ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
サッカー日本代表、
強豪スペインに勝ちましたね!
素直に嬉しいです\(^_^)/
この後、じっくり録画を見ようと思います(^^)
で、本題に入りますが、
日本を代表する偉大な実業家、
稲盛和夫さんのミリオンセラー、
の内容で、
私の印象に残ったところを
紹介してきました。
今回で最終回です(^^;
今回紹介する考え方は、
この本を読んで以来、
私がかなり影響を受けている
ものなのですが、
シェアさせていただきますね。
稲盛和夫さんは、
人生の法則といいますか、
人生をつかさどる
「見えざる手」
が二つあるといいます。
一つは、
運命です。
人はそれぞれ
固有の運命をもって
この世に生まれ、
それがどのような
ものであるかを
知ることができないまま、
運命に導かれ、
あるいは促されて
人生を生きていく。
異論のある方も
おられるでしょうが、
私はこの運命の存在は
厳然たる事実であると
考えています。
人は、生まれてくる前に、
おおまかな人生のアウトラインを
決めてくるという説がありますが、
私も、この「運命」という大きな流れは、
あるような気がします。
私自身、
「何か」に導かれているという感覚を、
うっすらとですが、
感じることがありますし。
では、人生は、すべて、
「運命」として、
決まっているのでしょうか。
稲盛さんは、
「否」とおっしゃいます。
もう一つの、
「見えざる手」
があるといいます。
それが
「因果応報の法則」です。
つまり、
よいことをすれば
よい結果が生じ、
悪いことをすれば
悪い結果が生まれる。
善因は善果を生み、
悪因は悪果を生むという、
原因と結果を
まっすぐに結びつける
単純明快な「掟」のことです。
「因果応報の法則」
別名、
「原因と結果の法則」
ですね。
私たちに起こる
すべての事柄には、
かならずそうなった
原因があります。
それはほかならぬ
自分の思いや行いであり、
その思念や行為の
すべてが因となって
果を生んでいく。
あなたがいま
何かを思い、
何かを行えば、
それらはすべて
原因となって、
かならず何らかの
結果につながっていきます。
また、
その結果についての対応が、
再び次の事象への
原因と化していく。
この因果律の
無限のサイクルもまた、
私たちの人生を支配している
摂理なのです。
「原因と結果の法則」
私の人生を顧みても、
たしかに、
この法則は当てはまることが多いです(^^;
おおむね、
人生を支配している
法則なのではないかと考えます。
この、
おおむね、
というのは・・・ですね、
例外もあるのではないか、
ということです。
たとえば、
難病に苦しむ子供や、
戦火にまき込まれる人々・・・
このような人たちが、
そうなる原因があって、
それを招いたとは思えないところもある。
別に悪いことをした訳ではないですし。
う~ん、
どのように考えればいいのだろう・・・
運命と因果律。
その二つの大きな原理が
だれの人生をも支配している。
運命を縦糸、
因果応報の法則を横糸として、
私たちの人生という布は
織られているわけです。
人生が運命どおりに
いかないのは、
因果律のもつ力が
そこに働くからです。
しかし一方で、
善行がかならずしも
すぐに善果につながらないのは、
そこに運命が干渉してくるから
なのです。
「運命」を「縦糸」、
「因果応報の法則」を「横糸」として、
私たちの「人生という布」は
織られている・・・
私はこの一節を詠んだときには、
「なるほど~」と思いました。
因果応報では理解できない出来事は、
やっぱり運命ということなのかなあ・・・
(生まれてくる前に、
自分で決めてきたこと?)
私の魂(?)レベルでは、
まだ腑に落ちて確信はできないのですが、
私は今のところ、
そのように捉えるようにしています。
稲盛さんは、
こうもおっしゃいます。
ここで大事なのは、
因果応報の法則のほうが
運命よりも若干強いと
いうことです。
人生を律する
これら二つの力の間にも
力学があって、
因果律のもつ力のほうが
運命のもつ力を
わずかに上回っている。
そのため私たちは、
もって生まれた運命でさえも―
因果応報の法則を使うことで―
変えていくことができるのです。
したがって、
善きことを思い、
善きことを行こなうことによって、
運命の流れを
良き方向に変えることができる。
人間は運命に支配される一方で、
自らの善思善行によって、
運命を変えていける
存在でもあるのです。
因果律のもつ力のほうが
運命のもつ力を
わずかに上回っている。
だから、
運命を変えていくことは可能である・・・
何だか、
希望が湧いてくる言葉ですね!
でも・・・
そうはいっても・・・
現実問題として、
善き人が苦しむことがある。
真面目な人が損をして、
ズルい人が得をするというのは、
実際に多いような気もする。
それに対しては、
稲盛さんはこうおっしゃいます。
因果応報の法則というのが
見えづらく、
それゆえに
容易に信じることが
できないのは、
物事を短いスパンでしか
とらえていないからです。
ある思いや行いが
結果として表れてくるには、
やはりそれ相応の時間がかかり、
二年や三年といった
短い単位では
結果は出にくいものなのです。
しかし、
それも二十年、三十年といった
長い単位で見れば、
きちんと因果の帳尻は
合っているものです。
(中略)
長い目で見れば、
誠実で善行を惜しまない人物が
いつまでも
不遇にとどまることはないし、
怠け者でいい加減な生き方を
している人が
ずっと栄えていることも
ありません。
たしかに、
何か悪い行いをした人が
まぐれや勢いでうまくいったり、
善きことに努めた人が
一時的な不運に見舞われて
低迷したりすることもありますが、
それも時間がたつうちに
だんだん修正されて、
やがてみんなが
それぞれの言動や
生き方にふさわしい結果を得、
その「人間」に見合った境遇に
落ち着いていくものです。
そうですね・・・
たしかに、
人生を長いスパンで捉えると、
因果応報の法則は、
あてはまることが多いような
気がします。
人生100年時代。
目先のことに一喜一憂し過ぎずに、
人生を俯瞰して、
長い目で見るということ。
大切にしたいですね(^^;
同様に、
(この本には書かれていないですが)
どのような角度から、
その出来事を捉えるのかということも、
大切なのではないかと
私は考えます。
たとえば、
私が敬愛する作家の、
遠藤周作さんは、
「生活」のマイナスは
「人生」のプラスになるといいます。
遠藤周作さんは、若い時から、
生死をさまようような病気に
何度か苦しんでこられました。
入院は長期に及び、
「もう長くない」とあきらめかけた時も
あったそうです。
しかし、
そのおかげで、
人の痛み、歎き、苦しみが
ほんとうの意味で理解できるようになったし、
人間観察力もついた。
それが、
小説を書くことに、
大いに役立ったといいます。
病気という「生活」上のマイナスが、
小説を書くという「人生」には、
プラスになった。
つまり、
病気は、
「生活」という角度から見ると、
マイナスだが、
「人生」という角度から見ると、
プラスになる。
ということですね。
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まとめますと、
「運命」を「縦糸」、
「因果応報」を「横糸」として、
私たちの「人生という布」は
織られている・・・
「運命」よりも「因果応報」のほうが、
若干、影響力が強い。
だから、運命は変えることが
できるものもある。
短いスパンで見ると、
「因果応報」だとは
思えないこともあるが、
長いスパンでとらえると、
帳尻は合う。
たとえ、
「生活」上では
マイナスだと思えることも、
「人生」としてとらえると、
プラスになる・・・
忘れずにいたいです(^^)
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以上、
稲盛和夫さんの代表作、
を5回に渡って、
紹介させていただきました(^^)
ちなみに、
稲盛和夫さんは、
牛丼の吉野家が好きで、
(私も好きです)
そこで接待(?)もするような、
飾らないお人柄だったそうです。
そんな方ですが、
日本を代表する会社、
京セラやKDDIを大企業に育てあげ、
JALの再建も果たすなど、
経営者としてとても偉大な方でした。
しかし、
実業界で一流というだけでなく、
仏門に入られたり、
(今回紹介できなかったのですが)
本書で「宇宙の意志」についても語るなど、
スピリチュアルな領域でも、
かなりの高みに登られた方だったのではないかと
推察します。
生前、一度、
リアルで講演を拝聴してみたかったです。
まだ読まれていない方には、
ご一読をオススメします!
今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました😊
次回は、別の本を紹介します(^^;
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おまけです(^^;
先週の日曜日ですが、
道の駅で車中泊。
夜明けです!
(中央に富士山の頭が覗いています)
パワースポット、
大雄山最乗寺(道了尊)へ
早朝なので人が少なかったです(^^)
紅葉もきれいでした。
3本杉。
ここ、パワースポットだそうです。
奥の院へ。
そこから、
ひいひい山登り(^^;
・・・約1時間半後、
おお、絶景が!
次回に続きます(^^;
































