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フラヌールの視界から、さまざまな事象に遊ぶ

では、翻訳比較を試みてみたいのだけど、今回は、敢えて一つの単語に拘ってみたい!チョキ

 

 

 ポーがこの作品の最初の方で、繰り返し使った単語キラキラ「odd」である。

この「odd」は、四ヶ所ほど出てきて、一度は<” ”>(クオテーションで括られている)、一度はイタリック体で書かれているのだ。当然ながら、この単語に殊の外重要な意味を込めたというのが印象なのだ。口笛

 

 

 では、多くの訳者の生年順に並べてみよう。

 

      訳 者(生没年)   「訳語」

 

  デニム中野好夫(1903-1985)  「妙な」

 

  デニム小川和夫(1909-1994)  「変な」

 

  デニム松村達雄(1911-1990)  「一風変わった」

 

  デニム丸谷才一(1925-2012)  「変な」

 

  デニム冨士川義之(1938-  )    「妙な(こと)」

 

  デニム巽孝之(1955-  )              「珍妙」

 

  デニム小川高義(1956-  )          「奇妙」

 

  デニム河合祥一郎(1960-  )      「妙ちくりん」

 

 

 

ここに挙げた8名の訳を較べてみると、それほど大きな違いはなさそうだ。

 

敢て言えば、河合祥一郎の訳語「妙ちくりん」というのが目を惹く。

日常的に「妙ちくりん」という言葉は今やあまり使わないように思うけど、ポーがカッコ書きした魂胆?を勘ぐってみれば、まあ妥当かもしれないけど、何だか少し浮いた感があるなあ。うーん

 

 

警視総監の性格にも言及しているので、変な性格とか妙な性格ではピンとこないので、ここは「一風変わった」(松村達雄訳)という訳語が相応しいかと思う(何気ない一つの単語も選ぶ人のセンスが出ているから面白い)。グラサン

 

 

 

 

   <エドガー・アラン・ポーを読む・・・!>・・・57

さて、こんな本がある。チョキ

 

 

   サイレンス ジョン・ケージ - 東京 下北沢 クラリスブックス 古本の買取・販売|哲学思想・文学・アート・ファッション・写真・サブカルチャー

 

  本ジョン・ケージ「サイレンス」(水声社 1996) 柿沼敏江訳

 

 

メモ<内容>

20世紀音楽最大の革命家、ジョン・ケージが、「コラージュ」「ミックス」的手法を縦横無尽に駆使した破格のテクスト形式の中で、禅、インド哲学、「異端」神学等に影響された自らの芸術哲学と、その作品と技法―「沈黙の作品」、チャンス・オペレーション、不確定性の導入等―を語り尽くす、著者の処女著作にして現代音楽最重要の書、遂に邦訳成る。

 

 

Silence サイレンス John Cage ジョン ケージ 帯付き

 

<目次>

マニフェスト
音楽の未来/クレド
実験音楽
実験音楽/教義
プロセスとしての作曲
作曲
現代音楽を予見する
アメリカ合衆国における実験音楽の歴史
エリック・サティ
エドガー・ヴァレーズ〔ほか〕

 

 

巻末に置かれた「訳者あとがき」は、こう始まっている。

 

 ジョン・ケージ(1912-92)はいわゆる「アメリカ実験音楽」を代表する作曲家であるとともに、また二十世紀の芸術、文化に重要な影響を与えたユニークな著述家、思想家としても知られているが、その七十九年の生涯のあいだに、約180曲の膨大な作品と数々の著書を残している。ケージの著書のなかで、まず最初に出版された本書『サイレンス』は、作曲家の芸術の基盤となる独自の美学を明らかにし、その精神、思想の核心に触れる重要な文章を収めており、しばしば「ケージのバイブル」とも称されている。ケージはその型破りな作品と「人を驚かせるような」活動によって、しばしばスキャンダルとセンセーションを巻き起こしたが、そうした独自な芸術のあり方が、どのような思想からもたらされたのかを、本書は明らかにしてくれている。 (p.453)

 

 

この分厚い本のなかで、気に止まった部分を引用しておきたい!右差し

 

 

 音は、ピッチ、音色、音量、持続という四つの性質を持つ。音が対立しながらも必要とする共存者は、沈黙である。音の四つの性質のなかで、持続だけが音と沈黙の両方を含んでいる。したがって、持続(フレーズ、時間の長さなどリズム的なもの)にもとづいた構造は(素材の性格と一致するため)正しいが、和声的構造は(沈黙のなかには存在しないピッチからもたらされているため)正しくない。 (p.114 注(2))

 

 

ふむふむ。なるほどね。おいで

 

 

 

 

John Cage and Daisetz Teitaro Suzuki (Japan, 1962)
Photographer: Yasuhiro Yoshioka
Courtesy of the John Cage Trust

 

メモインドから東アジアへ

ジョン・ケージ(1912-1982)と東洋思想の関わりは1940年代にニューヨークで出会ったインド の音楽家、ギタ・サラバイとの関わりに始まる。日系アメリカ人の彫刻家イサム・ノグチの紹介によって、二人は知り合いになり、たがいに西洋音楽とインド音 楽を教えあう仲になった。

 

 

エリック・サティについては、こんな文章が残されている。右差し

 

 この文章は最初、1958年に『アート・ニュース・アニュアル』に掲載された。サティと私自身の、架空の対話である。サティは三十年以上も前に亡くなっているため、二人のうちどちらも相手の言っていることが聞こえない。サティの言葉は、彼が言ったと伝えられているものと、彼の文章からの抜粋である。 (p.136)

 

 

 サティに興味を抱くためには、まずもって無関心でなくてはならない。音は音であり、人間は人間であることを受け入れ、秩序とか感情表現などの概念についての幻想、その他われわれが受け継いできたありとあらゆる美的な見せかけを捨てなくてはならない。 (p.146)

 

 

こう語るジョン・ケージの言葉は含蓄に富んでいるけど、なかなか理解するには難しそうだ。グラサン

 

 

 

 

 

   <エリック・サティ没後100年に寄せて!>・・・25

今度は、この作品を取上げてみよう!チョキ

 

 

先ずは、どんな作品か、江戸川乱歩による解説「探偵作家としてのエドガー・ポオ」から引用しておこう。右差し

 

 

  本「ポオ小説全集 Ⅳ」(創元推理文庫 1974初版)

 

 

 第五作『盗まれた手紙』はポオの探偵小説の中でもっとも好評の作品である。クイーンも短編ベスト・テンのポオの作としては、これを選んでいるし、最近私が統計を取ってみた英米の十五冊の著名な短編探偵傑作集でも、作品の頻出度でこの作品が第一位を占めている。又ヘイクラフトは前記の著書の中に、この作について次のように書いている。

 「『盗まれた手紙』はデュパンの登場する三つの探偵小説の内で、構図の巧みさにおいても、文学的価値においても、遥かに群を抜いた満足すべき出来栄えである。これは他の二作よりも単純で、短くて、よく纏り、作の主題をしっかり掴んでいる。冒頭に例の饒舌な理屈が続くことなく、単刀直入に本題にはいっているのも快い。わずか数行で舞台面が描写され、しかも、従来の作に比べて、ずっと巧者に、自然に描かれている」

 私もポオの探偵小説で何を採るかと云われたら、結局『盗まれた手紙』を選ぶことになると思うが、しかし、ヘイクラフトが云うような纏りがよいとか巧者だとかいう理由によるものではない。私としてはやはり、もっとも巧みな隠し方は隠さないことだという心理的テーマを第一として、地図の中の大きい活字ほど探しにくいとか、相手の顔つきを真似ればその考えが分かるとかいう、常識以上の機智の面白さに惹かれる。(以下、略)

                             (p.434)

 

 

 

ここでも言及されているけど、常識を超えたところにこの作品の価値・魅力があるのだろうなあ!びっくり

 

 

でも、アラン・ポーの多くの読者たちにとって、他の作品を措いてイノイチに選ぶ勇気?はありやなしや?グラサン

 

 

 

 

   <エドガー・アラン・ポーを読む・・・!>・・・56