あまりに気持ち良いので帰国後ディーラーへ。


しかし、想像の2倍の価格がするのに腰を抜かし、最初は退散。でもそれから数回通ってしまい、ローン返済計画表を見せられたのが運の尽き、「あれ、買えるじゃん!?」みたいな。で、その間に速攻免許取りにって(鴻巣で1発合格だぜ!試験コースを使った二輪車安全運転推進委員会、略して二推の講習は受けましたが。その時はインストラクターの何か棒持ったオヤジにさんざんヘタッピ呼ばわりされて、相当むかついた。できねーからこんな所わざわざ来て、お前に怒鳴られても我慢してんだよ、このあんぽんたんが!とにかく一回で受かるのが目的だから、腰を低くしてましたが・・・)在庫処分で結構負けますよ、の言葉にいきおいで買ってしまった。今ぐらい冷静になっていれば、買わなかったと思う・・・苦笑。


これは2003年型の100周年記念モデル。もう2004年が出るって時にディラーに行って、残ってたのはこのワインレッド1台で、赤になりました。俺は結構色はこれは絶対に嫌だ、というのじゃなければどうでも良いんですよね。たとえば、グリーンのボクスターとか・・・は嫌。あんなの買う人居るんかなぁ。でも紫のM3は見た瞬間、「あ、いいんじゃん!?」


購入後マフラー変えたり、シートやハンドル変えたりして(部品は全てアメリカから調達しました。値段なんと1/3!)、今の形に落ち着きました。あとは・・・ステップとペダルを変えるかな。本当はリヤの車高も落としたいけど、乗り心地が硬くなるのは嫌なので迷ってます。


ハワイのハーレーは気持ちよかったんだけど、一緒に行った友達がFerrariの360Modenaを借りて乗ったのが悔しかったなぁ。その時は24時間、走行制限距離320キロ、で1,000ドルは高いと思ったけど、自分で同じ360を買って、しばらく乗って、売って損する額を考えたら、心の充実感は抜きにして金額だけで考えるとこちらの方がお得かもしれない。


次にもしハワイに行ったら、何が何でも借りてやろうと誓いました。でも俺だったら355でもSpiderが良いかなぁ。