ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

前回から、

歎異抄(たんにしょう)

という書物を紹介しています(^^)

 

歎異抄とは、

親鸞聖人の教えを、弟子の唯円がまとめた書物のことです。

 

タイトルの意味ですが、

浄土真宗の教えが、

親鸞の真実の教えと、

「異」なって伝わっているのが「嘆」かわしい、

というところから来ているそうです(^^;

 

司馬遼太郎さんが、

「無人島に一冊の本をもっていくとしたら『歎異抄』だ」

とおっしゃったことでも有名な書物です。

 

前回、印象的なフレーズ、

 

「善人なをもて往生をとぐ、

いはんや悪人をや。」

(原文)

 

「善人ですら、

阿弥陀さまの本願によって、

真実の生き方に目覚めることができるのだから、

まして悪人はなおさらです」

(訳)

の部分を紹介しました。

 

えっ?

ふつう逆ですよね。

 

「悪人でさえ、

真実の生きたかに目覚めることができる

(救われる)のだから、

まして善人はいうまでもない」

 

ですよね?

 

私は、初めてこのフレーズを目にしたとき、

違和感を感じましたが、

今では、このように解釈しています。

 

ここでいう「悪人」とは、

いわゆる重大な犯罪を犯した極悪人、

というわけではなく、

(もちろん極悪人も含まれるかもしれませんが)

 

自分にも、「悪」「闇」の部分があると自覚できている人

 

のことだと考えます。

 

いわゆる、

自己嫌悪に陥るような人でしょうか。

 

ちなみに、

私も、そうです(^^;

 

れっきとした「悪人」です。

 

まだまだ自覚できない時も多いですが、

最近、ようやく、

自分にも「悪」「闇」といったエゴの部分が、

かなりあるなあ、

ということが、少しずつですが、

受け容れられるようになってきました(^^;

 

この本の訳者の金山秋男さんは、

このように解説します。

 

人間は放っておいたら、

どこまでも自分は正しく、

賢く、善い人間の「つもり」でいます。

(中略)

努力すれば何でも思いどおりにできるし、

他の人たちもそれについてきて当然、

という「つもり」です。

悲しいかな、

人間って、正しいことをしているときほど、

独善的になりがちです。

 

それを人にも押し付けてしまう。

 

部下や、子どもに、

自分の価値観を押し付けてしまったり・・・

 

ありますね。

 

本来の自分と向き合うことは辛いことです。

全生涯をかけて、

真摯に自分に向き合った人が親鸞聖人でした。

そして、苦闘の末、

はっきりと見えてきたのです。

 

「自分は悪人である」と。

どうしようもない私が本来の私であると。

親鸞聖人は、別のところで、

こう述べています。

 

「心は蛇蝎(だかつ)のごとくなり」

 

いまだに、自分の心の中は、

ヘビやサソリといった、

忌み嫌われるものと同じくらい、

汚れているというのです。

 

これは、ある意味、

すごいですよね(^^;

 

親鸞聖人は、高僧となっても、

うぬぼれることなく、

自分の「悪」「闇」といったエゴの部分を、

しっかり見つめていたんですね(^^;

 

ちなみに、

田坂広志さんは、

 

「大成する経営者とは、

悪いことができて、

悪いことをしない人間である」

 

とおっしゃっています。

 

誰もが、心の奥深くに「利己心」を持ち、

ときに「悪いこと」に手を染めてしまう「弱さ」を持っている。

そして、人間の持つ、

その「利己心」や「弱さ」を深く理解しないかぎり、

善き経営は行えない。

なるほど、

自分の「利己心」や「弱さ」が自覚できていないと、

他人の「利己心」や「弱さ」に共感できないですよね。

 

「清濁併せのむ」

 

とは、こういうことかと思います。

 

次回に続きますね(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回は、

歎異抄(たんにしょう)

という書物を紹介しながら、

私の考えを述べたいと思います(^^)

 

皆さんは、

歎異抄

ってご存知でしょうか。

 

実は、私、

親鸞が書いた書物かと思っていたくらいで、

(正解は、親鸞聖人の教えを弟子の唯円が記した書物)

中年になるまで、よく知りませんでした(^^;

 

ただ、

「無人島に一冊の本をもっていくとしたら『歎異抄』だ」

と司馬遼太郎さんがおっしゃっていたのを知って、

どんな書物なんだろうと、

ずっと興味は持っていました。

 

そのうち、

カウンセリングや人間学を学んでいる、

野口嘉則さんから、

この書物について、学ぶ機会があり、

実際に読んでみたところ、

とても深く、示唆に富んだ内容だったのです!

 

ちなみに、

歎異抄から、多くの作家・思想家が、

影響をうけたといいます。

 

五木寛之さん、遠藤周作さん、

吉本隆明さん、梅原猛さん・・・

 

私が好きな人たちばかりです(^^)

 

では、

さっそく、紹介していきたいと思います。

 

歎異抄では、

有名なフレーズがあります。

 

「善人なをもて往生をとぐ、

いはんや悪人をや。」

(原文)

 

「善人ですら、

阿弥陀さまの本願によって、

真実の生き方に目覚めることができるのだから、

まして悪人はなおさらです」

(訳)

えっ、

逆ではないのか?

 

「悪人でさえ、

真実の生きたかに目覚めることができる

(救われる)のだから、

まして善人はいうまでもない」

 

ですよね?

 

私は、そのところが、

よく腑に落ちなかったのですが、

学んでいく中で、

自分なりに納得することができました。

 

どう納得したのか?

 

次回に続きますね(^^;

 

今回もお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

前回から、

特定の本の紹介ではなく、

私の「人生観」について語っています(^^;

 

前回は、

青臭くて、ちょっと恥ずかしかったのですが、

 

「人はなんで生きるのか」

「自分とはいったい何者なのか」

「人生の意味とは何か」

 

という問いを、

心のどこかにずっと抱きながら、

読書遍歴を重ねてきた話をしました。

 

そして、

ここ数年、気になっているのは、

「すべて必然」

という言葉だという話をしました。

 

すべて必然なら、

どうして人生に苦難が生じるのか?

(別に悪いことしていないのに・・・)

 

その回答のひとつは、

「対極を知る」

ためではないかと述べました。

 

「対極を知る」

とは、どういうことか?

 

説明します(^^;

 

「対極を知る」

という考え方は、20年ほど前に、

 

神との対話

(これはハードカバー版、

今は新装版がお買い得です)

 

という本を読んで知りました。

 

(この本、タイトルはかなり怪しいですが、

スピリチュアルの叡智が凝縮された、

すばらしい本だと思います)

 

この本を読んだ当初は、

あまり、ぴーんとこなかったのですが、

最近、心理学やディマティーニメソッド、

仏教や東洋思想の学びなどを深めていく中で、

「対極を知る」

ということが、

少しずつ分かってきた気がします。

 

簡単に説明すると、

相対性の理論として、

 

「あることを知るためには、

その対極の存在が必要」

 

だということです。

 

たとえば、

 

寒さを体験するまでは、

「暑さ」も知りえない。

 

「遅い」を体験しなければ、

「速い」を知りえない。

 

「背が低い」者がいなければ、

自分は「長身」であると知りえない。

 

「怖れ」や「不安」を体験しなければ、

「愛」を知りえない。

 

「失う」体験をしなければ、

「今あるもの」のありがたみが分からない。

 

などなど・・・

 

ちなみに、

私は、たまに、

なんちゃって坐禅をするのですが、

コロナ禍になってからは、

オンライン坐禅会

に、参加しています(^^;

 

(初心者でも大丈夫。

事前登録不要で、しかも無料!

超おすすめです!)

 

そこで、

白隠禅師坐禅和讃

という経典(お経)に初めて出会ったのですが、

その中に、こんなフレーズがあります。

 

衆生近しゅじょうちかきをらずして

とおもとむるはかなさよ

 

たとえばみずの中にいて

かつさけぶがごとくなり

 

長者ちょうじゃいえとなりて

貧里ひんりまようにことならず

私たちは自らが仏であることを知らず、

それを遠くに求めている。なんといことか。

ちょうど水の中で、のどの渇きを訴えるようなものである。

裕福な家を迷い出て、困苦しているようなものである。

 

という意味です。

( 臨済宗 洪福寺HPから引用)

 

では、何故、

自らが仏であるのに、

それを遠くに求めてしまうのか?

 

のどの渇きを訴えてしまうのか?

 

わざわざ裕福な家を迷い出て、

苦労するのか?

 

それは、

(いわゆるエゴの仕業だとは思いますが)

対極を知ることで、

本来の自分のありがたさを感じるため

だと思うのです。

 

この世は、

本当は、水の中(愛の世界)だとしても、

水のないところに行って、渇く(苦難の)経験をしないと、

水(=愛)のありがたみが感じられない。

 

お釈迦様が、

王子の地位を捨ててまでして、

荒野に修行に出たのも、

こういうことだったのかと思います。

 

「苦あれば楽あり」

「楽あれば苦あり」

 

何だか水戸黄門みたいですが(笑)

 

「人生楽ありゃ苦もあるさ~♪」

 

この水戸黄門のテーマソングの歌詞は、

実は深いのです(^^)

 

私たちは、

相対性の世界で、

プラスとマイナスの間を振り子のように揺れながら、

人生を味わっている。

 

どちらかだけだと、

人生は平坦で味気ないものになる。

 

そう考えると、

苦難も含めて、

すべての出来事には、意味がある。

 

だから、

「すべては必然」

なのだと。

 

この捉え方は、

「絶対肯定」の思想。

すなわち、ニーチェや親鸞の思想にも、

通ずるような気がします。

 

「輝きも、落とした影も、つながっている♪」

(氷室京介「IF YOU WANT」歌詞より引用)

 

陰と陽。

表裏一体の世界。

 

「すべて必然」

 

何だか、勇気が湧いてきます(^^)

 

------------------------------------------

 

以上、

今の私の「人生観」

人生の捉え方を紹介させていただきました。

 

ただ、仏教の解釈は、

私独自のもので、

正統なものではありませんし、

そもそも、

「すべてが必然」というのは、

甘い考えかもしれません(^^;

 

たとえば、

壮絶な幼少期を過ごされた方や、

戦時下で過酷な体験をして生き延びた方には、

とても、当てはまらない考え方かもしれません。

 

私のこれまでの人生、

人並みの苦労はしてきたつもりですが、

これから、

今まで経験したことのないような、

のた打ち回るような苦難が待ち受けているのかもしれません。

 

そんな時に、

「すべて必然」

などと考えられるかは分かりませんが、

私は、今のところ、

人生をこのように捉えています。

 

今回も、最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は、本の紹介に戻りますね(^^;

 

追伸

私がこのような人生観を抱くに至った半生を、

下記で、ちょっぴり振り返っています。

 

よかったら、ご覧いただけると嬉しいです(^^)

 

正負の法則(2)

 

 

正負の法則(3)

 

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回は、

特定の本の紹介ではなく、

私の「人生観」

について、

述べたいと思います。

 

お付き合いしていただけると、

嬉しいです(^^;

 

私は、本が好きなので、

学生時代からですと、年間100冊ペースだとして、

おそらく3,000冊以上の本を読んでいます(^^;

 

小説、自己啓発、ビジネス、歴史、古典、

スピリチュアル、心理学、人生論、

など、乱読です・・・

 

だからといって、

決して博覧強記なわけではなく、

ましてや、人格的に優れているということもなく、

(読書量と人格の高さは、必ずしも比例しないと思います)

ただ、単純に、

本を読むのが好きだから、

そして、

何か答えがあるのではないか、

という思いも少しあって、

本を読んでいます。

 

もちろん、多くの本は、

単に娯楽で読んでいるだけですし、

実際の仕事に役立てるため、

自分の魅力を上げるため、

など、下心があって読んでいる本も多いです(^^;

 

別に求道者ではないのですが、

ただ、どこかに、

何か答えがあるのではないか、

という思いを抱いて、

読んでいるところがある。

 

その求めている答えとは何か?

(ちょっと青臭くて恥ずかしいのですが・・・)

 

「人はなんで生きるのか」

「自分とはいったい何者なのか」

「人生の意味とは何か」

 

という問いです。

 

「人はなんで生きるのか」

に関しては、

人はなんで生きるか

というトルストイの小説があります。

 

「愛」をうたった、

心に沁みいる、

珠玉の短編小説ですが、

正直、わかったような、わからないような・・・

 

寅さんの名回答もあります(^^)

満男

「人間は何のために生きてんのかな」

 

寅さん

「難しいこと聞くな、お前は・・・

何と言うかな、あー生まれてきてよかった。

そう思うことが何べんかあるだろう。

人間そのために生きてんじゃねえのかな」

 

(『男はつらいよ』の第三十九作目、

『寅次郎物語』から引用)

なるほど~、

そう考えると、

何だか、気がラクに、

謙虚な気持ちになりますね!

 

ただ、私にとって、

「これだ!」

といった、

完全に腑に落ちるものではありません(^^;

 

もちろん、完全に腑に落ちる答えなど、

どこにもないと思います。

 

自分なりに、

納得できるものを、

一生かけて、

創り上げていくしかないと思いますが・・・

 

私が、ここ数年、

ずっと、気になっている言葉があります。

 

「すべて必然」

 

この言葉は、

私がカウンセリング・コーチングを学んでいる、

野口嘉則さんが、

著書にサインしてくださった時に、

書かれた言葉です。

 

「すべて必然」

とはどういう意味だろう?

 

まさか、

生まれる前にすべての運命が決まっていて、

人生は、そのレールの通りに進むだけという、

「運命論」ではないだろうし。

(おおまかなラインは決まってると思っていますが・・・)

 

すべてが必然であれば、

そもそも、

人生の苦難って、

何のためにあるんだろう。

 

すべてが「愛」だとすれば、

なぜ、人生に苦難が訪れる必要があるのか。

 

前世のおこないが悪かったから?

とは、とても思えないし(^^;

 

何故、すべては必然なのか?

 

今のところ、

私が納得している、

回答のひとつは、

 

「対極を知る」

 

ということです。

 

・・・次回に続きます(^^;

 

今回も最後までお読みくださって、

有り難うございました(^^)

 

ご訪問くださいまして、 

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

田坂広志さん著、

能力を磨く - AI時代に活躍する人材「3つの能力」 -

を引用しながら、

AIに代替できない能力を紹介しています。

 

今回で最終回です(^^;

 

前回は、

第五 「組織的能力」

(マネジメント力とリーダーシップ力)

の、マネジメント力のほうを紹介しましたが、

今回は、

 

リーダーシップ力

 

を紹介します。

 

これからの時代、

リーダーシップの考え方も、

パラダイム転換するといいます。

 

20世紀の工業社会における、

中央集権型で階層型の組織で有効であった、

「人心掌握力」「統率力」が、

もはや古いものになってきます。

 

21世紀の高度知識社会においては、

むしろ、

現場分散型で水平型の組織が基本となり、

その組織の中では、上司は部下を支援する立場にあり、

リーダーの役割は、

与えられた権限によって部下を動かくことでなく、

メンバーの自発性や想像力、

協調性や共感力を育むことによって、

組織の目標を達成していくことになっていく。

現状では、

まだまだ、

リーダーと言えば、

「人心掌握力」「統率力」

が求められることが多いと思いますが、

たしかに、

少しずつ変化していると感じます。

 

では、

21世紀の高度知識社会で求められる、

リーダーシップ像とは何か?

 

部下やメンバーから、

 

「この人と一緒に仕事をしたい」

「この人と共に何かを成し遂げたい」

「この人と共に成長していきたい」

と思われることだといいます。

 

たしかに、

役職や権限だけだと、部下は動かない・・・

 

う~ん、

ある意味、上司に厳しい時代ですね(^^;

 

では、

 

「この人と一緒に仕事をしたい」

「この人と共に何かを成し遂げたい」

「この人と共に成長していきたい」

 

と思ってもらうためには、

リーダーはどうすればいいのか?

 

3つの力が求められるといいます。

 

第一 信念を持って魅力的な「ビジョン」と「志」を語る力

第二 誰よりも強く「成長への意欲」を持つ力

第三 メンバーの持つ「可能性」を深く信じる力

です。

 

第一 信念を持って魅力的な「ビジョン」と「志」を語る力

とは?

 

我々が民間企業で働く場合、

世の中に提供する技術や商品、

サービスやビジネスを、

どのように良きものに変えていくかということであり、

さらには、

そのことを通じて、

市場や産業、地域や社会を、

そのように良きものに変えていくかということである。

 

そして、人は誰もが、心の中に、

「世の中に貢献したい」

という思いを抱いている。

 

それゆえ、

リーダーが、

この「ビジョンと志」を魅力的に語るとき、

メンバーの心の中には、

自然に、

「この人と共に何かを成し遂げたい」

という思いが生まれてくるであろう。

なるほど・・・

 

私のリーダーシップが、

いまいち上手くいかないのは、

この、

 

信念を持って魅力的な「ビジョン」と「志」を語る力

 

が不足しているからかな?

と思いました(^^;

 

(どこかに、やましさというか、

そんな資格がないと思ってしまう

自信の持てない自分がいます)

 

まだまだ、修行が必要ですね・・・

 

たしかに、

人は誰もが、潜在的に、

「世の中に貢献したい」

という思いを抱いていると思います。

 

その思いに気づかせてくれる人には、

自然に、

「この人と共に何かを成し遂げたい」

と感じるのですね。

 

納得です(^^)

 

第二 誰よりも強く「成長への意欲」を持つ力

とは?

 

もし、我々(リーダー)が、

誰よりも強く成長を願い、

誰よりも懸命に成長への努力を続けていくならば、

必ず、そこには

「成長の場」と呼ぶべきものが生まれてくる。

 

そして、その「場」の中で、

周りのメンバーもまた、

影響を受け、

自ずと「成長の意欲」を抱き、

そこには、素晴らしい

「成長し続ける人間集団」が生まれてくるであろう。

 

(中略)

 

本来、

「成長への意欲」とは、

上から指示されて抱くものではない、

それはリーダーの後姿や横顔を見て、

自然に学んでいくものである。

 

それにもかかわらず、

自身の成長を棚に上げて、

「部下が成長しない」

と嘆くマネジャーやリーダーがいることも、

残念な事実である。

どきっ、

正直に告白しますが、

この棚に上げるリーダーは、

私のことです・・・

 

たしかに、

成長への意欲は、

指示されて抱くものではない。

リーダーを見て、

自然に学んでいくものですね。

 

私も若い頃を振り返ると、

たしかに、そうでした(^^;

 

第三 メンバーの持つ「可能性」を深く信じる力

とは?

 

いま、世の中には、

「相手を思い通りに動かす」

「相手を意のままに操る」

といった書名の本が溢れ、

「操作主義」

の心理テクニックを語る本が目につくが、

21世紀のリーダーは、

決して、そうした「操作主義」に染まるべきではない。

それが部下であっても、

目の前の人間に対して、

敬意を持って処するという姿勢を、

決して失うべきではない。

 

もし、我々が、

「操作主義」に染まり、

「操作主義」の心理的テクニックを使うリーダーになるならば、

短期的には、

我々の願うように部下やメンバーが動くかもしれない。

しかし、

早晩、必ず、その部下やメンバーは、

我々の心の中の「操作主義」を感じ取り、

彼らの心は、

我々から離れていってしまうだろう。

そうですね。

操作主義は、

短期的にはともかく、

長く付き合っていれば、

必ず化けの皮が剥がれますね。

 

部下は意外とよく分かっているものです(^^;

 

逆に、もし、

リーダーが、

チームの持つ可能性を、

そして、

一人一人のメンバーの持つ可能性を、

誰よりも深く信じるならば、

メンバーの心の中には、

自然に、

「この人と一緒に仕事をしたい」

という思いが生まれてくるだろう。

 

なぜなら、

人は、

高い経済的報酬や社会的地位だけに惹かれて

集まってくるわけではないからだ。

人は、誰もが、

自分の中に眠る可能性を信じ、

誰もが、それを開花させる人生を

歩みたいと思っている。

同感です(^^)

 

たしかに、

収入や地位も大事です!

否定しません。

私も、もっと収入や地位が欲しいです(笑)

 

しかし、

それだけではない。

 

やっぱり、

誰もが、自分の可能性を開花させたい。

そして、成長を感じたい・・・

 

だから、頑張るんですよね!

 

それゆえ、

その可能性を心の深くから信じてくれるリーダーと出会ったとき、

自然に

「この人と一緒に仕事がしたい。

そして、成長したい。

その成長を通じて、

素晴らしい仕事を成し遂げたい」

という思いが

心に湧き上がってくるのであろう。

 

------------------------------------

 

以上、5回にわたって、

田坂広志さん著、

能力を磨く - AI時代に活躍する人材「3つの能力」 -

を紹介してきました(^^)

 

田坂広志さんがすごいのは、

(これは稲盛和夫さんにも通ずることですが)

単なる机上の空論ではなく、

実際に、世俗のマネジメントの道を歩まれる中で、

実践され、

様々な葛藤を経て、試行錯誤の末に、

このような境地にまで達せられたことです。

 

私がいうのも、おこがましいですが、

ホンモノだと思います。

 

しかも、過去の偉人ではなく、

現代に生きている。

 

本当に、すごい人が実在するものです。

人間、捨てたもんじゃない。

 

田坂広志さんの本は、

志が低くなった時に読むと、

いつも活を入れられる気がします。

 

この人生で、

田坂広志さんの境地に、

一歩でも半歩でも、近づきたいです。

 

ちなにみ、

田坂広志さんの講演は、

何度か拝聴したことがありますが、しびれます。

 

https://www.youtube.com/watch?v=qhSRBpML-3U

 

すばらしいです!
生きる勇気が湧いてきます(^^)
 
少し長いですが、
是非、一度、ご覧になってください。
 
本も出ています。
タイトルは、

すべては導かれている

この本もいずれ紹介したいです。

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は、また別の本を紹介します(^^;