マンボウのブログ -13ページ目

マンボウのブログ

フラヌールの視界から、さまざまな事象に遊ぶ

最後に、昭和戦後生まれの三人の訳を並べてみよう!チョキ

 

 

先ずは、巽孝之訳から。右差し

 

 「ふふふ-----手紙の中身をからっぽにしておくには忍びなかったんだよ-----あいつを侮辱することになるじゃないか。D----という男はね、いちどウィーンでぼくにひどい仕打ちをしたことがあるんだ。もちろんこのことをぶくは奴にあっけらかんと話したよ、絶対忘れやしないってね。だから、あいつが自分を出し抜く人物がいたらそいつがいったい誰なのか、知りたくなるのがわかっているだけに、手がかりひとつさえ与えないのは哀れだと思った。奴はぼくの筆跡をよく知っているから、真っ白な便箋の真ん中に、こんな言葉を書き写しておいたんだ。

 

 『かくも恐るべき陰謀は、アトレウスにはあてはまらずとも、テュエステにはふさわしい』

 

 フランスの詩人クレビヨンの悲劇『アトレウスとテュエステス』(1707年)からの引用だよ」

                                    (p.115)

 

 

 

次に、小川高義訳。右差し

 

 「いや、まあ----広げたら白紙だったというのもどうかと思ってね。そんなことをしたら失礼ではないかと-----。Dという男には、いつぞやウィーンで、手ひどい目に遭わされたことがある。まだ忘れたわけじゃありませんよと冗談めかして言っておいた。まんまと一杯食わされた大臣が、その敵は誰なのかと知りたくもなろうから、まったく手がかりを残さないのは気の毒だ。あいつなら僕の筆跡はわかるはずだと思って、紙の真ん中に、ある引用を書きつけておいた。

 

   -----かくも凶悪なる謀(はかりごと)

   アトレにはともかく、ティエストには似つかわしい

 

 クレビヨンが書いた復讐譚に出てくる文句だよ」

                                    (p.196-7)

 

 

 

最後に、河合祥一郎訳を。右差し

 

 「なに----中身を白紙にしておくわけにはいかないと思ったんだ----失礼じゃないか。D大臣は、あるときウィーンで、僕にひどいことをしてね。そのとき、まったく気さくに、このことは忘れませんよと言ってやった。というわけで、自分を出し抜いた相手は誰なのだろうと大臣はきっと知りたいと思うだろうから、手がかりくらい与えなきゃ可哀想じゃないか。大臣は僕の筆跡はよく知っているので、白紙の真ん中にこう記しておいたのさ----

 

           ----Un dessein si funeste,

  S'il n'est digne d'Atree, est digne de Thyeste.  

             [ かくも禍々しきたくらみ、

  アトレウスにふさわしからずとも、テュエステースには相応の恨み ]

 

 クレビヨンの悲劇『アトレ』の文句だよ」

                                    (p.244)

 

 

 

はてさて、三者三様の訳を好みでどれか選ぶとすれば、どうなるだろうか。。。グラサン

 

 

 

 

   <エドガー・アラン・ポーを読む・・・!>・・・60

次に、ポーによる原文と、昭和初期生まれの二人の訳をみよう。チョキ

 

 

 "Why----it did not seem altogether right to leave the interior blank----that would have been insulting.  D------, at Vienna once, did me an evil turn, which I told him, quite good-humoredly, that I should remember.  So, as I knew he would feel some curiosity in regard to the identity of the person who had outwitted him, I thought it a pity not to give him a clew.  He is well acquainted with my MS., and I just copied into the middle of the blank sheetthe wordes----

 

      " ' -----                        -----Un dessein si funeste,

         S'il n'est digne d'Atree, est digne de Thyeste.'

 They are to be found in Crebillon's 'Atree.' "

                               (p.222)

 

 

 

では、丸谷才一訳を見てみよう。右差し

 

 「うん・・・・白紙のままにして置くのも気がひけたから・・・・やはり失礼だろうよ、それは。D**は昔ウィーンで、ぼくをひどい目にあわせたことがある。そのときぼくは上機嫌で、このことは忘れませんよ、と言ってやった。だから、いったい誰に出し抜かれたかを知りたいだろうと思ってね。せめて手がかりぐらいは与えてやらなくちゃ、かわいそうだもの。あの男は、ぼくの筆蹟はよく知っているんだ。ぼくは真白な紙の真中にこう書いて置いた。

 

        こういう恐ろしい企みは

   ティエストにはふさわしい。アトレにふさわしくないとしても。

 

 クレビヨンの『アトレ』のなかの句だよ」

                               (p.263-4)

 

 

次は、冨士川義之訳だ。右差し

 

 「うん-----中身を白紙のままにしておくのも礼儀にかなっていないような気がしたものだからね-----それではかえって無礼というものだよ。D----は昔ウィーンで、ぼくを厭な目にあわせたことがあるんだ。そのときぼくは、ひどく気さくに、このことはいつまでも忘れませんよ、と言ってやったんだ。それで、彼を出し抜いた人物の正体を何とか知りたいだろうと思って、せめて手がかりくらいは与えてやらなくちゃ可哀そうだと思ったのさ。彼はぼくの筆蹟をよく知っているから、白紙の真ん中にこんな言葉を書きつけておいたのだよ-----

 

        これほどひどいはかりごとは

 アトレにはふさわしくないとしても、ティエストにはふさわしい。

 

クレビヨン(十七世紀から十八世紀にかけてのフランスの劇作家『アトレ』は復讐悲劇)の『アトレ』のなかにある文句だよ」

                                (p.662)

 

 

 

御大二人の訳はいずれも見事かな。グラサン

 

 

 

   <エドガー・アラン・ポーを読む・・・!>・・・59         

では、ラストシーンを見てみよう。チョキ

 

ほぼ、明治期後半生まれの訳者たちから。

 

 

先ずは、中野好夫訳から。流れ星

 

 そこでだ、多分奴も、いったい誰に一ぱい食わされたか、さぞ犯人を知りたく思うだろう、と考えたもんだからね、せめて手掛かりくらいは、与えてやらなければ、可哀相だと思ってさ、幸い僕の筆蹟は、よく知っているはずだし、白紙の真中に、ただ二行だけ、

   かくもむごき企みも、

   ティエストには、まこと応報なれ、アトレには当らずとも。

 とだけ書いておいた。なに、クレビヨンの『アトレ』の中の一節さ。」

                              (p.288-9)

 

 

 

次は、小川和夫訳だ。流れ星

 

 「いいえさ-----中身が白っ紙というのも、あんまりぞっとしないやね-----失礼にあたるだろうからねえ。D----は、かつてウィーンでぼくにひどい仕打ちをしたことがある。それにたいして、ぼくは奴に、上機嫌ではあったけれど、この怨みは忘れないと言ってやった。そこで、奴としても自分を出し抜いたのが誰か知りたいだろうと思ってね、その手がかりぐらいは与えてやらなくては可哀そうだと考えたのだ。奴はぼくの筆蹟はよく知っている、で、ぼくはただ白紙のまんなかあたりに、こう書き写しておいたんだ。-----

 

    『かかる忌わしいたくらみは

    アトレにふさわしくなくとも、ティエストにこそふさわしい』

 

 これはクレビヨンの『アトレ』のなかにある科白だよ」

                              (p.60)

 

 

お次は、松村達雄訳。流れ星

 

 「だって-----中身に全然何も書かずにおくというのもどうもいいことだとは思えなかったんだ-----それこそ相手をばかにしたことにもなったろうからね。D----は、むかしウィーンでぼくをひどい目に合わせたことがある。そのとき、怒った顔も見せずにこにこしながら、このことは忘れないよ、と言ってやったんだ。こういうわけで、きっとあの男もいったいだれが自分に一杯食わせたのかは少々知りたく思うだろうから、何か手がかりを与えてやらないのは、かわいそうな気がしたんだ。大臣はぼくの筆蹟はよく知っている。だから、ぼくは真っ白な紙の中ほどへ、ただちょっとつぎのような詩句を写し取っておいたのだ-----

 

    -----この恐るべきたくらみは、

    たとえアトレーにふさわしからずとも、ティエストの名に恥じざるものなり。

 

 これはクレビヨンの『アトレー』の中にある文句だよ」

                              (p.162)

 

 

 

三者三様、最後の「アトレー」の扱いに違いと工夫が出ているかな。グラサン

 

 

 

 

   <エドガー・アラン・ポーを読む・・・!>・・・58