マンボウのブログ

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フラヌールの視界から、さまざまな事象に遊ぶ

こんな注釈本を二冊借りてきた。チョキ

 

 

  本有吉保(全訳注)「百人一首」(講談社学術文庫 1983)

 

 

 

 

ここから、「蝉丸」の現代語訳と若干の語釈を引用してみたい。右差し

 

 

 [ 現代語訳 ]

 これがまあ、あの、東国へ行く人も、都へ帰る人も、ここで別れ、もとから知っている人も、まだ知らない人も、ここで逢うという逢坂の関であるよ。

 

   [ 語釈 ]

 〇逢坂の関 近江国(滋賀県)と山城国(京都府)との境にある関で、東国往還の要衝の地であった。「逢坂」に「逢ふ」を掛けてある。

                                (p.52)

 

 

 

  本佐佐木幸綱編著「口語訳詩で味わう百人一首」(さ・え・ら書房 2003)

 

 

 

 

こちらからも、「蝉丸」の短歌の現代語訳から・・・右差し

 

 

  ここが、旅に行く人帰る人が行きあっては別れ、知人も未知の者同士も出会うという有名な逢坂の関なのだ。

 

 

 [ 逢坂の関 ]・・・「逢ふ(おう)坂」と地名の「逢坂」とが掛詞になっている。この関は、京都府と滋賀県との境にある逢坂山にあった関所で、京都から東海道、東山道、北陸道等のゆききに、かならず通るところだった。交通量も多かったのである。

 

 

  これやこの

    ゆく人 かえる人

    あう人 わかれる人

  今日もここ

  逢坂の関をとおる

  ひと ヒト 人 ひと ヒト 人

                            (p.30-1)

 

 

 

この二冊の本を読み較べてみると、断然、後者の方が面白いし、分かり易いわ(前者が学術的だとすれば、後者は詩的かな)!グラサン

 

 

 

 

   <翻訳にみる「小倉百人一首」>・・・5

それでは、こんな二冊の対訳本を紹介しておこう。チョキ

 

 

 

  本本多平八郎「One Hundred Poems from One Hundred Poets(英訳 小倉百人一首)」(北星堂 1956)

 

 

 

 

 

 

  本「対訳・百人一首」(関西大学出版部 1997) 石原敏子/ リンダ・ラインフェルド共訳

 

 

 

 

後者は共訳だけど、どちらの対訳本も日本人による英訳である。

 

 

それでは、「蝉丸」の歌を連ねてみよう(前者、後者の順)。

 

  Lo, at this barrier people greet,

    Those leaving home, and those who hope

  Home to return ; so it is meet

    To call the barrier Trysting Slope.

                         (p.10)

 

 

これは、キーンさんが引用した英訳のうちの一つである(前回に紹介済)。

 

 

  Comingor going, all must pass through, then part ----

  All, strangers and friends alike, at Osaka Gate.

                         (p.16)

 

 

 

後者の対訳本の「はじめに」で石原敏子は、こう書いている。右差し

 

 

 この度、書物の形に組み直したのは、詩そのものを楽しむためには、カードでは読みにくいという声があったからです。前回の形式で写真がお気にめさなかった方にも、訳詩を読んでいただきたいという思いから、今回の企画は出発しました。しかし、私たちの仕事が今日的で、のびやかであることを目指しているために、やはり、書物の形をとっても、今までに出されている『百人一首』の英訳とは異なって、モダン、あるいは、ポストモダンなものとならざるをえないようです。この様な形に仕上がりました。

                              (p.ii)

 

 

 

後者では、それぞれの詠み人らの官職・地位なども英訳されているので、紹介しておこう。拍手

 

  〇〇院    Retired Emperor

  太政大臣   Chanceller

  右(左)大臣 Minister of the Right(Left)

  大納言    Major Counselor

  権中納言   Provisional Middle Counselor

  従二位    Junior Second Rank

  参議     Consultant

  〇〇公    Lord 〇〇

  内親王    Princess

  大僧正    Major Archbishop

  法師     Monk

  皇太后宮大夫 Master of the Grand Empreess Household Office

  左京大夫   Master of the Left Capital

                        などなど。

 

 

今や、日本語としても通用している「カウンセラー」や「コンサルタント」も職位の名称なんだわ!グラサン

 

 

 

 

   <翻訳にみる「小倉百人一首」>・・・4

こんな本が書棚に並んでいた。チョキ

 

 

 

 

  本金澤哲 編著「アメリカ文学における『老い』の政治学」(松籟社 2012)

 

 

ここには、10名によるアメリカ文学の論功が並ぶ。

マーク・トウェイン、フォークナー、ヘミングウェイ、メイ・サートン、ジョン・アップダイクなどなどアメリカ文学の作家たちが登場する。

 

帯には、「老い」という新しい視点 と書かれている。

 

 

ちなみに編著者の金澤さんとは知人の間柄で、かつては将棋研究会を一緒にやっていて、京都や大阪で開催された職域・団体戦にも出場した仲間だ。もちろん一番強い金澤さんが大将で、三番手の私が三将を・・・5人による団体戦では、強い順に大将から五将までラインアップを組むのが普通で、野球の打順とはちと異なるわ。(ということで、送り状とともに本も送っていただいたものだ)ウインク

 

 

余談はさておき、この書ではトップバッターを務める金澤さんの論功から、引用してみようか!右差し

 

  1.はじめに

 

 「老いは現在の文学理論において欠落しているカテゴリーである。」1993年に出版された論集『文学における老いとジェンダー』の冒頭において、編者アン・ワイアット--ブラウン(Anne M.Wyatt-Brown)はこのように述べ、従来の「老い」理解を超える新たな理論的アプローチの必要性を強調した。

 事実、アメリカ文学研究において「老い」というテーマは、不当に軽視されてきたように思われる。後に述べるように、1990年代に新しい「老い」概念が登場するまで、「老い」の扱いは多分に類型化しており、伝統的な登場人物研究か伝記研究の枠外に出ることはほとんどなかった。(後略)

 

  2.「老い」のイデオロギー

 

 「アメリカ」が「若さ」の国であることは、今さら言うまでもないであろう。それはまず国家としての歴史の短さの反映であるが、それだけではない。「アメリカ」にとって「若さ」とは、伝統よりも革新を好み、未知への挑戦を尊んできた心性の現れであり、アメリカ資本主義を現代に至るまで推進してきた力のひとつであった。またそれが「夢を追いつづけること」と言い換えられるとき、「若さ」は「アメリカン・ドリーム」の概念に内包され、「アメリカ」の魅力の重要な一部を構成してきた。このように「若さ」は「アメリカ」の本質的特徴であり、その自意識にとって不可欠の要素である。(後略)

 

 

 

このように始まる文章を読み進めていて、じゃ、日本はどうなのか?という素朴な疑問が頭をもたげてきた。

周知のごとく高齢者の国となった日本は、今後も高齢化が進んでゆくことは避けられないだろう。そんな国の現代文学は「老い」という概念を体現するにはもってこいの状況だと思うのだけど、そんな気がしないのだわ・・・現代日本文学には疎い私ではあるけど、うすうすながら、文学作品においても批評界においても「老い」がクローズアップされているとは思えないのだ。うーん

 

いったい、それは何故なのか?

 

高齢者がターゲットとなる市場は、サプリメントなど健康志向を謳う傾向が目立つ。さらに、本ということになれば、「エッセイ」が主たるジャンルを得ているような。高齢者の著者が書いたエッセイで「老い」は語られるのだけど、それは文学概念とは似て非なるものだ。

 

 

あえて探せば、谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」という作品がすぐに思い起こされるのだけど、どうも日本では「老い」をテーマにした文学作品は人気薄なのかもしれぬ。おばけくん

 

 

この本と同様な「日本文学における『老い』の政治学」という書を誰か編んでくれないものか。(えっ、すでに出ているって?)

まあ「政治学」という視点が難関だとも思えるけど(日本では根本的・基本的な「政治学」って存在しにくい風潮があるかな)。グラサン

 

 

 

 

   <わが本棚逍遥!>・・・9