赤ちゃんはどこからくるの?
前回のように ひたむきに頑張る健気な一面も残しながら、
それでも ティーン、思春期に片足を突っ込んでいる長女、
「ああ言えば上祐」ではないが トークバックが日に日にます。
当たり前だが 色々なことに興味を持ち 理解してくる。
中学生や高校生とも話すことが増えたので 自然と 「異性」のトピック急上昇。
「おかん、あの子とあの子 デートしてるみたい、キスするんかな」
など 楽しい話題盛りだくさん。
こちらでも 高学年になると 第二次性徴、
「性」の授業が ある。
まだ家では 禁止していた 「タイタニック」をお友達宅で 観てきたようで
「裸やったわ、、」
と多少戸惑いながら 感想を述べていた。
ある日の夕方
「おかん、赤ちゃんって 男の人と女の人が コネクトしてできるん?」
と聞いてきた。
コネクト という言葉に 吹き出しそうになったが まぁ的を得ていると言えば そうだ。
私は両親からそんな話をされたことがない。
家族でテレビを見ている最中 ベットシーンが出てきたら かなり気まずくなり 父が
「学校どないや」
と声を裏返しながら 誤魔化していた。
嘘をついても仕方ないし
「そうやで」
と答えると
「キャーキャー」
と パー子さんのようなはしゃぎっぷり。
「女の子は特に 身体を大事にしないとあかんよ」的な話も付け加えた。
夫にも 一応
「長女、もう わかってるで」
と伝えた。
夫は 私よりも「性」のことは きちんと子供達に 伝えたい人なので 神妙な面持ちで
「わかった」
と頷いた。
それからすぐ 長女の部屋で 2時間くらい 生命誕生についての講義があった模様。(長いな、、2時間って)
どこ国も今は 安全 ってことはないが 性のことは 自分も相手も大切にする意味として 大切なこと、
この2年以上続く コロコロ騒動では 全く意見が合わないが きちんと娘と話をしてくれることには感謝したい。
近い将来 ボーイフレンドもできるであろう。
どんな坊ちゃんをつれてくるのか 母は楽しみで仕方ない。
「マー君とおかん」のように 長女の部屋で 洗濯物をたたみ ヤングの会話に入ろうとする 鬱陶しい母になる可能性大。
スイッチが入る時
長女は、幼稚園の頃からバイオリンを習っている。
あの頃は ドラえもんに はまっていたので しずかちゃんに憧れを抱いていた模様。
私は ど田舎で育ったし そんなハイカラな習い事はまずなかった、村では そろばんが流行していた。
本人自ら 意欲を示していたので 若干淡い期待も抱いて スタート、
しかし 彼女が憧れていたのは
「バイオリンを弾く姿」
であり
「毎日 コツコツ練習する」地道な作業ではなかった。
この7年、叱咤激励し なんとか続けて頂いた。
別に バイオリニストになってほしい、も音大に行けとも思わない。
ただ 辛くとも継続することで 困難を乗り越えた暁には 光が見えてくるんだよ とわかってほしかった。
これも賛否両論、子供の性質によっても 異なるだろうし 正解のない修行。
ずっと指導して頂いた先生が なんと他州に引っ越しされることが発覚。
長女の気質を理解してくださり、スキルを磨くより 音楽って楽しいんだよ
に重点を置き それこそ 難関な曲はしなかったが ジブリや ディズニーなど 興味がある楽曲を選んでくださった 大変素晴らしい先生だった。
長女も 先生を慕っていたので 最後の日が近づくにつれ 涙を流すことが多くなった。
今秋 中学に上がるし きっと夢中になれることも出てくるだろうから もうバイオリンは 先生が変わると同時に 卒業かしら、と 考えていた母。
「よく7年頑張ったね どうするかは自分で決めなさい」
と選択肢を提案すると
「私 続ける、先生にずっとバイオリン頑張るって約束した。また会える日がきたら 上手くなったね と言ってもらいたい」
と 初めて意欲を示した。
何かが 彼女の中で弾けた。
それからは 今までの倍以上 練習している。
親の欲目、、欲耳かもしれないが 心なしか 「音」が変わった気がする。
いつまでこの情熱が 続くかわからないが 口出しせず 見守りたい。
人生は 出会いと別れの繰り返し、
切ない経験ではあったが また一つ大人の階段を登り始めた。
母親の悔い改め2 〜打つんじゃなかった〜
内容はこうだ。
「二回目の後から お腹、背中が火傷のように赤くなりだし 帯状疱疹になりました。
病院で診察してもらうと ”明らかに 液体注射の副作用、もう打たないように”と 医師にきつく言われました。
”娘には(私のこと) 注意されていたんですが 無視して打ちました” と母親が 医師に 告白すると
”娘さんが正しい、きちんということ聞かないといけないよ、僕も打ってないよ”
と 諭してまで頂いた。
正直な医師に 母親は診察して頂けて 幸いであった。
「1ヶ月以上 毎日点滴しに通わないといけないので 大変です。あんたの言うこと 聞いておけばよかった。
痛くて 痛くて 困っています。早く治りたいです」
と悲痛な叫びで メールは結ばれていた。
意気揚々と 国の象徴まで 出して 私に圧力をかけ続けてきた結末はこれだ。
ほらっ言ったやん
と言いたいところであったが
「お大事にしてください、
回復してきたら 腹八分目、太陽の光を浴びる、軽い運動をする、を心がけてください」
と冷静に返信した。
理不尽な魔界のシステムの中 懸命に働き 子育てをし、ローンも終わり ようやく 慎ましいながらも穏やかな日々を生きている老いてきた両親に 楽しみの娯楽 テレビをやめろ!とは 言えない。
せめて これからは ニュースを見ても
盲目に信じ込まないようにしてほしい。
一時帰国していたお友達から色々な話を聞く。
とりあえず 未来がいっぱいの子供たちに
マスクを外す 法 でも制定し 執行してほしい。
国は国民を守るつもりはないのか?
この罪は 計り知れない。


