ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 
NHK大河ドラマ「麒麟がくる」
いよいよ、
2月7日(日)「本能寺の変」
で最終回ですね!
 
私は、すべての回を
見ている訳ではないのですが、
最終回が近づくにつれて、
ぐいぐい惹きつけられています(^^;
 
織田信長と明智光秀との緊迫したやりとりが、
毎回、臨場感あふれていて、
もう、ハラハラ!ドキドキ!
(長谷川博己さんの熱演もすばらしい!)
 
このドラマで最後に描かれる、
光秀謀反の決め手となるのは、
いったい、何なのでしょうか?
(あれこれ予想しています・・・)
 
日曜日の最終回が待ち遠しい(^^;
 
 
で、今回は、
明智光秀を描いた小説を
紹介したいと思います。
 
光秀を描いた小説は、
いくつかあるのですが、
今回は、私の好きな作家、
遠藤周作さんの、
 
を紹介、解説します(^^)
 
遠藤周作さんといえば、
「沈黙」
「海と毒薬」
「深い河」
などの純文学が有名ですが、
歴史小説も
けっこう書かれています。
 
歴史小説といえば、
司馬遼太郎さんが有名で、
私も愛読していますが、
遠藤周作さんのそれも、
負けず劣らず面白い!
 
キリシタン武将が
登場する小説が多いのですが、
さすが遠藤周作さん、
人間の弱さや、苦しみ、葛藤といった
心理描写を描くのが巧みなので、
思わず感情移入してしまいます(^^;
 
で、この、
では、
織田信長に反逆した武将たちが
登場するのですが、
主に、荒木村重(上巻が中心)
と明智光秀(下巻)
が中心に描かれています。
 
なぜ、彼らは、
信長に対して、反逆したのか?
 
明智光秀にフォーカスして、
紹介、解説しますね(^^)
 
多くの小説でもそうですが、
この小説でも、
信長は、「魔王」として、
描かれています。
 
度重なる成功体験を
積み重ねることによって、
「神になる意志」を持ちはじめる・・・
 
たしかに、
信長は天才的な武将ですが、
要は、ちょっと勘違いしはじめるんです。
 
たとえば、
信長が若かりし頃から、
影になり日向になり支えてきた、
老臣、佐久間信盛父子を、
石山本願寺攻めの甘さがあったという理由で、
いきなり高野山へ追放するんですね・・・
 
(老いた者を上さまは、
次々と捨てられる)
 
(中略)
 
長いあいだ
会社のために働いてきた男が、
年をとると窓ぎわ族に
追いやられるが、
信長の仕打ちは
それより過酷だった。
 
何から何まで取り上げ
古草履のように捨てるのである。
 
だが捨てられた者の恨みは残る。
 
その恨みを
信長ほど背負った者はない。
 
それを感じているから
彼の顔には憂鬱な影がある。
 
しかしそれを
撥ねかえすためにも
信長はいつも傲然(ごうぜん)と
天に向かって顔をあげていた。
 
信長は自分の力しか
信じまいとした。
 
信長は、
人を道具として見るところがあって、
だからこそ、身分に関係なく、
実力のあるものを登用したり、
(秀吉がそうですね)
旧態依然とした時代を変革することが
できたのですが、
いかんせん、「情」がなさすぎた・・・
 
だから、
松永久秀や荒木村重、
そして、ついに明智光秀にも裏切られ、
最期は非業の死を遂げるわけです。
 
光秀は、
「明日は我が身」
と思ったのかもしれません。
 
もちろん、
このような非情さがあったからこそ、
新しい時代を切り開くことができたのだと
思いますが、
これでは、いずれ、
自滅してしまいます。
 
ちなみに、
信長は、心理学的にいうと、
典型的な、
だったのではないかと推察します。
(話したこともないし、
勝手な推察ですが(^^;)
 
「自己愛性パーソナリティ障害」
の特徴の中で、
  • 絶え間ない賛美と称賛を期待する
  • 自分は特別であると信じており、その信念に従って行動する
  • 人の感情や感覚を認識しそこなう
  • 人が自分のアイデアや計画に従うことを期待する
  • 人を利用する
  • 劣っていると感じた人々に高慢な態度をとる
  • 多くの人間関係においてトラブルが見られる
などは、信長に、
ばっちり当てはまります。
 
現代の有名人だと、
三島由紀夫さんが、
そうだったといわれていますし、
いわゆる独裁者は、
その傾向が強いのではないかと思います。
 
その信長について、
遠藤周作さんはこう語っています。
 
信長が誰をも信じなくなったのは、
幼い時、
生母に引き離され、
しかもその生母までが
弟の信行を世継ぎと決めて、
信長抹殺を計ったときからである。
 
事実、
弘治二年、
弟の信行の家臣たちは
信長を攻め、
肉親同士の戦いが行われた。
 
信長は後に
この弟を清州城に招いて、
手の者に命じて謀殺させた。
 
実の母親までが信じられぬ―
 
この思い出は
信長のその後の人間観に
大きな影響を与えている。
なるほど・・・
 
そう考えると、
信長が、魔王のようになってしまったのも、
無理もない・・・
と、少し理解できるような気もしますが、
 
でも、
やっぱり、
私は、
信長のような上司には、
絶対に仕えたくないですね(笑)
 
 
と、今回は、
信長に焦点を当ててしまいましたが、
次回は光秀の心理を中心に、
紹介、解説していきますね(^^;
 
今回も、
最後までお読みくださいまして、
有り難うございました(^^)
 
 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

共感と自己愛の心理臨床

(著者は安村直己さん)

 

 

というカウンセリングの専門書から、

「二者心理学」

(間主観的アプローチ)

の考え方について、

解説しています(^^;

 

二者心理学とは、

聞きなれない言葉だと思いますが、

 

「人の心は、外から客観的に観察できない」

 

というパラダイム(ものの見方)の心理学で、

コフートの自己心理学などから、

発展しました。

 

いわば、

今、最先端のカウンセリング手法ともいえます(^^)

 

この本に、具体的な臨床例が

挙げられていますので、

引用させていただきます(^^;

 

(以下、引用)

 

----------------------------------------

 

25歳の男性である。

 

これまで他者との安定した関係を

維持できたことがなく、

長年、家に閉じこもっていたが、

その後、

多くの治療機関を渡り歩くようになり、

カウンセリングを受けてきた。

 

しかし、

結局どこも長続きせず、

治療も中断していた。

 

彼は対人的に極度に敏感で、

他者の言動をすぐに被害的に捉え、

混乱し、

パニックを起こすことが常だった。

 

その後、

筆者の元に来所し、

個人心理療法を開始した。

 

以下は、

治療を開始した初期の頃の

ある面接場面でのやり取りである。

 

(「 」内はクライエント、

< >内は治療者の言葉)

 

----------------------------------------

 

「・・・あのー、僕に対して、

何か嫌悪感をもってられませんか?」

 

<嫌悪感?・・・持ってないけどー>

 

「あー、そうですかー・・・

 いやーそれがわからなくて・・・」

 

<ああーそうー・・・>

(治療者は何かおかしくなってきて、

思わず笑い出してしまったところ、

クライエントもつられて笑い出す)

 

「それがーまあー・・・

表現してくださるといいんですけどもー・・・」

 

<毎回、”嫌悪感、もってませんよー”って言うの?

(治療者:笑い)

 

「まーそんなことは変ですけどー」

 

<うーん、そうやろうー>

 

「うーん、でもいまの”毎回言うのか?”

って言われたの、

ちょっと攻撃を含んでませんでしたかー?」

 

<ああーそうかー(治療者:笑いがこぼれる)

 

「ちょっと、意地悪いというかー(クライエント:笑い)

 

<そうだねー、ちょっと意地悪だったねー

(治療者:笑い)、いやー、すいませんー>

 

「はあー・・・、まーそうですねー・・・

(クライエントは落ち着いた調子になって沈黙し、

何か考えている様子)・・・・・・

そういう相手がどう思っているかが・・・

分からなくてー・・・」

 

<そうだね、それは見えないもんねー・・・

(治療者はクライアントの苦悩に共感していた)

 

「・・・それでー先生の方も、なるべくいまみたいに、

自分の意見とか、考えていることを

言ってほしいんですよー」

 

<ええ、そうしますよ>

 

「ええー・・・ それを言ってもらえないと、

何か、冷たく観察されているような感じがしてー・・・

”そう”と言われるだけでは、

それが否定なのか肯定なのか、

よく分からないんでー」

 

<あー、そうだね>

 

「以前、受けていたところの先生は、

わざとそうして、

分からないようにしていたみたいですけどね・・・

”言っていること、理解できるなー”

と思ってるのか、

”何を言っとるんや、こいつはー”

と思っているのか、分からなくてー・・・

どう思われているんだろうというのが、

すごく気になってきて、

それで最後は通うのも止めてしまったんですー」

 

(引用、終わり)

 

-----------------------------------------

 

何だか、

すごくフランクで、

カウンセリングっぽくないですよね(^^;

 

おもわず、

「笑い」が生じたりして・・・

 

カウンセラーも、

傾聴に徹するというわけではなく、

自分の正直な気持ちを、

伝えたりしています。

 

治療者は、

これらの交流を交わす中で、

そのように本音と本音で

対等にクライエントと

交流できていることの

喜びと楽しさを感じていた。

 

おそらく彼(クライエント)も

そうだったであろう。

そうですね。

それによって、

クライエントは、本音を話すことができた。

 

彼は、

以前の治療者は、

わざと自分の意見や考えを

クライエントに知られないように隠し、

自分は冷たく

「観察」

されていたように

感じていたことを語った。

 

これは、まさに

禁欲原則を維持する治療者が、

クライエントによっては、

そのように体験されていることを

具体的に示すものと思われる。

 

この「禁欲原則」というのは、

いわゆる古典的な一者心理学、

すなわち、

カウンセラーは、傾聴しかしない、

自分のことは話さない、

ということです。

 

それだと、

たしかに、クライエントの立場から見ると、

冷たく感じるのかもしれません(^^;

 

そうした安全感をベースとした、

お互いに安心して

自由に探索を続けあうことのできる

雰囲気が醸成されていれば、

そこには

創造的コミュニケーションである

「治療的相互交流」

が生じてくる可能性が

自然に高まるのではないかと

思われるのである。

 

深く同意します(^^)

 

もちろん、

カール・ロジャース

の来談者中心療法、

すなわち、

「傾聴」と「共感」が大切なのは、

いうまでもありません。

 

ベースに、しっかりとした、

「傾聴」や「共感」能力がなければ、

クライアントに、

まともな支援はできないと思います(^^;

 

しかし、

「傾聴」だけでは、

近年増加している、

パーソナリティー障害(自己愛の傷つき)

や依存症の傾向があるクライアントには、

なかなか対応できないといいます。

 

したがって、

カウンセリングの幅を広げていく

という意味でも、

二者心理学をプラスして

学ぶ価値はあると思います(^^;

 

二者心理学は、

臨床心理学の

「パラダイムシフト」

であるともいえます。

 

ちなみに、

物理学の世界でも、

「物質は客観的に観察できる」

というパラダイムが転換しているそうです(^^;

 

物質を構成する、

分子、原子の最小単位である素粒子は、

波動である。

 

その波動は、

何と、観測する人間の意識の影響を受けて

存在のありようが変わるというのです!

(ちょっとびっくりですが)

 

物質でさえ、

そうなのですから、

カウンセラーが、クライアントのことを、

客観的に観察したり、

分析することはできない。

(カウンセラーによって変わるわけですから(^^;)

 

カウンセリングとは、

カウンセラーとクライアントの、

二人の主観が出会う場である。

 

したがって、

カウンセラーも、

ひとりの主観をもった人間として、

生身の人間として、

自分のキャラクターを生かしながらも、

謙虚に、誠実にやっていく必要が

あると思います。

(上から目線に、なることなく(^^;)

 

---------------------------------------

 

以上、

共感と自己愛の心理臨床

というカウンセリングの専門書から、

「二者心理学」

(間主観的アプローチ)

の考え方について、

解説してきました。

 

「二者心理学」

(間主観的アプローチ)

は、私も絶賛修行中!

の身ですので、

頭では理解できても、

実際には、なかなか、

引用した臨床例のように、

フランクには、できないのですが・・・

 

今回は、ちょっと背伸びをして、

解説をさせていただきました(^^;

 

「二者心理学」

(間主観的アプローチ)

の考え方は、

カウンセリングだけでなく、

日常生活でも生かせると思います(^^)

 

私たちは、

なまじ、心理学の知識があったりすると、

ついつい、相手のことを、

心理学的に分析して、

わかった気になってしまいます。

(どきっ、私のこと?)

 

いわゆる、

ダウンローディングというやつですね(^^;

 

たとえば、

やたらと自慢する人と接すると、

「あの人は、自己愛性パーソナリティ障害に違いない」

と勝手に決めつけてしまったり・・・

 

でも、人は、

それぞれに主観があり、

お互いに影響し合いながら、

二人の関係を共に創り上げているわけです。

 

たとえ、私の前では、

パーソナリティ障害の傾向があったとしても、

別の人の前では、違うかもしれません(^^;

 

「人のパーソナリティは、対人関係の数だけある」

(社会心理学者サリバンの言葉)

 

そう思っていれば、

より友好的な人間関係が、

築きやすくなるような気がします。

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は、

フィナーレに向かって、

盛り上がっている、

NHK大河ドラマの主人公についての本を、

紹介、解説します!

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回は、

共感と自己愛の心理臨床

(著者は安村直己さん)

 

 

というカウンセリングの専門書から、

「二者心理学」

の考え方について、

解説していきたいと思います。

 

二者心理学?

 

多くの方は、

ご存じないと思います(^^;

 

ちょっと専門的になりますが、

この考え方を知ると、

カウンセラーやコーチ、セラピストの方以外でも、

日常生活で、いろいろと役立つと思いますので

紹介させていただきます(^^)

 

 

私は、

カウンセラー(メンタルコーチ)

のプロ資格を取得しているのですが、

師匠の野口嘉則さんから、

今でも継続して学んでいます(^^;

 

その学びの中心が、

二者心理学という、

最先端のカウンセリングの

考え方と実践です。

 

二者心理学とは、

 

「人の心は、外から客観的に観察できない」

 

というパラダイム(ものの見方)。

 

コフートの自己心理学などから、

発展した考え方です。

 

対して、

一者心理学とは、

いわゆる

「古典的心理学」

のことで、

フロイト、ユング、アドラー、ロジャースといった、

ビックネームの心理学は、

ほとんどが一者心理学です(^^;

 

すなわち、

 

「人の心を、独立したシステムとして捉える」

「外から客観的に観察できる」

 

というパラダイム(ものの見方)です。

 

特に、従来の物理学に近い

「神の視点」ともいわれる、

フロイトの心理学に、それが顕著です。

 

二者心理学の、

カウンセリングセッションとは、

 

「クライアントの主観と、

カウンセラーの主観が出会う場」

したがって、

「お互いに影響し合いながら、

二人の関係を共に創り出している」

 

ということになります。

 

つまり、

「カウンセラーのキャラクターによって、

クライアントのキャラクターも変化する」

(逆もしかり)

ということなんです(^^;

 

ですので、

クライアントの感情だけに

焦点を当てるのではなく、

二人の間に起きていることを話題にし、

セッションを深めていったりします。

 

これを、

ちょっと固い心理学用語でいうと、

「間主観的アプローチ」

といいます。

 

この本に、具体的な臨床例が

挙げられていますので、

引用させていただきますね(^^;

 

以下、引用、

 

----------------------------------------

 

25歳の男性である。

 

これまで他社との安定した関係を

維持できたことがなく、

長年、家に閉じこもっていたが、

その後、

多くの治療機関を渡り歩くようになり、

カウンセリングを受けてきた。

 

しかし、

結局どこも長続きせず、

治療も中断していた。

 

彼は対人的に極度に敏感で、

他者の言動をすぐに被害的に捉え、

混乱し、

パニックを起こすことが常だった。

 

その後、

筆者の元に来所し、

個人心理療法を開始した。

 

以下は、

治療を開始した初期の頃の

ある面接場面でのやり取りである。

 

(「 」内はクライエント、

< >内は治療者の言葉)

 

-----------------------------------

 

「・・・あのー、僕に対して、

何か嫌悪感をもってられませんか?」

 

<嫌悪感?・・・持ってないけどー>

 

・・・

 

-----------------------------------

 

このカウンセリングは、

はたして、うまくいくのでしょうか?

 

次回に続きますね(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今話題の新書、

人新世の「資本論」 (集英社新書)

(アマゾンにリンク張っています)

 

 

を5回にわたって、

紹介、解説しています。

 

今回が最終回です(^^;

 

前回、

気候変動による、

環境危機を防ぐには、

 

「脱成長」

 

路線しか選択肢はないという

著者の主張を紹介しました。

 

そして、

その鍵を握るのが、

カール・マルクスさんの

晩年の思想だと述べました。

 

「コモン」

 

という発想です。

 

「コモン」

とは、

社会的に人々に共有され、

管理されるべき富のこと。

 

水や電力、住居、

医療、教育といったものですね。

 

それらを、

グローバル企業や

国家が管理をするのではなく、

自分たちの力で

民主主義的に管理することを

目指すというものです。

 

それが、

「脱成長コミュズム」

です。

 

本書では、

具体的な事例として、

スペイン、バルセロナ市政の

取り組みが紹介されています。

 

すごいですよ!

バルセロナは、2020年1月に、

独自の「気候非常事態宣言」

を出しているんです。

 

新型コロナの、

非常事態宣言ではないですよ(^^;

(コロナ禍の前ですね)

 

興味のある方は、

是非、本書をお読みください(^^)

 

ちなみに、

本書では、

コロナ禍も、気候変動も、

「人新世」

すなわち、

「人類が地球を破壊しつすく時代」

の矛盾が顕在化したものだと

述べられています。

 

どちらも、

「資本主義」

の産物だというのです。

 

感染症のパンデミックも、

構図は似ている。

 

先進国において

増え続ける需要に

応えるために、

資本は自然の深くまで

入り込み、

森林を破壊し、

大規模農場経営を行う。

 

自然の

奥深くまで入っていけば、

未知のウイルスとの接触機会が

増えるだけではない。

 

自然の複雑な生態系と異なり、

人の手で切り拓かれた空間、

とりわけ

現代のモノカルチャーが占める空間は、

ウイルスを抑え込むことが

できない。

 

そして、

ウイルスは変異していき、

グローバル化した

人と物の流れに乗って、

瞬間的に世界中に

拡がっていく。

 

しかも、

パンデミックの危険性は

専門家たちによって

以前から警告されていた。

 

気候変動の危機の到来を

科学者たちが

悲痛な声で

警鐘を鳴らしているように。

 

たしかに、

コロナ禍も、

人類に対する

「脱成長」路線への

メッセージなのかもしれませんね。

 

私たちは、

SDGs」(持続可能な開発目標)

で取り組む以上の、

価値観の転換が

求められているのかもしれません。

 

本音をいえば、

私は、今のままの、

豊かな生活が、

今後も営めればいいと思います。

 

できれば、

このままでいたい。

 

変えたくない・・・

 

しかし、

それでは、地球環境がもたないわけで。

 

う~ん・・・

 

 

たとえば、

身近なところで考えますと、

私の好きな「本」というジャンル。

 

書店さんにいくと、

本が潤沢に溢れています(^^)

 

私は、それをみるだけで、

ワクワク!するのですが、

何と、返品が3割くらいあるんですね。

 

3割の本は、

売れずに出版社に返品されてしまう(^^;

 

書籍の場合は、

カバーを変えたり改装したりして、

再出荷される場合もありますが、

雑誌はもちろんすべて、

書籍の多くは最終的に処分されることになります。

 

古紙化はされますが、

すごい資源の無駄なんです(^^;

 

そう考えると、

環境を第一に考えると、

電子書籍や、オンデマンド印刷(受注生産)

のほうが、望ましい・・・

 

本は「紙派」の私としては、

電子書籍や、オンデマンド印刷が増えて、

書店さんに今ほど潤沢に

本が並ばなくなっていくことは、

悲しい限りですが、

将来的には、それを甘んじて受け入れないと

いけないのかもしれません。

 

そんなことを、

ふと思いました。

 

----------------------------------

 

以上、5回にわたって、

今話題の新書、

人新世の「資本論」 (集英社新書)

の内容の一部を、

紹介、解説してきました。

 

この本のすばらしいところは、

資本主義を批判するだけでなく、

対案、すなわち、

「脱成長」路線への、

具体的な提言がなされてているところです。

 

「使用価値経済への転換」

「労働時間の短縮」

「画一的な分業の廃止」

「生産過程の民主化」

「エッセンシャル・ワークの重視」

の5つです。

 

どれも、実現するには、

ハードルは高いと思いますが、

説得力があります(^^)

 

興味のある方は、

是非、本書をお読みください!

 

最後に、

著者、斎藤幸平さんの、

熱いメッセージを紹介します(^^;

 

「3.5%」の人々が、

本気で立ち上がると、

社会は大きく変わるというのです。

 

これまで

私たちが無関心だったせいで、

1%の富裕層・エリート層が

好き勝手にルールを変えて、

自分たちの価値観に合わせて、

社会の仕組みや利害を

作りあげてしまった。

 

けれども、

そろそろ、

はっきりとしたNOを

突きつけるときだ。

 

冷笑主義を捨て、

99%の力を見せつけてやろう。

 

そのためには、

まず3.5%が、

今この瞬間から

動き出すのが鍵である。

 

その動きが、

大きなうねりとなれば、

資本の力は制限され、

民主主義は刷新され、

脱炭素社会も

実現されるに違いない。

 

ちょっと、忘れていた心に、

火をつけていただけたような気がします(^^)

 

 

今回も、最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回は別の本を紹介します(^^;

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今話題の新書、

人新世の「資本論」 (集英社新書)

(アマゾンにリンク張っています)

 

 

を4回にわたって、

紹介、解説しています(^^)

 

前回は、

地球温暖化、

すなわち、環境危機を防ぐために、

 

グリーン・ニューディール

(技術革新による環境保護と

経済成長の両立)

や、

SDGs

(持続可能な開発目標)

といった、

いわゆる、

「緑の経済成長」路線

を紹介しました。

 

それらは、

もちろん必要不可欠ではありますが、

それだけでは不十分。

 

時間的に間に合わない・・・

 

では、どうすればいいのか?

 

「脱成長」路線しかない。

 

ただ、それだと、

そもそも、

あくなき成長を目指すのが本質である

「資本主義」とは相いれない。

 

地球環境の破壊を

行ってる犯人が、

無限の経済成長を追い求める

資本主義システムだからだ。

 

そう、資本主義こそが、

気候変動をはじめとする

環境危機の原因に

ほかならない。

 

資本主義とは、

価値増殖と資本蓄積

のために、

さならる市場を絶えず

開拓していくシステムである。

 

そして、

その過程では、

環境への負荷を

外部に転化しながら、

自然と人間からの

収奪を行ってきた。

 

(中略)

 

資本は、手段を選ばない。

 

気候変動などの環境危機が

深刻化することさえも、

資本主義にとっては

利害獲得のチャンスになる。

 

山火事が増えれば、

火災保険が売れる。

 

バッタが増えれば、

農薬が売れる。

 

う~ん、たしかに、

ニーズを商品化して、

商機を見いだすのが資本主義ですから・・・

 

資本主義の本音は、環境よりも、

ニーズを満たすことを優先しがちです。

 

そして、私たちは、

その資本主義にどっぷり浸かっています。

 

資本主義の恩恵を受けまくっています(^^;

 

しかし、その資本主義では、

「脱成長」路線は難しい。

 

「脱成長」路線でないと、

地球環境は、この先もたない。

 

ジレンマ・・・

 

いったい、どうすればいいのか???

 

著者は、

カール・マルクスさんの後期の思想に、

ヒントがあるといいます。

 

えっ、

マルクス?

 

世界史で習いましたね(^^;

 

共産主義、旧ソ連、

スターリンなどを、つい連想してしまいます。

 

正直、ちょっと危険な感じ・・・

 

そもそも、

旧ソ連崩壊によって、

その使命は終えたのでは?

 

いや、

著者は、そうでもないといいます(^^;

 

むしろ、

アメリカの若者たちが、

「社会主義」を資本主義よりも

好ましい体制とみなすような

世論調査もあるようです。

 

では、

マルクスの思想の、

何が、環境危機を打開するヒントになるのか?

 

<コモン>

すなわち、

社会的に人々に共有され、

管理されるべき富。

 

という考え方です。

 

<コモン>は、

アメリカ型新自由主義と

ソ連型国有化の

両方に対峙する

「第三の道」

を切り拓く鍵だといっていい。

 

つまり、

市場原理主義のように、

あらゆるものを

商品化するのでもなく、

かといって、

ソ連型社会主義のように

あらゆるものの国有化を

目指すものでもない。

 

第三の道としての

<コモン>

は、水や電力、住居、

医療、教育といったものを

公共財として、

自分たちで民主主義的に

管理することを目指す。

 

なるほど・・・

 

すみません、中途半端ですが、

次回に続きますね(^^;

 

今回も、

最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)