写真は2024年度 豊年祭 
1番目は僕で
2番目+3番目の撮影は村山さんです✨
 
2025年度 大浜村 豊年祭が

8月2日 土曜日 オンプール
8月3日 日曜日 ムラプール

無事に執り行う事が出来て
ほっとしたの同時に

僕は母は翌日の波照間島への
渡航の準備へと
はいっていきました



2025年度 石垣島 大浜村 豊年祭

風の吹き抜ける場所へ

いつか何処かで l I FEEL ECHO



最終日 ムラプールが終わったのは
夜9時とかそのあたりで

その後

コンビニに立ち寄り
その日の晩御飯のお弁当を購入し
そのまま米原のホテルへ

翌日朝1=午前8時発のフェリーに
搭乗する為には

逆算すると

午前6時半あたりには
ホテルをチェックアウトして
石垣港に向かわないといけなくて

宿泊させて頂いた米原地区は
市街からさらに向こう側の奥地で

これがまたちとハードだったけど
翌日のフェリーには間に合い
ほっとするまでは
よかったのですが

実はその時点で

レンタカーの予約は
どこも埋まっていて
出来ていなくて

その前日に後片付けをしながら

僕1人だと歩くのは平気だけど
母の歩行では難しい
車がない状態では厳しい

今回は諦めた方がいいのかなと
僕は感じ思ったりして

それとは反対に

母がどうしても行くと
現地にまずは降り立とうと
強く訴えかけてきて

母に押されるというかんじで

なので

フェリーに搭乗するぎりぎりまで
どうしたもんかと
あれこれ不安が入り混じっていた



波照間港に着いた時は
やっぱり嬉しかった

なんかそれまでの不安が
一気に吹っ飛んだ

なんとかなるだろうと
そう感じ思った

母は6年半ぶり

僕は僕自身のうがみ以来の
2年半ぶり

フェリー入港
波照間島に降り立ったと共に

現地のレンタカー屋さんや
波照間島で宿を営んでいる方たちが
お客さんたちを迎えに来ているという
かんじだったので

片っ端から交渉して
3時間くらい付き合ってくれないかと
車出してくれないかと
そう伝えていこうと
感じ思っていたけど

ここからほんと次々と
神様からの計らいかのように

すぐ近くにいた
爽やかなお兄ちゃんがいて

母が直ぐに
そのお兄ちゃんに目が留まったらしく
お兄ちゃん、ちょっとちょっと
話し始めて

こうこうこうで、こうなんですと
事情を説明したら

ちょっと待っていて~
そう伝えられて

走って確認しに行ってくれて

たったいま車が戻って来て
まだ洗車していないけど
いいですかと
そう言ってくれて

おお!となって
もう即答で
よろしくお願いしますと

僕が車をとりにいっているあいだ
フェリー乗り場で待っていたオカンに
ある地元の方が話しかけてくれて

母も先ほどのお兄ちゃんに説明したように
これまでのあらすじを語り始めて
(2回目はすらすら言葉が出る・笑)

6年半前に石垣島 大浜村の大石御嶽を
復活する際に

波照間島を案内してくれた方が
2年前に他界されていて

その方のお墓にも手をあわせたかったら
知っているか尋ねたらなんと
知り合いで知っているとの事で

ついて来て~と
車で誘導してくださって

その方のお墓にも
手をあわせる事が出来て
ほんと嬉しかった

あっというまに 

とんとん拍子に流れに乗らせて頂いた
というのか

もう大きな御手の中
bringされていった
そんなかんじで

涙が出そうなくらいに
感謝と感動の思いでいっぱいになって

待っていてくださっているんだなぁと

あたたかい想いにもまた
包まれた



6年半前の石垣島 大浜村の大石御嶽を
復活する際に
お世話になった方のお墓を案内して頂いて
場所確認をした後に

まずは

波照間島を訪れた際に

この島にはいらせて頂きます
よろしくお願いしますと
挨拶をした方がいい
御嶽が在るので

最初にその御嶽の前で
手をあわせさせて頂いて

その後

波照間島を最初に開拓した一族の按司が
祀られている御嶽が在るので

その御嶽の前で
手をあわせさせて頂いて

波照間島の大石御嶽へ向かった
 
 
波照間島 大石御嶽 集落内に在る
 
大石御嶽について

Resurrection l 復活
 


波照間島は
神司又は関係者以外の立ち入りは
厳粛に禁止

今回 波照間島の大石御嶽を継承する
仲本さんが引っ越しをされたとの事で
連絡を取る事が出来ずに

無断で立ち入っているところを
村民の方たちにみられると
直ぐに飛んでくるので
(ほんと厳しいんですよ)

御嶽の前からのお祈り
というかんじで

郷にはいったら郷に従う
いまの時代に古いよ~ではなくて

無断勝手な行為が 実際に
その地域で暮らしている方たちの思いを踏みにじる
 
そのような事も在るので
ほんと 心に留めて行動しましょう




現在、波照間島の大石御嶽は
名石という区域の方たちに
掃除等はされていて
綺麗に清潔には維持されているので
安堵はしていますが

継承していく波照間島の仲本さんたちが
現在どのようなかたちで
大石御嶽と向き合っているのかを
僕たちはわからなくて
 
もしこの記事を読む事が在れば
連絡頂ければありがたいです



現在、波照間島の集落には
御嶽がいくつか在りますが

大石御嶽を含むそれらの御嶽は
実際には 遥拝所となっており

集落から離れた場所に
各古墳の状態で 森となって
管理され維持され続けている
そのようなスタイルではない
御嶽も在る
 
大石御嶽に関していえば
集落からさらに南の方へと進み
日本最南端の海岸のその手前の方に
どかんと1ヶ所存在する森が在り

そこがアバティと呼ばれている森で
大石御嶽に祀られている按司の
古墳となっている
 
 
6年半の石垣島の大石御嶽を復活する時に
その古墳の入り口までは訪れて
うがみを執り行わせて頂いたので
中には入れません
 
今回も同様に
その古墳の入り口で

豊年祭を無事に執り行わせて頂きました
ありがとうございました

これからは
石垣島 大浜村での祭祀行事の際には
同様に 波照間島の方も訪れます

波照間の方も忘れてはいません

しばらく訪れていなくて
どうもすいませんでした

これからもどうか
よろしくお願いします

そうお祈りをさせて頂きました
 
 
石垣島 大浜村の大石御嶽は
波照間島の大石御嶽と同一神で

1771年に八重山諸島を襲った
大津波の影響で

首里王府の命令により

波照間島から
被害が大きかった大浜村に
強制移住を強いられた子孫たちによって
創建された御嶽である

大石御嶽に祀られている按司は
首里王府からのながれで

波照間島へと派遣されたというよりかは
目の上のたんこぶ扱い

流刑のような状態で
最南端の波照間島へとながされてしまった

按司の無念さというのか
悔しさというのか

そのような思いも
強く在ったんじゃないかと

母と深く話し合ったりもして
出来る限りの事はやろうと

それゆえ

今回から祭祀行事の際には
波照間島も訪れようなと
というかんじで



霊的な知らせ事のサインの1つとして

ビーチャーが家の中で騒ぎ出す
という事が在るのですが
 
我が家には大石御嶽を遥拝する香炉が
置かれていて

毎朝、母がお水とお線香をあげて
お祈りをするのですが
 
去年6月頃からかな
 
その香炉がビーチャーをこえた
大きなネズミたちによって
ひっくり返されたり

また家中で騒ぎまくって
しまいには食糧とかにも
かじりついたり等

そのような騒ぎの時期が在って

こうこうこうなので
波照間島に来るようにと
伝えられて

霊的な知らせ事だとわかり
確認を取ったら

去年、波照間島の仲本さんの家が
撤去されたとの事で

ネズミが騒ぎ出したのも
ちょうどその時期からで

今回、波照間島を訪れた際に
実際に更地にされた土地を
確認させて頂いて
 
波照間島の大石御嶽の神司、
直系にあたる仲本さんが
現地 不在との事で

放置状態のようなかたちに
なっている状態で

それで今回から
波照間島への渡航も組み込まれた
というながれです
 
 
 
 
6年半ぶりに訪れる事になった
大石御嶽の按司が葬られている
古墳、アバティの森

この入り口に立った時

6年半前の石垣島 大浜村の大石御嶽を
復活する頃の事を
鮮明に思い出した事と

僕たち一族のSourceとなる按司が
この地に葬られているんだなと

母がお祈りをさせて頂いた後に

地面に座って

30分くらいからなぁ

懐かしさと柔らかさと
やさしさが
いいかんじで融合された

不思議な想いに包まれて
じっと 見つめていたなぁ

涙が出てきてね
純粋に ありがとうと

華やかな世界から一転して
最南端の小さな島に流されて

激しい思いも抱いただろうし
悔しさや無念さも在っただろうと
推察されるなか
 
やけクソ状態に陥る事もなく
自ら命を絶つこともなく
この地で全うしていった

ほんと強いひとだったんだなぁと

まじで尊敬する
ほんと
かっちょいいなと✨

タイプさ
まじで

また秋に執り行われる節願いの後
会いにいきます
待っていてください
いますぐにでも飛んでいきたい
あの入り口で座ってくつろぎたい

いまも その想いに包まれていて
 
今回訪れてよかった
まじで

ほんと ありがとうございます
 
 
2025年度 石垣島 大浜村 豊年祭
波照間島への渡航

ハードスケジュールだった日々から
2週間が経ちました

母もようやく疲れがとれたようで
渡航する前からの
日々の生活

デイサービスでのトレーニングの時間に
戻っていきます

本島に戻って来てからは
あれだけのハードスケジュール
疲れがきていたようで

僕もようやく抜けてきた
そんなかんじなので

母にとっては気合を入れての
今回の渡航だったと
僕はそう感じ思っています

そんななかでも

母も僕も何度も同じ話を
繰り返しているのですが

今回の豊年祭はよかった
波照間島まで訪れる事が出来て
ほんとよかったと

疲れは正直ありましたが
その倍以上の喜びが勝って✨

ありがとうの思いで
いっぱいです

ほんと
まじで



今回の 石垣島 大浜村 豊年祭に関わった皆さん
波照間島で関わった皆さん

そして

波照間島からのお昼の便で
石垣港に戻る事が出来ずに
最終の夕方の便で
戻って来て

那覇に向かう飛行機の便に
間に合わず

疲れ果てて汗べとべとの中
その夜宿泊するところがない
僕たちを

電話しても通じなかったら
直接自宅に行って

事情を話して
ありがたく宿泊させてくれた
ひろこおばちゃん

ほんとうにありがとうございました

皆が神さまにみえた というかは
神さまからの計らいの中で
助け船を引き受けてくれて

涙がチッチョリーナに
何度もなりました

まじサンキュー very much です✨
 
 

 
 
 
2025年度 豊年祭 カースンヤにて
 
思いは時空を越える
 
 
 
取り組まさせて頂いている仕事の内容・詳細、

問い合わせ先です

 

僕の人生のあらすじを綴っています

 

 

 

御嶽・御殿・拝所を継承していく一族で

長い年月のあいだ放置状態を続け、現在に至り

どのように扱っていけばいいのか?

模索している方たちに向けて

 

そのような状態の中に在る、

御嶽・御殿・拝所の復活に関しては

「僕がさせて頂いている仕事について」内に

詳細が綴られています

 

参考にされてください

 

 

協力のお願いがあります

 

にほんblog村さんの方に

参加させて頂いています

 

去年の秋頃からかな

クリックボタンの使用が出来なくなり

しばらく様子をみていましたら

 

にほんblog村さんサイドの方で

記事内に添付可能に仕様してくださり

今回再びボタンを添付出来る

運びになりました

ありがたいです

 

参加させて頂いている

各カテゴリーのボタンを

クリックして貰うと

 

ランキング集計に+されて

 

各カテゴリー別に表示されている

ランク内に入る

可能性が大きくなり、

目に留まりやすくなります

 

そうすると

 

必要とされている方にも

届く可能性が高く、拡がっていくかと

僕は思っています

 

よかったら協力のほど

よろしくお願いします ↓

 

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主よ、あなたはわたしを究め

わたしを知っておられる。

 

座るのも立つのも知り

遠くから私の計らいを

悟っておられる。

 

歩くのも伏すのも見分け

私の道にことごとく

通じておられる。

 

わたしの舌がまだ

ひと言も語らぬさきに

 

主よ、あなたは

すべてを知っておられる。

 

前からも後ろからも

わたしを囲み

 

御手を

わたしの上に

置いてくださる。

 

その驚くべき知識は

わたしを超え

 

あまりにも高くて

到達できない。

 

詩編139
 
 
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