マンボウのブログ -11ページ目

マンボウのブログ

フラヌールの視界から、さまざまな事象に遊ぶ

それでは、ポーの世界を巡る旅もこの最後の詩をもってラストにしようか(小説はありやなしや)!チョキ

 

 

河合祥一郎は、「モルグ街の殺人 ポー傑作選2 怪奇・ミステリー編」(角川文庫 2022)の作品解題において、こう記している。

 

 

『アナベル・リー』(詩) "Annabel Lee" (1849)

 ポーの最後の作品の一つであり、ポー死後二日目の1849年10月9日付『ニューヨーク・トリビューン』紙に掲載された。この版は生前にポーがグリズウォルドに渡していた手稿に基づくものであり、同年11月に『サザン・リテラリー・メッセンジャー』に掲載された版と異同がある(第二連の冒頭が I ではなく She で始まっているのが後者)。ポーが自ら加えた改訂と思われるが、特に優れているとされた最終行 In her tomb by the sounding sea の美しさが損なわれてしまっており、本書では改訂前の作品を訳出した。

                               (p.271)

 

 

改訂後の版をもとにしたと思われる加島祥造訳では対訳(「ポー詩集」岩波文庫 1997)でこうなっている。

 

(第二連冒頭) She was a child and I was a child, (She と I はイタリック体 )

(最終連最後) In her tomb by the side of sea.     日本語訳:浜辺の波の寄せくる彼女の墓所に。

                               (p.30-5)

 

 

では、生前の手稿をもとにした河合祥一郎訳は、こうなっている。

 

(最終連最後) 海鳴り響く墓の中で

                               (p.212)

 

 

ちなみに、小川高義訳(「アッシャー家の崩壊 / 黄金虫」 光文社古典新訳文庫 2016)では、

 

(最終連最後) 海の近くの墓の中

                                (p.49)

 

これは、改訂後の版なのが明らかだ(「side」---> 「近くの」)。

 

 

この部分は、sounding sea という音を聞くか(ダイナミックであり、ドラマティックでさえある!)、静かな side (位置関係のみを示す)を選ぶか・・・ポーが改訂した意向を垣間見てみたい気がするわ!口笛

 

 

ところが、である!ガーン

 

もう一つの稿・版を見つけてしまったのだ。グラサン

 

 

 

     (次回に続く)

 

 

 

   <エドガー・アラン・ポーを読む・・・!>・・・62                        

ポーのキラキラ「盗まれた手紙」の後記として、こんな視点に注目してみたい!チョキ

 

ナラティブとは「語り」とか「語り方」とかを意味するのが通例だけど、ここで着目してみたいのは、語りの中の台詞・セリフである。

 

 

ポーの作品では、デュパンなどが説き明かしで延々と謎解きの説明をぶつ場合が頻出する。

 

 

ここで、河合祥一郎訳の「作品解題」から、こんな部分を引用してみたい。

 

 ・・・なお、この翻訳の新味の一つとして次を挙げておく。デュパンがアパネシーの話を持ち出す直前に警視総監に 'you might----puff, puff----employ counsel in the matter, eh?' と語りかける台詞の employ counsel という表現を、先行訳はいずれも「人の助言を受ける」「相談する」といった意味合いで訳してきているようだが、 employ はこの場合「(金を払って)雇用する」の意で、 counsel は「法的顧問」(集合名詞、『オックスフォード英語辞典』の定義 8a)と解釈すべきか。警視総監は当初からデュパンの助言(忠告)をもらおうと相談しに来ており----「デュパン君は、どうしたらいいと思うかね?」(225ページ)と助言を求めており、デュパンは再調査しなさいと助言を与えている----デュパンの譬え話からも明らかなように、デュパンが言わんとしているところは「意見をただで聞き出そうとしてはいけない」ということであろう。・・・

                                   (p.275)

 

 

ここでは、謎解きのデュパンが延々と語るのだけど、ポー作品の中で、最も重きをなしているのは実は「語り手」なのである!びっくり

 

何も登場人物のセリフだけでなく、ポーがいろんな仕掛けを講じたのは、まさに「語り手」の語りを通じてだった(もちろん、ポーが語らせているのだ)。というのが、ポーの功績だと言っていいだろう。拍手

 

 

果たして読者がそれに気づいているかどうか、もし気づいていたら読む愉しみは増すだろうて!グラサン

 

 

 

 

   <エドガー・アラン・ポーを読む・・・!>・・・61

さて、もう一冊を・・・チョキ

 

 

Amazon.co.jp: ジョン・ケージ著作選 (ちくま学芸文庫 ケ 7-1) : ジョン ケージ, 純一, 小沼, Cage,John: 本

 

本小沼純一編「ジョン・ケージ 著作選」(ちくま学芸文庫 2009)

 

 

<内容>

ジョン・ケージの出現により、音楽を聴く、音を作る姿勢が決定的に変わった。彼は従来の作曲者主導による音楽の在り様に背を向け、あらゆる意図を排除するために作曲・演奏・鑑賞に「偶然性」を関与させることで因襲を打破した。「ひとつひとつの音は固有のものであって、ヨーロッパの歴史や理論を備えているわけではない。」この思想は、言葉としても残された。本書は単行本未収録作を中心に、彼の音楽論をはじめ、偏愛したキノコに関するエッセイ、革新的なテキストなど様々な形の言葉を集めたオリジナル編集。また編者による解説と年譜を付す。

 

<目次>

音楽愛好家の野外採集の友
合衆国に於ける実験音楽の歴史
実験的音楽ジョン・ケージ
ダニエル・シャルルの33の質問に対する60の答え
インタビュー集 ケージの音楽―1970年以降
われわれはどこで食べているのか?そしてなにを食べているのか?
作曲を回顧して

 

 

 

面白い構成の本であり、文字組版も目を惹く。

 

 

エリック・サティについて、ジョン・ケージが語った部分を引用してみたい!グー

 

 

  単純すぎて分析するまでもないとみなされてきた問題を、サティは避けていました。だからこそ、サティの作品は分析されずにきたのでしょう。しかし私は違いました。分析してみると、実にサティの曲は美しいのです。私もそうでしたが、サティは表層的な結果(音符)ではなく、リズム(音符のない時間)に基づく構造を採用したからだと思います。通常の意味では全く解析できないことを理由に、私の音楽をくだらないと言う批評家とは、別の立場で議論しているわけです。 (p.92)

 

 

なかなか含蓄のある文章で、すぐに理解するには難しいかも。。。ガーン

 

 

 

ジョン・ケージの「易の音楽」にみる20世紀音楽の特徴|Yosida Ganzi

 

               ジョン・ケージ(1912-1992)

 

 

なお、ジョン・ケージは1989年第5回京都賞を受賞している。

わたしは、第1回のメシアン(イヴォンヌ・ロリオ夫人ともども)、第2回のイサム・ノグチは受賞記念講演を聴きに行ったけど。ウシシ

 

ちなみに、第3回受賞者はアンジェイ・ワイダだった。

 

 

 

 

ジョン・ケージは俳句に触発されて、こんな作品も作曲している。

 

 キラキラ「7つの俳句」

 

 

 

 

 

 

   <エリック・サティ没後100年に寄せて!>・・・26