• 19Apr
    • 浪江町から避難していた小父さんが亡くなりました

      母方の祖母は、福島県双葉郡浪江町の出身。東日本大震災のあったあの日、あの村に住んでいた母の従兄が今日なくなりました。祖母の法要で震災の前年にあの町を訪ねたのですが、その当時ですら夏休みに遊びに行った東北の農村の面影は、大分薄れていたものでした。東日本大震災が発生し、また風景が変容してしまったのだろうと想像は難くないのですが、それでも、小父さんは最後まで生まれ育った村に帰りたかったそうです。小学生の頃、小父さんの家で、畑で、裏山で、請戸の海で遊んだことが走馬灯のように思い出され心が千々に乱れます。来週頭に原ノ町いってお別れを言ってきたいと思います。

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  • 16Apr
    • ぐるっとパス2018で楽しむ週末

      4月に入り本年度版のぐるっとパス2018を購入しました。最寄りの駅で2200円と前年より200円の値上げがありましたが、行きたいと思ている展覧会が開催されている美術館の入場券が収められているため、今年も例年通り購入することにいたしました。昨年までとの違いは、利用できる施設が80施設から92施設に増えました。 旧東京音楽学校奏楽堂 旧岩崎邸庭園東洋文庫ミュージアム 浜離宮恩賜庭園 新宿区立漱石山房記念館 すみだ北斎美術館 刀剣博物館 三鷹市山本有三記念館 八王子市夢美術館 そごう美術館 帆船日本丸/横浜みなと博物館 神奈川県立歴史博物館以上12施設が増えたことになります。パナソニック汐留ミュージアムで開かれた「日本の季節」が見たかったので、それに併せて、今回新たに加わった浜離宮恩賜公園とパスには入ってはいませんが庭園の花が美しい旧芝離宮恩賜公園の藤棚の様子を見に出かけることにいたしました。昨年、浜松町の駅から見た雨に濡れぞぼる桜の風情がきれいで、ふと気が付くとまだ、庭園自体を訪れたことがないことに気が付きました。小石川庭園と同様の大名庭園。池を中心にした回遊式庭園で、幕末には紀州徳川家の所有であったが、のちに宮内庁の管轄の離宮となった名勝庭園になります。この庭園は、パスには入っていないのですが、都内でも美しい藤棚のある庭園だという事で、様子を伺いに出向いた次第です。チケット売り場から池に向かう点前に藤棚があります。南面したところは、このような感じですが、まだまだこれからといった感じ。  旧芝離宮恩賜公園の藤は、白っぽい藤。現在、中島にかかる八ツ橋、西湖の堤が工事中であったのは残念でしたが、ところどころに咲き乱れる花には癒されました。陸地に咲くあやめ。 なかなか「あやめ」「かきつばた」「はなしょうぶ」の区別がつきにくいのですが、これからの季節、青山の根津美術館に行くと尾形光琳作の「燕子花図屏風」とともに庭の池のほとりに咲く燕子花を沢山見ることができます。子供の頃に訪ねた根津美術館は、屏風が展示されていた部屋からすぐに燕子花のあるお庭にアクセスできて、庭の燕子花と屏風の燕子花が美しさを競い合っていました。生花が柔らかさ嫋やかさを感じさせるなら、屏風の燕子花は凛とした気品と力強さを感じさせているように感じられました。改めて様子を見に出かけてみたいと思います。大山の麓には、ボタンが花盛りで、あでやかに咲き誇っていました。まだまだ、桜を名残惜しみながら愛でることができます。里山でこういう桜にであったら、桜の木の下で、ほっと一息つきたくなるかもしれません。旧芝離宮恩賜公園と浜離宮恩賜公園は徒歩で10分足らず。縁結びパスなるもあり相互に巡ることが可能です。今回は、こちらのぐるっとパスの方を使います。戦災で焼けた燕の御茶屋を復元し、4月20日以降、室内の見学が可能になります。浜離宮では、日本画のモチーフとしてもよく見られる「藤と松」の取り合わせの風景にお目にかかれます。芳梅亭の近くには佐野昭制作、鈴木長吉鋳の可美真手命銅像があります。明治天皇の銀婚式を記念した懸賞募集に当選した作品。可美真手命とは、神武天皇の東方遠征を助けた軍神。軍神銅像ではあるが繊細で優美さを感じさせる。現在、近代美術館工芸館で行われている明治の名工で鑑賞できる十二の鷹の精巧さとも違った風情が楽しめる作品である。外来の柑橘類の九年母(クネンボ)。室町時代後期に日本に入ってきた食用の柑橘類。和歌山県などが主要産地となっている温州ミカンは、このクネンボの雑種にあたるとされています。松に中の島茶屋の図案のマンホール中の御門の出入り口には、駐輪場。しっかり木製のラックが置かれています。ゴールデンウィーク中、5月4日は無料入園日。また、藤棚と茶屋の内部を見にきたいと思います。浜離宮恩賜公園を後にパナソニック汐留ミュージアムに向かいます。大手門前の交差点からは、黒川紀章が設計し、世界で初めて実用化されたカプセル型の集合住宅が見えます。4月15日まででしたが、松下幸之助が所有していた近代絵画のコレクション。四季を表した絵画を春夏秋冬の章立てにし展示した展覧会。こんなものを持っていたのかというものや、松下幸之助自身が依頼し作家が描いた作品などが並ぶ展覧会。東山魁夷に依頼して描かれたという「三峡朝霧」。本来ならば、真々庵の庭を描いて欲しいと依頼するが、断られほかの画を持ってくるからといって描いたのが今回展示されたこの作品。以前、NHKのドキュメンタリーでこの庭の事を取り上げていたのをちらりとみたことがあるが、京都の東山を借景にし日本を代表する名工、匠らの手によって整えられた「松下の迎賓館」は、訪れたみたい気もしますが、その素晴らしさがわかる「素直な心」でいるのは、なかなかハードルが高そうです。

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  • 11Apr
    • アートと科学 広帯域の電磁波でみたフラアンジェリコの壁画

      美術と科学技術。ARTは、心を豊かにするもの。一方、科学技術は人々の生活を便利にするものとしてありました。ARTの対義語は、NATUREですが、医学も含め人間のクリエイティブ性を発揮することにおいてルネッサンス期は、これらが同じ「術」に根差すものであると話すのは、総務省管轄の独立行政法人である国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)電磁波研究所の福永香さん。福永さんは、電磁波を用いて絵画を計測調査分析をするエキスパートであり、ジョットの計測実績が買われ本日発表の「広帯域の電磁波でみたフラアンジェリコの壁画」の調査に携われることになったといいます。講演会では、二部構成で、前半は、日本ではほとんどなじみのない、文化財科学(Heritage Science)についての話。後半は、フラアンジェリコの受胎告知の調査においての研究発表の概要についての話がありました。電磁波およびデジタルデータの技術解析調査を実施することの学術的、社会的意義は、大きく3つあるといいます。 材料と道具の開発の歴史や解析 作品そのものを調査分析する デジタルアーカイブ化絵画や芸術作品がデジタル化し、モノでない作品が作られる現代。作品そのものを残すことができない要素を含んでいる時代において、計測技術の面からアプローチし中世の壁画作品をどのように残すのかという事に、日本イタリアの国際共同研究でとりくんでいます。学問として認められ文化財科学(Heritage Science)の名称が与えられたのは、1966年。比較的新しい分野です。この学術研究が盛んに行われているのがオランダのデルフト工科大学です。日本で言えば東工大の中に文化財修復のアトリエがあって計測調査研究と修復が並行して行われているようなことを、オランダ政府のイニシアチブで運営されています。そこでは、計測データをもとに歴史家が主体となって研究を進める1)作品を知る。ことの領域と、作品を保存修復するための事前診断調査を元に修復判断の方針を立て、2)実際に修復を行っていく領域 に役立てているといいます。オランダは、美術大国であり欧州でX線検査事業の一翼を担っていたフィリップス社があったことから、産官学による絵画の保存修復や学術調査および絵画市場における真贋鑑定などへの利活用というマーケット需要の必然性から研究が盛んにおこなわれているという事です。東京国立博物館には、フィリップス社のX線検査事業がもとになって設立されたエクスロン・インターナショナル社の文化財用の大型のCTスキャンが導入されています。(蛇足ですが、気になり調べてみたら奈良の国立博物館は、島津製作所のCTスキャンが導入されていました。)計測をおこなっていると、「ほどんどの作品は修復され続けてきたおかげで鑑賞することができている」ことがよくわかるといいます。これは、自然劣化、天災、自然災害、戦争、持ち主の意向によって劣化や加筆などが行われてきた作品が、本来の姿を取り戻すよう高度な技術による修復をへて、今、現代のここにあるということを計測を通じて知ることができるわけです。科学的な裏付けをもってして知ることが重要で、それはさながら患者にどのような治療を施すのかという風にたとえることができると指摘します。福永さんの今回の研究は、産官学の連携調査研究、国際共同研究を通じてなされたもので、特に日立製作所よるプロジェクト「日立DISプロジェクトとフィレンツェ大学」との国際共同研究による高精細画像データを使って画像を再現することが母体となり、その経験の延長線上で活かされる運びとなったそうです。電磁波を用いた調査は、周波数の波長の長短がことなる計測方法を利用して、その特性に応じた分析調査がなされるといいます。波長が長く、周波数が低いものから順に大まかに並べていくと、「マイクロ波→ミリ波→サブミリ波→赤外線→可視光→紫外線」といった感じになり、それぞれの計測に即した機材を用いて分析調査することで、絵画の「支持体、下地、顔料、技法、修復履歴」などを把握することができるといいます。これは、分子のくっつき具合を周波数の高い赤外線以上の周波数で測ることができる機器で、材料となっている分子の振る舞いを観察し特定していくことになります。ジョットの調査を行った時、一番福永さんが一番驚いたことは、金箔の貼り方が、「かなりぺたぺたと大胆に、ちょっと無造作な感じに張られていたこと」と、当時は、板絵のため表面に凹凸がありそれを均すために2層のジェッソあり中世の技法の上に、初期ルネッサンス期の表現が表されているという、絵画史の変遷を調査データから垣間見ることができたと振り返っていました。この成果があり、今回のフラアンジェリコの場合も、まず、可視光線を使って得られたデータでクラックがよく見え、絵画層と下地層の剥離の具合、各層の間でどのようになっているか、そしてクラックの深さなどを判断することができ、次に、パイオニア製の超短パルス(エコー)を用いた調査では、パルス波の跳ね返り値を見ることで、どのくらいの程度の傷であるのかあたりを付けることができたという。 その値は0.5mmから1mmに届かない深さにをしめすもので、これまでの修復の痕跡なども調査してみると絵具の塗り方がシームレスに重ねられていて非常に繊細な仕事が行われとてもよいコンディションで修復がなされてきたことがわかるのだといいます。そして、蛍光X線による元素分析では複数の酸化鉄によって天使の羽が美しくかき分けられていることに驚きを隠せなかったと述べています。その一方で、絵画全体を一か所の計測データから均一化してかたることはできないし、一つの方法では全体は分からず、様々な手段、手法を用いて計測し、その絵の物理的な有様を多角的に調査解析することが大切であると説いています。また、こうした調査で用いられた高精細画像データを利用した絵画アーカイブ作品は、本物は壁画であるため絵画と鑑賞者の間に3メールほどあり、画が掛けられている高さも少し高めのところに位置しているため、細部がわかりにくくなって鑑賞するには大変であるが、本物のもつ質量感をデータにとり込むことはできないが、デジタル化した映像を目の前のモニターで拡大し観察することで、肉眼では不可能な発見を可能にしていることに意義があり教育や文化財の保存、修復に活用できるのがわかるのだといいます。講演会の後で福永さんに伺うと、この研究発表は、応用物理学会で行っており、ファンドは国際共同研究で予算をとっていると話されていました。医療分野のインバウンド・アウトバウンド政策の一環でMedical Excelennce Japanというのがあります。このコンソーシアムに名をつらねている企業群、特に計測、分析装置の機器を開発しているメーカー、人文化財保存の調査分析の機器メーカーと重なるところが多いのです。この講演会の冒頭で福永さんが話された通り、人間をみるのか文化財を見るのかの違いに過ぎないのです。ルネッサンス期も現代も技の最先端を行くものは、袖を同じくするのだと改めて思うのと同時に、日本としてもシームレスで文化財保存のメソッドとスキルとテクノロジーを海外に向けて売るための体制づくり、アカデミックにおける専門学科設立と人材育成も海外に遅れをとらないためにも対応しないといけない時代なのではと真剣に思った夜でした。

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  • 07Apr
    • 江戸の桜の名所、桜咲く絵画の世界によせて

      毎年、桜の時期になると上野の山はにぎやか。江戸時代の浮世絵にも残っているように、江戸の桜の名所といわれるところは、飛鳥山、上野、御殿山。この様なことから、東京国立博物館ので行われる「博物館でお花見」は、楽しみにしている特別企画行事です。数多あるイベントの中ですが、この土曜日に行われた月例講演会「桜セミナー 桜咲く絵画の世界」と題して、学芸研究部部長の田沢裕賀さんの話を聞いてきました。田沢さんは、弘前のご出身で、5月のゴールデンウイークに満開となる弘前城の桜を見て育ったせいか、桜の開花時期、桜前線の北上ので見ごろがずれるため、屛風絵や物語に描かれる桜の開花の時期に違和感を感じたそうです。そもそも、日本人が桜の花を春の花と感じるようになったのは、平安時代、古今和歌集の成立以降のこと。それまでは、中国絵画(水墨画)の影響もあり春を表す花として梅が流行していたそうです。現在、国宝室で狩野長信筆の「花下遊楽図屏風」という400年前の花見の様子が描かれている屛風絵が鑑賞することができます。この画、桜下で宴をしていた様子を描いた部分が関東大震災で焼失してしまいましたが、左隻の人々の生き生きとした描写は、春を迎えてうきうきとする人々の姿が、みているこちらのほうまで伝わってきて楽しくなります。 講演会で伺った話では、この部分は、当時阿国歌舞伎が起こったころで女性が男装して芝居に興じるのが流行り、その様子が描かれています。 歌舞伎の始まりともいわれる阿国歌舞伎ですが、女性が男装してというと宝塚歌劇団のようでもあります。江戸の桜の名所を表した浮世絵は、場所を指し示すモチーフ、風景描写でみわけるのだとか。飛鳥山からの眺めにはつくば山の風景がよく見られます。反対側を向いた構図の場合は富士山🗻が描かれる。飛鳥山の桜は、吉野の桜を江戸城内で育て植林して行楽地を作り上げたもの。この浮世絵は、不忍池付近を描いたとされるもの。足元の池の石垣が不忍池であることを示しています。この作品は、御殿山を描いたもので御殿山は海に近く船の帆の表現から、ここが御殿山であることがわかります。上野は東照宮があることから絵に描かれることは多いのですが、ここで花見の宴が行われるようになったのは近代以降になってから。ところで、上野公園の中には53種類の桜の木が植えられています。新種の桜の原木も多く、この桜は西洋美術館ちかくの「園里黄桜」。ぐっと近づいてみます。黄色というよりは、薄黄緑の桜の葉のような桜。葉桜のようにも見えます。これは、コマツオトメ。可愛らしいピンク色のエドヒガンの種類の原木。そうかと思うと、桜の開花を知らせる標準木もあります。そして、近年、千葉大学の中村郁郎等が発表した文献によると、この右手に枝が伸びている木がソメイヨシノの原木ではないかと指摘されています。パンダの観覧で並んだ方達は、この桜がキレイに咲いた姿みているかもしれません。園内には、絵に描かれた場所が沢山あります。その一つ、上野清水寺 不忍池。この絵の一番左手の松の木の枝ぶりを再現しようという。都市の里山化推進事業 江戸風情再現の取り組みが行われています。こうした植木職人さんの仕事が、アートと風景の融合を図っています。桜に誘われながら園内を歩き江戸の桜の名所や、日本を代表する桜を描いた名画や調度品を見て歩くのも、日常生活で忙殺される心を癒しゆたかにしてくれるように感じます。

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  • 03Apr
  • 01Apr
    • サイクリングシューズ新調しました。

      2016年のさいたまサイクルエキスポで出会ったLIVのシューズLIV MOVA。左右のサイズが異なる、足幅がC幅、甲薄、偏平足、くるぶしがのところも骨ばっているから当たりやすい、できれば足の指も当たりたくないからフラットなつま先の靴の方が好きとあって、普段はく靴もかなり、はけるものを探すのが大変でシューズ難民と化していました。サイクリングシューズのサイズが合うのが見つかったときは、ちょっとばかり狂喜した。この時展示ブースで、LIVのシューズは細めの木型で靴型を整形しているという話を商品の説明をしてくれたショップの方から聞いた。だた、自転車旅してあちこち観光名所など公共の施設の中で歩きたいと思う者にとって、殆どと言っていいほど、この目的での使用にビンディングシューズは必要のないもの。正直、なければ他のもので代用すればいいと思ってました。多分に売るほうも、そういう発想、ニーズがあることにがあまりきずいていなかったのではないかしら?ところが先日、LIVにもフラットペダル用のシューズがあると聞いて先週の「東京の中の四国を巡るライド」の後に目黒のGIANTにいって試着にしてきました。脚に合わない靴ばかりなので、試せないと買わない。メーカーが同じでもデザインで木型が違ってくるので、道具と体の接点にあたるお道具は選びは慎重に。この日担当してくれた女性の方は、GAIANTで働く前は、靴屋さんに勤務していたことがあり、「靴、足に悩みのあるかたは任せてください」という頼もしい言葉をいただき、いざ、靴選び。最初はLIV FAMAを希望していることを伝え、なぜフラットペダルなのかの話をしたところ、「FAMAでは、ソールが硬すぎます」と明快な回答。 フラットソールではあるけれど、どうやら歩くことに比重が置かれて靴が作られているわけではないことが判明。実際、はいて店内を歩いたところ、板張りの店内を歩くと新品の靴という事もありちょっと滑る感じがしました。そこで、提案されたのが、こちらの製品。LIV AVIDA。 レクリエーションやインドアトレーニング向けなので、ソールの部分がFAMAよりも柔軟性があるタイプで比較的長い時間あるいても、足が疲れないタイプのものになりますという説明。観光をして歩き、さらに自分の足を使って自転車で走るとなると足を疲れさせない靴づくりと快適性が要求される。このAVIDAは、LIVのシューズの中でもかなり木型が小さいもので、FAMAやMOVAでしたら37のサイズですが、2サイズあげるくらいでちょうどよい、もしくは土踏まずが合わない可能性があるということで、中敷きの利用を勧められました。普通の靴を履くときも、インナーソールを入れることが当たり前なので、一式もっていると後で靴がへたれてきて緩くなった時に役立つので、ここで一気にそろえておくことにしました。目黒の店舗でサイズ39がなく取り寄せになるということで、利便性のよい取り扱い店舗でご購入いただいても結構ですと、ご好意を示していただき、普段利用している小田急ハルクのY’sさんでお取り寄せをお願いしました。念のため、取り寄せたものを試着、店頭で、客観的にフィッティング具合も見ていただきました。よる7時ころの足も多少むくんだ状態の時間帯ではいてみたところ、土踏まずの部分のところに中敷きを入れるか入れないかくらいの感じ、足の長さ、幅もきつくなくホールド感も得られてはいていて安心感が得られる靴であることを実感。自分の求める使用目的を十分にカバーする商品を探すのは、実際に店舗回って、店員さんと相談しながら商品選びをするという昔ながらスタイルで納得するものと出会えました。これを履いて走りに行くのが楽しみです。

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  • 30Mar
    • 泉ガーデンの桜並木にかかる橋から見た桜。昨年と同じ場所から見たら木が成長し、東京タワー...

      泉ガーデンの桜並木にかかる橋から見た桜。 昨年と同じ場所から見たら木が成長し、東京タワーが見えにくくなっていました。 人間の子供もはやいけど、木の成長が、こんなに早いとは思いもしませんでした。 しかも、この場所は、近くにスペイン大使館、スウェーデン大使館、泉屋集古館別館、ホテルオークラと訪れる機会、前を通ることも多いのですが、改めてどこ見てる状態がバレてしまう有様です。 木の成長は、経年と共にその速度変化がどの様なのかは知りませんが、人やモノの成長をめにすると、私くらいの年齢ですと、自分自身の劣化の方を心配しないといけないお年頃であることに気がつきます。 同じところをぐるぐる回って入りだけ?そんな気持ちの焦りのようなものが、心のひだにスルッと潜り込んでしまうのです。 この年度末、この一年の行動パターンを振り返りつつ、自分であって、どこか自分じゃない部分、本来なら行動していることをなんらかの理由でやれていなくて、フラストレーションが溜まっている事を自覚しているからに違いありません。 明後日からは新年度が始まりますが、私自身がゆっくりとしっかりと、枝をはり葉を茂らせて花を咲かすことが出来るようにやっていければよいなぁと思っています。 Reiko Kawasumiさん(@reiko_kawasumi)がシェアした投稿 - Mar 29, 2018 at 7:57am PDT

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  • 28Mar
    • ツアー・オブ・ジャパン公式記者発表

      恵比寿東口から徒歩4分ほどのEBIS330で行われたツアー・オブ・ジャパン2018のプレゼンテーション。一般参加枠で参加させていただきました。イベント会場内に入るファッサードからこのように関係車両が展示されていると、レース会場にいる雰囲気が漂い、これから行われることへの期待に気持ちも次第に盛り上がりを見せる。開始時間の都合で、ちょっと遅れて会場入り。はやく落ち着いて発表を聞きたい気分。一般枠で参加した方には、TOJのプレスリリースとともに、文化センターのグッズやエネルギードリンク、リフレクター、ルコックスポルティフのALLEZ! T-シャツなどのお土産付き。 自転車に、つけるリフレクターがほしかったので、得した気分。受付をすますと、突如、アート脳が発動してしまいました。「Re 又造」のチラシが目に飛び込んできました。そう、この会場で4月11日から開かれます。 昨年のサイクルモードの時には、熊谷守一のあの猫のポスターが目につきましたが、今回は加山又造です。「Re又造 又造が未来に夢見たアート展 恵比寿でなりたい自分をみつける」最近、好きなことをかけ合わせながら、新しいことを学び吸収していくこと、過去にあった情報をアップデートしていくことの大切さに気付いてきたところ。課題は、大きく、多いけれど、ローマは一日にならず。楽しみながら一歩ずつ。この展示会は、きっと私にとって何かの導きになるのではと感じます。ところで本題。丁度 席に着くとTNTさんがツアー・オブ・ジャパンに合わせて行う「回る学校」の説明中。メインスポンサーであるベアリングメーカのTNTさんによる子供向けの教育事業を各ステージごとにブースを設けて行います。今日も、ちょっと実演コーナーが設けられていてベアリングを組み立ててどういう動きをするのか、実際に組み立ててみるといった体験学習が行われていました。子供だけではなく、大人の私も、ものがどうやって動いているのか、受け軸ってなに?どう使うの?、どこに使われているのなど興味がわきます。TOJは、各ステージごとにホームチームが割り振られているという独自性をもった運営がなされていますが、堺は、シマノのおひざ元で不動のポジション。周回する場所が変更になり公園を一周する感じに。公園内の堺市立博物館の映像展示を見た方の話ですと、非常によくできていてスケール感があってよかったという事でしたので、ぜひ見てみたいと思います。ところで例の工場火災の件は、人命には影響がなかったことが確認されているそうです。また、富士山ステージ&伊豆ステージは、静岡県・三島に拠点を移したTeam Bridgestone Cyclingがホームチームになるそうです。ところで、富士山ステージは、使用道路の変更が予定されており、改めて発表されることになるそうです。今年はプジョルはどの様活躍するのかなんて話題で盛り上がっていました。出場選手については、バーレーンは、ジロにでないニバリが来たらいいなぁなんて話題を持ちだしたりと、運営サイドも日本のファンが楽しめるよう鋭意努力中のようです。 ニバリのサンレモには驚きましたが、ジロにでないニバリはぜひ富士山走って欲しいものです。シチリアコンビが来たらうれしいなぁ。💖 まぁ、それはないでしょうけどね。第二部は、久保木選手と小野寺玲選手のトークショー。今晩のテーマは、世界で戦っていくことについてのお話し。窪木選手は、リオオリンピック代表を経験し、自転車競技は、従来から世界選手権を重んじてきたけれど、オリンピックは、戦う人達に気迫がある。それが表情、気持ちの持ち方が他とは格段違うと語る。そこには、オリンピックの持つ独自性、緊張感が途方もなくほかのレースとは違っているのが特徴なのだと振り返る。一方、若手の伸び盛り、お茶目でサービス精神がある小野寺玲選手は、アジア選手権のチームタイムで日本勢は優勝、金メダルを獲得し、ことし幸先のよいシーズンを送ってきている。経験豊かなワールドツアーで戦う2人、フミとユキヤくんともに代表入りして走れて賞が取れたことが、ことのほかうれしかったようだ。そんな小野寺選手、世界を意識したのは高校3年生の時に参加したカナダで開かれたジュニアのレースであり、以降、世界各国の選手と触れ合う中で、自転車だけではなく、自転車しながらなにかほかのことに従事していたり、働いていたりしながら、楽しみながら二足のわらじをする人達の在り方をみて、いろんな人がいるんだなという思いと、物事を楽しんでやること、楽しいと感じることの大切さ、楽しさを忘れてはいけないと思ったという。同じ質問を窪木選手にぶつけてみると、そこは小野寺選手よりも6歳上ということで、世界にでてみると色いろんな選手にもまれ、自分の存在が小さく感じる、だけど、まだまだ先の目標はあるのだと自分の中でかみしめるように語っていたのが印象的であった。ことしTOJを走ることについての質問にたいしては、久保木選手は、チームの方針もあるかと思うが、ステージを取りたいというのとポイント賞などのリーダージャージを記念に持ち帰りたいという抱負を語っていた。小野寺選手は、アシストに回る可能性が大きいだろうということで、逃げて気が付いたら「勝っちゃった~」ができればうれしいなぁと楽しそうに語る。お得意というべきなのか トレードマークの小野寺ポーズを決めたいなんて語っちゃうのである。チーム内競争があるけれど、いい意味での緊張感があって、口では簡単に言っているけど、軽やかに周囲との切磋琢磨している状況すら楽しみ変えてしまう、そのパワーは見事なものです。世界に挑戦する二人の選手が口にすることばは、その態度や心構えなど、窪木選手の「自分はちっぽけなもの。でも、まだまだ先はあるんだ」と自分に語り掛けることや、「楽しんでやることで分かることがある。楽しむことを忘れちゃいけない。」とかたる小野寺選手。何気なくちょっとしたことが、普段の私たちの人生の中でも参考になる意味合いが込められている様に感じます。小野寺選手このまますくすく育ってほしいなぁ。戦隊ものの俳優さんみたいですね。ロードレースの杉浦太陽君に是非なってほしい。明るい選手は、大好きです。ベアリングメーカーであるNTNさんの顔はめは、クマちっく。クマちっくじゃなくて、マスコット、本当にクマになってます。ぬい撮りによさげなクマ。会場いったらそく買いしちゃうよ。おうちに連れ帰っちゃうよ。TOJグッズも、女性が喜びそうな少々フレンチテーストが入った作りでかわいいです。ブリッツェンの選手もルコックのTシャツお披露目の為に宇都宮からそろってやってきて登壇。みんなでそろって戦隊もののポーズとってました。おとこのこだなぁ。右が窪木選手、左側が小野寺選手。お約束の2ショット写真も、いぇ~い窪木選手ともぱちり。後ろの車は、工学院大学が作成したもの、伊豆ステージでのイベントアトラクションとして実走させるそうです。 見てみたいね。

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  • 26Mar
    • 人と出会い、想いをつむぐ

      日本で唯一県外在住の町議会議員の女性に会ってきました。福島県浪江町議会議員 石井悠子さん。親戚がいるせいかこの町の行く末は、とても気になります。農道の砂利道を自転車で走った、あの夏の日の東北の農村への想いでは、いわば、私の中の勝手にストラデ・ビアンケ体験。ノスタルジーと言われてしまうかもしれないけれど、こうした幼少期に体験した楽しい記憶が、好きの源にあるように思えます。そう、歴史も美術もすべて、こうした体験に帰っていく。話を石井さんの話に戻すが、この村が抱えている問題を、一旦、特例法で住民票を浪江町に残し、他県に移住している人たちの抱えている視点から、町の運営、住民の抱えている問題を拾って歩いていると言う。話を聞いていて、パワーを感じる。聞いているこちら側、聞いているうちに自分の中のあったある種の吹っ切れなかったあることを、どう考えればよいのかのヒントをもらえてあることに気づく。あの町がどうなるのか、彼女の活動とまたどこかで互いの糸を繋いでいけたら良いなぁとも思う。とりあえず、いまの私は、自分の中に、風を先ず入れる。リラックスしてやれる事やればいい。人に会うこと、人と人を結びつけること。人だけじゃなくて、モノや情報かもしれなくて、その都度、その媒体、表現が異なる。なんかすべてがフリースタイル。自分を規定しないところからがスタート。規定しなければ、すべてが可能だから。自転車レース見ることも、自転車に乗ることも、文化芸術、歴史に触れることさえもシンプルに好きな事を身近において楽しみたいということに尽きる。明日、母が退院して家に戻ってきます。少しは、落ち着いたペースで進んで行きたいものです。

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  • 24Mar
    • 東京で四国一周

      3月23日 「サイクリングアイランド四国!旅の魅力」に参加してきました。四国各県の特産品をフィーチャーした美味しいものを頂きながら、各県、そして四国一周の自転車旅の魅力についてお話を伺いました。OVEの杉山さんがつくったお弁当。 陰陽五行、五色の栄養素をバランスよく、やさしいお味で多くもなく少なくもなくヘルシーなお弁当。この日提供されたのは、・高知県「ゆのす」を使った野菜と生姜の押し寿司・高知県こぶ高菜と文旦、愛媛県五色ソーメンのジュレ・徳島県すだち鰤と紫水菜のマリネード・徳島県阿波尾鶏ソテー・香川県フルーツトマトとオリーブの実のピンチョス・徳島県 苺・愛媛県 八朔・香川県オリーブ茶と高知県ジンジャースパイス瀬戸内美術館ネットワークの美術館巡りやアートフェスティバルに行ってみたいと常々考えている私の心をつかんだのは、これ「道後オンセナート2018」。三沢厚彦さんのアニマルズや、大巻伸嗣、蜷川実花さん、田中泯さんらアーティストの作品、パフォーマンスに出会えると知って、俄然、興味がわきました。道後温泉は、今秋には本館が補修工事に入ってしまうため、その前に行くのがチャンス。飛鳥様式の建築の温泉施設もできたそうで、温泉の朝風呂が大好きな私は、一挙にいつ行こうのモードに入っています。各県のサイクリングの魅力の話を聞いたあとは、四国一周のはなし。松山から時計回りに、標準で11日間かけて巡ることを想定している。一般の方の場合、最短で6日で走破は可能。八十八か所巡りは、更に走行距離が延びることになるそうです。四国一周のチャレンジ登録すると、サイクルジャージとチャレンジパスがもらえ、完走するとバッジが貰えます。チャレンジ登録は、下記のサイトからできます。四国一周サイクリングの公式サイト Let’s go around SHIKOKU!88か所の巡礼路の「おせったい」文化が基盤にあるのを改めて感じます。この日の説明は、ここで終了。二次会では、愛媛県からの差し入れでじゃこ天と石鎚で乾杯。グリーンラベルは、ANAのビジネスクラス以上で頂くことができます。よいお酒は後に残りません。3月24日は、【4つの国を巡る散走】。四国各県の県庁、東京事務所から自転車推進担当者、観光担当者などを交えて、各県に因む場所をめぐる。OVEを出てまず向かったのは、根津美術館方向に向かい、青山学院大学のアイビーホール横を抜けて、246を渡り、こどもの城の岡本太郎の彫像を見ながら青山の路地裏を巡ります。この日の四国に因む場所の一番にエントリーされたのは、伊予西条藩松平家上屋敷跡にある青山学院大学。愛媛県からのスタートになりました。青山の路地裏探索から国立競技場を抜け絵画館前で小休止。最前列は、私を除いてみなさん四国4県の職員の方々、この日は、要所要所でご出身の県の事について教えて頂きました。絵画館前から、東宮御所~迎賓館~四谷~市ヶ谷と外堀に沿って桜を眺めながら走ります。市ヶ谷、外堀の桜。公園で遊んでいた小学生の少年から「サイクリングだー」と叫ばれ、速攻で「楽しいよぉ!」と返してあげました。市ヶ谷から外堀沿いを走り、法政大学、日本医科歯科大学前を通り過ぎエドモントホテルのある再開発エリアへ。この地図にある通り、外堀をはさんで両側が讃岐高松藩上屋敷跡であったことがわかる。ここから、水道橋を抜けル・コルビュジエの元で学んだ吉坂隆正が設計したアテネフランセのある高台を左手に見上げながら駿河台下の方に進むとほどなくして、東京音楽大学発祥の地の碑が見える。その先に人だかりのする石碑を発見。千代田区立お茶の水小学校の脇には、にゃんと夏目漱石の「吾輩は猫である」の碑がある。この小学校は、夏目漱石が在籍していた小学校だそうです。以前、埼玉近代美術館のボランティアガイドさんと会話が弾んで大人になってから読む「吾輩は猫である」は、また子供の頃の読後感とは違った感想を抱くからよいですよと勧められた。また、本箱から出して紐解いてみようかと思う。お昼は、駿河台にある土桜(におう)。趣きのある入り口、この季節にぴったりの店名。扉を開けると仁王像がウエルカムしてくれます。桜づくしの書。走っている時に話題にあがった桜の種類、少しばかり答えを教えて貰った気分になりました。お食事の方は、前菜が、ローストビーフが乗ったサラダ。メインは、アンガス牛のシャリアピンステーキ。玉ねぎは、徳島県産のもの。デザートは、クリームビュルレのアイスクリーム添え。そして、ドリンク。シャリアピンのソースは、日本に来た馬術競技の選手の要望に応えて日本で生まれたソースだというのを始めて知りました。食後は、駿河台から神田、大手町方面を抜けて東京駅前へ。丸の内の三菱村を抜けます。右手にジョサイア・コンドル設計の三菱一号館美術館を横目にラファエル・ヴィニオリ設計の国際フォーラムへ。三菱財閥の創業者 岩崎 弥太郎は、土佐藩安芸郡出身。斜め向かいの国際フォーラムも土佐藩上屋敷跡にあるそうです。皇居二重橋方向に向かい、日比谷公園へ。心字池のあたりは、長州藩の上屋敷があったとこだそうです。今年は明治維新から150年の周年にあたり日本全国で関連行事が日比谷公園から霞が関をぬけ溜池山王、ミッドタウン、新国立美術館の横を通って青山墓地の桜を見ながら駆け上がります。22キロほどの全行程を走り切り、OVEに無事全員帰還。うっすら汗ばむいい天気、ゴールした私たちを待っていたのは、23日のイベントに参加された愛媛出身の方が差し入れてくれた「うめサイダー」。ビタミンC、クエン酸と絶妙な栄養補給に感激しました。サイダーをいただきながら、各県からの参加者へのお土産の説明ありました。徳島からは、藍染めのタオル。香川県は、生讃岐うどん。高知は手ぬぐい。愛媛は、MICAN&DARK MICANのついたハイチュウやシールなどのグッズ類。この日の夜は、さっそく讃岐うどんをいただきました。香川のアンテナショップでも購入できるそうなので、リピート買いしそうです。この土日の2日間 どっぷり東京で四国できました。夢はしまなみ海道という人も多いけど、まずは、しまなみ海道。そして、その先の四国一周へ。 新緑の頃、瀬戸内の美しい景色と、食べ物、平山郁夫先生の美術館に道後温泉を堪能しにいかないとちょっと心がはやり、この後、新しい靴を買いにいきました。4月の散走、桜やJAZZの散走も楽しそうです。

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  • 17Mar
    • 今日のお昼は、女性が握る本格寿司。#なでしこ寿司 に来ました。#セルバンテス文化センタ...

      今日のお昼は、女性が握る本格寿司🍣。 #なでしこ寿司 に来ました。 #セルバンテス文化センター で開かれた #国際女性デー でのチャーミングなプレゼンが一生懸命で印象に残りました。キュートでガッツのある彼女のお店ではお寿司、気張らずにいただけます。海外からのお客様が多く、野菜寿司があったりとメニューにも、配慮が感じられます。 対面接客を大切にしているところも楽しかったです。元気貰える寿司さん。 今度は、#日本酒 呑みに行くね。 Reiko Kawasumiさん(@reiko_kawasumi)がシェアした投稿 - Mar 17, 2018 at 2:18am PDT

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  • 11Mar
    • 静嘉堂文庫周辺散策とロバートキャンベル先生の講演会

      今週末は、レクチャーウィーク。楽しむことと学ぶことをバランスよく。土曜日は、静嘉堂文庫でロバート キャンベル先生の話を伺ってきました。浮世絵師のコラボレーション空間について。講演会は、13時30分からでしたが、整理券配布の開館時をちょっとすぎた頃到着。晴れていれば綺麗に富士山が見えるであろう大きな窓もこの日は曇り。講義の時間まで時間があるのでお庭を散策。紅梅、白梅、水仙の香りが芳しく、力強くも天然の芳香に暫し酔ってしまいます。入り口近くのテーブルにあった飲食店の紹介マップ。住宅地なので食べる所を探すのはちょっと大変なので、これは助かります。今回は、のうきょうカフェ ベジテーブルさんへ。バス通り沿い農協の販売所の二階にカフェがあります。世田谷産の野菜を中心にJAネットワークによる農産品がいっぱい。買い物したくなりますが、重くなるので控えました。ランチメニューは、ヘルシーな感じ。店内に入ってびっくりしました。なんとフィットネス機器が設置されています。ジム併設型のカフェです。そして、食事ができるあいだに相談できると言うことで、やってみました。体幹を鍛える時簡単にできるエクササイズと気をつけるポイントを教えてもらいました。膝がつま先より出ないようにするには、チンパンジーの姿勢のように鳩胸のように前に出す様にする。姿勢よくして歩くと疲れ方も違います。有料のパーソナルトレーニングも10分刻みで組み立てられるとのこと。そうこうしていると、ランチが配ぜんされていました。お魚のランチは、このプレートにパンとドリンクが付きます。食べ過ぎずフレッシュなお野菜いただけました。栄養学にも詳しいシェフが料理を担当。有料で食事に関する栄養指導も受けらます。カフェからの戻りは、この子と一緒に。笑先輩ネコが、案内してくれました。岡本静嘉堂緑地の左手の階段から静嘉堂文庫の裏門にアクセスします。階段を登っていくと裏門到着。静嘉堂文庫のお庭横なので、表門の坂より短い距離で敷地にアプローチできます。さて、講演会でのお話です。キャンベル先生は、東京大学文学部で国文学について学ばれ、同じ時期に別な学科に河野館長が在籍していたそうです。同窓生。国文学を修めた者は、書物や書画に書かれた事や書かれた背景といった社会的文化的背景全般に興味を持つ者で、書に添えられた画、側にある画にも自然に興味を抱いていったという。私も学生時代、国文学を修めたのでこうした考え、歴史的見地を踏まえつつ物事を捉える考えかたには思わず首を縦に振ってしまいます。ところで、最近の文藝作家、アーチストやインスタレーション、ビデオアートをやる人たちは文壇画壇がないから、1人で黙々と制作活動を行なっている事が多いと言います。一方で、美術館がない時代、江戸後期から末期にかけての浮世絵師は他業種の人々、生活のやりとりをする周りの人を巻き込んで作品を作り上げて行ったということで、「書画会」なる制作現場と鑑賞場所があったという話を聞いてきました。人情本などの版元が多様な芸術家を料亭に呼んで、鑑賞者を宴席に呼んで、作品を鑑賞したり、ライブパフォーマンスさながらその場で「席題」なる作品の制作を披露するイベント鑑賞会を開いていたといいます。公共の場所で庶民が画を楽しむ場所の一つは、お寺さん。北斎は、護国寺に120畳大のだるま画を描くのに、これを利用して描き大好評。名古屋の西本願寺でも、同様にだるま画を描いて好評を博す。また、絵師と戯作者が2人でコラボして作品を制作して鑑賞者やコレクターに頒布したという。今回の展覧会でも紹介されている「双筆五十三次」は、こうした社会共同体のコラボレーションによる作りのもので、「当時高名会席尽」のシリーズは、実際に書画会が行われた場所を描いているんだそう。赤坂泉は、今の溜池。この画に描かれた提灯には版元の名前と「極」の押印があって、実際に書画会が開催されたことがわかっています。溜池には、私の職場もあり馴染みのある場所なのですが、江戸の時代から、この土地で、みんなでガヤガヤと制作活動、とても楽しそうなことやっているんですね。

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  • 04Mar
    • #東京シティバレエ団 #藤田嗣治 舞台美術 の#白鳥の湖 みてきました。#都響 による...

      #東京シティバレエ団 #藤田嗣治 舞台美術 の#白鳥の湖 みてきました。 #都響 によるフルオーケストラ。何度か白鳥は観ていましたが、生演奏、全幕上演の白鳥の湖は初めてでした。 生演奏でのバレエやっぱりいい。 コールドバレエの一体感がおススメどうり素晴らしかった! 藤田のデッサンだけと実際のステージになった時の背景、大道具、小道具と比べてみると面白かったです。 また観たい! Reiko Kawasumiさん(@reiko_kawasumi)がシェアした投稿 - Mar 4, 2018 at 4:10am PST

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  • 03Mar
    • 今日は、お雛様ライドしてきました。

      今日は、お雛様ライドしてきました。 スタートは、#新宿御苑 の雛寿司ランチ。梅の花の甘い香りが漂いいい気持ち。ヒガンザクラをみながら #リラックマ とランチ。 ランチの後は、六本木 #fujifilmsquer 写真歴史博物館 で日本の民俗学、伝統芸能などの写真を撮られたカメラマン #芳賀日出夫 さんのトークショウ聞いてきました。 田舎は素晴らしいものがありますって言葉にじーんときちゃいました。 トークショウの後は、日本橋の三井記念美術館に、やんごとなき人びとのお雛様を見に行きました。お雛様も素晴らしいですが、能楽の面や装束が素晴らしいものがあり、海外からの来賓に自邸にある能楽の舞台で見せたり、展示を行ったという写真資料には驚きました。 日本橋から再び自転車で近美のモリーの猫に会いにいってきました。守一になった頃のモリーの画って、イキイキして見ていて元気もらえるね。 ネコのスケッチ越しにみるネコも、ムフっで表情しててみてるこちらもムフしたくなる。 ムフふふは伝染してしあわせな気分にしてくれるのね。 オーディオガイド、山崎努、樹木希林のナレーション、坂本龍一の音楽いいですね。 これは映画見たくなりますわ。 Reiko Kawasumiさん(@reiko_kawasumi)がシェアした投稿 - Mar 3, 2018 at 6:10am PST

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  • 26Feb
    • 川端龍子 天井画を描く

      70名の定員の所に200人以上の受講希望者。定員の2倍以上の希望者に申し訳ないということで、追加講座決定。川端龍子/天井画制作への情熱と題した講演会に参加してきました。龍子が院展脱退後、第二次世界大戦をはさみ自ら提唱した「会場藝術」をどのように展開していったのか。どんな思いで絵を描いてきたのか、そして戦後、どのように天井画に挑み、戦後の会場藝術はどのように実現していったのか、画家の思いのありどころ、ありかたについての話を伺ってきました。☆戦前の会場藝術 展覧会と時代と大衆と龍子は、本来欧州に向かう途中のアメリカ・ボストンで2つの絵画に出会った。そのことで欧州には向かわずに日本画に転向する。日本画に転向した龍子は、いたく大観にかわいがられた。事ある毎に、龍子くーん キミきみ。そんな自分を嫌ったのか「鶏に孵された家鴨の子であります」といった言葉を残し、1929年に青龍社を立ち上げる。そして、その指針「会場藝術の主張」を発表。この当時、展覧会を取り巻く状況は、この発表の言葉に集約される「近年どの展覧会でも入場者の減少は事実です。(中略)今日までの会場藝術の発達が時代に即していないことあるいは時代に先行してゐない --- の理由に依ることと考えられる処です。」と激し「画業-展覧会-時代-観衆」の関係強化を訴えたところから始まります。このとき発表したのは<火生>。日本武尊を書いたはずだが、気分がのりのり、自分の好きな赤ぬっちゃえ~で、出来上がったのが不動明王と見間違うほどの姿になった日本武尊。この「会場藝術」なる概念を表現した大画面の画がそんなものだったから世間は、「目立つことを狙ってのことだろ」といささかさめた反応。真の狙いは、大画面に描くだけが「会場藝術ではなく、時代と観衆と結びつくことが制作の目的」であった。新しく起こる流潮というものは、いついかなる時も批判をともなう。理解が得られないのが世の常。でも、龍子さんはめげません。 もともとメディアリテラシーが高く、青龍社を立ち上げたときに「繊細巧緻なる藝術に対する健剛なる藝術」とぶち上げて、すでに院展の対抗団体であると認識させるだけのアピール力をもって邁進します。戦時中、戦争画も描くことになりますが、海の生き物たちもびっくりだ~といった<龍巻>や不動明王様が波を断ち切る<波切不動>どことなく風刺、ウィットにとんだ作品や人の命を弔うかのような<花摘雲>など慈悲にあふれた作品を描き、1945年8月13日に自宅の爆撃を受けます。そして、1945年10月、どこの美術団体より先んじて美術展を開催。<臥龍><爆弾散華><牡丹獅子>の大作をわずか2カ月で制作する。<臥龍>は、元は特攻隊をテーマに描くはずであったが終戦を機に「龍の図」に変更。この<臥龍>は、日本の復興を願い「雌伏何年という気持ちで描いたものです。」「龍を自発的に描いたのは、この一点だけです。」(三宅正太郎「龍子と龍」『真珠』第18号、1964年)と振り返る渾身の作であることがわかる。この時まで、龍子は天井画をいまだ描いておらず、折しも、爆撃により天井画が焼失した寺が多かったこともあり、この<臥龍>をきっかけに、一連の天井画制作が展開されていくことになった。☆龍子の描いた天井画龍子は、仏寺における宗教絵画と庶民との接触も会場藝術である、会場藝術を描くことで戦後復興に協力することであると考え、意欲的に取り組んでいくことになる。天井画ファイル1 目黒不動 <波濤龍頭> 1949年  龍子が初めて描いた天井画  境内にある「独鈷の瀧」に着想を得て溢れるばかりの水流と龍を画面に表した。  龍は緑色、やや西洋のドラゴンといった風貌をもった龍のようであったと思われる。玉は、青色でえがかれていた。天井画ファイル2福地山 修禅寺 <玉取龍> 1952年  宝物殿の天井画で妙心寺の狩野探幽の龍を彷彿させる作品。目がぱっちり。稲妻の表現が躍動的で特徴的。  スケッチ旅行で訪れた修善寺を第二の故郷のように思い、観光協会の顧問も務めていた。 新井旅館、菊や旅館は龍子が描いた屋号が宿に残っている。新井旅館にいた鯉が気に入り足しげく通うことになった。 修禅寺の裏の丘にのぼると龍子山をおまつりしたお墓がある。天井画ファイル3金龍山 浅草寺 <龍之図> 1956年 前2作を見て評価して発注があった天井画。 筆を執ってから置くま1カ月と一気呵成に書き上げた。 浅草寺は天井までの高さが5メートル以上あり、空間が広いため、その広さに負けない絵を描くのにインパクトを与える表現を試みた。 縦6m×横5m、麻紙を通常の4倍の厚みをもって漉かせ、緑の龍に赤のコバルトといった補色を配し、雲の間から顔を覗かせる構図。胴体を描かなかったことから有史以来最大の龍ではないかと言われている。 天井に上がったときに、「上がってしまうとなんとちいさな画だろう」と述懐したそうだ。天井画ファイル4龍子山 養元寺 <飛天散華の図> 1956年 この年2枚目の天井画の制作となる、そのため龍ではなく飛天が舞う画となった。 ご住職が熱烈な龍子のファン。お寺の山号を「長生山」から「龍子山」と変えてしまうくらい好き 天井画だけではなく、釣り鐘、東西の余間を飾る画も龍子に依頼。ただし、新たに描き切れなく申し訳なくおもって、すでに描いていた<仏誕>を贈ったというエピソードがある。 天井画には、住職と龍子をつなげた洋画家の服部亮英の冥福を祈って服部の好きであった牡丹の花が付け加えられた。天井画ファイル5日蓮宗大本山 池上本門寺 <龍> 1966年 祖師堂の再建に合わせて依頼。 右上に胴体、下方に爪を描く予定だったが未完の作となった。 亡き後、有志が尽力し、奥村土牛が監修して、住職が目入れをして「未完これ完成した龍」として同寺に奉納された。 娘さんが「喜雨到る 龍のかんばせ 父に似て」との歌を残し、龍を描くことで本人も龍になったといわれた。☆戦後の会場藝術 大衆の文化福祉のために天井画の制作を通じて戦後実現した「会場藝術」のありかたは、この理念を提唱した当初から建築と美術との関係を強調しており、それが人の集まる場所の一つである寺堂と結びついた。そうすることで、「大衆の文化的享受に協力し、また奉仕」する場が展覧会から社会の中で役割を果たすことに移行して実現することになった。ところで、川端龍子がなぜ天井画、大画面に挑むようになったのかは、若かりし頃の渡米時の経験に起因する。1913年の1月から6月までボストンに滞在した。そこで、龍子はボストン美術館で印象派や後期印象派の作品をみたのだが「案外退屈だな」と思った。こんなんだったら「欧州にわたってもかいがない」と感じ、さらに、ボストン美術館東洋画展示室の「平治合戦絵巻」に感銘を受けた。そして、ボストン公共図書館でみたシャヴァンヌの大壁画”The Muses of Inspiration(感性のミューズ) 1895年との出会う。 なによりも「絵を見るために、だれでも入れる、だれでも見れる」環境に感銘を受けた。大きすぎると非難を浴びながらも会場を超えて、公共の芸術へと向かっていく、大衆の画家であろうとした龍子のパッションは、多くの人と等しく絵画を、芸術を皆と共有したいというサービス精神の表れ、藝術に対する愛情に根差しているように感じます。龍子の天井画についてお話を伺うと、一つ一つ見に行きたいという気持ちに火が付きます。特に、修善寺に龍子の足跡を訪ねてみるのも面白いのではと感じられました。五月のツアー・オブ・ジャパン。東京オリンピックの自転車トラック競技を見るついでに訪ねてみるのも良さそうです。昨年末に蒲田駅に掲げられた展覧会の告知広告は、ある意味、いまどき天井画。龍子さんもこれをみたら、クマを抱えて笑ってみているかもしれませんね。

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  • 24Feb
    • 藤田嗣治の白鳥の湖

      先日、世田谷美術館 パリジェンヌ展の舞踏史研究家芳賀直子さんの講演会を聴講しました。バレエを見に行くのは好きだけど、強い思い入れがないので、講演会終了後に、藤田嗣治の舞台美術の再演、どの組みを観たらよいか選び方のアドバイスを貰いました。3月3日、4日、6日に開催される東京シティ・バレエ団の「白鳥の湖」。この美術が再現に至った経緯は、このリンク先の記事に詳しくあります。フジタの白鳥についてスターを観たければ、来日招聘組みの3日、6日。美術を観たいのであれば、どちらでも都合のつくステージ。一体感のある演技を堪能したいなら東京シティバレエ団が演じる4日。と言うことで、4日のチケットを買いました。いまから公演が楽しみです。

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  • 21Feb
    • 花屋さんのカフェランチ

      繁忙期、オフィスでキリキリ、ピリピリ綱渡り状態の人が多いこの季節、昼の女子だけランチは花と紅茶の甘い香りに癒される。 花は、#ランキュラス。 花言葉は、晴れやかな魅力。名声 本日の紅茶は、ブルターニュのキャラメルティー。 #aoyamaflowermarketティーハウス Reiko Kawasumiさん(@reiko_kawasumi)がシェアした投稿 - Feb 21, 2018 at 5:28am PST

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    • 付録が欲しくて、バイクラ買ったー

      今日は、会社帰りに #紀伊国屋書店 で #Bicycleclub 4月号買って、#チクリッシモ 予約してきた。#サイスポ も体鍛える系の特集だったから そのあとスポーツクラブへ。 腰周りの張りをほぐして、腹筋鍛えなきゃ! Reiko Kawasumiさん(@reiko_kawasumi)がシェアした投稿 - Feb 20, 2018 at 7:08am PST

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  • 17Feb
    • さいたまサイクルエキスポ2018行ってきた

      さいたまスーパーアリーナで行われている「さいたまサイクルエキスポ」に行ってきました。自転車の試乗もできて、パーツやアクセサリー類、ウェアの人気ブランドが出店していて掘り出し物が見つかったり、欲しかったものが廉価で放出されていたり、自転車旅に関する観光情報を得られたりと言う事で、昨年に引き続きやってきました。先ずは、上尾に本社を構えるブリジストンサイクルのブース。クマ🐻好きなわたしには外せないコーナー。子供を乗せるタイプの電動自転車。SNS投稿するとニベアなどいただけます。飯島誠さんとツーショット。そして、バルセロナオリンピックのロードレースを完走した藤田晃三さん。テレビ観戦も含めて見てきた中で、好きなレースの一つ。カサルテッリの大逃げがきまり、最後はベッティー二とエリック・デッケルが追いかけるが追えども追いきれないと言うレースだったのだけど、実際に走った感想を聞いてみると、「特段、難しいコースではなくて、ミロ美術館近くの登りよりもう一つモンジュイックにあった登りが厄介だったけど、難しいコースではなかった。今のレースの方が難しいですよ」とのお返事。ブースイベントが始まる前だったので、ここで失礼しました。もう少し話を聞きたかった気もします。ソウルオリンピック大会に参加した鈴木光広選手の実戦バイク。会場内では、色々、サンプルやグッズがいただけます。さいたまは、この4月から自転車に乗る方全てに保険が義務付けられるという告知のステージイベント。そこではLove bicycle saitamaのサコッシュプレゼント。なんでも、県外から埼玉県に自転車に乗ってきた人にも適用されるのだとか、ここに来てはじめて知りました。会場内では、スタンプラリーが行われスタンプが各所に設置。日本競輪選手会 埼玉支部 のコーナーでは計測が行われていました。高瀬選手 「普段乗っているのとは違うから調子出ない」とコメント。勝つために、自分仕様に調整された機材で戦っていれからこのコメントも納得。鍛えた筋肉もスゴイ!スタンプラリー終了してTAKIZAWAさんでアンダーウェア見ていたら、偶然、ロードレース観戦仲間とバッタリ。80年代からロードレースにはまったもの同士ではありますが、私はメカやグッズに疎いので、アマチュアで走っていた経験のある友人のアドバイスは貴重。持つべきものは友達だね。To the Harbにランチに行くことに、案内されたテーブルは、なんとバルベルデが来日して、ここにきた時に座った席。しばし、ミーハーごころ発動してしまいました。再度会場に戻ってサイクルスポーツの4月号を早めにゲット。自転車の歴史の特集、楽しみにしていたから嬉しい。メンテナンス無精な私にもピッタリなムックも買ってしまいました。図鑑好きなので本としては、去年の11月に出た"クマ"さん監修の方が好み💖なんだけどね。そんなこというん、だったら、ちゃんと自分でやれと言われそう。結局、あれこれ足りないもの欲しかったもの買い込んでしまいました。大事な頭を守るヘルメット、新調したいなぁ。

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  • 16Feb
    • 東京駅ステーションギャラリー 番外編

      本日、金曜日のナイト講座は東京ステーションギャラリーへ。東京駅で建築講座の第一弾、「美術館と建築展の新しい関係」について、レクチャラーは保坂健二郎さん。美術館で建築を扱う事って、専門の学会があるから、結構、キュレーターの企画力がいるんだよという話がありました。美術館で行う建築展は、生活空間をどのように作っているのか、空間をどのように体験するのかという事に主眼を置いて、そのデザインをいかに見せることにある。特にそれを主導したのが数々のMOMAの建築展であり、モダンを生活に取り入れることを積極的に推奨し促進する役割をしたという話が印象的でした。このトークショーのほかに、もう一つステーションギャラリーを訪ねる目的がありました。先日、この美術館で開かれていた「鉄道絵画初→ピカソ行 コレクションのドア、ひらきます」展で出品されていたとある作品について学芸員に確かめたいことがあったからです。先の展覧会で、福田一郎作による「天地創造」(原画)が展示されていました。 この画は、東京駅に飾られていたステンドグラスの原画にあたります。なんでも元々この原画は、すでに縦長でキャンバスを用いて描いた画の上から、こんどは横に傾けて上書きする形で新たに作画したものだったそうです。東京駅構内で、このステンドグラスがみられると解説に書かれていたので探して見に行ったところありました。京葉線のホームに向かうベイロードと呼ばれる通路を京葉線プラットフォームに向かう途中エスカレータを降りたところ右手にあります。学芸員さんに確認したところ、このステンドグラスはレプリカではなく、数年前まで丸の内中央口の横須賀線へ降りる階段口上部壁面にあったもので、広告の看板を設置するために、この場所に移設されたものだといいます。つい足早に移動していると、側面にあるため気が付きにくい。実は、展覧会の解説パネルには、京葉地下八重洲口改札の近くに設置されている旨の説明があったのですが、この「京葉地下八重洲口改札」が、どこにあるのかわかりにくい。そこで、ちょっと探してみることにしました。ほんの数10メートルほど京葉線のプラットホームに降りる階段の方に歩を進め、そのエスカレーターを通り過ぎた左手に小さな改札目に飛び込んできます。しかも、その改札の背後には、スチールで作られたショーケースに収められた巨大なレリーフがあるのです。これは、「R.T.Oレリーフ」という戦後間もないころ進駐軍の鉄道司令部「R.T.O」の待合室が東京駅構内にあり、そこに施された石膏レリーフ。「進駐軍の目を驚かす意匠を施せないだろうか」という当時の運輸省の人の声から作られたもの。日本の各地の名所の風景がレリーフとなっています。完成当時は、このような形で壁を装飾していた。いまは、ケースの中にあり所々鉄枠でレリーフがよく見れないのが惜しまれる。そして、巨大な日本地図のレリーフ。近寄ってみると、日本の名所旧跡地の地名とその風景を象徴する意匠が施されている。富士山、横浜、日光、佐渡、京都、宮島、岩国、阿蘇、函館・・・今も昔も、外国人にとっても日本人にもとっても美しき日本を代表するところは大きく変わっていないのだと気づかされる。まだ見ぬ日本へ、そしてまだ見ぬ世界へ そしてまだ知らぬ世界へ訪ねて行ってみたい。

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