ゲコゲコ日記 -6ページ目

お尻チョッキン記4 いざ入院

入院予約をしてからはや4ヶ月。

いよいよ入院です。

4ヶ月前の自分、よくもまぁ深く考えもせずに入院を決めてしまったなぁ…。最近は血も出ないし、押し込むのも慣れちゃってチョイチョイだし、もはや入院してお尻チョッキンする必要なんかないんじゃないの?

って気持ちがグルグル。
要は直前になってきてびびってきてるわけです。家族と離れるのも寂しいしなぁ…。

そうそう、事前検査もよくなかった。入院の2週間前、事前検査があって初めて浣腸したんだけど、あれ、お腹痛いのね。通常の腹痛と同じ痛みを味わわせられて…。もちろん肝心のお尻の穴の辺りも痛いし…。弄ばれた感とでもいおうか…。あの辺から入院・手術への嫌悪感が。

ちなみに、ナースが浣腸のことを丁寧に「お浣腸」って言うんだけど、なんかちょっと違和感あるよなぁ…。「お浣腸かけまーす」っていわれてもなぁ。

あ、ただ、大腸の内視鏡検査ではとてもきれいなピンク色だったので、そのことだけはよかった。とりあえず大腸ガンにはなってないっぽい。

さて、入院からの流れはざっと以下の通り。
受付手続き。部屋へ。着替えてから事前の検査。といっても少しだけ。

夜ご飯までの間、最後のおやつにと色々食べ、アイスまで食べました。とりあえず漫喫。
そして病院で出された夜ご飯はこれだけでした。



その後、18:30には明日の手術までの流れの説明と、下剤。

超濃いポカリみたいでした。

そして9:00に就寝。自分にはあまり下剤の効果は現れず。大丈夫かな?



お尻チョッキン記3 プロローグ3

松島病院。

どうもネットで調べた感じでは実績豊富で評判も上々の様子。

というわけで行ってみました。

とりあえず言えることは、世の中の痔の患者数ってすごいのね、ということですね。むちゃくちゃ待ちました。2時間くらいは待ちました。たくさんある
円座クッション、そのときの自分には不要なもんで、「こんなクッション座りにくいやん」としか思えませんでした。

して診察結果は。

お若いのに「立派な」痔が3つありますね、進行度で言うところの3~4に近いから、これは手術しかないね、と。

手術が必要なのはなんとなく感じていたけど、3つって!そんなにあるの?痔が?

自分の痔の才能に怖くなりましたが、とにもかくにも治すには1に手術、2に手術、3、4がなくて5に手術、とつまり手術しかないわけです。

先生曰く、悪性の腫瘍とは違うので、放置しておいても体に害があるわけではない、と。。。
ただなにかと不快だったり痛みを伴うだけだ、と。

しかしまぁそこは合理的な考えの自分ですんで、すぐさまやります、入院の予約もします。と。

いつか治すんなら早い方が、治った後の恩恵を長く受けられるし、若いときの方が治りも早いし、仕事だって本当に責任がある立場じゃない方がいいし、手術は早くやる方がすべてにおいて特である!との判断のもと、入院予約を済ませてしまいました。これが、まだ8月頃の話。

お尻チョッキン記2 プロローグ2

そんなこんなでプロローグの続き。

でその後は、たまに痛いこともあるし、たまにトイレットペーパーに血がかすれてつくようなことはあったけど、まぁ、そんなもん。
それほど痛いわけでもなし、というわけで気にせず過ごしていました。

しかし、結婚して以降の多分、ここ2、3年で急速に悪くなったような気がします。

原因が何かあったのか?と言われると思い当たる節はないんですが、段々、排便後に、痔がせりだすようになって参りまして。

といっても最初はちょっと待ってりゃ引っ込むようなものでした。

でも、なかなか引っ込まないようなときもあって。そういうときはしばらくは出っぱなしで過ごしつつ、どうにもならなかったら手で押し込む、ような状態でした。

あぁ、書きながらなんて情けないことを綴っとるんだ…。

しかし、この頃、いま思えば悪影響だったんじゃないかなー、と思うのはランニングです。

ランニングの途中に便意をもよおして、公園の和式トイレで済ますことが結構ありました。用を足すと痔がコンニチワしてることが多いわけですが、大抵そのまま走り続けるものですから、痔が外に出たまま、擦れつつ、痛いなー、という気持ちを引きづりながら走り続けていたわけです。その間、上下の振動により、伸び始めていた痔はさらにのばされてしまったんじゃないかなぁ、なんて、推察します。

と、ちょっと調べてみたら、ランナーは痔になりやすい、という定説はあるんですってね。じゃあやっぱりそれか。はぁ。冬のランニングのときだろうなぁ…。

閑話休題。で、段々、なんとなく悪くなってる感じの痔、いつの頃からか、たまーにですが、便器にポタポタと血が滴るようなことが起こるようになりました。でも、特に痛くない。痛くないから危機感もないけど、ちょっと怖い。

たぶんこの辺からはほぼ排便ごとに痔がコンニチワしちゃって戻るのに時間がかかる、もしくは手で押し込めなければなりませんでした。

そして、あるとき、ついには「ピュー」と、いきんだついでに血が出るようなことがありました。さすがに焦りました。(でも痛くはない)。

さすがに病院へ行くべきか、と悩みつつも、1、2回はスルー。(痛くないからね)

しかし、今年の夏、やはりまたピュー、っとなったとき、なんというかなかなか痔の腫れがひかない感じと、妻からの「いい加減病院へ行きなさい」という進言もあり、病院へ行くことにしました。

横浜の松島病院です。

お尻チョッキン記1 プロローグ

痔になりまして。
手術することになりまして。
一年のうちに二回も手術するとは驚きですが…(骨折のやつとね)。

自分のヤツは痔核ってやつで、いわゆるイボ痔ね。
イボ痔って、めちゃくちゃカッコ悪い響きだな…。
やっぱこの記事書くのやめよかな…。

深く記憶をたどれば、小さい頃から排便時間は10分くらいと明らかに長い方でした。しかし、我が家で見てみればそれは決して長すぎるってわけでもなく、これといった疑問を覚えることのなかった小学生時代。
ちなみにこの頃から、オシッコに関してはナイーブで、後ろに人に立たれるとオシッコでなくなっちゃうタイプの繊細な一面がありました。
しかし、続く中高大ではそんなに排便に時間がかかった記憶もないし、苦労した記憶もなし。

小学校の頃を思えば排便習慣として、痔になる素養は十分だったわけですが、果たしていったいいつ、それが実を結び本格的な痔へと発展してしまったのでしょう。

痔については、記憶にあるのは、入社1年目の冬、お尻が痛くなった事がありました。

早速病院へ行きましたが、簡単な塗り薬をもらって、良く暖めてね、で終わりました。そして実際、それでよくなりました。

その後、ごくたまーに同様にお尻が痛むことがありましたが、残りの薬をつけておけばすぐに治ってしまい、悪化している感じは、実感としてはありませんでした。


先日、亡くなった友人の夢を見た。

夢の中でその友人は、何か彼が成し遂げたものを見せてくれようとして、素晴らしい笑顔をみせて私を呼んでいた。

私は、彼がもう治らない病にあることを(もう亡くなっていることを)知っていて、彼は自分がもう治らないことを知ってるのか知らないのかわからないけど、とにかく素敵な笑顔を見せてくれて、それを見て私は、悲しくて悲しくて、悲しくて、泣いた。

声をあげてわんわん泣いた。

そんな夢を見た。
結局その日からなんとなく悲しい気持ちを引きずってしまっている。

彼とは、小学生の頃、ほんとに仲がよく、たくさん遊んだ。中学高校、そして実は大学まで一緒だったんだが、段々疎遠になっていた。

そんな彼と数年前に再開を果たし、あまりにも嬉しかった。

それなのに、なぜか連絡がとれなくなってしまって、そのままになっていたんですが、それから2年ほどして、彼が亡くなっていたことを知りました。

自分が会った1年後くらいに病気で亡くなったそうでした。

前日の夜にNHKでしずちゃんのボクシングの師匠の話をやってるのを見たせいだったのか、突然そんな夢を見て、ビックリした。

リベンジポルノ

少し前にあった三鷹(吉祥寺)のストーカー殺人でにわかに騒がれたリベンジポルノ。
何てひどいことをするんだと犯人を責める声はもちろんながら、自業自得、という意見も結構あったかと思います。

少なくとも、前記の事件では無理矢理撮られた写真というわけではなく、本人もその気になって撮っていたようだった。

だからこそ尚更、自業自得という言われかたがされてしまうんだと思いますが、これは本人の危機意識が低かったからこうなった、と、本人の意識のみが原因なんだろうか。

自分は、急速に普及したITに人がついていけていないということだと感じた。山の素人が登山に行って、遭難する話はよくあるが、あれは山の危険性を知らないからこそ適当な備えて適当な計画で出発して遭難してしまうんだと思うが、それと同じでインターネットとか、そういったものの危険性がよくわかっていないんだと思う。
登山は一部の趣味の人がやるものなので、自己責任という話で片付いてしまうかもしれないが、インターネットは最早生活の一部になっていて、一人1台の携帯電話を持つ今、これの危険性についてはよくよく教育がなされてしかるべきなんだと思う。

でも、これは学校で教えることなのか?というとそれはよくわからない。個人的にはこういったことは親が教えるもののような気はする。しかし、親もそれがどのくらいの危険性をはらんだものなのか、よく理解できていないんだと思う。

今から10年後なんかにまた新しい技術革新が起こったとして、そのときにその技術の危険性をきちんと把握して子供に教育できるのか、と言われると自分も自信がないし。

技術の進展に対して人の意識ってのはなかなかついていけないものだと思います。

母への手紙

 先週の土曜日に友人の結婚式に参加してきました。3週間前にも行ったので、今月2回目。さらに来年の2月、3月、となぜかラッシュです。最後の結婚式ラッシュ。


 前回も今回も、結婚式では「母への手紙」ってやつがありました。


 それを聞くと毎回、子供にいかに思い出をたくさん作ってあげるか、ということを考えます。作ってあげる、というとちょっとおこがましいんですが、「親とこんな楽しいことをした」という、親との楽しい思い出をたくさん残してあげたいなぁ。


 結婚式では懐かしい友人らに再会したんですが、相当久しぶりに会ったにもかかわらず、ほとんど変わってなくて、その変わらなさ具合が面白かった。


 われら高校時代の仲間たちの中で最も早くに子供ができたやつには、もう小3(4?)になる子供がいるんですが、そいつの話を聞いていると、やっぱり何歳になってもそのときそのときで子供の悩みってのはあるもんだなぁ、と思ったわけです。自分たちが小学生だった頃とはもう全然違う、とか。これってきっと自分たちの親も自分を育ててるときに思ったんだろうなぁ。


 久しぶりに会って、全然変わってなかったけど、よく考えたら話す話題だけは、家のこととか子供のこととかになってて、確実に時が流れているのを感じました。

靴の話

 自分が洋服というものにある程度お金がかけられるようになったのは大学に入ってから ですが、それ以降も、こと「靴」に関しては徹底してスニーカーのみを履いていました。なんなんだその鉄の掟は、と突っ込んでやりたくなりますが。ちなみに、何故スニーカーだったのかというと、そこは理系的考えにより、機能性を重視していたからです。いざというときに走れないなんて靴としての基本機能を逸している!と思っていたわけです。これは自分が陸上部だったせいもあると思います。いつでも走れないと、というわけで。ついでに、その頃のお気に入りはアディダス。それは、高校の頃(?)に1足、とても気に入ったスニーカーにめぐり合ったからで、以降、アディダスのスニーカーばかりを履き続けていました(多少それ以外も履いたかもしれませんが)。


 そんなわけで、大学入学以降、歳を重ねるにつれ洋服に対しては好みも色々変わっていったのにもかかわらず、足元といったらとにかくスニーカーでした。今思えばずいぶんアンバランスな格好もしていたと思います。シュッとしたスラックスみたいなものにもやっぱりスニーカーだったので・・・。

 そんな自分も社会人になりました。しかし、相変わらずスニーカーばかり履いていました。

 これといった転機があったような記憶はありませんが、いい加減そろそろ革靴にも手を出すか、と思ったのが、確か社会人1年目の冬だったと思います。ようやくかよ。


 それ以降、確実にスニーカーから革靴へ趣味は移行してきました。スニーカーって値段を出せばいいものが来る、と言うわけではなく、それぞれデザインというものがあります。ローテクスニーカーはせいぜい1万円程度だし、ハイテクスニーカーでも2万円そこそこです(もちろんそれ以上もありますが)。


  これに対して、革靴って値段が高いと見た目で一瞬でわかるほどに差が有ります。高いもののほうがデザイン的にも洗練されていることが多いですが、普通のストレートチップの靴であれば高かろうが安かろうがおおまかなデザインは同じです。しかし、見た目、全く違います。この辺が、革靴って奥深いと思わせるところです。


 元々靴といったらスニーカーしかはかなかった自分ですが、今は冬場の半分以上に革靴を履いています。夏は革靴は重い印象になるのであまり履きません。

 いや、こんなことを囲うと思っていたんじゃなかった。


 本当は、通勤電車に乗っているサラリーマンの皆さんを見ると、スーツはびしっとしてるのに、靴だけヨレヨレだったり、ビジネス用じゃないでしょう、という靴を履いていたり、明らかに安い靴だったりと、靴に(着るものと同レベルに)気を使ってない人が多いという話を書きたかったのでした。


 高い靴をみんな履こうよ、といってるわけではないですが、スーツやネクタイ、ワイシャツに気を使うのと同じくらいの注意を靴にも払ってやって欲しいと思うことが多いです。靴をちょっと磨いてあげるとか、もうちょっとお金をかけてあげるとか。2~3万円はかけてあげて欲しいと思うところです。


 自分も以前までスニーカーしか履かず、靴に対する意識が低く、かけるお金も相当出し惜しんでいたからこそ思うことでした。靴のほうが流行り廃りもないし、ちょっと気を使ってやれば10年くらいは平気で履けると思うので(相当適当に扱った最初に買った革靴ですら8年履けたので)、コストパフォーマンスは決して悪くないと思います。


 と言いつつ、自分も靴磨きをおろそかにしていたりするので、せめて1ヶ月に1度くらいは軽く磨いてあげたいところです・・・。

タイミング・イズ・マネー

風邪気味で喉が痛いが…。
昨日も一昨日も早く寝たおかげか、とりあえず悪化はしていない。このまま快方に向かうといいんですが。

ところで唐突ですが、何事にもタイミングってもんがあると思います。
タイム・イズ・マネー同様、タイミングも価値があると感じるこの頃です。

と、思ってよく考えてみたところ、本当にタイミングに価値を見出だす場合と、時間の経過と共に価値が下がっていくものとがあるようだ。

誕生日ってタイミングで、自分はその日にお祝いをすることにより意味を見出だす方です。
ケーキを食べてプレゼントをもらえばいつでもいいわけではなく、誕生日ってことに価値があると思う。記念日系はこれ。

あと、新しくできた施設なんかに最初に行きたい、と思うのもタイミングと思う。その施設の提供する価値は時間が経っても変化しないはずだけど、早く行きたいのは、他人よりも早くにそれを体験しているという付加価値を見出だすからだと思いますが、これもタイミングの価値だと思う。

秋冬物の服を買いたいと思っても、セールで安くなるまで待つべきか、と思う。しかし、セールの頃にはすっかり寒くなっていて秋物なんか着られないわけで、これもタイミングの価値かな?

最近、仕事にもタイミングってもんがあって、このタイミングでこれをやることが重要、ということを感じているわけです。性能のいいものを作ることと同等以上にあるタイミングでそれを出す、ということが重要である。

お着替え

土日は案外素直に着替えていた娘、どうかなー、と思っていましたが、やっぱり平日となるとお着替え拒否気味で、朝、家を出るのに時間がかかってしまいます。それでも嫁さんの技術の向上のおかげもあって、昨日・今日は先週に比べるとマシでした。

しかし、2歳ってやつは難儀なもんだよなぁ。自我が芽生えて自分でやりたいのに、その技術がない。

そのうち、その「できない自分」を受け入れるんじゃないかと思うんですが。

まさに思春期だわー。