いい調子で更新できてる。


今日頼んでおいたガーネットの数珠ができてきた。

東急本店に受け取りに行くついでに

ブッツの399円のドライカレーを買って帰り

目玉焼きを乗せて食べた。


(生たまごを食べない私は

 たまごの調理加減だけは人任せにできない)


きっと冷凍食品を味付け直して

出しているものだろうが

目玉焼き1個で結構おいしく食べられる

慎ましやかだが、父の好物だ。


母も好きで、というか母はたまごがとても好きだったので

亡くなる何日か前にも

目玉焼きに誘われて1人前食べていた。

目玉焼きつくるの上手ね、といつも言ってくれたが

それは昔ママレンジの時代から

そのときはうずらのたまごで研究しつくしてきたんだから。

ま、それは嘘だけど。


たまご料理として食べさせてあげたかったのに

間に合わなかったのは

瓢亭たまごにキャビアを合わせたものだった。

キャビアほどたまごの味をひきたたせるものはない。


キャビアは味のよいものを手に入れるとしたら

ヨーロッパに行って買ってくるか

よほどのこだわりがある店で取り寄せるしかない。

な~んて、めんどくさいことを考えているうちに

機会を失ってしまった。


それだけ我が家では日常化していないものだったわけで

仕方ない。

たまごかけご飯でおいしさを語るほうが

ふつうによかったのだ。

(残念ながら私は食べないけど)


最後に瓢亭たまごの作り方を。

煮立った湯にそっとたまごを入れて

5分50秒

すぐに氷水に入れて冷やす

白身は固まっていて黄身がとろっとしたゆでたまごが

できます。


そろそろと仕事再開をめざして

ひとつオファーを受けてみた。

葛西にある専門学校の医療秘書をめざす学生相手に

立ち姿・歩き方・指し示し・案内をポイントレッスン


とても蒸し暑くて

こんな日にスーツを着るのは本当に大変だけど

久しぶりに髪も結い上げて

気持ちは引き締まった。

(でも帰ってきて頭痛くなった。無理やりピント合わせたみたいで)


夜は、野球の父兄の親睦会で中目黒の栃木屋に行った。

ここの若店主と同級生がお友達というのが

私の知る範囲で2ルートあったのだが

ここへ来て野球部つながりの

3ルートめを発見して互いに驚いた。

地元の人だから不思議はないのだけど。


ま、息子にとって野球部は試練の場になっているので

小学校のときのように手放しで応援できる状態ではないが

本人が退かずに留まる限りは後押ししてあげたい。


でも身体はともかく

気持ちとしてあまりにがんばりすぎたり

我慢し続けるようであったら

途中であきらめるのもひとつの手だと話している。

楽しく輝いて生きてくれればそれ以上望むことはないから。


劇団のほうは割りと順調なようで

出番がひとつひとつと増えているらしい。

ただ、台詞がないときの演技がまだまだらしく

棒立ちだったり

意味のない癖のようなジェスチャーを

してしまうそうだ。

そろそろ本物の舞台や

芝居を見せに連れて行ったほうがいいのだろう。


親睦会を早めに切り上げて

レッスン帰りの貴浩と待ち合わせて

近所のとり方へ行った。

小ぶりだが味がいいので私たちふたりはお気に入り。

お店のおばさんにとても可愛がられているので

貴浩も居心地がいいのだ。


そこでひとしきり、ギャツビーのウェットティッシュを

朝練の後使わないと女子からくさいと言われるとか

朝練している女子の更衣室からは

レモンの香りなどいつもいい匂いがするとか

ひとりでしゃべりまくっていた。


お母さん若いねーと言われたとき

お店の人のお世辞だから本気にしないようにと

私に耳打ちしてくる。

よけいなお世話だわ。

親戚にひとり大変品のいいおばあさんがいる。

もう90歳に近い。

戦争で若くしてご主人を亡くしたがひとりで息子2人を育てた。

戦争前は外車に乗って何人も人を使ってた家の奥さんだった。

今も当時の面影を残していると皆言う。


毎年お盆には仏壇にお経をあげに来てくれるのだが

先日亡くなった母ととても仲がよくて

娘のような年の

母の葬儀のときは本当に悲痛な面持ちで

見るのも辛かった。


でも今日、また、きれいに白髪を整えて

涼しげな若草色の絽の着物に身を包み

家にきてくれた。


暑いなかを、と言うと

送りにきたお嫁さんは

今年も呼んで貰って

俄然はりきって

かえって元気がでたのよと言ってくれた。


この人のために食べやすい食事を整えて待つのが

母の楽しみでもあったので

ビールと冷えたナスに始まり

ごま豆腐

かに玉

松茸ごはん

オレンジゼリーで

暑気払いとした。


自分の持っている食器も少し出してみた。

東京に戻ってからちっとも使わなくなっている

おもてなし用のお皿やグラスを

出したり、拭いたりしているのが久しぶりに楽しくて

こんなことばかりしているときもあったなあと思った。


もういちど

ちゃんと自分の生活を取り戻さないとなー。


真夏で暑いから8月の納骨にはお呼びしないと父が言うと

そのおばあさんは

もう、一周忌までいられるかわからないから

お別れしにいくつもりでいたのよ、という言葉を

珍しく2度言った。


このような人がいなくなったら

年老いていく美しさの見本をどこでみつけたらいいのだろうと

思わせるそんなおばあさん。

ディープにかわいいレオくんが画面にアップされて

まいっちゃうなー。

いいのかなー。


ようやく

お香典の返礼品が決まってきて

落ち着いたかと思えば

お盆で来客が絶えない。

母の人気の高さが偲ばれる。


古い仏壇を買い替えて

母が入る前に新しくしようということで仏具屋さんに行った。

写真で見ると家具調もいいかなあと思ったけど

どっこい実物を見れば

クラシカルなもののほうがよかった。


仏壇って

日本の伝統工芸品なんだなと感じ入った。

ついでにきちんとしたお数珠を揃えた。

これでどこへ出ても恥ずかしくないわ。


友人に聞くと

お数珠はお嫁に行く前に嫁ぎ先の宗派のものを

実家で用意してくれた、というのでなるほどと思った。

年頃になったら、そうして、数多くの

お嫁入りの準備をしながら、言い聞かせながら

大人への自覚を促すのだろう。


ウチは子離れ、親離れができずに現在に至っているが

あるいは道具立てから始めていたら

違っていたかもしれない。

遅ればせながら

母に代わって妹に対してそのような配慮をしてあげたら

いいのかな。


葬儀の席で背中のでるローライズの麻のズボンや

半ズボンはどうかしら、ではなく

あらかじめ揃えに連れ出して

非常識は親譲りと嘯かせる前に。


年代によって

何がかっこいいことか変わってくる。

子供のとき、意味がわからないしきたりも

自分流にアレンジするにはそれなりの

正統な知識と経験がなければ

単にもの知らずでかっこ悪いだけだ。


親心だなあなんて

自分で感心してしまうけど

何時間もつかわからない。

どうしても

私より前にでたい、目立ちたい、ほめられたい彼女に

神経逆撫でされるから。

ああ。

久しぶりに女友達とランチへGO!

前回満席でお断りされた代官山のカノビアーノへ

行きました。



いつものしまえびとカラスミの冷製パスタに始まり

まこかれいのカルパッチョ

アナゴの温かいサラダ

生うにとトマトのクリームパスタ

魚は黒むつに新ごぼう

肉はほろほろ鳥に生のジロール茸のソース

デザートだけちょっと凝り過ぎてて

どうかなと思ったけど

最後まで大変快調に飛ばせた。


1皿のポーションは少ないし

調理は丁寧で

多種多様な野菜がおいしく食べられるので

ホント女性好みだと思う。


私たちはふたりとも

最近はちっとも写真もとらず、細かいことも気にせず

グラスワイン1杯とともに

意外とばくばくよく食べる。


彼女はトッカのワンピースにウェッジソールの同色のサンダル

私はエトロのブラウスに白デニム

いい意味でこのままともにおばさん化

願わくばかっこいいマダム化していきたい。

貴浩が明日提出の社会のプリントと格闘している隣で

かなりいい加減な相槌をうちながら、今書いてる。


昨晩はグランドハイアットのROKUROKUへ

連れていってもらった。

最近おいしいもの食べようとするとここへ向かってしまう。

おすしだけでなく野菜の煮物や突き出しもおいしい。


私は何が好きかと言えば

冷えた白ワインとそれに合う料理が

1番好きなので、おすしの前に少し飲めると嬉しいのだ。


身体がだいぶ復活してきた。


今日友人から手紙をもらった。

その人は22歳のときにお母様を亡くしていて

そのとき3日で8キロも痩せたそうだ。

今高齢ながら初めての出産を控えて

本当に母親を懐かしく思うと書かれてあったので

泣いてしまった。


私の場合自分にも子供がいる身だし

親戚の人たちが代わる代わる心配して食事を運んでくれたり

おいしいものを食べに連れ出してくれる人がいたから

ひどくならずに済んだのだろう。

それと何かにつけてはよく眠る。


恥ずかしい話

母の看病自体よりも

母を巡る妹や父との葛藤が心に辛く応えていた。

若貴兄弟も病床の父親をはさんで

互いの親を思う気持ちがぶつかりあって

大変だったのだろうと思われる。


今度は父を巡っての葛藤かというとそうでもないので

やはり重い病人を抱えることの重圧が大きかったのだ。

(まだこの先はよくわからないけど)

とはいえ来客に向かって妹が

私は母にこんなに可愛がられていた自慢をしたり

母が行きたがっていた店へおばを誘って甘えて見せたり

するのを見たり聞いたりするといまだに腹の虫が収まらない。


疲れるので

一切無視することにしている。

まだこうして表現できるようになっただけでもまし。

母が苦笑いできるくらいには昇華させたい

体調がいまひとつ戻らず

なんか、そろそろと生活している感じ。


朝・昼・晩と食事の支度があるので

父も気を遣ってくれて、どこか食べにでようかと

言うのだが

忙しい貴浩の時間は合わないし

これといって、食べに出たいところもないしで作っている。


昨日は貴浩のリクエストでトリ粥にした。

鳥の骨付きもも肉を1本1度茹でこぼしてから

土鍋に1合の洗った米と少しもち米を混ぜて

生姜ひとかけと長ネギの青いところ

ごま油と塩を入れてことこと火にかけるだけ。

手間いらずで、必ずおいしくできるからおすすめです。


他に空芯菜の炒め物とトマトサラダと

牛肉&ピーマンの炒め物。


母の好きだったデメルのザッハトルテに

濃い生クリームを泡立ててデザートに。

生クリームを奪い合う貴浩と妹を見ていたら

きっと母も笑っているだろうと思った。

デメルにはもうひとつお気に入りがあって

それは生クッキー。

売り切れのときも多いのであれば、ラッキー。

原宿のクエストにある店は12時から開く。

それを忘れて11時ごろ行ってしまうと

私にはぶらぶらする場所もなくて、困ってしまう。

このごろ

ちっともおいしいものの食べある記になっていないので

少し思い出しながら書いてみる。


先月表参道のピエール・ガニエールに行った。

驚いたことにロオジエで給仕をしていた人が

サービスについてくれて

私の顔も覚えてくれていたので嬉しかった。


ガニエールは噂どおりモダンで

印象派の絵のような軽くて繊細な料理だったが

どれもきちんと調理されていて

思っていたより普通においしかった。

特に前菜が、自分が好きなこともあるけれど、よかった。

アジアンな香辛料やハーブも使っているが

使い方のバランスにいやみがない。

ワインもまあまあ。(ロオジエよりは落ちる、かな)

これなら、コースにかかる時間さえクリアできたら

母でも食べられるなとそのとき思ったものだ。


ガニエールに着物姿であらわれた友達とは食べ仲間だけど

私がここのところでかけなかったあいだに

コンラッドホテルもベージュももちろん行っていて

その中ではガニエールが一番おいしいということだった。


ロオジエはシェフが変わって

給仕の服装もカトラリーもグラスも全て変わったそうだ。

デザートワゴンのサービスもなくなったそうで

それは、かなりさびしいが

近いうちに行ってみようと思っている。

めまいが止まらず

少し動いたらじっとしてないと次の行動に移れない。

当たり前かな。

身内のひとり分のエネルギーがごっそりなくなったのだから

バランス崩れて当然だもの。


続けて3回断ってしまった読者モデル。

自分が載る筈だったページをじっと見たが

ちょっと悔しい。


あまりの忙しさに息子は学校でのプリント提出が

ほとんど抜け落ちているらしい。

7日の三者面談、かなり厳しいものになりそう。


唯一明るい話題は

父が元気なことかしら。

ときどきふっと寂しさがこみ上げてくるようだけど

それ以外は

母に置いていかれたことに文句を言いつつ

普段どおり

お酒も飲んで食事も摂れる。

父特有の強さ(意志が強いというのではなく)を

遺憾なく発揮しているようだ。


北朝鮮ミサイル発射とな。

朝鮮半島VS日本で中国と米国の代理戦争に

ならなきゃいいけど。

皆が慌しく母の式に追われているなか

それ以上にひとり慌しい動きをしていたのが

貴浩だった。


なにしろ、体調が落ちてきてそろそろ病院に行ったほうが・・・

と言ってた頃には定期試験一週間前なのに

雨でつぶれた野球の試合が伸びた為に練習に追われ

いよいよ母が亡くなったのが試験の前日で

家に多くの来客をむかえていた3日間が試験期間

そしてお通夜の日が

東俳での初めての配役発表日だった。


お骨の前にはじめての台本を供えて練習をしている。

役名はジョニー。

本人のめざす俳優がジョニーデップなので

まあ、さながらジョニー・ゲップでどうだろうと。

それではまるで吉本にデビューするみたい。


日常の中にひそむ生と死。

まだとても母が死んだなんて信じられないのである。