ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

遠藤周作さんの歴史小説、

 

王の挽歌

 

 

を紹介しています。

 

主人公は、

切支丹大名として有名な、

大友宗麟(義鎮)

 

この小説、

かなり史実に近い、

ストーリーのようですが、

 

なるべく

ネタバレにならないように、

ストーリーはあまり触れずに、

私にとって、

印象深かった箇所を、

紹介・解説していきます。

 

この小説では、

豊臣秀吉と大友宗麟(義鎮)の生き方が、

対比して述べられているのですが、

 

なかなか興味深いです。

 

 

「明日を思い煩うなかれ。

明日は明日思い煩えればよし」

 

「野の花をみよ。

骨折ることも紡ぐことも致さぬ」

 

あの時、

聖句をききながら―

 

紙燭(しそく)の炎が、

ラグーナ神父のそばで

細かな音をたてて

ゆれていた―

 

宗麟はふと

巨大な大阪城を思い出した。

 

そのほの暗い広間で

自分を謁見した

関白秀吉のことを

思い出した。

 

 

宗麟は、

島津氏に対する援助を乞うために

秀吉のもとを訪れたことがあるのですね。

 

 

(関白殿下は

今も明日のことのみ、

思い煩うておられるのだろう。

 

骨折ること、

紡ぐことのみ

考えておられるのだろう)

 

彼には

関白秀吉の心が

手に取るようにわかる気がした。

 

欲望は次の欲望を生み出す。

 

高麗鼠(こまねずみ)がまわす

小さな独楽(こま)のように

際限もなく続く、

空しい努力。

 

(むかし、

同じような迷いに

とらわれたことがあった)

 

 

欲望は次の欲望を生み出す。

際限がない・・・

 

そうですね。

 

天下を統一した秀吉は、

それでは満足できず、

無謀な朝鮮出兵をするわけです。

 

子の秀頼が生れると、

怖れや疑心暗鬼に支配されていき、

甥の秀次一家を処刑したり、

暴虐な一面を見せはじめます。

 

少し、私なりに

心理学的な分析をしてみますと・・・

 

貧しい生い立ちをバネにして、

欲望、すなわち、

立身出世のみをひたすら追いかけた秀吉は、

もちろん、

若い頃は大変な苦労を重ねたわけですが、

常に、明日のことだけを見続けていた。

 

自分のダークな部分、

すなわち、

弱さや至らなさ、自己嫌悪、

怒り、悲しみなどには、

目を向けることはなく、

いわば抑圧してきた。

 

その状態で、天下を取ったものだから、

万能感に支配され、

抑圧してきた

無意識のシャドーが暴走してしまい、

晩年は暴君と化したのではないか・・・

 

と、勝手に解釈しておりますが(^^;

 

対して、

宗麟は、名門の出こそあれ、

人間不信に陥るような経験を重ね、

また、内省的な性格も相まって、

大変な葛藤や苦しみを味わいつつも、

 

それを経た晩年は、

信仰の世界によって、

欲望が欲望を生むという、

無間地獄の世界からは

脱することができたのではないか。

 

 

宗麟は

現在の自分と

関白秀吉の

生きたかを対比した。

 

あまりにも

隔たっている二人。

 

秀吉にたいする

羨望の気持ちは

毛ほども起きない。

 

天下人になった秀吉、

 

津久見のわびしい集落で

遠い海なりの音を

じっと聞いている自分。

 

「種は悪しき人にも

善き人にも陽をのぼらせ、

雨を降らせ給う」

 

その真実がかすかだが

人生の終わりになって

宗麟にはやっとわかった気がする。

 

しかし

その地点にたどりつくまで

 

彼は何と大きな

紆余曲折を

経なければならなかったろう。

 

 

この

「大きな紆余曲折」

がドラマチックに描かれているのが、

本作品なわけですが(^^;

 

いってみれば、

秀吉が、

「生活」すなわち「現実」

のみをひたすら追い求めて、

生涯を閉じたのに対して、

 

宗麟は、

「生活」すなわち「現実」

を求めた前半生から、

大きな代償を払いながらも、

 

晩年は、

「人生」すなわち「理想」

の世界に生きることができたのだと

思います。

 

 

では、私の場合、

どちらの生き方をしたいのか・・・

 

う~ん、

迷いますが(^^;

(迷うんかい!)

 

秀吉のような立身出世を極める世界も

捨てがたいし(^^;

 

でも、それだけだと、

死ぬときは、

虚しそうだし・・・

 

一方で、

宗麟の生き方は、

けっこう辛そうで、

 

苦難に満ちているけど、

死に際は安らかかな・・・?

 

なかなか宗麟のような境地には

立てないと思いますが、

 

ありのままの自分を愛する、

すなわち、

「自己受容」

に生涯取り組みつつ、

 

死に際は、

「これでよかった・・・」

と心から思える生き方をしたいなあ、

 

と思います😊

 

 

 

---------------------------------------------------------

 

 

 

以上、

遠藤周作さんの歴史小説、

 

王の挽歌

 

 

を2回に渡って紹介してきました。

 

この作品、

遠藤周作さんの歴史小説の中では、

後期の作品になりますが、

 

氏の思想のエッセンスが、

多く盛り込まれているような気がします。

 

歴史エッセー集、

戦国夜話―こころの風景

 

(この本も、とてもおすすめですが、

残念ながら絶版・・・古本で)

 

で、遠藤周作さんは、

大友宗麟(義鎮)について、

こう述べています。

 

 

彼の英雄でも

成功者でもない面に、

今度は逆に興味を覚えたのです。

 

宗麟の人間としての生き方や、

その内面性に、

現代人にも通じる苦悩を

見たといいましょうか。

 

膨大な資料を繰るごとに、

宗麟は生涯、

己自身と戦い続けた

人生求道者だったのを知り、

 

「王の挽歌」

を書きたい気持ちに

なったのです。

 

 

現代人にも通じる苦悩・・・

 

たしかに、私も、

宗麟の背負った苦悩と比較すれば

ちっぽけなものですが、

同じような悩みを感じるところが

あります(^^;

 

 

1587年(天正15)、

宗麟は熱病のため

57歳で逝きました。

 

戦国時代の

最も人間的な武将というのが

彼の特徴です。

 

が、苦悩しつつも

自己に忠実に対したという点で、

私は共感を覚えるのです。

 

 

遠藤周作さんは、

宗麟に、自分を投影しているところが、

あるのかもしれませんね。

 

王の挽歌

 

今は絶版で、

電子か古本になりますが、

 

年末年始のお休みに、

物語の世界に浸ってみてはいかがでしょうか。

 

歴史小説、遠藤周作さんが好きな方には、

特にオススメします!

 

 

 

--------------------------------------------------------

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回は別の本を紹介します(^^;

 

 

 

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おまけです(^^;

 

 

福岡、鹿児島、宮崎の出張、

鹿児島中央駅前のホテルから。

 

 

 

駅前の「若き薩摩の群像」。

まったく観光はできませんでしたが(^^;

写真だけ何とかパチリ。

 

いつか、の~んびり観光したいです!

 

 

 

近所の鶴見川。

ダイナミックな夕暮れでした😊

 

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回紹介させていただくのは、

遠藤周作さんの歴史小説、

 

王の挽歌

 

 

私、遠藤周作さんの作品の多くは、

既読なのですが、

 

何故か発作的に

読み返したくなる時があり(^^;

 

その時の気分で、

手に取るのですが、

 

最近、九州に出張に行く

機会があったからなのか(?)、

久しぶりに再読してみた

王の挽歌

 

いやあ、

「こんなに骨太な作品だったっけ」

と思えるほどに、

読み応えがありましたよ(^^;

 

主人公は、

豊後(今の大分県)の切支丹大名、

大友宗麟(義鎮)

 

最盛期には何と九州6か国!

(今の大分県、福岡県、熊本県、宮崎県)

を支配した、大大名でしたが、

 

やがて、島津氏との戦いに敗れて、

衰退していくことになります・・・

 

彼は、名門の守護大名の出で、

お坊ちゃん育ちに見えますが、

 

実は、なかなかヘビーな

経歴を辿っています。

 

目が不自由な母親を

早くに亡くし、

父からは愛されず、

 

自分の守役にも裏切られ、

その騒動で父は殺害され、

 

急に家督を継ぐことになります。

 

その後も、

度重なる、謀略や裏切り・・・

 

 

(信じられぬ、

誰も信じられぬ)

 

 

人間不信に陥いるのですが、

そりゃ、無理もないです。

 

自分を育ててくれた

守役にも裏切られ、

その後も、

酷いことが続いたわけですから。

 

そんな彼は、

有名なフランシスコ・ザビエル

と面会し、言葉を交わします。

 

 

「まず殺すなかれ、

奪うなかれ、

偽りを申すなかれ・・・

 

だがそれはできぬぞ、

この余には」

(宗麟)

 

「なぜ、でございますか」

(ザビエル)

 

「大友家の家形であり、

九州数国の領主である余には、

 

養わねばならぬ一族、

重臣、家来がいる。

 

そのためには

敵とも戦わねばならぬ。

敵から奪わねばならぬ。

敵を殺しだまさねばならぬ。

 

家形である限り、

尊師の教えを守れば、

領国を失うことになる。

 

 

そうですね・・・

 

気持ち、わかります。

 

程度の差こそ、

かなりありますが、

 

私も、家族を養うために、

所属する組織のために、

 

ライバル会社から、

シェアを奪ったり、

出し抜いたりすることも、

あるわけですから。

(もちろん、合法の範囲ですが)

 

しかし、ザビエル氏は、

容赦ない(^^;

 

 

この時、

神父は間髪を入れず、

きびしく鋭い答えを

返しました。

 

「殿、魂の至福を得ることは、

家形を守ることより

大事でございます。

 

もし殿が我らの神を

御信心になる時には、

 

神は今の殿よりも

もっと大きな栄光を

お与えになりましょう」

 

 

もっと大きな栄光・・・

 

う~ん、

 

よくいわれるように、

大友宗麟(義鎮)は、

当初、貿易の利点があるために、

キリスト教を利用しようとしたのですが、

 

このザビエルとの出会いが、

終生、彼の心に痕跡を残すことに

なるのですね。

 

「理想」と「現実」

「人生」と「生活」

 

その狭間で葛藤する・・・

 

遠藤周作さんの作品によく現れるテーマが、

この作品にも含まれています。

 

彼は、教養もある聡明な君主で、

特に中央政権との外交には

手腕を発揮するのですが、

 

いかんせん、

戦は苦手だったようです(^^;

 

頭がよく、繊細だったからこそ、

迷い、あれこれ考えすぎてしまうという、

「弱さ」を抱えていたことが

描かれています。

 

その「弱さ」ゆえに、

正室との関係に苦しんだり、

 

ある女性に対して、罪を犯し、

それが一生消えない心の傷になったり・・・

 

「善」と「悪」の二面性があり、

揺れ動く自分とはいったい

何なんだろう・・・

 

そんな彼は、

「禅」に傾倒したりもしますが、

そこでは心の平安が訪れることもなく、

 

しだいに、ザビエルのいう、

「キリスト教」の世界に惹かれるように

なっていきます・・・

 

 

宗麟は

禅を捨てて切支丹にすがるのは

自分が弱いゆえだと知っていた。

 

(中略)

 

(他にすがらず、

おのれによって

おのれを救う者がいる。

 

禅はかかる強さを

持つ者に向いている。

 

だが余のごとき者には、

何かにすがらねば

安らぎを得られぬ)

 

 

禅は、自力の宗教だといわれますが、

たしかに、

自分一人で自分を見つめるというのは、

けっこうしんどいですよね(^^;

 

ある意味、

「強さ」が必要かもしれません。

 

ちなみに、

私は、なんちゃって坐禅や

瞑想が好きですが、

とても無我の境地など至りません(^^;

 

(ただ、

いま・ここの自分の気持ちに気付けたり、

リラックスや癒されたりする

マインドフルネスの効果は、

すごくあると思います)

 

 

(されど、なにゆえ、

切支丹の神でなければ

ならぬのか。

 

おなじ仏門でも

一向宗と申し

阿弥陀如来にひたすらすがる

宗門があるではないか)

 

 

そうですね・・・

 

私も、キリスト教と浄土真宗は、

(素人目ですが)

割と似ていると感じているのですが、

 

物語に登場する、

カブラル神父は、こう答えます。

 

(遠藤周作さんの考えを

代弁している?)

 

 

「あのお方は

ユダヤと申す国にて生き

そこで死にました。

 

だが

阿弥陀如来は

人々の頭にて作られた想念、

理念でございます。

 

想念、理念に我らがすべてを

頼み参らせることはできません。

 

我らが頼みと致せますのは

あきらかにこの世に生まれ、

この世にて生き、

苦しみ、死なれた

あのお方のみでございます。

 

 

なるほど・・・

 

「実在した人物」か

「想念、理念」か、

 

たしかに、そこは、

大きく違う。

 

私は、

特定の宗教の信者ではないのですが、

 

遠藤周作さんの描くキリスト教には

とても共感します。

 

というのは、

人間らしいイエスを

モチーフにしているからだと思います。

 

実際に存在した人物だからこそ、

信じられるし、親しみが湧く。

 

もちろん阿弥陀如来のような

超越した存在に

包みこまれるような安心感もいいですが、

(私は仏像はとても好きです)

 

やっぱり、

人は人に理解してもらいたい。

 

自分の至らなさ、

ずるさや、弱さ、虚栄心、

理不尽さ・・・

 

遠藤周作さんの描く、

人間イエスなら、

 

わかってくれそうな気がします(^^;

 

そういう意味では、

人の悩み、苦しみに、

寄り添い、共感してくれる

カウンセラーという存在は、

 

現代人にとって、

人間イエス・キリストのような

存在なのかな~

 

とも思います。

 

ちょっと大きく出てしまいましたが(^^;

 

私はそんなカウンセラーでありたいと

思っています😊

 

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回へ続きます(^^;

 

 

 

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近所の鶴見川で動禅!

 

空気がクリアな感じがして、

気持ちよかったです(^^)

 

 

 

 

夕陽・・・

 

陽が落ちるの早いですね。

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

朝晩、寒い日が続いておりますが、

皆さま、どうか

あたたかくしてお過ごしくださいね😊

 

山口周さんの代表作、

 

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?

 

 

から、

私の印象に残ったところを

紹介しています。

 

今回で3回目、

この本の紹介は最終回です。

 

この本には、

特にエリート、いや、

エリートに限らず、

すべての人にとって、

 

これからの時代は、

「真・善・美」を満たした、

自分なりの「美意識」が必要になってくる

ということが述べられているのですが、

 

本書を読んでいると、

特に、私たち日本人には、

それが求められるのではないかと

いう気がしてきます(^^;

 

有名な文化人類学者

ルース・ベネディクト氏の

「菊と刀」について、

触れられています。

 

 

この本によれば、

世界の国は

 

「罪の文化」と

「恥の文化」の

二つに大別され、

 

日本は

「恥の文化」に

類別されます。

 

もちろんこの

「恥の文化」は、

ユダヤ・キリスト教文化という

「罪の文化」と

対比されています。

 

 

日本の

「恥の文化」とは、

具体的にどういうことなのでしょうか。

 

 

日本人の生活においては

「恥」が行動を規定する

最大の軸になる。

 

それはつまり、

各人が自分の行動に対する

世間の目を気にしている

ということです。

 

 

「恥の文化」とは、

 

「神さまの目」ではなく、

「世間の目」を気にする

ということなんですね(^^;

 

 

この場合、

彼あるいは彼女は、

 

ただ

「自分が所属している組織」

において、

 

他者が、

自分の行動を

どのように判断するのかを

想像しさえすればよく、

 

他者が依存している

ルールや規範に沿って

行動するのが賢明であり、

 

さらには

優秀であると

いうことになります。

 

 

なるほど・・・

 

「会社員」の場合は、

所属している組織が

いわゆる「世間」になるわけですから、

 

いかに、その中で、

嫌われずに、うまくやるかが、

ポイントになってくるわけですね。

 

でも、

ここで問題になってくるのは、

 

それがいきすぎると、

 

会社という狭い世界では、

正しいとされるが、

 

社会という広い世界では、

間違っているとされる場合、

 

どうするのか?

 

ということです。

 

たとえば、

大企業の度重なる不祥事や

リコール隠し。

 

会社という「世間」の中では、

それは、おそらく正しいことなんですね。

 

それが発覚したら、

会社は多大なる打撃をこうむる・・・

 

株価は下がり、売上利益も減り、

下手をすれば、会社存続の危機に陥る・・・

 

だから、

会社を守るために、

従業員を守るために、

仕方なしに、目をつむる。

 

それが大義名分、

正義なんだ。

 

バレなければいい。

 

それを告発する奴は、

組織のことを考えていない、

 

空気の読めない、

自分勝手で、恥ずべき存在だ・・・

 

となりかねないわけです(^^;

 

だからこそ、

組織という世間の目に

流されないような

自分なりのモノサシ、

 

すなわち、

「美意識」

が大切になってくるわけですが・・・

 

では、実際、自分が、

問題を起こしてしまった組織の幹部

だったらとしたら、どうするか。

 

公表しなければ、

おそらくバレない場合は・・・

 

う~ん・・・

 

 

(考え中)

 

 

事の重大性にもよりますが、

 

正直、迷います。

 

過剰に、

コンプライアンスを気にし過ぎる

このご時世において、

 

あまり過敏にならずに、

お客様に迷惑をかけないことであれば、

あえて公表しなくてもいいのかも・・・

 

とも、思ってしまう。

 

・・・いや、いかん!

 

それこそ、

会社という「世間」に、

囚われていますね。

 

お客様に迷惑かどうかは、

会社が決めることではないですから。

 

自分の「美意識」に照らし合わせて、

公表した方がいいと思えるならば、

直ちに公表する。

 

やはり、

自分の判断軸となる、

「美意識」というのは、

大切ですね。

 

もちろん、

コンプライアンス(法令順守)は、

いうまでもないのですが、

それに抵触しなければいい

というものではない。

 

あくまで、基準となるのは、

自分の「美意識」。

 

人として、

どうありたいか。

 

私は、決してエリートではないですが、

そんな強さを持ちたいです。

 

 

なお、

日本が、

「罪の文化」ではなく、

「恥の文化」であるということが、

如実に語られている小説といえば、

 

遠藤周作さんの初期の代表作、

海と毒薬(角川文庫)です。

 

 

(ええっ、

この表紙の新潮文庫は絶版ですか

悲しい・・・)

 

九州大学で

米軍捕虜の人体実験をしたという

史実に基づく衝撃的な内容なのですが、

 

「おまえが、その場にいたら、

はたして、NO!と言えるのか?」

 

それをまざまざと、

突きつけられる小説です(^^;

 

まだお読みでない方は、

是非、ご一読を!

 

 

 

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以上、

山口周さんの代表作、

 

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?

 

 

を3回に渡って紹介してきましたが、

 

混迷の時代に、

自分なりの「美意識」を持つ必要性を、

つくづく感じました。

 

もちろん、それは、

独りよがりではなく、

本書でもいわれているように、

いわゆる、

「真・善・美」

を満たしていることが望ましいのですが、

 

それで、仮に一時的には、

損をしたように思えても、

 

長い目で見れば、

悔いの残らない、

自分らしい生き方に繋がるのではないか。

 

そんな読了感を味わえる、

 

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?

 

ご一読をおすすめします😊

 

 

 

 

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今回も、

最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は、

別の本を紹介します(^^;

 

 

 

 

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おまけ

 

懲りずに、

またまた富士山!

 

 

金太郎で有名な、

箱根の金時山から🗻・・・

 

人気の山で、

休日はけっこう混みあうので、

平日にお休みをいただいて、

登りました!

 

 

 

 

それでも、

快晴だったせいか、

割と人が多かったです(^^;

 

(大学生風の、

山ガールが多かったかも)

 

山頂からの絶景・・・

サイコーでした!!

 

 

 

 

これは、

箱根大涌谷方面。

 

 

 

 

帰りに、日帰り温泉、

「箱根湯寮」に立ち寄りました(^^)

 

ここ、素朴な純和風な造りで、

とても落ち着きます。

 

露天風呂も、木々に囲まれた

自然の中にいる感じがして

とってもよかったです😊

 

おすすめします!

 

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

朝晩はめっきり寒くなりましたね。

 

毎朝、ベッドのぬくもりから出るのに

かなり葛藤する、今日この頃です(^^;

 

 

前回から、

山口周さんの代表作、

 

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?

 

 

の内容で、

私の印象に残ったところを、

紹介しています。

 

この本は、

特にエリートと呼ばれる人には、

「美意識」が大切だということを、

いろいろな角度から述べられているのですが、

 

エリートに限らず、

一般のサラリーマンや、

それ以外も、

 

すなわち、すべての人に、

示唆を与えてくれる本だと思います(^^)

 

ちなみに、

この「美意識」とは、

 

もちろん芸術的な要素も含みますが、

それに加えて、

 

「真・善・美」

を判断するための、

「自分なりの、ぶれないスタイル」

という意味合いが強いです。

 

で、今回紹介するのは、

「ビジョンと美意識」です。

 

 

現在の日本企業の苦境の

大きな要因について

述べたいと思います。

 

それは

「ビジョンが足りない」

ということです。

 

世界をどのように

変えたいのか?

 

日本をどのような国に

したいのか?

 

世の中のどんな問題を

解決したいのか?

 

こういった問いに対して、

即答できる経営者が

どのくらいいるでしょうか?

 

おそらくほとんど

いないでしょう。

 

 

そうですね。

 

たしかに、

あまりいないような・・・

 

といいますか、

政治家でもあまりいないような気が(^^;

 

 

大きな理由の一つは、

そもそも日本企業には

ビジョンなど必要なかったのだ、

 

ということが言えます。

 

太平洋戦争後の焦土から

立ち直り、

産業を復興させるにあたって、

私たちの先人が手本としたのは

米国企業でした。

 

ビジョンが、

「これから向かう場所=Where」

を視覚的に

ありありとイメージが湧くように

記述するものだと定義すれば、

 

そもそも言葉で記述する以前に、

実際に目の前に見える

お手本があったわけです。

 

 

なるほど・・・

 

とにかく、米国企業に、

追いつけ、追い越せで、

ビジョンなど、なくてもよかった。

 

 

このような環境においては、

大きな方向性や戦略について

あれこれと考えを巡らせることは、

 

かえって競争力を毀損することに

つながりかねません。

 

 

そうですね。

 

余計なことを考えずに、

米国企業よりも、

とにかく、もっと安く、もっと早く

できるように工夫さえすれば、

やがて、追いつくことができる・・・

 

それが日本の高度経済成長期ですね。

 

 

この状況は

90年代の初頭から

変わり始めます。

 

わかりやすく言えば、

日本がトップランナーに

なってしまったので、

後追いするべき標的を失って

迷走し始めたわけです。

 

サル真似をするべき対象が

なくなった状態で、

考えることもなく、

ひたすらに頑張る、

努力することを続ければ、

どういうことになるか、

 

結果は明白です。

 

何の成果も出せないままに、

ただ徒労感だけがつのり、

最後は行き倒れるしかありません。

 

いま、我が国の多くの企業が

なんとも言えない

「閉塞感」のようなものに

覆われていますが、

 

最大の原因はこの

「行き先が見えないままに

ただひたすら死の行軍を

求められている」

状況にある、

というのが私の見立てです。

 

このような状況を打開するには、

目指すべきゴール、

つまりビジョンを示すことが

必要です。

 

 

深く同意します。

 

今の世の中の閉塞感の

一番の要因は、

「ビジョン」

が示されていないからではないか。

 

企業だけではないですね。

 

政府もそうですし、

個人にも、いえると思います。

 

「どんな世の中にしたいのか?」

 

「どんな自分になりたいのか?」

 

それが、

なかなか描けない・・・

 

目指すべきモデルも、

もはや、ない・・・

 

 

しかし、

このように指摘すると、

多くの方から

 

「いや、うちの会社は

ちゃんとビジョンを出している」

 

という反論を受けます。

 

なるほど、では、

そのように反論する人に

尋ねてみたいのですが、

 

そのビジョンは

多くの人を共感させるようなものに

なっているでしょうか?

 

いや、そもそも、

そのように反論するあなた自身が、

そのビジョンに

共感しているでしょうか。

 

 

どきっ・・・

 

そうですね、ウチの組織も

「ビジョン」は定義されていますが、

抽象的で意味不明、

「魅力的な目指すべきゴール」

とはいえませんし・・・(^^;

 

実際、多くの企業は、

抽象的な当たり前のことを

いっているだけだったり、

 

単なるキレイごと、

お題目になってしまっている

ところが多いと感じます。

 

本音で共感できるものは、

少ないのではないか。

 

 

ここでも

重要になってくるのは

「理性」ではなく「感性」です。

 

どんなに戦略的に

合理的なものであっても、

それを耳にした人を

ワクワクさせ、

自分もぜひ参加したいと

思わせるような

「真・善・美」がなければ、

それはビジョンとは言えません。

 

よく

「海外売上高比率を××%に」

とか

「アジアで売上トップに」

といった内容の文言を

「ビジョン」に掲げている

会社がありますが、

 

こんなものはビジョンでなく、

単なる「目標」であり、

さらにいえば「命令」でしかない。

 

そこには

人を共感させるような

「真・善・美」が

全く含まれていません。

 

その言葉を発した人が、

会社組織を

どのように導きたいのか、

 

ひいては社会や世界に

どういうインパクトを

出したいのか、

 

全く伝わってこないのです。

 

 

ほんとそうですね・・・

 

それを見たり、聞いたりした人が、

 

「私もそのゴールを目指したい!」

「その試みに一緒に加わりたい!」

 

とワクワクしないものは、

そもそもビジョンとはいえないですね。

 

そして、

その共感を呼ぶビジョンとは、

 

やはり、

「真・善・美」

を踏まえた、

美意識が反映されたもの

ではないかと思います。

 

この本には、

ビジョンとは、ちょっと違いますが、

グーグルの社是

「邪悪にならない」

や、

ジョンソン・エンド・ジョンソンの

有名な

「我が信条」も紹介されています。

(優先順位を、株主ではなく、

顧客、社員においた、すばらしいものです)

 

「ワクワクするビジョン」

 

これは、企業や国だけでなく、

個人にとっても

大切なのではないかと思います。

 

日本が、

高度経済成長期にそうだったように、

 

若いうちは、ライバル企業や、

社内のライバル、

できる上司や先輩、同僚に、

「追いつけ、追い越せ」

でも、いいのかもしれません。

 

それによって、

成長できる部分もあると思います。

 

しかし、

やっぱり、中年以降は、

それだと、いずれ、

行き詰ってしまうような気がします。

 

自分の外側を意識するのでなく、

自分の内的なスタイル、

 

「真・善・美」を踏まえた

自分なりの「美意識」を確立して、

 

それを元に、

「私はこうありたい」

というワクワクするような

ビジョンを設定する。

 

それが、

充実した後半生を過ごす

カギになるのではないかと考えています😊

 

 

 

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では、私個人のビジョンとは何か?

 

「心ゆたかに生きる」

 

ということです(^^)

 

ちょっと抽象的だし、

エッジもきいていない言葉ですが(^^;

 

 

・・・あれ、

どこかで見たような・・・

 

このブログのタイトルですね(笑)

 

 

ちなみに、

 

山口周さんのビジョンは、

過去ブログ、

 

 

で詳しく紹介させていただきましたが、

 

「安全で便利で快適な(だけの)世界」

から、

「真に豊かで生きるに値する社会」

へと変成させていく、

 

という、壮大でとてもワクワクするものです!

 

よかったら、過去ブログご参照ください。

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回に続きます(^^;

 

 

 

 

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おまけ

 

 

 

オイラの、

ワクワクするビジョンは・・・

 

 

 

 

いつの日か、

外の世界を冒険することかニャ😸

 

(基本、家猫なので外に出してもらえない)

 

 

 

 

たまには、脱走するけどさ!

 

 

 

 

 

 

でも、やっぱ、

箱の中が一番落ち着くニャ(笑)

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

サッカー日本代表は、

残念ながらPK戦で敗れてしまいましたが、

私たちに「寝不足」と「勇気」と「感動」

を与えてくれました😊

 

監督、選手、関係者の皆さま、

有り難うございました!

そして、

何よりお疲れさまでした。

 

 

今回から紹介する本は、

 

電通、コンサル(BCG)出身で、

現在は、

パブリックスピーカーとして活躍されている、

山口周さんの代表作、

 

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?

 

 

私は、ここ1~2年、

山口周さんの本に、はまっていて、

既に何冊も読んでいるのですが、

 

この本は、

代表作(おそらく一番売れている)

にもかかわらず、

 

「世界のエリート?

いけすかないな~」

 

「オレはエリートじゃないし、

関係ないや」

 

とタイトルから勝手に思い込んで(^^;

後回しになっていました(笑)

 

ですが、

今回、実際に読んでみると、

 

「なるほど~」

と思えることも多く、

この本が山口周さんの代表作であることが、

頷けました。

 

共感できるところが、

とても多かったです!

 

山口周さんの最近の著作は、

有り難いことに、

「忙しい読者のために」

と親切にも、

冒頭に要旨を述べられているのですが、

 

そこにも書かれている、

 

タイトルの、

「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?」

 

 

グローバル企業が

世界的に有名なアートスクールに

幹部候補を送り込む、

 

あるいは

ニューヨークやロンドンの

知的専門職が、

早朝のギャラリートークに

参加するのは、

 

虚仮威(こけおどし)の

教養を身につけるためでは

ありません。

 

 

今、世界的には、

そのような流れが実際にあるようです。

 

しかし、それは、

単なる趣味や見栄、

ハッタリのためではないんですね。

 

 

彼らは極めて

功利的な目的のために

「美意識」を鍛えている。

 

なぜなら、

これまでのような

「分析」「論理」「理性」

に軸足をおいた経営、

いわば

「サイエンス重視の意志決定」

では、

今日のように

複雑で不安定な世界において

ビジネスの舵取りを

することはできない、

 

ということを

よくわかっているからです。

 

 

ここでいう、

「美意識」というのは、

もちろん芸術的な要素も含みますが、

それに加えて、

 

「真・善・美」

を判断するための哲学、

すなわち、

「自分なりのスタイル」という

意味合いが強いです。

 

それがないままに、

いわゆるMBAに代表されるような

サイエンス重視の意志決定だけだと、

 

VUCAといわれる

複雑かつ不安定な現代には、

まっとうな経営はできない。

 

なるほど・・・

 

たしかに、

そういった面もあると思います。

 

が、一方で、

「サイエンス重視の意志決定」

というのは、

悪くはないような気もします。

 

たとえば、

社長の単なる気分や思いつきで、

意思決定されるよりは、

よほどマシだと思いますが(^^;

 

しかし、

この本を読んでいると、

たしかに、

サイエンス重視、

すなわち、

「分析」「論理」「理性」

だけの経営だと、

やがて行き詰まってしまうということが、

腑に落ちて理解できます。

 

 

今日、

多くのビジネスパーソンが、

 

論理的な思考力、

理性的な判断力を高めるために

努力しているわけですが、

 

そのような努力の

行きつく先は

 

「他の人と同じ答えが出せる」

という終着駅、

 

つまり

レッドオーシャンでしか

ありません。

 

そしてまさしく、

多くの企業は

レッドオーシャンを

勝ち抜くために、

必死になって

努力しているわけです。

 

 

サイエンスというのは、

再現性があるということですから、

 

皆が、論理的な思考力、

理性的な判断力のみを使ったら・・・

 

そうです。

 

どの企業も、

出す答えが同じになってしまう(^^;

 

そして、

同じような製品やサービスが溢れかえる。

 

血で血を洗う、

真っ赤な海のような競争市場、

すなわち、

レッドオーシャンになってしまう。

 

あとは、

熾烈なスピードや価格の競争、

いかにコスト(原価)を

下げるかの勝負。

 

それが、結果的に

それぞれの企業の首を絞めることに、

 

ああ、負のスパイラル・・・

 

となってしまうわけです(^^;

 

別の本になりますが、

ガラケー全盛期、

各メーカーが綿密な

マーケティング調査に基づき

同じような機種を発売し、

 

レッドオーシャンの中で

しのぎを削っている時に、

 

忽然と現れた

スティーブジョブズ、

アップルのiPhoneに、

市場が席巻された話が述べられています。

 

(この本には、

同じようなケースとして、

ソニー井深大さんのウォークマンが

紹介されています)

 

ということで、

いかに、

「レッドオーシャン」に入らずに、

「差別化」できるかが、

ポイントになってくるわけですが、

 

「差別化」は、

「論理」「理性」からは、

なかなか生まれないんですね。

 

では、どこから生まれるのか。

 

「直感」「感性」からなんです。

 

この本でいう、

「アート」「美意識」

のことですね。

 

もちろん、

それだけでは

経営は立ち行かなくなりますが、

 

「論理」「理性」に加えて、

「直感」「感性」も

バランスよく活用することが、

経営には必要なんですね。

 

 

ミンツバーグ

(高名な経営学者)

によれば、

 

経営というものは

「アート」と

「サイエンス」と

「クラフト」の

混ざり合ったものになります。

 

「アート」は、

組織の創造性を後押しし、

社会の展望を直感し、

ステーホルダーを

ワクワクさせるような

ビジョンを生み出します。

 

「サイエンス」は、

体系的な分析や評価を通じて、

「アート」が生み出した

予想やビジョンに、

現実的な裏付けを与えます。

 

そして

「クラフト」は、

地に足のついた

経験や知識を元に、

「アート」が生み出した

ビジョンを現実化するための

実行力を生み出していきます。

 

 

つまり、

経営には、

「アート」「サイエンス」「クラフト」

という3つの要素が必要だということですね。

 

しかし、

今の日本の企業、

特に大企業やベンチャー企業の多くは、

「サイエンス」の部分に

偏り過ぎているのではないか、

「アート」の部分が

不足しているのではないかと、

山口周さんは、警鐘を鳴らしているわけです。

 

理想的には、

企業トップには「アート」人材を据え、

ワクワクするようなビジョンを前面に出す、

 

そして、

左右の両翼を

「サイエンス」と「クラフト」人材で固めて、

バランスを取る形だといいます。

 

実際、

ウォルト・ディズニー社やホンダの創業期、

先に紹介したアップルや

ソフトバンクの成長期などは、

これに当てはまる例として、

紹介されています。

 

 

皆さんが関係する会社や組織は、

いかがでしょうか?

 

やはり、今の日本の企業の経営陣は、

「サイエンス」「クラフト」タイプが

多いような気がしますが・・・

 

(ちなみに私が所属する組織も、

どちらかといえばそうです(^^;)

 

 

・・・次回に続きますね。

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

 

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おまけ(の続き)

 

大雄山最乗寺(道了尊)から、

明神ヶ岳をひたすら登ること、

2時間弱・・・

 

 

 

 

 

 

おおっ、絶景・・・

 

手前のボコっとした山は、

金太郎伝説で有名な、金時山です。

 

 

 

 

 

 

以前は、富士山といえば、

神々しいイメージでしたが、

 

ここのところ、よく間近で見ているせいか、

何だか友達のような存在になってきました!

 

富士さん、いつも有り難う🗻

 

明神ヶ岳からの富士山、

超オススメです😊

 

 

 

 

ところ変わって・・・

 

 

神宮外苑の有名な銀杏並木。

 

 

 

12月4日(日)でしたが、

「落葉」と「まだ緑」が多く、

中間がない感じでしたよ(^^;

 

 

 

絵画館、どっしり美しい建物です。

 

 

 

 

学生時代のサークルの仲間と、

毎年恒例のラグビー早明戦観戦復活!

(@新国立競技場)

 

母校が勝ちました(^O^)

嬉しいです😊