ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

野口嘉則さんの本、

「これでいい」と心から思える生き方

 

 

を紹介、解説します(^^;

 

余談ですが、

野口嘉則さんは、

ティックトックで、

悩める若者向けに、

無料でメッセージを配信されています(^^)

 

その姿勢、かっこいいです!

一度、ご覧あれ!

野口嘉則@ライフコーチ&作家

 

前回のブログでは、

 

人生の前半で、しっかりと

「自我の確立」

すなわち、

「自分づくり」

をしておく必要がある。

 

そうしないと、

すなわち、土台をしっかりしておかないと、

人生後半の課題、

「個性化」

「自己実現」

がうまくいかない。

 

ということを解説しました。

 

ちなみに、

「自我の確立」

「自分づくり」

に取り組むのは、

年齢がいくつになっても可能です。

 

遅すぎるということはありませんので、

ご安心ください(^^)

 

この場合の「自我」

とは、いわゆる、

わがまま、利己主義的な

「エゴ」といった意味ではなく、

私たちがものごとを考えたり、

選択するときの

「主体」のことです。

 

「私はこう思う」

「私はこうしたい」

の「私」のことですね。

 

で、そのような

「自我の確立」

をするための方法を、

著者は、大きく4つに分けて

紹介しています。

 

(1)心の安全基地を確立する

(2)選択する力を養う

(3)地に足をつけて再生する

(4)自己受容を深める

 

です(^^)

 

今回は、

(1)心の安全基地を確立する

で、私が特に有益だと感じたところを、

紹介、解説していきますね。

 

私たちが抱く

あらゆる願望の根底には、

一つの共通する願い

があります。

すべての人の願望をつらぬく

根本的な願いがあるのです。

 

それは

「幸せでありたい」

という願いです

そりゃそうです。

私たちは、皆、幸せになりたい!

あたりまえの話です(^^;

 

しかし、

残念なことに多くの人は、

「自分にとっての

本当の幸せとは何か」

について

立ち止まって考えたことがなく、

さらに、

「どうすれば本当の幸せを

実現できるのか」

ということについての

明確な指針を

持っていないのが現状です。

そうですね、

つい、忙しさにかまけて、

やり過ごしてしまい、

気がついたら、

あっという間に5年、10年・・・

なんてことも(^^;

 

そのため、

幸せでありたいと願って、

さまざまな願望を

実現しようとしているにも

かかわらず、

予想外のことが起きる度に

軸がブレてしまい、

行動も空回りしがちです。

私も、

その傾向あります・・・

また、

「願望や夢を実現したのに

心が満たされない」

という人もいます。

 

「目標は達成したけど、

一時的な達成感を

味わっただけで、

人生に対する

心からの満足感や

充実感は得られない」

とか、

「夢を実現したにも

かかわらず、

ずっと何かに

駆り立てられているようで、

安らぎを得られない」

と感じている人も

少なくないのです

程度の差こそあれ、

多くの人は、

そうだと思います。

 

では、どうすればいいのか?

どうすれば、幸せを感じられるのか?

 

ポイントは、

「自分を大切にして生きる」

ということです(^^)

 

 

もっきりの法則」

というのがあります。

(シャンパンタワーの法則も

同じ意味です)

 

もっきり

ってご存知でしょうか?

 

升の中にグラスを置き、

目の前で溢れるまで

日本酒を注ぐスタイルのことです。

 

「グラス」が自分。

「升」が他人。

 

まずは、自分を満たし、

溢れたもので他人を満たす

ということです(^^)

 

言い換えれば、

自分が満たされていなければ、

他人を満たすことは

なかなかできない、

ということですね。

 

特に、

自己犠牲の精神や、

がまんして人に尽くすのは、

いかんです(^^;

 

なかなか続きませんし、

いずれ、限界がきて、

爆発しかねません。

 

それができるのは、

聖人レベル。

 

凡人は、

まずは、自分を満たすことを、

第一に考えたいですね(^^)

 

しかし、

私たちは、

いわゆる「いい人」ほど、

自分を満たすことに、

抵抗があったりします。

 

何故か?

 

子どもの頃の影響も、

あるようです。

 

子どものころに、

 

「自分が親を

満足させるような

言動をしないと、

すぐに親が

不機嫌になってしまう」

 

といった経験をくり返すと、

 

「親を喜ばせなければ

いけない」

 

「自分の気持ちを

抑えてでも、

親を満足させなければ

ならない」

 

と考えるようになり、

それが、

 

「相手(他人)を喜ばせろ」

 

というドライバーとなって

心に定着することが

あります。

 

そして、

こうして親との関係で

身に着けた

対人関係のスタイルを、

他の人に対しても

適用するようになるのです。

 

このドライバーを

強く持っている人は、

いつも他人のことを

気にし過ぎて、

相手の機嫌をうかがうことに

神経を使い、

なかなか自分の気持ちを

大切にできません。

 

気乗りしないものに

誘われた場合でも、

 

「相手をガッカリ

させてしまってはいけない」

 

「相手を喜ばせなければ

ならない」

 

という声に

駆り立てられるため、

断ることができないのです。

どきっ、

若い頃の私・・・

 

(※補足しますが、

子どもが主観的に

こう感じたということなので、

親が実際にひどかったからだとは、

一概にはいえません。

 

親も人間ですし、

不機嫌な時があってあたりまえ。

 

親御さんは、くれぐれも、

自分を責めたりしないでくださいね。

念のため)

 

このドライバー、

すなわち、

「自分の気持ちを抑えてでも、

相手を喜ばせろ」

という、

心を駆り立てる声を、

ゆるめるためにも、

 

「自分の好きを大切にしていんだよ」

「まずは自分の気持ちを優先していいんだよ」

 

といった許可を、

自分で自分に、

繰り返し、繰り返し、

与えていきたいですね。

 

私たちは、

子どものころのような、

無力な存在ではなく、

今は、自分で、主体的に、

生き方を選択することが

できるのですから(^^)

 

 

最後に、質問です。

 

「あなたの心が喜ぶのは、

何をしている時ですか?」

 

 

次回に続きますね(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

追伸

「自分の心が喜ぶこと」

すなわち、

自分の最高価値を見つけるには、

ディマティーニメソッドの、

バリューファクターという手法が

とても有効です(^^)

Dr.ディマティーニの最高の自分が見つかる授業

という本のワークをやれば、

明確になりますよ(^^)

 

おすすめします!

 

ちなみに、私の

「自分の心が喜ぶこと」

とは、

 

読書、心の学びと実践、

仕事(の半分くらい)、

自然に触れ合う、神社仏閣巡り、

旅、散歩、映画、機嫌のいい時の妻、

猫を撫でること・・・

 

まとめると、

「心ゆたかに生きること」

でしょうか?

 

どこかで見たような・・・

 

私のブログのタイトル!

(ちょっと強引)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

私は横浜市在住ですが、

今日、散歩したら、

ちらほら梅の花が咲いていました!

 

いよいよ、

春の足音が近づいてきましたね(^^)

 

 

今回から、

私の学びの師である、

野口嘉則さんの本、

「これでいい」と心から思える生き方

 

 

を紹介、解説します(^^;

 

私の中で、

とても大切な本の一冊です。

 

野口嘉則さんといえば、

ミリオンセラーの

鏡の法則

 

 

が有名です!

 

この本、帯のキャッチコピーに、

「読んだ人の9割が涙した」

とありますが、

これ、事実です(^^;

 

私も、目頭が熱くなりました・・・

 

が、鏡の法則

は、いずれ別の機会に紹介するとして(^^;

 

今回は、

「これでいい」と心から思える生き方

の紹介、解説です(^^;

 

どんな本なのか?

 

ひとことでいえば、

「自分づくり」

 

すなわち、

「自分を確立」

するための本です(^^)

 

引用します。

かつての私が

そうだったのですが、

自分で自分にOKを

出せない人は、

他人の言葉や評価に

振り回されたり、

人と自分を比べて

焦ったり妬んだり落ち込んだり

しがちです。

 

「自分らしさ」

に軸を置いて

生きることができないので、

周囲の人や環境に

影響を受けすぎてしまうのです。

そうですね~、

 

私も、若い頃は、

なんだかんだいって、

人の評価を、

とても気にして生きていました。

 

(今では、だいぶ薄れました。

やっぱり気にはなりますけど(^^;)

 

本書で紹介する生き方は、

 

「どのように自分を

確立していけばいいのか?」

 

「生き方の確かな指針を、

どのように自分で

見いだしていけばいいのか?」

 

という問いに対する、

私からの具体的な提案です。

本書のすばらしいところは、

平易な文章で、

どのように「自分づくり」を

していけばいいのかが、

具体的に語られているところです。

 

中でも、私が、特に、

「なるほど!」

「これは有益だ!」

と思ったところを

ピックアップして

紹介していきますね(^^)

 

ちなみに、

「自分づくり」

といえば、ユングです。

 

ユングは、

人間の人生における

四十歳前後の時期を

「人生の正午」と呼び、

それを境にして、

それ以前を「人生の前半」、

それ以後を「人生の後半」

と考えました。

 

そして、

「人生前半の課題は

自我を確立することであり、

 

人生後半の課題は

個性化の過程を

進めていくことである」

 

と言いました。

 

今は人生100年時代。

 

人生の正午は、

実際には、五十歳くらいに、

伸びているのではないかと考えます(^^;

 

人生前半の課題、

「自我の確立」というのが、

すなわち、

「自分づくり」

「自分を確立する」

ということですね。

 

人生後半の課題、

「個性化」とは、

「自分の内なる可能性を

最大限に実現していくこと」

すなわち、

「自己実現」

のことです。

 

私たちは、つい、

「個性化」

「自己実現」

に目が向きがちですが、

実は、

「自我の確立」

「自分づくり」

をしっかりやっておかないと、

空回りしてしまうんですね。

 

たとえば、

いくら、自己啓発本を読んで、

実践して、自己実現を目指しても、

やっぱり、

自分に自信が持てないわけで・・・

(私のこと?)

 

日本では伝統的に、

「自分の考えを明言せず、

全体の空気を読んで

それに合わせること」

が重んじられ、

「他人からどう見られるか」

を気にし過ぎる傾向も強く、

それらが自我の確立を

妨げる要因になってきました。

なるほど~、

それはあるような気がします。

そのような背景もあって、

実際、五十代や六十代の人でも、

自我を十分には

確立できていない人が多く、

年齢的には

人生の後半に位置する人でも、

「自我の確立」

に取り組む必要がある人は

かなりおられるはずです。

たしかに、

特に、現代の日本人は

そうかもしれません・・・

 

本書で提案する生き方は、

自我をしっかり確立する

生き方であり、

自分という大地に

深く根を張って生きる生き方です。

 

人間を建物にたとえるならば、

まずはしっかりとした

基礎工事をやりましょうと

いうことです。

 

それをしないまま、

上にビルディングを

立てようとしても、

うまくいきません。

 

基礎工事をしっかりやること、

つまり自我をしっかり

確立することによって、

ユングのいう

人生後半の課題である

個性化(自己実現)

も進めていくことができるのです。

自我の確立あっての、

個性化(自己実現)なんですね。

 

たしかに、

自分という大地に深く根を張って

生きることができれば、

人の評価や、社会通念に

振り回されるようなことは、

少なくなりそうです(^^;

また、

本書で提案する生き方は、

悩みが迷いが

まったく消えてしまうような

生き方ではありません。

 

本書で提案するのは、

悩みや迷いを抱えていても、

思いどおりにならないこと

があっても、

辛いことや悲しいことがあっても、

どんなときも自分の人生を

「これでいい」

と受け入れて、

今この瞬間を

自分らしく輝いて生きる

生き方です。

 

どんな状況でも

本来の力を発揮できる自分、

そんな確かな自分を

確立する生き方なのです。

う~ん、

こんな生き方ができれば

幸せですよね。

 

どんなときも自分の人生を

「これでいい」

と受け入れて、

今この瞬間を自分らしく輝いて生きる。

 

ほんと、

そうありたいです。

 

では、具体的にどうすればいいのか。

 

次回に続きますね(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」

 

最終回の「本能寺の変」も終わってしまい、

寂しい限りですが、

その主人公、明智光秀が下巻で登場する、

遠藤周作さんの歴史小説、

 

反逆(上) (下) (講談社文庫)

 

 

で、私の印象に残ったところを、

紹介、解説しています(^^)

 

-----------------------------------------

 

明智光秀の長女「さと」

(麒麟がくるでは、お岸でした)

は、いわゆる政略結婚で、

荒木村重の長男、荒木村次に嫁ぎます。

 

政略結婚とはいえ、

二人は深く愛し合っていましたが、

荒木家が、織田信長に反旗を翻したため、

(光秀とは敵同士になるため)

離縁させられて、実家に戻ります。

そして、

光秀の重臣、明智秀満と再婚します。

 

秀満と「さと」の、切ない最期は、

前回のブログで

紹介させていただきました・・・

 

 

いっぽう、

尾道の地で生き延びていた

荒木村次は、

やがて、お家再興のために、

豊臣秀吉に仕え、

柴田勝家との、

賤ケ岳の戦いに臨みます。

 

しかし、

村次の属した部隊は、

敵に激しく攻め立てられ、

壊滅、敗走します。

 

途中、味方である

瀕死の少年武将に遭遇しますが、

水を与えただけで、

村次と、二人の部下は、

立ち去ろうとしますが・・・

 

 

「待て」

 

と村次は

彦七と稲吉に声をかけた。

 

怪訝な顔で立ち止まった

二人をおいて、

村次は引きかえした。

 

稲吉が驚いて

「何を・・・なされる」

 

「捨てて、おけぬ」

 

自分でもなぜ、

そのような衝動が起こったのか

わからない。

 

だが

血まみれの少年の顔に

蠅がたかっている光景が

不意に村次のまぶたに

甦ったのだ。

 

あの少年は

あそこで死ぬであろう。

 

堀井右三郎と言った。

縁もゆかりもない少年である。

 

しかしー

 

少年の顔が甦った時、

同時に一人の女の顔も

浮かんだ。

 

女の顔は

村次のかつての妻、

「さと」のそれだった。

 

(なりませぬ)

 

と、「さと」は村次にうながした。

 

(この無残さを

認めてはなりませぬ。

 

この無残さが・・・

村次さまとわたくしを

引き裂きました)

 

 

遠藤周作さんの小説には、

過去、

 

 

のブログでも紹介させていただきましたが、

このような、

「内なる声」が聞こえてくる印象的なシーンが

たびたびあります。

 

「内なる声」とは、

 

内なる、愛する人の声。

内なる、良心の声。

内なる、仏性の声。

内なる、神の声・・・

 

言い方はいろいろありますが、

 

小説、深い河

でいうところだと、

「たまねぎ」の声ですね(^^;

 

村次たちはたちどまって

草の中に仰むけになった

右三郎を凝視した。

 

感情のない眼をあけて

少年は死を待っていた。

 

もう動くことも

逃げることもできず、

その眼は

自分の運命を諦めて

甘受しようとしていた。

 

「連れて行くぞ」

 

と村次は

少年の背に手を入れた。

暖かかった。

 

敵の銃声は

もう間近に聞こえた。

 

彼らは逃げる高山勢の残党を

狙い撃ちしていた。

 

「滅相な」

 

と彦七が叫んだ。

 

「とても連れては参れませぬ。

わしらの命が危ない」

 

「知っておる。

だが・・・

助けねば荒木の名がたたぬ」

 

荒木の名がたたぬ。

 

なぜ、

そのような言葉が

口から出たのか

村次にもわからなかった。

 

この人間の無残さが

自分と「さと」とを

別れさせたのだ。

 

父と「だし」とを

引き裂いたのだ。

 

村次は

そう言いたかった。

 

少年を抱きかかえた時、

激しい銃声がすぐ近くで響いた。

 

村次は足に衝撃を感じ、

少年と共に

地面に倒れ転げた。

 

(そうか・・・

生きるとは、こういうことか)

 

痛みはまだなかった。

 

村次は少年を両手にかかえたまま、

そう思った。

 

 

このシーンは、

遠藤周作さんの創作ですが、

史実として、

荒木村次は、

この戦、賤ケ岳の戦いで、

足を負傷しています。

 

もしかしたら、

このようなドラマが

実際にあったのかもしれませんね(^^)

 

「助けねば荒木の名がたたぬ」

 

今まで、

荒木村重、村次父子は、

悪気はなかったとはいえ、

結果的に、

家臣や領民を見捨てて、

自分たちだけ生き延びてきた。

 

信長に反旗を翻してから、

ずっと逃げ続けた人生・・・

 

いわば、

「弱虫」だったんですね。

 

それが、

「愛」の力で、

遠藤周作さん的にいえば、

「強虫」になった・・・

 

 

 

で紹介した、コルベ神父が、

「愛はたやすくないのだよ」

と語りますが、

 

鉄砲で撃たれ、

少年と共に

地面に倒れ転げた村次の声、

 

(そうか・・・

生きるとは、こういうことか)

 

この、生きるとは、

「愛に生きる」

ということだと思います。

 

しかし、

ほんとうの愛に生きるのは、

たやすくない・・・

 

ほんと、そう思います。

 

だけど、私は、

ちょっぴり、憧れます(^^;

 

------------------------------------

 

以上、

遠藤周作さんの歴史小説、

反逆(上) (下) (講談社文庫)

を4回にわたって紹介、解説してきました。

 

明智光秀、というよりも、

信長や明智秀満、「さと」、

荒木村次の紹介が多くなりましたが(^^;

 

明智光秀を描いた小説としては、

垣根涼介さんの

光秀の定理

もおすすめします(^^)

 

おもしろくて一気読みですよ!

 

私は、

遠藤周作さんの「人生観」が好きなのですが、

氏の小説は、

純文学だけでなく、歴史小説も、

人間を、深いところで描いている感じがして、

読むと、毎回、自分が少し高まる気がします(^^;

 

今回、久しぶりに、

反逆(上) (下) (講談社文庫)

を読み返してみても、

そう思いました(^^;

 

有名どころの、

深い河

なども含めて、

まだ読んだことのない方は、

一度、お読みになってはいかがでしょうか。

 

おすすめします(^^)

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回は、別の本を紹介します(^^)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」

本日が最終回の「本能寺の変」でした!

 

さきほど終わりましたが、

いやあ、圧巻でしたね!

 

(見逃した方、土曜日に

再放送もありますので、是非!)

 

その主人公、明智光秀が下巻で登場する、

遠藤周作さんの歴史小説、

 

反逆(上) (下) (講談社文庫)

 

 

を、紹介、解説しています(^^)

 

(大河ドラマの原作ではありませんので、

ストーリーは違います(^^;)

 

前回は、

光秀が謀反、すなわち、

「本能寺の変」に至るまでの

ダークな心理を、

本から引用しながら解説しました。

 

今回は、

「本能寺の変」後の場面で、

私が印象的に感じた

遠藤周作的「愛の場面」

を紹介、解説していきます(^^;

 

------------------------------------------

 

少し、要約します。

 

時代が、さかのぼりますが・・・

 

明智光秀の娘と言えば、

三女の細川ガラシャが有名ですが、

長女の「さと」

(麒麟がくるでは、お岸)は、

この小説の上巻の主人公でもある、

荒木村重の息子、荒木村次に嫁ぎます。

 

いわゆる、政略結婚ですね。

 

しかし、

荒木村重が、

織田信長に反旗を翻したため、

(光秀とは敵同士になるため)

離縁させられて、実家に戻ってきます。

 

政略結婚とはいえ、

実は、若き2人、

「さと」と村次は、

愛し合っていたんですね。

 

しかし、荒木一族の謀反によって、

仲を引き裂かれた・・・

 

出戻りになり、

寂しげな「さと」を見るに見かねて、

父親の光秀は、

一族の重臣、明智秀満と再婚させます。

 

秀満は、彼女よりも19歳も年上。

堅物で、真面目だけが取り柄の男。

 

愛する荒木村次は、遠く尾道の地で、

まだ生き延びているという・・・

 

「さと」の気持ちは、

ずっと村次にあるまま、

秀満を疎ましく感じていました。

 

そして、本能寺の変。

 

その後の天王山、山崎の戦いで、

明智光秀が敗れ、のちに、切腹。

 

明智軍の本拠地、

明智秀満が守る近江坂本城に

秀吉の大軍が迫り、

やがて包囲されます・・・

 

(以下、引用)

「なぜ、逃げぬ」

 

と、夫(明智秀満)は

立ちはだかったまま、

たすねた。

 

「今ならば城の外に逃げられる」

 

「逃げるのでござりますか」

 

唖然として

さとは夫にたずねた。

 

秀満の口からは

そのような言葉をきこうとは

全く考えてはいなかった。

 

「とりあえず

宮津に逃げられよ。

 

細川藤孝さまならば

情もおありだ。

きっと毛利の城に

送り届けてくださる」

 

さとは

驚愕して夫の言葉を

聞いていた。

 

「そして・・・

尾道に参られるがよい」

 

夫は眼をしばたたいて、

尾道という地名を口にした。

 

「なぜ・・・尾道で、ございます」

 

と、さとは

静かにたずねた。

 

「(荒木)村次殿は・・・

そこに御所在の筈だ」

 

「村次さまのもとに

行けと申されるので

ございますか」

 

「そこもとが村次殿を

忘れかねていることは

知っている。

 

無理もない。

 

この秀満は、

村次殿にくらべ若うもない。

はなやかでもない。

 

命じられたことを

大事に果たす

それだけの男だ」

 

さとは、茫然とした。

 

この夫が―

今日まで感情らしい感情を

ほとんど表情にみせず、

律儀に、真面目に

光秀の指図を果たしてきた男が、

さとの心の秘密を知っていた。

 

見抜いていた。

 

彼は知りながら、

知らぬふりをしてくれて

いたのだ。

 

父親のような思いやりと

いたわりとが

夫にそのような演技を

させたのにちがいない。

 

「かたじけ・・・」

 

と、さとは

息とともに溢れてきた

泪をのみこんで

 

「かたじけのう・・・ございます」

 

(中略)

 

「さ、早う逃げよ」

と秀満はせいた。

 

「逃げませぬ」

 

さとは顔をあげ、

きっとした声を出した。

 

このような表情を

彼女がみせるのは

秀満にとっても

初めての経験だった。

 

人形のように―

と言っては大袈裟になる。

 

だがいつも

父や夫の前では

嫌とは決して口に出さなかった

従順な女が

強情そのものの

素顔をだした。

 

秀満はたじろいた。

 

「さとは・・・」

 

と彼女は

夫を見つめて答えた。

 

「秀満さまのおそばにて、

自害、いたします」

 

 

明智秀満は、

男の中の男ですね・・・

 

これが、ほんとうの愛、

というものかと思います。

 

最後に、秀満の愛が、

さとに伝わった。

 

そして、

秀満と共に自害する道を選ぶ、

さと。

 

う~ん、

戦国の世とはいえ、

切ないですね・・・

 

織田信長の妹である

お市の方も、

初婚の浅井長政が、

小谷城落城時に自害する際には、

脱出しますが、

最後は、北ノ庄城で、

再婚相手であった、

柴田勝家と、共に自害しますね。

(3人娘は逃しますが(^^;)

 

もちろん、

このような美しい死ばかりではなく、

本音は生き延びたかったのに、

道連れにさせられた死も、

多かったと思いますが、

いずれにしても、

落城の際には、

いろいろな、人間ドラマがあったんだろうと

想像します。

 

死を目前とすると、

人間の「生きざま」が、浮き彫りになる・・・

 

 

ちなみに、

尾道の地で生き延びていた

荒木村次は、

やがて、お家再興のために、

豊臣秀吉に仕え、

柴田勝家との、

賤ケ岳の戦いに従軍するのですが・・・

 

次回に続きますね(^^;

 

今回も、

最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」。

 

いよいよ、

2月7日(日)「本能寺の変」

で最終回ですが、

その主人公、明智光秀が下巻で登場する、

遠藤周作さんの歴史小説、

 

反逆(上) (下) (講談社文庫)

 

 

を紹介、解説しています(^^;

 

(ちなみに、NHK大河ドラマの原作ではありませんので、

ストーリーは違います(^^;)

 

前回は、

主に織田信長の、

現代の心理学でいうところの、

「自己愛性パーソナリティ障害」

的なところと、

それに至る生い立ちの一部を紹介しましたが、

今回は、

明智光秀の、

「本能寺の変」に至る心の動きに、

この小説から引用をしながら、

迫ってみたいと思います(^^;

 

---------------------------------------

 

信長は、

威光を朝廷や家臣に示すために、

「馬ぞろえ」のデモンストレーションをおこないます。

 

彼は、そこで、

「神」のごとく、自信たっぷりに振る舞います。

 

その時・・・

 

突然―

 

光秀のまぶたに、

別の顔がうかんだ。

 

一人の小坊主の

顔である。

 

それは

光秀も加わらねばならなかった

比叡山焼き討ちの

夜のことだった。

 

他の小坊主や

女たちと共に

数珠つなぎに引きくくられ

坂本の陣所に

引き立てられてきた

捕虜たちのなかに

その小僧はいた。

 

年は十歳か、

十一、二歳だったろう。

 

裸で泥まみれになった彼は

他の者とおなじように

恐怖と不安とで

顔をゆがめていた。

 

信長がたまたま

そばを馬で通り過ぎた時

 

「お助けなされ侯え、

お助けなされ侯え」

 

と小僧は大声で

泣きながら叫んだ。

 

「お助けなされ侯え」

 

馬上から信長は

少年をつめたい、

冷静な目で見おろした。

 

光秀はたまりかね

 

「悪僧の儀は是非に及ばず、

これは罪とがなき

小坊主たちにござります」

 

といった。

 

信長は黙殺した。

 

ひとこと

「ことごとく成敗いたせ」

と答えた。

 

その瞬間の小坊主の

恐怖にひきつった眼。

 

それが今、

光秀の心に甦り、

そして彼はそっと

信長の顔をぬすみ見た。

 

(このお顔に、

たった一度でよい)

 

突然、

心のなかで言う声があった。

 

(あの小坊主と

おなじ表情が浮かぶのを見たい。

恐怖でゆがんだ・・・表情を・・・)

 

信長は、

一度、敵対したものには、

容赦ないんですね。

 

比叡山焼き討ちだけでなく、

長島の一向一揆や、

この小説でも登場する、

荒木村重逃亡後の

有岡城に残された女子供たちを、

皆殺し。

大虐殺をしています・・・

 

豊臣秀吉も、

天下を取るまでは、

「人たらし」と言われ、

敵でさえも、

味方にしてしまう魅力があったのですが、

晩年は、おいの豊臣秀次の一族を、

女子供含めて皆殺しにしたり、

残虐性をあらわにしています。

 

やはり、

絶大な権力を握ると、

人間、おかしくなるのでしょうか。

 

ちなみに、

私が好きな、上杉謙信は、

有力家臣や、味方の勢力に、

何度も裏切られています(^^;

 

その度に許し、また、裏切られ、許し・・・

を繰り返します。

 

「あほか!」

と思います(笑)

 

たしかに、

この甘さが、弱点でもあったと思いますが、

しかし、この懐の深さが、

幕末まで上杉家を存続させる

遠因になったのではないかと、

勝手に想像しています(^^;

 

話がそれましたが、

 

(このお顔に、

たった一度でよい)

 

突然、

心のなかで言う声があった。

 

(あの小坊主と

おなじ表情が浮かぶのを見たい。

恐怖でゆがんだ・・・表情を・・・)

 

このダークな気持ち・・・

 

ふだんはシャドーとして、

心の中に抑圧していますが、

実は、誰の心の中にも、

あるのだと思います。

 

もちろん、私の心の中にも。

 

社長に対して・・・

 

いや、やばいやばい(笑)

 

たとえば、

少し違うかもしれませんが、

有名人が、ちょっとした過失をしたときに、

やたらと糾弾されるのは、

大衆それぞれの中に、

鬱積しているダークな気持ちが、

噴出するせいかもしれません。

 

日頃から、

私たちには、そのようなダークな気持ちが

眠っていることを「自覚」して、

変に暴走しないように心がけたいですね(^^;

 

あとは、

力を持っている立場の時は、

うぬぼれることなく、

謙虚に振る舞うことですね(^^;

(自戒をこめて)

 

 

光秀に、

このような、ダークな気持ちが、

芽生え始めた時に、

折り重なるように、

信長が冷たい仕打ちをするようになった。

すなわち、

 

・光秀が、間に入って交渉していた

長宗我部元親との誓約を踏みにじり、

面目をつぶした

 

・急に丹波、近江の所領を取り上げ、

代わりに、まだ未征服の

出雲、岩見に移封すると言い出した。

 

※特に、これは一族、家臣のことを考えても、

のめない話ですね。

 

その思いは、最後に、

「佐久間信盛のように、用なしと思われて、

追放されるのではないか」

という怖れにつながった・・・

 

(上さまの・・・あの顔に・・・怯えの影を見たい)

 

そして、

本能寺の変へと突入することに・・・

 

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ということで、

本から引用をしながら、

光秀が、本能寺の変に至る心理を

紹介、解説してきました(^^;

 

ちなみに、

これ以外に、この小説では、

光秀を謀反の道へいざなうべく、

背中を押した人物(達)が登場します。

 

光秀と信長、2人を殺そうとした人物(達)で、

光秀に竹やりで致命傷を負わせたのも・・・

 

いや、まずい、

ネタバレになりますね(^^;

 

興味のある方は、

是非、小説をお読みください!

(放り投げてすみません(^^;)

 

真実は藪の中ですが、

「さもありなん」

と思えますよ!

 

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NHK大河ドラマ、

最終回楽しみですね!

 

何が、謀反の決め手となったのか?

 

歴史って、いろんな解釈があって、

面白いですね!

 

今回は、

ダークな部分に焦点を当てたので、

次回は、この小説から、

本能寺の変の、後の場面で、

遠藤周作的「愛」の部分に焦点を当てて、

紹介、解説します(^^)

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)