戦国、幕末恋愛ゲームで再び歴史ブームが自分の中で起こっています。

先日同僚から売ってもらった「燃えよ剣」を読み始めると同時に、NHKの竜馬伝を見始めてしまいました。

 

ちょうど、カナダに来てすぐの頃に日本で放映されたので、実はきちんと全部見ていません。でも、インターネットって本当に有難いですね~。

ここ最近のドラマは見るのに困るものもあるのですが、古いものは結構簡単に見ることが出来ます。

 

娘が帰ってくるまで何話見れるかな。

あ~学校の勉強もあるのに、今夜もまた何もせずにテレビにはまりそうです。

 

娘がいない週末は、たまっている家事をする以外は何もする気になりません。食べ物もお粗末になり、今日も一日一食になってしまいました。。。

娘のため、長生きをしないといけないので健康な生活をしないといけないと分かっているのですが、誰かのために生きるというのはそれだけで人にどれほどの活力を与えてくれるのかと、改めて感じます。

 

夫は今、独りになり(彼の家族とは住んでいますが)、それでも隔週で会える娘のために毎日をどのように生きているのだろうか、なんてふと考えてしまいます。

まだまだ気持ちの整理ができないようです。

 

イケメン幕末とやらの姉妹版のスマホゲームを発見。

戦国版もろくに終わってないのに、これはせねば!とついついダウンロードしてしまいました。

 

これをきっかけに無性に司馬遼太郎が読みたくなりました。

日本の食材は結構簡単に手に入るからあまり困ることはないのですが(あ、でもこの前娘のお弁当用にふりかけを買ったら50gで500円した!!!)、本の入手が非常に困ります。

 

もちろん、日本から取り寄せてくれる業者があるのですが・・・これが高い。日本定価の3倍から4倍。この前娘に絵本をと思ってみてみると、絵本1冊で日本定価1200円のところこっちでは4500円程度で売ってました。・・・高くて本すら買えやしない。。。

 

現地の本やCD、DVDは図書館をフル活用ですが、日本の小説はそうもできず、我慢してそのうち忘れる・・・みたいな繰り返しでした。

 

が、最近は日本の小説を読みたくて読みたくてもう我慢できず。

周りの日本人の同僚や友達に片っ端から、「司馬遼太郎の本があったら売って」と連絡。ラッキーなことに、早速「燃えよ剣」をゲットしました。上下巻でしめて500円!(もちろんおんぼろの中古です)

 

持つべきものは日本人です!

早速、こちらにもはまり中。あ~幕末戦士の生き様ってやっぱりかっこいいなぁ。。。

今回はあまりわくわくしていません。
幼稚園に送って行ったときに娘の元気がなかったからかもしれません。

前回、娘がパパに会いにおじいちゃんの家に行った際に、パパの荷物がなぜおじいちゃんの家にあるのか、家には帰って来ないのかと聞いたそうです。

心をギュッと掴まれたようにすごく辛いです。
でもこれでよかったと必死に自分に言い聞かせています。

娘が帰って来たら、思いっきり抱き締めてあげようと思います。



幼稚園生になって、ハサミに目覚めた娘。
初めは紙を切っていただけが、最近はおもちゃのネックレスの宝石の部分だけを切ったりしていました。
でも、自分のしたことに責任を持ってほしいから、あえて何も言わず放置していました。ネックレスを元に戻したいと泣けば、「自分でやったんでしょ」って言ってやろうと思ってました。

が、今朝、朝の忙しいときに何をしてるのかと思えば、着替えたばかりのお気に入りの服、しかもお祖母ちゃんからのプレゼントをチョキチョキ😨
大声で怒ってしまいました。

怒った途端、幼稚園に行きたくないと言い出し、パパのところに行きたいと駄々こね開始。

幼稚園行かないとパパ来てくれないよと、何とか説得して、行かせましたが、お見送りで号泣でした。

怒れば、ママもパパみたいに居なくなると思ってるんじゃないかと不安になり、でも甘やかしもいけないし。
バランスが難しいです。

でもなるべく声を上げず、優しく説得できるような穏やかな精神力を持っていたいものです。

今週末は娘はパパと過ごす日です。
私もしっかり充電します。
昨日、遅ればせながら、病院に行って抗うつ剤を止めたことを先生に報告してきました。

勝手に辞めて怒られるかとちょっと心配だったのですが、状況を話すると、肩を叩いて「よかったね」と心から喜んでくれました。

この先生には、2年前から相談していました。カウンセリングや精神科医への紹介状を書いてもらい、主人に私もうつ剤を飲むように言われたときも、必要ないんじゃないかと、常に私の立場になって考えてくれました。

主人が病気と一人で戦っている中、時折自分だけが幸せであることに、後ろめたさを感じます。
でも、常に味方である友人や、家族以外の存在であるお医者さんが喜んでくれた様子を見て、「これでよかったのだ」と感じました。