皆さまこんにちは
8月に入り夏本番🌻毎日暑い日が続きますね。
暑さにも弱い私は、出歩くのにもかなりの勇気が必要です。確かに今年も蒸し暑いけど、昨年よりは過ごしやすいと感じているのですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
そのことを家族に話したところ
「それは歳をとったからだよ」と、言われてしまいました。
ご高齢の方がとても暑いのに
半袖ではなく長袖を着ておられますよね。
これは加齢による体温調節機能の低下や、温度を感じる力の弱まるなどの理由だそうで、昨年より過ごしやすいと感じているのは、私の体温調節の機能などが低下している可能性が高いとのこと。
こうやってゆっくりですが、歳を重ねると共に老いていくんですね。
老いと言えば、体力や筋力はビックリするくらい落ちやすいので、私は毎日1万歩以上歩くようにしているのですが、ただの気休めにしかなっていないと思っています。
毎日暑いので、(毎日1万歩歩いてはいますが、)出歩くわけにも行かないので(説得力無いかも?ですね。)
私は、Amazonプライム、Netflix、U-NEXT
YouTube動画、動画視聴や本を読んだり
そして何より大事な内省などをして過ごしています。
よく私のブログ内では、内省をするとき
自分の感情が動いたときに内省をするチャンス!・タイミングだと申し上げていたかと思います。
ただこのところ内省に深みを増してきたのか、
自分の考え・思い・行動にまで「どうして???」と疑問を持つようになって行き、その都度内省をするようになりました。
今回は、内省を進むにつれて
けむに巻かれそうになったことがあったので、そのお話をしたいと思います。
日々内省をされておられる方
内省はしても・しなくても一緒と思われている方
内省をやりつくしたから、もう内省をする必要がないと思われている方
内省ではないけど、自分と向き合う様々な方法で向き合われておられる方など
皆様にとって、充分自分と向き合って答えが出たと思ってみても
実は脳が上手に誘導して案外けむに巻かれておられるのではないか?
と思い至りました。
どうしてそう思ったかと言いますと
これは過去のブログに記載致しましたが
そぉ〜っとのぞいて見てごらん♪ (←こちらをクリックすると読めます。)
その前に、
けむに巻かれるとは
(ネットからの情報を引用しています。)
・難しい話や関係ない話をたくさんされて、本当のことから目をそらされること。
などです。
お待たせ致しました、ここからが本題です。
毎度のことながら長文です。![]()
私はとてもお節介な人間です。
そこで
「どうして私はお節介を焼くのか?」と疑問に思ったので、内省を始めてみました。
内省を進めて行くと、途中を端折りますが先ず最初にあるワードが引っ掛かりました。
それは
役に立つ・役に立たない
↓
更に進めて行くと
生きる価値がある・無い
↓
残念
惜しい
失いたくない
無駄
逃す
勿体ない
↓
どんなことがあっても生きて欲しい
↓
安心
と出てきました。
更にどうして?どうして?と進めても出てこなくて、
出た答えに、自分が「安心したいためにお節介を焼くんだ。」と。
でも、ヒット感が全く無いんです。![]()
何度も「どうして?」と問うてみても、これが根底・根源だと言ってくるのですが
何度も言いますが、ヒット感が全く無いんです。
これが答え答えと言ってけむに巻こうとするんです。
誰が?と問うかと思います。
自分の脳が!!です。![]()
あれやこれやと気が違う方向に、本題をそらせるかの如く脳が仕向けてくるのですが
視点を変えて、何度も何度も問いかけをしたんです。
すると
悪い方向に行く
軌道修正・戻るのが大変
しんどい
辛い
↓
と出てきたので
更に問いかけると
答えがやっと出てきました。
私はお節介を焼くのは
本来の道に戻る、つまり軌道修正をすることになったとき、死んだ方がましだと思うくらいその道は大変辛く嫌だし避けたいこと。
それを見たくないから、疑似体験をしたくないからお節介を焼くんだ。と
いえいえこれは表面と言いますか、表層部分なので違うんです。
またけむに巻こうと脳が仕向けるので冷静に見つめると
自分の過去にあった様々な出来事を思い出したんです。
つまり自分が軌道修正するときに本当に辛かったことを思い出したんです。
本当にしんどかったーーーー![]()
![]()
![]()
この答えが出たときヒット感があり
泣きました。![]()
ヒット感があり、泣いたことで今の時点でこれが根底・根源かといつもなら思ってしまうのですが
いやちょっと待てよ!と
またまたけむに巻こうと脳が仕向けるんじゃないの?と、自分で自分にツッコミ(関西人特有の突っ込みです。笑笑)をいれて冷静に自分自身に問いかけ続けます。
そして気付いたんです
見ていられないのは、自分のことなんです。
他人様じゃなかったんです。
人さまを通して実は私を見せられていた鏡だったんです。
お節介を焼くのは、
実は私は自分のことを
助けたい・救いたいと思っていること
嫌だった
辛かった
逃げ出したかった
逃げれる方法を・術を知りたかった
こんな思いは2度したくない
お節介でもなんでも良いから誰か助けてーーー
と、
そしてまたまた降臨✨✨✨![]()
私にとって、自分では全く気付いていなかった・思いもしなかった奥深くに眠っていたトラウマ級の記憶が蘇ったんです。
今回は2度目だったので、正直記憶が蘇ったとき、取り乱すことなくまた泣くとかでは全くなく、静寂の中にいるかの如くただただ感慨深い心境でした。
そして過去にブログでアップしたことのある
あてんしょんぷりーず (←クリックすると読めます。)
上手く伝わらないかもですが、当時の言語化出来なった言葉や思い、心身がダメージを受けないように脳がシャットアウトした情報、主観的・客観的に当時の状況を冷静に見つめて行きました。
途中に出た
「生きる価値の有無」
「役に立つ・否」
「安心」
などの途中経過に出てきた何気ないワードも、何気なくは無かったんだと気付かされました。
内省を始める前まで、お節介を焼くのは、自分の価値基準を相手に押し付けている・コントロールしようとしているのかな?と思っていました。
実際、意識・無意識関わらず、お節介というのは往々にして自分が安心したい・大小関わらず自分の価値基準を相手に押し付けている・コントロールしようとしていることがあるかと思います。
では、どうして?お節介を焼くのかという
理由は?
となると、内省をしないと出てきません。
また深く深く見つめるには、小手先では太刀打ちできません。
極端な話しですが、赤ちゃん?の頃から、物心ついた頃からお節介を焼いているのであれば、生まれつきのお節介焼き屋さんだと思います。
そうでないのなら、そのことをする、つまり今回のことで言えばお節介を焼く行動を起こす切っ掛けになった何かが必ずあったはずなんです。
その切っ掛け(根底・根源)は、何だったのか???
ここが重要なんです。
内省は、この切っ掛けに気付くことで、
自分の思い込みなどによる誤作動を
脳が自分を守ろうと制御スイッチによる誤作動から
可もなく不可もないクリアな状態に戻す作業なんです。
そうすることで、言動や行動などでカチンと来たりイラっとしたりなどしていたことが
何もないと言いますか、引っ掛かりもせずに
あえて言葉で表すのなら「ふ~ん。あっそ」で終わったりするんです。
今回の、私のお節介を焼くことを例えるなら
お相手の方から頼まれない限り、又たとえ頼まれてもその方にとって本当に必要かを冷静に判断し行動に移すか否かをよく見極めて行くと思います。
また私は、親切をもお節介と思い込んでいたことに気付けたので、その分別をしっかり見極めます。
そして更に理解を深めると
ここまで読まれた方でお気付きかと思いますが、端折ってはいますが、上記に出ている言葉の数々は極端とでも言いましょうか、ところどころ大袈裟に思いませんでしたか?
内省で書いたノートを冷静に見つめると、色々見えてくるんです。
語彙力がないのか?または視野が狭いのか?
いえいえその両方なんです。
そしてこの語彙力と視野の狭さの状況、どの時点のものだと思いますか?
実際にあった過去の時点のもの、つまり私の幼少期のものなんです。
だから客観的に状況を見つめることも、視野を広げてみるのも無理な話で、極端になるのは、大袈裟でも何でもなく、幼子は親に関心を?養ってもらわないと生死に関わるからです。
そこに気付けたんです。
そして気付けたのなら幸い。
もう過去の自分を癒すだけで、何者にもなろうとせず、顔色を伺う必要もなく、役に立とうが否かでもなく、ただただ悔いのない人生を、自分を幸せに、安心出来る道を模索しながら選び、自分の人生に責任を持って生きればいいだけなんだと。
今回も長々と書いてしまいましたが
毎度のことながら生きている限り、内省は大切だと思っています。
そして
内省をしていくと本当に面白いように自分のことが分かってくるんだな~と、感じています。
多角的に物事を見ることも
自分がどの視点になっているのかを
自分がどういう反応をしているのかを
自分はどういう思いでいるのかを
などなどです。
このブログは私の日常生活において自分で気付かぬうちに追い込んでいた思い癖があることに気付き、どうしてそう思ったのか?を
また気付かぬうちに自分を守るために脳が防衛本能を起こし、守るつもりが逆に自分自身を縛りつけたり悲しませたり苦しめたりしていました。
そこから
内省をすることで
誤作動を起こした原因を見つけて解放し・気持ちを軽くすることが出来たことを書かせて頂いています。※私の個人的な感想です。
失敗だった
間違いだった
えらい遠回りして来たな
と、思えたりすることが実は一番の近道だったり
それを経験することで自分では気付かないけど必要だったりしたのかも知れません。
それは時として、受け入れたくないものも含まれているかもですが・・・。
初めてこのブログを読まれる方もおられると思うので念のため内省のご説明をしますと・・・
内省は、普段日常生活などにおいて家族・友人・知人・会社やボランティアなどのサークル活動などに置いて、何気ない会話から「あれ?なんかモヤっとする」ことなどがあるかと思います。
話が終われば何事も無く、その場限りの感情であったのならば内省をする必要はありません。
ですが、話が終わったのにも関わらず、その後もずーーーーーーーーっと引っかかるのであれば、それは内省をする合図です。
その引っかかった感情(モヤもや感、ムカつくなどの怒り・悲しみなど)や言葉を丁寧に拾い
どうしてそのような感情に引っかかるのか?
どうしてその様に思ったのか・至ったのか?
をひたすら自分自身に問うて・聞いて行きます。
そして問うて・聞いて行き続けると、ある時「これだーーー!!」というヒット感(全身が震えむせび泣く)が出て来て
と、同時に、
何故ある感情に引っかかった(モヤもや感、ムカつくなどの怒り・悲しみなど)言葉の
原因・キッカケとなった出来事を思い出し「なるほど〜」と納得する事が出来たのです。
※私個人の体験です。
原因・キッカケとなる出来事も分かったので再度味わい尽くます。
この味わい尽くすとは、
「そっかぁ〜そっかぁ〜そう思ってたんだね。」
「そうだよね。そりゃしんどいよね。」
「辛かったよね。」
「悲しいかったよね。」
「怖かったよね。」
など、自分の両手で肩を抱きしめる・ハグをする感じで、溢れて出た感情と一緒に自分を優しく包んで、ただただ本音を他の誰でもない自分の心に傾けて寄り添い聴いて(自分の小さい頃(3歳・4歳児)から話し掛けられている感じで慈(愛)しみを持って聴いて)行き、一緒にその頃の感情を味わいます。
脳はその事を思い出させない様に、自分を守るためにしていただけなんです。
気付けた事で玉ねぎの皮が一枚剥がれた・めくれただけで、また日々を過ごして行くとある日「あれ?」と自分の感情に気付き、その感情が引きずる・引っかかっているならば内省をして行きます。※内省に終わりないと思っています。
内省についてお話をしている事が多いです。良ければ過去の記事を参照下さいませ。
⭐️悲しい
末筆ではございますが、私のブログで申し上げている内省は、日常生活においてのことなので、事件や事故・災害などまた日常生活であったとしても深く心に悲しみや苦しみ・お悩みなどがある方が取り組む内容ではございませんので、ご了承下さいませ。
どなたさまも国家資格のある専門家・病院や公的な機関などにご相談下さいませ。
そしてブログにアップさせて頂いている総べてのお話しや内容は、私の経験からのもの・思いや考えなどを書かせて頂いています。
私の個人的な見解です。
人さまには様々な個性があるように、例え同じ環境で育ったとしても感じ方や捉え方も様々です。決して同じではありません。
もし書かれている内容に興味があり、実際に行ったとしても(例えば内省をご自身でしたいと思いたち始められたとしても)、いかなる責任も取ることができません。
予めご了承くださいませ。
何事も自己責任でお願い致します。
いつもながら
長文をお読み頂き感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございます。m(_ _)m
あなたさまのお心に温かな光が届くのはどんなときですか?
そこに彩りある人生のヒントが隠されているかも知れません。
ほんの少しでもお心にほっこりほのかに暖かく光が見えれば、また、どうぞ必要なお方に、お役に立てさせて頂けるのであれば嬉しく思います。
いつもありがとうございます。m(_ _)m
