オニ
昨年、一昨年と豆まきの日に鬼のお面をかぶって娘に見せたのですが、娘は大泣き。もうその頃に比べて色々と知恵もついたので、今年はどうかなー、と思っていました。
結果、ちょっとかわいそうすぎるほど怖がっていました。
今年は保育園で豆まきのためにオニが現れたらしいのですが、子供たちはみんな大泣きだったらしいです。うちの娘も引きずっちゃっておやつも残してしまう始末。普段ならオヤツを残すなんて考えられませんが…!
お迎えに行って帰るときも怖がってて、普段ならタタタタ~、と走って行くところを、しおらしく歩き、「てをつなご」なんて言うわけです。エレベーターでも、知らない人が乗ってたらすごい勢いで隠れてたし。
家に帰ってからも、「オニ」という単語を出しただけで大泣きしてしまって、豆をみるだけですら大泣き。
「オニいらない~」「オニ、バイバイ~」と泣きながら連呼していました。そして夜ご飯もあまり食べられずでした。かわいそうに。
あまりにも怖がっていたので家では豆まきできませんでした。オニがそんなに怖いなんてまだまだかわいいなぁ、と思ったのでした。
ピンク色い
それを聞いて、なるほど、と思ったわけです。
赤い
青い
黄色い
とくれば、
ピンク色い
も当然ありでしょう。自分もなんで紫色したものを形容するときにはいちいち「むらさきいろした」とか言うのはめんどくさいから「紫色い」と言いたいと思っていたことがありました。なぜ色の形容に関してこんなにも不統一なのか?と。
で、分析してみたところ、
色の名前「○○色」の○○のところが、1音なら「○いろ」まで含めて色の通称となっていて、「○いろい」という形容詞が成り立つ。
き いろ い
ちゃ いろ い
2音だと色の名前の○○のところが通称となっていて、後の「色」まで含めて言うことはあまりない。そして、「○○い」という形容詞となる。
あか い
あお い
くろ い
しろ い
ただし、藍色は色の名前の語尾が「い」で形容詞の「い」と重なってしまうので、「あいい」とは言わないと思う。どにらかというと、「あいろい」になっていいとおもうが、正しいのか不明。灰色は「はいろい」となるしね。紺色も語尾が「ん」と音便なので例外。
3音以上だと形容詞を作ることができなくて、色の名前も長いのに「い」をつけて形容詞にすることもできなくてめんどい。
あと、普段あまり使わない色についても馴染んでないところは法則に従わないかも。
朱色って、しゅいろい、って言えると思うけど、言わない気がするしなぁ。まぁ、語幹が短いと、普段よく使う言葉でないと意味がわからなくなりがちだから、使用頻度の低い詞ではあまり成り立たないのかな…?
どうなんだろう。
お尻チョッキン記18 エピローグ5 出来上がり
診察に行ったところ、
「はい、もう出来上がり、卒業。もう来なくていいよ」
と。
まだ完治って感じではありませんが、とにかくもうOKのようです。
手術から約1ヶ月。長かったような、短かったような。
しかし、痔核という病気は、本当に生活習慣(排便習慣)病と言えると思います。
思うに、以下のような人はすでに痔核の可能性あり。
・トイレにこもる時間が5分以上の人
・便秘がちで便が硬い人
・柔らかい便が出たときに、汚れがなかなか完全に拭えない人
便秘がちってのは食生活による部分もあるかもしれないけど、自分の場合は完全に体質って感じなので、その場合は薬を服用せざるを得ないよなぁ、というのが今の感想。
あとは一回の排便で完全にスッキリさせられなくてお腹に残ってる感があっても、時間がかかりそうならその場で切り上げる、ということに慣れるのが大切と思われる。
とにかく、治ったので、再発させないように気を付けようと思います。
シャンプー
うちの親父は、60代後半となり、髪の毛はますます薄くなってしまって、最早「薄い」という表現が正しいか微妙なラインだ。
そんな親父のいる自分は、まぁ、どんなに足掻いたところで、遅かれ早かれあんな風になるんだろうな…、と当然のように思っているわけです。
そんな風に、抗えない運命として覚悟を決めてはいるものの、現実的にはやっぱりフサフサでいたいわけで、いつまで自分はこのフサフサを保てるか、と、薄くなってきた周りの友人を見ながら思うのです(そして自分よりも早く薄くなっているやつらに安心しもする)。
親父の兄弟はみんな薄毛傾向なんですが、4人中1人、今でもフサフサな叔父さんがおります。
親父曰く、その叔父さんは若い頃から育毛剤などでちゃんとケアしていたとのこと。
そんな背景もありつつ、嫁さんばっかりいいシャンプーを使ってるのに納得いかなかったりもして、結婚して少ししてから、シャンプーをスカルプDに変えました。
スカルプDって高くて、350mlで3800円もする(同コンディショナー)。
それまで多分、数百円のシャンプーだったので、一気に5倍にはなった。
それから3~4年にわたって使い続けたスカルプDですが、ひょんなことからシャンプー解析のホームページを見たりして、今年冬からファシナートABというシャンプーに変えてみました。
こっちの方が大分安いし、各種サイトでの評判も上々ということで。
現在、2ヶ月くらい使ってますが、なるほどシャンプーによって髪の感じって変わるんだな、と実感しています。
スカルプDは、どっちかっていうと剛直な髪質、それに比べてファシナートはしなやかって感じ。 髪質自体だとファシナートの方がスルッとしていい感じだと思うけど、フサフサ黒々のイメージとしてはスカルプDかなぁ、とも思います。
とりあえず、次はまた別のものにしてみて、比較していってみようと計画中。個人的には髪質にこだわるよりも、頭皮に優しく、抜毛が減ることが重要なんだけど、ダメージケア、とかの方がおおくてなかなか難しい。
また別のシャンプーの使用感わかったら何か書きます。
苦手な家事
実家で親がそんなにアイロンをかけてなかったせいもあってか、アイロンをかけるという習慣がない。独り暮らしの時には家にアイロン自体がなかったし…。
しかし、たまに必要に迫られてアイロンをかけるわけですが、シャツ1枚に10分はかかっちゃって、やっぱりアイロンやる気にならない。
袖口ってほんとにかけにくいし。かけてもそんなにピシッとはならないし。それなら100~200円払ってクリーニングに出すわー、となる。
シャツはクリーニング代が安いのもアイロンから遠ざかる要因だな。
自分のアイロンの技術を磨く必要も感じるものの、もっと画期的なアイロンができないかなー、というのが本音です。
料理
子供がおらず、共働きだった時代には、主として自分が夜ご飯を作るような時期もあったというのに、いまやすっかりです。
そして、一度遠ざかってしまうと、包丁使いはもとより、何がどこにある、という食材や調味料の場所に対する感覚も、手順を考える感覚も全てが鈍り、料理をしてみても時間ばかりがかかって大して美味しいものもできない(これは元からか)、ということになってしまいます。
さらに、その間、晩ごはんを作ってくれている妻の料理の味・手際は確実に上がってしまっており、もはや自分が出る幕なし、なわけで、いまや完全に料理に対して障壁ができてしまいました。
しかし、それでも妻が遅くなる日など自分が料理をしなければならない日があるわけで、そういうときにもっと上手に速く作れるようになりたいなぁ、と思うわけです。
この、料理に対する矛盾した気持ちを抱え、今夜は自分がご飯を作らなければならない日です。
…。
妻からのおすすめに従って、鍋にしとくか。
今さらながら2013の振り返り
新年も明けてもう1週間も経ちますね。
今さらですが、明けましておめでとうございます。
そして、最近は年末に実施した痔の手術関連のことしか書いてなかったので、たまには普通のブログ的なものでも書こうかと。お尻チョッキンって我ながらしょうもないな。
新年明けたので、やっぱまずは今年の抱負か?と思ったけど、その前に、2013年を振り返ってみようと思います。
そもそも2013年の抱負は何だったのかというと、健康第一(病気にならない)でした。これは、一昨年が余りにも内科系疾患にかかりまくったからで、普通の風邪に何回か、ノロ、インフルエンザ、とフルコースでした。そのおかげでたくさん会社も休みました。
というわけで、2013年は病院で会社を休まないぞ、という意気込みを込めた目標でした。
蓋を開けると、手術に始まり手術に終わった一年でした…。
風邪で休んだことはかなり減ったので、その点では目標達成した面もありましたが、結果だけ見れば、手術関連で会社を休んでばかりだったな…。
その他、2013年の出来事を思い出せるだけ振り返ってみようと思います。
1月はなんといっても足の手術。全身麻酔のすごさを実感。手術当日の痛みに悶絶。そしてそれからしばらく続いた松葉杖生活の辛かったこと・・・。脇、掌、背筋等々痛かったなぁ。特に掌はしばらく指がしびれて大変でした。結局、足の骨折は治ってるんだか治ってないんだかよくわからないのが問題。そしてそのうちバッテイ手術(入れてある金属を抜き取る手術)をしなければならないという・・・。
4月、娘が新しい保育園へ転園。
5月、実家の両親と箱根に旅行に行く日の朝、娘が滑り台の階段から転落。ほんの一瞬目を離した隙、そして何度もやった後の、「これで最後ね」といったときの出来事でした。あの時は本当に怖くて震えた。病院でMRI?だっけ?をとって問題ないことが確認されたときの安堵感。ほんと、子供を見るときは一瞬が命取りだと思いました。
6月、結婚して丸5年にして引っ越し、マンション購入へ。ローン生活のスタート。しかし、それまでの住宅レベルが低すぎたこともあって、マンション生活の快適さに脱帽。ほんとに以前に比べて快適だわー。
8月、娘が2歳。痔が悪くなり、年末の手術が決まる。
12月、痔の手術。
ってところかな・・・?
旅行系は、1月グアム(娘初海外)、5月箱根、8月軽井沢、10月清里、11月実家くらいか。
なんだかんだで結構出かけたんだな、とまとめてみるとわかります。しかし、去年を振り返ると、やはり足の手術がしんどかったな、と思います。松葉杖生活、もうコリゴリだなー。
お尻チョッキン記17 エピローグ4
今回の入院で、ひとつ善かったのは部屋のメンバーがなぜか仲良くなったことでした。
部屋は四人部屋。大体どこの部屋も一人一人カーテンを締め切って一人の世界に入ってしまっています。
自分の部屋も、入院当初はそうでした。
しかし、自分が入院して手術が終わって、1、2日した頃から、メンバーが入れ替わったこともあって、次第にオープンになっていきました。
最終的にはカーテンをオープンにして、お互い暇なら自分の痔の状況について無駄に報告するような、合宿部屋のような感じになりました。
その結果、みんな完治した暁(2月頃?)にはみんなで飲みに行こう、という話になりました。
こういうところでも人との縁が出きるって嬉しいなぁ、と思ったのでした。
お尻チョッキン記16 エピローグ3
傷が治ってきているせいなのか、お尻が痒い。かくわけにもいかないので大変です。
そして、今日は子供と外に遊びに行ったり、その時に子供を抱っこしたりしてたらなんだか少しお尻に負担がかかったようで、ちょっと痛いと言うか、ムズムズするというか。
そして、何か寒くなった気がします。周りは誰も寒いと言ってないのに、自分だけ寒い、ということが増えた気がする。
あと、お風呂のときにおしりを洗うとなんだか形が変わってて不思議です。本当のおしりの形を取り戻したのね笑。
トイレで排便したあと、ウォシュレットで流しますが、そのあとティッシュで拭くとき、汚れがティッシュにつくようなことがなくなりました。お尻の構造が簡単になったからなんだろうなぁ、とこんなところにも恩恵が。
まだ完治には遠いですが、手術自体はやってよかったんだろうなぁ、と感じています。
お尻チョッキン記15 エピローグ2
食べるものが変わってしまうことについては、前にも書きましたか、もうひとつ大きく変わってしまうのが生活のリズムです。
病院だと毎日同じ時間に起こされ、同じ時間にごはんを食べ、同じ時間に寝る、という、全く乱れぬリズムにのって生活していました。
実生活はそうもいかず、起きる時間もごはんを食べるタイミングも寝るタイミングも日々変わってしまいます。この事もかなり排便には影響しているように思います。
そう考えると。毎日特に寝るとき気を付けなくても同じ同じように排便のある人ってはすごいな…。
それはそうと、痔を手術したことによって、なんだか肛門の位置が変わってしまったような感覚があります。
排便でいきんだ際に、出てくる便が「あれ?そこから?!」みたいな位置から出てくるのです。そういう意味では、もはや力をかける方向も多分間違ってて、方向修正が必要です。
痔核なんて肛門の一部にできた小さな腫瘍に違いないわけですが、からだのバランスには結構寄与があるかもなぁ、と感じます。
もうひとつ。
現在、手術から10日経ちますが、傷が治ってきてるみたいで、かなりむず痒い。でも、掻くわけにはいかない。意外と辛かったりします(痛みもあるけどね)。