こんにちは。

 



今回は、パウロは偽使徒やということを述べます。

こないなことを書くと、世の自称キリスト者たちから猛反発が来たり、拙者に対する誹謗中傷が増加することが予想されるが、聖書を基に真実を語る故、最後まで読み進めることを強く勧める。そうすれば、今まで間違うた常識に囚われていたことを悟り、目が覚める思いになろう。もし読まへんとか、信じひんというのなら、嘘を後生大事に信じ続け、その結果を自分たちで刈り取るがよい。拙者は、神から選ばれた者たちが騙されて脱落せえへんように警告してるだけや。過去記事でも触れ、考察した結果、パウロに対する疑念が多く出て来たさかい、当記事でパウロが偽使徒であることをはっきりさせる。

まず、パウロの経歴について。
一、ローマ属州の一つキリキア州のタルソス(現トルコ)で生まれたことにより、生まれながらにローマ帝国市民権を持ち、人種・民族的な点ではイスラエル十二部族の一つであるベニヤミン族出身であると自分で語った。
二、ユダヤ教のファリサイ派に属した。
三、律法についてガマリエルというファリサイ派の教師から教育を受け、神に仕えたと自分で語った。
四、キリスト者を縛り上げ、投獄し、殺害をも厭わず、迫害して回った。
五、キリスト者であるステファノの死にも同意しとった。
六、ダマスコのアナニアという近くに住むすべてのユダヤ人から好評で律法に忠実な信心深い人が、パウロに手を置いて見えなくなった目を見えるようにし、洗礼も行った。
七、洗礼以後、パウロはキリスト者になり、ユダヤ人たちを説得すべく励んだ。

パウロの経歴を挙げれば、上記のとおりで、あくまでパウロの前半の経歴でしかないことを忘れてはならず、後半の経歴は聖書には書かれておらず、使徒言行録の最終章の二十八章はパウロがローマに留まって自由な宣教が許されとったという所で終わっており、続きが無い。ほんまにそこで書き終わったんか、それとも世の諸教会にとって不都合故に隠された可能性も残る。パウロは、ファリサイ派の教師であるガマリエルから指導を受け、ファリサイ派の一員として聖書(当時は旧約聖書のみ)を学んでいた彼の本名はサウロという。使徒言行録十三章九節で初めて「パウロとも言う」とその名が出て来るのと同時に、サウロという本名はこれ以降使徒言行録では一切使われなくなることから、その異邦人伝道も駆け出しの時であったキプロス宣教時までに改名したことが分かる。サウロは、ファリサイ派から回心してそれ程時間を空けずにパウロという「小さい」という意味のラテン語由来の西洋風の名を名乗るようになった。パウロという名の意味については、一般に、パウロ自身が書いたコリント一の十五章九節から、使徒の中で最も小さい者という謙遜から来たなんてパウロを持ち上げる意見が見られるが、それは一部の自称キリスト者による勝手な思い込みに過ぎず、誤ってる。その詳しい理由についてはまた後述する。

パウロが所属してたファリサイ派とは、福音書から分かるとおり、一世紀当時存在したユダヤ教の一派、かつ主流派であり、エルサレム神殿や祭事等を司った祭司長や長老らもファリサイ派やった。主イエスと激しく対立した人たちの教派でもあり、ヘロデ派も主イエスに敵対心を持ち、ファリサイ派と手を組んだ。ファリサイ派は権力欲や金銭欲等が強く、神から選ばれてへん「世から出た人間」が多く、人間の教えを信奉し、神の掟を捨ててる人たちであったことは明らかや。重ねて言うが、ファリサイ派は律法を擁護することを言いながら、その実は律法を遵守してへんかったし、そのくせ自分たちが神に仕えてると自惚れてる惨めな宗教集団であった。こないなファリサイ派に対する正しい認識が現代のキリスト者には欠けており、ファリサイ派について間違った思い込みを持ち、律法主義という意味も勘違いし、律法を遵守することが律法主義やと間違うた認識を持ち、ファリサイ派が律法を聖書どおりに、主の御意志に沿うように遵守してたと勘違いしてる愚か者が多い。ファリサイ派は律法遵守を周囲に呼び掛けたが、彼ら自身は律法を守ってへんかった。律法を完璧に遵守する主イエスは、そないなファリサイ派の外観のみで中身が伴ってへん事実を指摘し、非難しはったんや。ファリサイ派の人々の心は、神ではなく世俗社会に向いており、生活様式も実に世俗的にも拘らず、外観のみ敬虔に見せることで満足し、金銭欲が強くて社会的地位を保持することに執着し、主イエスの戒めを受け入れずに対立し、主イエスから「白く塗られた墓」(マタイ二十三章二十七節拙訳)と形容された。もっとも、現代のにわかキリスト者どもは、かつてのファリサイ派にも劣り、律法を完全無視するが故に外観すら疎かにし、中身も醜悪やけどな。パウロはそのファリサイ派に属し、またヘロデ派といった領主ヘロデやその支持者たち、そしてアグリッパ王とも仲が良かった。この事実を知らん人が実に多い。使徒言行録二十六章三十二節からアグリッパ王はパウロの早期釈放を願っていたことが分かるし、パウロは改名前のサウロの時、使徒言行録十三章一節にあるとおり、サウロは主イエスを嘲った領主ヘロデ(ルカ二十三章十一節参照)と共に育ったマナエンと一緒に居ったとあり、権力者人脈と非常に親密であったことが分かる。パウロは若い時にヘロデ派の一員としても働き、主イエスを救い主と認めることも受け入れることも拒絶し、主イエスの弟子であるキリスト者を迫害、逮捕、投獄等をした(使徒言行録八章参照)。現代では検察官や警察官等が逮捕や投獄する権限があるように(刑訴法上、私人も逮捕権があるが極めて限定的)、当時も逮捕や投獄する権限は権力者筋の人間のみに与えられ、一般人には無い。パウロは、領主ヘロデの人脈を持ってた故に、行政権力が与えられた権力者側の人間やったことが分かる。パウロは民族的にはユダヤ人でありながらもタルソス出身で、生まれながらにローマ市民権を持ち、国籍上はローマ人でもあり、ユダヤ生まれのユダヤ人より上に立ち、今で言う「上級国民」やった。回心前のパウロは、領主ヘロデやユダヤ教の祭司長といった権力者の手先として活動し、隣人愛に欠ける行いを実行した。そのためには、人殺しをも辞さへん状態であったし、殺人行為そのものが律法に違犯してるが、その罪を棚に上げて神の名の下に正当化し、罪を犯し続けた。その精神はローマ・カトリック、十字軍、イエズス会といった宗教集団にも受け継がれ、まったく同じや。自分らが神に仕えてると勘違いして思い込み、自分らが正統派と勝手に自称して、悪魔に仕えるカルト宗教であるカトリック教やローマ教皇に従わぬ者を老若男女問わず一方的な異端審問や宗教裁判にかけたりして迫害し、惨殺してきた。彼らはキリスト者やのうて、悪魔崇拝者でしかあらへん。然り、彼らが仕えた神は主イエス・キリストやのうて、この世の神とされる悪魔や(コリント二 四章四節参照)。偶像を拝み、反聖書的な教義を信奉してるんやから、疑いの余地が無い。

上記でダマスコのアナニアを挙げたが、ダマスコという地域は現在のシリアの首都ダマスカスを意味し、シリアという異邦の土地でも律法を守る信心深いキリスト者であった。当時、パウロが回心する前に、十二使徒らによる伝道によってキリストの教えがユダヤの地の近隣にあるシリアに広まっていたことが分かるし、シリアという異邦の土地でも律法を忠実に守ることも分かるし、それが信心深いという評価もなされてる。それが本来キリスト者としてあるべき姿やからな。

繰り返すが、パウロは、回心前はサウロという名であり、それが本名や。ちなみに、サウロという名は、旧約聖書にも登場する古代イスラエルの初代王サウルと同一や。英語では共にSaulと表記するし、原語でも同じ単語である。Saul(サウル、サウロ)という名には、「望ましい、望まれた」という意味がある。彼らはサタンや異邦人にとっては望ましい人やったと言えるやろが、真のキリスト者になるには躓きになる存在。過去に拙者はサウルとダビデと比較する記事を書き、サウルをあかん見本として反面教師にするように書いた。サウルもパウロの本名であるサウロと同じ名であり、同じように見るべきであり、決して全面的に盲信するべきではないであろう。

パウロ(サウロ)とサウル王の共通点
・名前が同じ
・ベニヤミン族という出身部族が同じ
・自分が小さい者(サムエル記上九章二十一節、コリント一 十五章九節)と言うた(更に、パウロという名の意味が「小さい」であることも偶然ではない)。
・最初だけ謙虚に振る舞ったが、嫉妬深く、後に傲慢になって主に逆らった。
・行政権力を持った(サウルは王としての権力を持ち、パウロは領主ヘロデや大祭司等からキリスト者を逮捕及び投獄する権力を与えられた)。
・主なる神に従ったが、結局は悪霊(サタンの使い)に苛まれたのも同じ(サムエル記上十六章十四節と他多数、コリント二 十二章七節)。

上記のとおり、パウロ(サウロ)と古代イスラエル初代王のサウルは多くの共通点を持ち、辿った道も似てる。サウルは当初は油注ぎを受けて主に従ったが、主の御言葉に従順やなくなって自分勝手なことをしたため、主は見限って悪霊をサウルに送った。パウロは、回心してから約二十年経った頃に書いたコリント二の手紙において自分で「サタンの使い」が送られたと告白したし、回心直後からずっと十二使徒や主の弟ヤコブや初代教会であるエルサレム教会と心を一つにして歩まず、独自の派閥を作って自身の教えこそが正統と主張し続けた。父なる神や御子イエスが神の律法を守って従順なキリスト者に対しては聖霊を送ることがあっても悪霊を送ることはない。パウロにサタンの使い(悪霊)が送られたんは、主イエスの教えに反して律法を遵守せえへん立場を確立したが故や。キリスト者であってもサタンによって外部の環境や本人の肉体に対して何かの妨害の可能性はある。かつて、主の許可を受けてサタンがヨブに肉体的攻撃を仕掛け、皮膚病を発生させたように(ヨブ記二章七節参照)。しかし、ヨブの肉体的障害の例であろうとも、ヨブはサウルのように精神を患うまでには至らへんし、神に逆らうことはせんし、信仰から外れる真似はせんかった。サウルは悪霊に苦しめられて精神不安定になってダビデの命を執拗に狙たり、律法違犯である口寄せ等に頼ったりもした。パウロはサタンの使いが送られたと本人が認めており、パウロが使徒を自称して高ぶり、十二使徒に負けてへんと自画自賛して対立したんもサタンによって精神的に悪影響を受けたとみるべきであり、パウロが語る啓示や幻が主イエスからのものと自称してるだけでは信憑性が薄い。パウロ本人は思い上がらないためと自己弁護してるが、天の幻を見たのと引き換えに肉体的に不自由さが生じたとは悪魔の取引のように感じる。悪魔は堕天使であり、かつては天に住み、神に仕えた天使やったさかい、その頃の記憶をパウロに見せることは可能や。しかし、十二使徒らは素晴らしい経験をしても、その代わりとしてパウロのような不自由さを受けてへんからや。特に、ペトロとヤコブとヨハネの三人は主イエスの公生涯においても十二使徒の中でも別格の扱いを受けており、他の九人の弟子たちには見せへんことを見せはったし、彼らがそれを体験したのと引き換えに何か不利益を受けた事実も無い。サウルはダビデに嫉妬して自分にとって脅威に思い、除こうとした。パウロは、十二使徒に嫉妬して自分も負けてへんと息巻いて、パウロが独自に語る「福音」とやらに反することを言う者は呪われよと二回も言い(ガラテヤ一章八節〜九節参照)、これは「呪ったらあかん」(ローマ十二章十四節参照)と別の手紙で自分で言うたことと矛盾し、主イエスの「敵を愛しなはれ」(マタイ五章四十四節参照)という教えに反し、回心した後も十二使徒、主の弟ヤコブやユダヤ人キリスト者がおもに集ったエルサレム教会とは共に歩まんかったのは、これ如何か。

所謂、西洋の「キリスト教」であるカトリックの礎、創始者はパウロやと拙者は考えており、彼らの教義はキリストの教えに則らへん。世の人々は聖書について無知過ぎて、間違いに気付いてへん。拙者のように聖書を複数回通読し、聖霊によって真理を理解した人なら気付く。パウロがやったことは、モーセの律法を蔑ろにしたり、独身主義を勧めたり、日曜礼拝や集会、及び献金(使徒言行録二十章七節、コリント一 十六章二節参照)等と今でも多くのキリスト教会で受け継がれる習慣を確立したことや。もっとも、パウロは、キリスト者が独身でなくてはならんとは一言も言うておらず、独身の方が思い煩いが少なく、主への献身に集中出来ると言うたに過ぎひん。世の教会はパウロの手紙を曲解し、聖職者は独身であるべきとカトリックは決めつけてるが、カトリック教会の聖職者が独身としても実際は純潔やのうて、陰で性犯罪を繰り返す犯罪者の集団や。カトリックやイエズス会による犯罪は列挙し切れへん程ようけある。庇い立てする意味やないが、オウム真理教は九十五年の地下鉄サリン事件の一件で法人格を失い、幹部らが死刑に処された。せやのに、なんで犯罪を千年以上も続けてるカトリックはちぃとも潰されへんのか分からんか。ローマ・カトリック、バチカン、イエズス会が全世界の悪の元締めやからや。捜査機関も彼らの手下であり、奴らを一向に取り締まろうとせえへんことから分かるやろ。拙者は何遍もカトリックは主なる神が罪としてる偶像礼拝をする悪魔崇拝組織やと言うてる。ミサはカトリックが考案し、分派である正教会はそれを聖体拝領と名を変えて実践し、プロテスタントは聖餐式と名を変えて実践しとる。これらは全部パウロの教義に基づくものや。せやから、「パウロ 愛と赦しの物語」(YouTube)のように、世には十二使徒やのうて、パウロを主人公にした映画が制作された。その予告編の冒頭にあるとおり、「カトリック中央協議会広報 推薦」とあるよね。拙者の言うとおり、カトリックは主イエスやペトロといった十二使徒の教えやのうて、古代バビロンから続く忌むべき太陽神崇拝とパウロの教えの上に成り立ってる故に、カトリックをはじめ世の諸教会はパウロの印象を良くし、擁護もしてる。公にはされてへんが、ローマ・カトリックの創始者はパウロであって、ペトロが初代教皇とか彼らが言うてウィキペディアでもそう書かれるんは大嘘や。律法を擁護して守る十二使徒の筆頭であるペトロがカトリックなんていう偶像礼拝をしたり、律法を無視して違犯する異教を創始する訳ないやろ。四世紀の愚かなローマ人どもが勝手にペトロの名を悪用しただけや。偽りの洋画や西洋画なんかを信じて聖書やキリストを分かった気になるのは間違いやで。ペトロは彼らに悪用されてるだけや。
パウロはええことも書いたんやが、誤解を与えることやおかしなことも多く書き、多くのパウロ教信者を作り、無用な神学論争を引き起こす要因を作り、実際多くの人を惑わし、背教させる結果を生んだ。パウロ書簡の全部が読む価値が無いとまでは言わんが(一世紀当時の状況を知る上でも一定の歴史的価値はある)、パウロの教えの部分は聖書全体と矛盾する箇所は間違いであるか誤訳の可能性を疑って調べ、主イエスや十二使徒の教えと適合する部分は正しく、適合せん部分は偽りと判断するという選別が必要や。パウロの教えの中には曲解し易い箇所が含まれるという警戒が必要や。そういう意味で、パウロの主張を全部盲信するんは危険と言うてるし、聖書の複数回通読をして全体の趣旨を理解することが不可欠や。そうでないと簡単に騙されるさかいな。拙者の動画でも紹介した聖句(ペトロ二 三章十五節〜十六節参照)にあるように、使徒ペトロが、パウロの手紙は理解しにくい箇所があり、無学で動じ易い人はそれを曲解して滅びを招いてるとも述べてる。まさに、拙者が指摘してる律法廃止論がそれや。律法廃止論はパウロ書簡から導き出されてる以上、パウロがその元凶と言えるし、聖書をきちんと勉強せえへん無学で動じ易くて惑わされてる牧師等の自称聖職者を含め、にわかキリスト者どもが原因でもあり、迷惑な存在。律法を蔑ろにするように思わせるパウロ書簡が聖書の正典として認められなければ、誰も律法廃止論を唱えることは有り得へんかったやろから。古くからキリスト教の業界全体で律法を蔑ろにする主張はすべてパウロ書簡や西洋の諸教会の教えから来てることから、一世紀から始まった神による篩(ふるい)やな。使徒ヨハネは、反キリストの霊が既に来てる(ヨハネ一 四章三節参照)と言い、一世紀当時から反キリスト勢力があったことを示してるし、今に至るまでずっとある。神に選ばれず命の書に名が無い者は、不信仰または異教徒になる者が大多数で論外。その他はキリスト信仰に招かれてもパウロ書簡を盲信し、主イエスと十二使徒の教えを無視して破って脱落する故に、拙者はパウロ書簡が「神による篩」と言うてるんや。実際、ブログ、ユーチューブ、ツイッター等を見渡してもパウロ信者ばかりのにわかキリスト者で溢れてる。同じように聖書を読んでおきながら、拙者のように騙されへん人と大多数の騙される人の違いは何かと考えたことは無いのか。そういうことを考えず、牧師等といった肩書きを持つ人や自称キリスト者の有名人の言うことを安易に信じて従う人は思慮が浅く、愚かや。主イエスの御言葉を肝に銘じよ。

新約聖書 ヨハネによる福音書 五章四十三節(拙訳)
我は父の名で来て、あんた方は我を受け入れへん。もし、他の人がその人自身の名で来たら、あんた方は受け入れるであろう。

上述のように、主イエスは言わはった。一世紀から現代に至るまで、主イエスを受け入れる人はほぼ居てへんが、人間が各自の名によって来た者を受け入れてるんが多い。主イエスを受け入れへんとは、福音書に書かれる父なる神からの教えを伝えはった主イエスの御言葉と主イエスの教えを引き継いだ十二使徒の教えを無視したり、耳触りのええ部分だけ抜粋して信じて世俗社会において不都合な部分には不服従で、全部に従わんことがこれを意味するし、世の権威(政府、大手報道機関、社会的地位のある人等)に盲目的に従うんもこれに当てはまる。「クリスチャン」、「イエスの弟子」等と言い方は何であれ、自称するんは容易いが、主イエスの教えを徹頭徹尾信じて従ってへん人が非常に多く、そないな自称キリスト者が言うことには偽りが混じってる。まさに拙者が再三言うてる律法廃止論を信じてる者どものことや。自称キリスト者を含めて世の大衆は、人間がその者自身の名において語ることを受け入れてる。政府信仰然り、医師信仰然り、学者(教授)信仰然り、テレビ信仰然り、牧師信仰然り、教皇信仰然り、罪深い被造物に過ぎひん嘘つきの言うことを微塵も疑わずに信じるくせに、聖書を読まず学ばず、万物の創造主の神が言わはることを信じて従わへん人がめっちゃ多いし、それが世の多数派やろ。また、自称キリスト者は主イエスを信じると口先だけ言うて、神の律法に服従せえへん。偽使徒のパウロの教義を受け入れた上でキリストを信じる者が異邦人である西洋人を中心に増え、四世紀にローマ皇帝コンスタンティヌスが信仰してた太陽神に加え、異邦人に寄り添って主イエスや十二使徒の教えと合致せえへんパウロの教義で固めた「キリスト教」を公認し、その後まもなくカトリック教会が成立した。十一世紀に東方教会として正教会が分離独立し、十六世紀の中世時代にプロテスタントという新しい派閥ができたが、これらすべてがパウロの教義を受け継いだ分派に過ぎず、十二使徒の教えではないし、主イエスの教えでもあらへんし、すべてが嘘の上に成り立った紛い物。

よって、現代にまで伝わる所謂「キリスト教」は、「パウロ教」と言い換えることが出来る。もし主イエス・キリストの教えとするなら、律法は断じて廃止せえへん筈やし、今でも守らなあかんし、古代イスラエル、古代ユダヤ、即ち、それらを継承する古き日本らしさを維持する必要があり、西洋かぶれは断じて許されへん。西洋かぶれの悪さは拙者が過去にも散々言うてきたとおり。未だに当ブログ読者の多くが理解して従おうともせえへんやろがね。それがあかんのや。聖書や神が定めた律法に従ってるかどうかという神による見えへん目線や評価よりも、悪魔崇拝者が広めた世俗の悪習慣や周囲の滅びゆく人々の目線や評価を気にするんやから、その報いを受けることになるであろう。多数派は反キリストであり、最後には滅びる。ええ加減に気付け。主イエスが言わはったように、悔い改めて自我を捨てて神の律法、掟、戒めに服従し、聖霊を受けて狭い門を通って狭苦しい道を歩いて死まで従順であれば天の国に行くが、そこまで出来るのはほんまにごく僅かの人だけや。世の多数派は、神の律法、掟、戒めを無視して違犯し続け、世の権威に従って行く広い門から入って広い道を歩いて滅びに至る。こない単純なことやのに、分からん人が多い。聖書を読んでても分からん人がようけ居るからね。ほんま、選ばれへん人は神によって拒絶されて惑わしの霊を送られ、理解力が無いようにさせられるんやなと実感するし、主イエスの教えや旧約時代の預言が正しいことも実感する。
現代ではローマ教皇フランシスコが主導して教会一致運動と世界統一宗教の樹立に向けて他の宗教も含めて統合しようとしており、欧州の悪魔崇拝者どもが建国した第二の獣たる米国が中心となり、世界中に向けて西洋(英米)かぶれを推進してる。欧米諸国は、この百五十年の内に多くの戦争を仕掛けて侵略したり、開国を迫り、世界中に洋服を浸透させ、下卑た西洋の習慣や文化をもたらして人々を堕落させ、言語も英語を普及させようと必死の工作活動をしてる。日本では大東亜戦争に敗戦した結果、戦後から英語が義務教育に組み込まれた。更に、最近では従来は中学校から英語教育やったんが、小学校にまで低年齢化が進んでる。きしょいやろ。多くの日本人は何も考えんと、本来は不要な英米という敵国の言葉である英語を一生懸命に勉強させられる。あいつらは日本語をちぃとも勉強せえへんのにな。そのことで日本人の地位が低いということが分かる。愚かな日本人が欧米人にへいこらした結果がこれや。古代イスラエル人が日本列島に渡って国を建国して以来、日本人は日本国内の内需だけで二千年以上も生きてきたんやし、外国資本や外国人に頼る必要性が一切無かったし、今も無い。輸入せんと生きて行かれへんと言う人は、愚かな明治以来の日本政府によってそないな国内産業を衰退させられ、外資依存させられてる事実を認めようとせえへん愚か者。日本が幕末に開国したんもペリー来航という米国側の要請であって、日本から求めたんやない。明治維新も要らんことやったが、薩長らといった欧米に通じた売国奴どもが国家転覆した結果、日本は破壊され、日本人の身も心も壊され、堕落が加速した。日本に住む日本人が生きて行くのに外国語も外国人も要らんねんって。いつ気付くんかな。政府や大企業どもが売国奴なだけで英語を意図的に日本に取り入れて普及させ、いずれ日本語や日本文化を撲滅し、日本を完全に滅ぼそうとしてる。それは悪魔崇拝者である支配層の目論見や。日本では進学や大手企業への就職にも英語の資格が問われる程に英語教育が盛んであるが、これは英米の植民地であるが故や。日本人よ、政府の方針に従うな。英語といった外国語の勉強なんかより、日本語、正しい歴史、聖書を勉強せい。日本人の庶民が皆、政府の言うことなんか無視して抵抗すれば、政府の方針なんて絵に描いた餅で終わる。しかし、現実は洋服を着て西洋かぶれし、片仮名英語を使用しまくって日本語が不自由になって、日本語も英語も大してでけへん中途半端な日本人もどきに落ちぶれ、語彙力が無い白痴の売国奴どもを見てると吐き気がする。あんたら日本人が外国や外国人に媚を売り続けており、その結果日本人の肩身を狭くして日本を滅ぼすことを助長しとる事実に気付けよ。明治維新を文明開化と美化して嘘をつき続ける政府、教育機関、テレビ報道等に騙されるな。奴らこそ日本を売る売国奴であり敵や。英語、支那語、朝鮮語といった表記を日本から取り除け。要らんやろ。なんで日本が奴らに媚びるのか。あいつらは日本人のために自国で日本語表記してくれへんからな。日本で英語対応してやる必要が無い。外国人が日本に来るなら、日本語や日本文化を勉強してから来いと言うのが筋やろ。日本人が外国行っても外国人どもは日本語対応してくれへんからね。それで対等やないか。このまま日本人が外国人に媚びるのをやめへんなら、日本は外国人に乗っ取られるか、滅ぼされるで。また、洋服をやめて和服を着よ。和服や和食をはじめ、世界中が羨む日本文化をなんで当の日本人が踏みにじるのかが解せん。あんたらは西洋文化や西洋人の方が優れてると間違ったテレビやネット情報に洗脳されてるからや。目を覚ませ。欧州も昔は米国嫌いやったのに、今ではハリウッド映画や音楽が広まって洗脳されて米国好きになって欧州の独自性は消え、ラジオや店の中でも引っ切り無しに英米の悪魔崇拝者による洗脳音楽が流され、服飾の面でも完全に英米由来の服(背広、ジーンズ等)を着るようになり、言語も英語が小学校の義務教育に組み込まれて籠絡され、非英語圏でも英語表記が増えてる。どこもかしこも英米に洗脳された白痴ばかり。欧米の支配層らは、ローマ(バチカン)や偽ユダヤを中心にまとまろうとし、英語を世界共通言語にし、一つの言語しか無かった時代であったバベルの塔の時代を再現しようという腹積もりなんが明白や。ローマの土着宗教やカトリックもすべてニムロドの古代バビロンの時代からのバアル宗教、太陽神崇拝が根底にある。それは前回記事の動画で示したとおりや。支配層に立ち向かうとか日本と日本人を守りたいなら、拙者の言うとおりにせい。さもなくば、ほんまに滅びるで。

長年に亘り世のキリスト教業界では、パウロを使徒と思い込み、勘違いしてる。中世時代のルター等のプロテスタントの始祖たちもパウロの言葉を盲信及び曲解し、主イエスや十二使徒の教えを蔑ろにし、律法を無視して違犯し続け、彼ら自身をイスラエル(古き日本)に寄せようとすることなく、むしろ反セム主義で古代イスラエルを嫌って差別主義を掲げ、異邦人に過ぎひん西洋人であることを誇りに思い、固執し続けた。彼らには聖霊が居らず、歴史を正しく知らんかった故に、真理に辿り着かへんかった。ルターなんて元は異教のカトリック司祭やったしな。欧米人らの殆どは皆、こないな感じで、四世紀のローマ帝国の時代から今に至るまでキリスト教国家と自称するだけでその実態が無く、長年救われる者は居てへんし、現代も例外ではない。
繰り返すが、パウロはキリストの使徒を自称してるに過ぎず、一世紀当時のユダヤ人や他のキリスト者からも嫌われとった。なぜなら、パウロは使徒の資格が無いにも拘らず、自らを「異邦人の使徒」(ローマ十一章十三節拙訳)と称し、「我は異邦人たちの伝道者、使徒、教師にされました。」(テモテ二 一章十一節拙訳)とも自称し、律法を蔑ろにすることを吹聴しとったからや。現代の聖書の翻訳に間違いが多い事実は、過去動画で述べた。世に出回る「改訂版」の底本を基にした日本語訳聖書では、先のテモテ二の所、「異邦人たちの」という部分が無いが、「受け入れられた原典」の底本ではあるさかい、これを付け加えるべきや。過去、不信仰の独逸人聖書学者どもが底本を改ざんして「改訂版」底本を作ってそれを現代に普及する聖書の底本とし、パウロを異邦人のみならず全人類の使徒や教師と格上げしたいという意図があったとみられる。
聖書から分かるとおり、主イエスはその公生涯の間も、復活後にこの地に四十日滞在しはった(使徒言行録一章三節参照)間もパウロを追加の使徒やと認めた事実も無い。主イエスの昇天からしばらく年月が経ってから、パウロが突然キリストから召されたと自称し出しても、それが確かである証拠は何処にも無く、パウロの言うことが正しいか否かは実で判断すべきで(マタイ七章十六節、二十節、十二章三十三節参照)、その残された書簡を吟味して判断するしかあらへん。パウロの言うことの幾らかはええとしてもおかしなことも言うており、パウロが使徒というのは断じて有り得へん。当時の十二使徒やその他のユダヤ人キリスト者たちの誰からも「使徒」とは認められてへん。何故かと言えば、使徒の要件は定まっており、パウロは使徒たる要件を満たしてへんからや。

新約聖書 使徒言行録 一章二十節〜二十二節(拙訳)
確かに、詩編の書に書かれてる。『その住まいは荒れ果て、そこに住む者は居なくなれ。』また、『その監督職は、別の者が得るがよい。』 それ故、主イエスが我等と共に行き来しはってた間、いつも我等と一緒に居った男たちがする必要がある。ヨハネの洗礼から始まって、主が我等から離れて天に上げられた日まで、我等と共に居った者の内の一人を我等と共に主の復活の証人にすべきや。

上記聖句は、十五節から続く使徒ペトロが言うたキリストの使徒たる条件や。十二使徒筆頭のペトロによるキリストの使徒たる要件は次のとおり。

【使徒になれる要件】
・洗礼者ヨハネが洗礼や説教を始めた時から主イエスが昇天しはった日まで、主イエスや十二使徒と一緒に居った男(女は不可)。
・主イエスの公生涯、復活後の御姿、昇天を直に見た証人であること。

これが上記聖句から拙者が使徒ペトロの言葉から抽出した使徒の要件や。主イエスの公生涯、復活、昇天を証言出来るには直に見る必要があった訳で、パウロは男である以外は何一つ使徒の要件に当てはまってへんし、一世紀当時を生きてへん他の人間にもその資格は無い。また、イスカリオテのユダが主イエスを裏切って後悔して自殺したため、その分の一人だけを補充する必要があったのであり、使徒は十二人に限定されることが明白や。一人減った十一人のままでもあかんくて、十二人である必要があったし、十三人という余剰もあかん。十三という数字は悪魔崇拝者が好むし、悪魔崇拝者が建国した米国にも十三が多く使用されてる事実について過去記事「動画四回目投稿 現代語訳聖書の翻訳は間違いが多い 後編」で拙者が指摘したとおりや。
そして、イスカリオテのユダの後任にはマティアという男性が選出され(使徒言行録一章二十六節参照)、使徒はそれ以上増えようがないし、以後欠員が更に発生して選出の必要があったとは聖書には無いし、仮にあったとしてもパウロは使徒の要件を満たさへん故に候補にもなり得へん。どないに頑張っても資格が無ければ、絶対に無理。せやから、パウロは使徒になれる資格が無い故、十二使徒の居らん所で嘘をつき、手紙で嘘をついて使徒を自称することを選んだ。マティアは福音書に名が出てけえへんものの、ペトロが述べた使徒となる条件に合致したのであり、主イエスの公生涯、復活、昇天も十二使徒と同じように見た証人やさかい、使徒職を引き継いだ。よって、上記の条件に合致せえへんパウロが使徒になる資格は無い。
そもそも、洗礼者ヨハネの時や主イエスが公生涯に入った時、パウロは非常に若くてファリサイ派に属しており、主イエスを信じてへんかったし、主イエスの公生涯においても弟子として行動を共にしたことも一切ないし、主イエスの御姿を直接見たことも会話したこともなかったし、十二使徒らと面識すら無かったし、復活や昇天を見届けてもいない。パウロが回心したんは、主イエスが昇天しはった後であるし、ステファノの死にも同意し、その頃は「若者」(使徒言行録七章五十八節)とあることからパウロは既婚者ペトロたちより若く、回心したんは時期的にも主イエスの直弟子たちよりも少なくとも三年半以上も遅かった。パウロはキリスト信者に転向したことで一応兄弟の一人にはなり得るが、使徒では有り得ず、使徒ペトロもパウロを兄弟としてしか見ておらず、使徒とは言わんかった(ペトロ二 三章十五節参照)。それも心から信頼出来る兄弟やのうて、おまけ程度にしか思ってへんかったやろな。その理由としては、パウロが十二使徒らと行動を共にせんかったことから仲の悪さが明白やし、使徒言行録二十一章にあるとおり、パウロが律法違犯の咎でユダヤ人たちに捕まった時に弁明した折、誰もパウロの味方をせず見捨てたとパウロは書いた(テモテ二 四章十六節参照)。当時、エルサレムに居った使徒ペトロや主の弟ヤコブらをはじめとするエルサレム教会員は、エルサレムで騒動になって知ってた筈やのに彼らはパウロを擁護せんかった。このことからも、パウロは十二使徒らや初代教会のエルサレム教会員といった真のキリスト者たちからは嫌われ、ほんまもんの兄弟として認められてへんかったというのが分かるやろ。
使徒言行録の著者は、使徒言行録十四章十四節でパウロとバルナバを使徒たちと事実と異なることを書いてしもた。バルナバは、ローマ属州になってたキプロス生まれのレビ族のイスラエル人で本名はヨセであり(使徒言行録四章三十六節参照)、パウロと似た境遇や。異邦の地生まれのイスラエル人であるという点がね。使徒言行録の著者は使徒ペトロが述べた使徒の条件も書いておきながら、パウロとバルナバを使徒と誤って書いたことから、著者はきちんと「使徒」の意味を理解してへんかったのか、または改ざんされたのかと思われる。それに、パウロの回心の場面(使徒言行録九章、二十二章、二十六章の三回)はどれもバラバラで統一されてへん内容であり、使徒言行録の著者が雑に書いたのか、または、パウロの証言がバラバラで信用でけへんかのどちらかやろ。よって、パウロがほんまに真心から回心したのかも怪しいもんがある。過去記事「反キリストについて」で反キリストの定義にも触れたとおり、パウロはその反キリストの要件(惑わす者、キリストの教えに違反して留まらへん者)に当てはまる。ほんまに苦い敵、反キリストはキリスト教の内部から出てくる。

過去に聖書の正典として収録する文書を決める際、パウロの教義を信奉する西洋のローマ人の異邦人を中心とするにわかキリスト者どもが、自称使徒、偽使徒であるパウロの手紙を新約聖書の半分程度を占めさせ、キリスト教業界はそのパウロの言葉を金科玉条として掲げて盲信し、肝心の主イエス御自身の御言葉や十二使徒らの言葉を軽んじた結果が、今の有様や。これが背教でなくて、何であろうか。何遍でも言うが、パウロは自称使徒の偽使徒であり、ペトロやヨハネといった十二使徒らからも使徒と認められた事実は無いし、主イエス御自身と一度も会うたこともなく、主イエスの公生涯、復活、昇天の証人でもない故、使徒たる要件を満たさへん。要するに、パウロは主イエスの御姿も御顔も御声も教えも知らんのや。主イエスは公生涯で宣教しはった時、大衆相手には例えを用いて話しはり、十二使徒のみに密かに説明しはり(マルコ四章三十四節参照)、使徒とその他の一般人を区別した。それやのに、なんで主イエスと面識が無かったパウロが「我は、それ(福音)を人から受けたのでもなく、教えられたのでもなく、イエス・キリストの教えによって受けたからです。」(ガラテヤ一章十二節拙訳)なんて言えるのかね。十二使徒を差し置いてパウロのみが特別扱いされる理由も根拠も一切無い。パウロが幻で示されたとしても、その教えが主イエスからと確証出来る根拠は何処にも無い。パウロは自分で「そないな者たちは偽使徒、惑わす仕事人はキリストの使徒に変貌する。驚くべきことやない。サタン自身も光の天使へと変貌するからや。」(コリント二 十一章十三節〜十四節拙訳)と言うて、他人を偽使徒とか惑わす者と非難しながら、彼自身が偽使徒であり、惑わしてる張本人である事実を棚に上げてる。パウロは主イエスから教えを受けたと言うたが、主イエスに化けたサタンに惑わされてる可能性も否めへんのや。なぜなら、パウロは主イエスに実際に会うたことがないさかい、どないな御姿か御声かも知らんのやし、対面で教えも受けてへんし、十二使徒に確認を取ってもないんやから、ほんまか確かめようもないさかいな。幻でイエス・キリストを見たなんてなんぼでも言えるし、イエスと称する人を夢や幻等で見たり、声を聞いたとしてもそれがほんまに主イエス御本人か確かめる術は無いのに、パウロはそう信じ、周囲にそう吹聴した。パウロが回心の時にあった光や自らをイエスと名乗る者が実は光の天使に変貌したサタンであったとしたらどうなるやろか。現代にもユーチューブ動画で同じように主イエスを見たとか、幻を示された等と好き勝手に言うてる人らが居るけど、そないな人らと同程度でしかあらへん。エゼキエル書十三章六節〜九節に、虚しい幻を見たり、虚しいことを語り、嘘を見たりすることについて主なる神からの警告がある。彼らはその虚しい幻や嘘を見て惑わされ、虚しいことを語る。パウロが使徒を自称するんが許されるんなら、世に多いにわか信者どもも使徒を称することが許されることになる。そして、パウロの教えの間違いを決定付けるんは、上記引用にあるとおり、彼が福音を人から教えられたのではないと自白してる点や。パウロは主イエスから直に教育を受けた十二使徒から教えを受ける機会があったのに、受けようともせんかったし、幻で見聞きしたことが正しいか十二使徒に尋ねて確認もせんかった。おかしいやろ。もし拙者が十二使徒と同じ時代に生きてたとしたら、何としても会いに行って主イエスの教えを受けたり、主イエスについて質問したり、色々話をして積極的に交流するけどね。でも、パウロにはその機会があったのに、やろうともせんかった。明らかにおかしい。主イエスは公生涯で直々に十二使徒を選びはったし、権威も授け、後の世でのイスラエル十二部族の統治者として特別の座を設けることを約束した(マタイ十九章二十八節、黙示録二十一章十二節参照)。しかし、主イエスが地上で一度も会うたこともないパウロを使徒に任命した事実は無いが故に、主イエスが十二使徒にだけ用意しはった座にパウロが座ることはないだろう。十三番目の席は無いさかいな。そもそも、パウロは使徒やないんやから当然のこと。主イエスの公生涯における三年半の間に直接指導を受けた直弟子たちからの教えをパウロは受けてへんし、受けようともせんかったという事実は実に驚くべきことで、おかしなことやろ。パウロは自分が見聞きした幻での啓示によって自分勝手な教えを持つようになったことを自白してるようなもんやで。こないな感じで使徒を名乗れるなら、上述した十二使徒筆頭のペトロが述べた使徒の要件を無視し、誰であっても使徒を自称出来るし、キリストを利用した新たな宗教を創設することになる。パウロは一世紀を生きた人物で十二使徒と同じ時代を生きた故、後世にその言葉が重視されてるに過ぎひん。古ければええってもんやない。聖書をきちんと理解する力が無い人が多いし、滅ぶべき人が世には多い以上、偽メシア、偽預言者、偽教師、偽使徒、自称キリスト者が多数輩出されるのも無理はない。現代において無数の教派が生じてるのは、まさにこないなパウロと同じような偽使徒、偽預言者、偽教師らが多数生じ、それぞれ独自の考えを好き勝手に言うてる結果や。

パウロは十二使徒から教えを受けたこともなく、教えを請うこともなく、彼自身が見た幻や聞いた幻聴のみを頼りにし、タルソスという異邦の土地生まれで異邦人(ローマ人)国籍を持ち、自らイエスと名乗る正体不明の者が言う声を聞いてキリスト者に回心したとなってる。最初は真摯であったかもしれへんが、すぐに道を逸れて行った。パウロは、西洋の地で生活するのが長くなるに加えて、聖書やのうて幻や幻聴に盲従するようになり、律法を蔑ろにする気持ちに支配され、律法を守る必要が無い旨を触れ回ってユダヤ人キリスト者から異端者として嫌われ、初代教会のエルサレム教会からも注意され、それ故ユダヤの地から逃げるように西洋方面に出向き、主イエス・キリストの御名を利用して自分自身の教義を信じる西洋人である異邦人への宣教を熱心にやっただけや。異邦人というのは、血統的に亜細亜人であるイスラエル人及びユダヤ人ではない人で、元々神から選ばれてへん人たちであり、ステファノの殉教以後に救いの機会が異邦人にも及んだことは確かやが、救われる人数は決して多ない。特に、近現代の西洋人の身なり、信条、行いの悪さからしてもほぼ絶望的やし、西洋かぶれに走ってる他の民族も同じ。そうして、主イエスの「人の子が来て、地上に忠誠を見出だすであろうか。」(ルカ十八章八節拙訳)という御言葉が実現する。これはキリストの再臨がある時代は、主イエスの御言葉を守り、神の律法、掟、戒めを守って神に忠誠を尽くしてる人が稀少で、地上の殆どの人間たちは不信仰、またはにわか信者で忠誠とは言えへん人が多いという予告や。このこともキリストの再臨の前兆と言える。主イエスは信仰を忠誠という意味で用いてるし、実際同じことを示す。神の律法を守らず口先だけの生温い信仰や利益信仰には神への忠誠が無いさかいな。主イエスの教えや律法から外れ、皆が同じような律法違犯の格好、生活様式、行いをしてる多数派に属するなら、信仰(忠誠)があるとは主イエスから認められへんのが分からんのか。イスラエル十二部族をはじめとする亜細亜系の血統イスラエル人以外の異邦人は、一世紀中頃になるまで主なる神や聖書を一切知らずに生きてきたし、救われるべき素地が無いからや。パウロが異邦人のキリスト信者を増やすことに成功した理由や西洋でキリストを広めることが出来た理由は、パウロが本来の主イエスの教義を崩して脱ユダヤ化し、別の宗教である所謂「キリスト教」を創設したからに他ならず、つまり、「律法を守らんでもええ」とか「行いは問われず信じると口で言うだけで救われる」という耳触りのええ偽教義による結果や。これは致命的に悪い教義であり、サタンの教義や。パウロが言う「恵みによって救われる」というのはある意味では正しい。すべての人間は罪を犯し、善のみを行って生涯を全うする者は居らん故、神の自由な選びによって憐れみによって救われるんやから。しかし、それにかこつけて律法を無視してもええとか行いも無関係とか自由だ等と言うたり考えるんは、善悪の知識の木から実を取って食べたらあかんという神の御命令(創世記二章十七節参照)に反して、蛇(悪魔)がエバを「決して死ぬことはない。善悪を知る神のようになる。」(創世記三章五節参照)と言うて騙し、結果的には死に追いやったのと似てる。パウロの教義は、主イエスが十字架で流しはった血と恵みによって救われたんやから、現代プロテスタント信者どもが言う所謂「福音の三要素」(コリント一 十五章三節〜四節)を信じてれば、神の律法、掟、戒めを無視してもキリストの血で赦され、何をしてもええってことになるからね。換言すれば、神の法と秩序を無視し、放縦であることを推奨してるに他ならず、悔い改めへんことになる。それは主イエスの教えに反する悪魔の教義や。世の「キリスト教(パウロ教)」を掲げる諸教会は、こないな考え方に基づいており、まったく見当違いも甚だしい。彼らは律法を無視して悔い改めへんが故に救われへん。愚かな人たちは皆、使徒ペトロの言葉どおり、また拙者の言葉どおり、使徒言行録やパウロ書簡を曲解して騙され、滅びる。神の律法を守らず、この悪い世俗社会の習慣に従い、肉の欲や思いを持ち続け、律法で罪とされることをやめて繰り返さへんという「悔い改め」を行わず、口先だけでイエス・キリストを信じてると言うだけなら、実に簡単で楽やし、この世で信仰を保つ上で困難を感じることもないし、迫害にも遭わへん。世の諸教会や拙者と同じような考え方を持たへん人がやっとることは、にわか信者を量産し、滅びに導くサタンの業。

パウロは、本名サウロから西洋風の名であるパウロに改名し、西洋かぶれすることに決め、名前だけやのうて行いから何まで西洋かぶれした。そのことはパウロ自身が、「神に対して不法であるのではなく、キリストに対して律法に従っているんやが、律法に従ってへん人には、律法に従ってへん人を得るために律法を持たへん人のようになりました。」(コリント一 九章二十一節拙訳)と自白したとおりや。この箇所も誤訳が酷く、底本からして間違うてることは過去の動画で示した。日本語訳聖書の誤訳である「キリストの律法」とやらを、にわかキリスト者どもはモーセの律法とは違うと嘘を言うてる。「律法を持たへん人のようになった」とは、明らかに異邦人の西洋人に合わせ、媚びた証拠や。必要無いことやからね。主イエスとは真逆の姿勢。主イエスは、敵対者にも「先生、我等はあんたが正直で、真理によって神の道を教えはり、誰をも憚らへんことを知ってます。ほんまに人々の外見を重視しはらへん。」(マタイ二十二章十六節拙訳)と言わしめた程や。主イエスは、世の多くの人々とは異なり、身なりを必要以上に気にして着飾る権力者、富裕層、社会的地位を持つ人、善良な市民気取りの愚民に対しても態度を変えるようなことをせず、他人を信仰に入らせたいがために媚びるとか、信念を曲げる等は一切せえへんのが主イエス・キリストや。主イエスの弟子であるキリスト者なら、師である主イエスを模範として同じようにすべきであろう。ところが、パウロは主イエスと同じ態度を取らず、信者を獲得するために相手のご機嫌取りのようなことをした。これはカルト宗教でよう見られる手法。耳触りのええことを言い、相手の心に取り入り、引き入れて信者にしたり仲間にするが、これはサタンのやり方であって、キリストのやり方やないし、聖霊を受けた人間がすることやない。聖書のこともキリストのこともまったく聞いたこともなく、聖書の存在すら知らん無知の一世紀当時の異邦人たちからその耳触りのええパウロ独自の教義が支持されたに過ぎひん。パウロの教義が、手軽に救われて天国行きになる新興宗教としてローマに受け入れられ、全世界に広まるのにも寄与しただけ。その意味でパウロは神に用いられたと言えよう。厳しくも正しい福音やったら、誰も聞く耳を持たへんし、広まらんさかいな。最後の時代、拙者から世に向けて真理を宣べ伝えることになったが、これで立ち返らへんのなら、もう後が無いで。主イエスと十二使徒による律法を擁護する真の聖書福音がローマに受け入れられた訳やない。聖書知識も律法由来の文化の素地を持たへん異邦人には、奇跡や癒しといった目に見える業を見せつけた上で独自の教義を教えて洗脳することは非常に容易い。一世紀だけでなく、現代に至るまでずっと騙され続けてる。現代のにわかキリスト者どもも、過去記事「偽りの霊による働きへの警告 前編」等で拙者が非難した偽り者どもが癒しや奇跡等を売りにし、パウロと同じような手法を用いて宣教してる。一世紀当時のユダヤ人のように、伝道相手に詳しい聖書知識や律法知識があると反発されるさかいな。新使徒的改革なんていう名付けからして、欧米人どもの自称キリスト者どもはパウロと同じく使徒気取りやな。ほんまに偽使徒パウロと同じ道を辿っとる。使徒言行録十七章十一節のとおり、当時のユダヤ人はパウロの宣教内容を聖書と照らすことをした。それはベレアのユダヤ人の会堂に来たパウロの言う主イエスが救い主である事実を受け入れつつも、パウロが教える内容を完全には信用せず、疑問視したが故や。ユダヤ人とは異なり、ローマ人やギリシア人といった異邦人は聖書に馴染みが無く、聖書を調べることをせんかった。それは昔だけやのうて、現代でも同じこと。一世紀当時は旧約聖書のギリシア語翻訳もラテン語翻訳も無く、新約聖書も無く、調べる手段が無く、主イエス・キリストを信じるにはキリスト者の言うことを信じるしかなかった。それ故、当時は目に見えるしるしを伴うて信じさせるということが十二使徒にも起こったが、現代ではその必要性が無い。なぜなら、現代では一世紀当時とは異なり、聖書は十分に普及し、知名度もあるからや。現代で聖書を知らんのは自分で読まへん人自身が怠慢で悪いだけ。聖書は世界一多く読まれた本であり、高価やなく、書店に売ってるし、通信販売もしてるし、ネット上にもある。容易に聖書を読めるのに、知らんのは読まへん人自身の責任。一世紀当時、西洋の異邦人たちは伝道にやって来たパウロの言うことを安易に聞き入れ、それ故パウロも気を良くし、異邦人の味方をした。パウロは、彼自身が言うことを疑いもせずに聞き入れる異邦人を好んだが故に「ペトロが割礼を受けた人々の福音を託されたように、我が割礼を受けてへん人々の福音を託されたことを知りました。」(ガラテヤ二章七節拙訳)とか、「この神の救いは異邦人に送られ、彼らがこれを聞くであろう。」(使徒言行録二十八章二十八節拙訳)とも言うた。パウロは、主イエスから直々に教えを受けた使徒ペトロをはじめ十二使徒が教える福音とは異なる教えを聖書に疎い西洋の異邦人に吹聴し、信者を増やして一大勢力を築いて行った。異邦人の混血児であるテモテ等といったパウロに従順な信者を増やし、十二使徒と離れて独自の派閥を作り、教祖のように成って行き、それがローマで受け入れられ、神の律法を蔑ろにするが故に教義が緩くなって道を逸れ、ローマの土着宗教の太陽神崇拝とも癒着し、後にカトリック教会を組織するのに繋がった。
異邦人の側に立ったパウロとは反対に、使徒ペトロは異邦人にも福音を宣べ伝えたことはあるものの、異邦人に対して多大な期待をしてへんかったことは、上記ガラテヤの手紙からもペトロはおもにユダヤ人相手に伝道してたことからも分かる。なぜなら、主イエスは「異邦人の道に行ったらあかん。」(マタイ十章五節拙訳)、「むしろ、失われたイスラエルの子孫である羊たちの所に行きなはれ。」(マタイ十章六節拙訳)と教えはったからや。異邦人の道に行くとは、異邦人と同じような生活様式や行いをして神に不忠であることを意味し、そうせんようにと主イエスが命じはったからや。他方、パウロは主イエスからも十二使徒からも教えを受けず、ローマの属州であったタルソス生まれであってイスラエル生まれではないし、国籍上はローマ人やし、回心後も欧州各地を旅したり滞在しとったさかい、彼はユダヤらしさを捨てて西洋かぶれに走ることはイスラエル生まれのユダヤ人よりも西洋かぶれすることに抵抗は少なく、遥かに容易であるし、想像に難くない。しかし、パウロの姿勢は基本的に誤りや。主イエスの御言葉や聖書全体の趣旨から、律法は不変で廃止にもならへんことは明らかやし、主なる神は御自分の民、イスラエルの民を決して忘れへん。上記聖句で挙げた主イエスの御言葉からも明らかなように、失われたイスラエルの子孫である羊を救うべきと言わはった。これは現在の中東の偽イスラエル国家や欧米に居る偽ユダヤ人らのことやない。それは過去記事「現イスラエル国家は聖書のイスラエルではない」でも言うたとおりや。外国人である異邦人は、あくまでおまけでしかあらへん。ダビデの玉座を天皇制に引き継いでる日本は現代イスラエルであり、ヘブライ文化を持った秦氏が日本に来て活躍し、言語や文化でも古代イスラエルと日本には共通点が多数あり、過去記事「日本は多民族国家、日本人の一部は古代イスラエル人」でも書いたとおり、遥か昔に日本列島に古代イスラエル人と古代ユダヤ人が日本に移住して来たことは明白やし、秦氏よりも前から古代イスラエル人たちは日本列島に上陸してた。日本人の約四割居る血統イスラエル人が神から忘れられることは決してない。それやのに、日本人の多くが聖書を読まず、主イエスに立ち返らへん現実があり、それ故、多くの災いや苦しみを日本及び日本人に与えることを神がサタンに許可しはってる。そういうことも拙者は複数の過去記事で述べてきた。かつて古代イスラエル王国と古代ユダ王国が主なる神への背信故に外国人を用いて滅ぼしたんと同じように、日本も主なる神への背信故に再度外国人の侵略を受けて滅びようとしてる。歴史は繰り返す。まさに、「かつてあったことはこれからもあり、かつて起こったことはこれからも起こる。太陽の下、新しいことは何もあらへん。」(コヘレトの言葉一章九節拙訳)のとおりや。せやから、歴史や過去の教訓から学べと言うんや。愚かな人は歴史からちぃとも学ばへん。政府や官僚が検閲した学校の教科書や参考書なんか読んでも正しい歴史は決して分からへんよ。あんたらが主イエスを信じず拒否する不信仰の者、異教徒であるか、または口先だけで信じると言う自称キリスト者の嘘つきであるせいや。日本が滅ぶんも、拙者の警告や宣べ伝えることを信じひんか軽んじた結果であり、あんたら自身の怠慢、愚行、律法違犯が生む罪の結果であり、身から出た錆や。

十二使徒をはじめとするエルサレムで主イエスをキリストと信奉する組織であった「エルサレム教会」を一世紀当時は主イエスの弟の一人であったヤコブが監督していたというのも通説で知られる。十二使徒の一人のゼベダイの子ヤコブは使徒ヨハネの肉の兄弟でもあり、ヘロデ王の迫害により捕らえられ、斬殺されて殉教した(使徒言行録十二章一節〜二節参照)。早逝した故に、彼がエルサレム教会の監督者であったとは考えられへん。なぜなら、パウロはガラテヤ一章十七節〜十九節に、彼が回心してすぐに十二使徒らに会いに行こうとせず、アラビアに行ったりダマスコに行ったりして、三年も経ってからエルサレムに上り、ペトロに会ったとあり、ペトロ以外の使徒には会えず、主の弟ヤコブに面会したと書いた。しかし、これは、パウロ(サウロ)がダマスコで弟子たちと一緒に居って、諸会堂でイエスが神の子であると伝えたとする使徒言行録九章十九節〜二十節の内容と矛盾し、どっちかが誤りを書いてることになる。ペトロはその時はエルサレムに留まってたこと、他の使徒はエルサレムに居らず、主の弟のヤコブのみが近くに居ったことが分かる。それから十四年後、パウロは再びエルサレムに上り、バルナバとテトスが同行したとある(ガラテヤ二章一節参照)。そして、パウロは前述の柱と思しきペトロ、ヨハネ、ヤコブと右手を出したとある(ガラテヤ二章九節参照)が、これは主の弟ヤコブとみられる。仮にパウロの回心の時期がステファノの殉教からすぐやとした場合、最短で西暦三十四年であり、ガラテヤの手紙を考慮するとそこから十七年も経って西暦五十一年になり、この時まで使徒であるゼベダイの子ヤコブは生きてへん。なぜなら、彼が殉教したんは西暦四十四年頃であるから。ヨセフスの古代誌の記述では第四代ローマ皇帝クラウディウスの治世三年にヘロデ王が亡くなったとされ、これは使徒言行録十二章二十三節で主の天使がヘロデ王を打って死んだのと同じ出来事を示してる。クラウディウス帝の治世であったことは使徒言行録十一章二十八節からも分かる。せやから、ゼベダイの子ヤコブが、ガラテヤの手紙に書かれたような右手を合わせるといった行為はでけへんのや。更に、使徒ペトロはゼベダイの子ヤコブの殉教後に投獄され、天使によって牢から出た後、信仰の兄弟たちの許に行って、ヤコブと他の信仰の兄弟たちに牢から出た次第について伝えるように言うたことが分かるからな(使徒言行録十二章十七節参照)。このペトロの発言は、パウロが使徒とは別にヤコブを名指ししたのと同様に主の弟ヤコブと思われる。十二使徒にはもう一人アルファイの子ヤコブが居るが、彼はエルサレムに留まっておらず、他の使徒と同じように他国に伝道に行ったと思われる。パウロが書いたコリント一の十五章七節のヤコブは、五節の十二人(使徒)とは別に名指ししてることで、主イエスの弟のヤコブを指す。パウロが十二使徒と別にヤコブと名指ししたんは、主の弟ヤコブである可能性が高い。もし十二使徒のヤコブなら、五節の十二人(使徒)に含有されるはずやから。主の弟ヤコブをはじめ、主の弟たちが主イエスの公生涯時には不信仰やったのは、ヨハネ七章三節から五節の内容から判断出来るやろ。主の弟らは、主イエスが十字架刑で死に、埋葬され、復活して、その姿を確認してから自分らの兄がキリストやったんやと確信して信じた。そして、使徒言行録一章十四節にあるとおり、十二使徒たちと一緒に集まり熱心に祈ったとある。主イエスには弟や妹が複数居った事実は、マルコ六章三節にあるとおりや。そこでは「ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモン」という名の四人の弟たちが居り、そのヤコブであろう。使徒言行録二十一章十八節にあるとおり、主の弟ヤコブと思しき人が長老たちとエルサレム教会に居ったことが分かる。この時既にヤコブがエルサレム教会の監督者であった。ヤコブがその座に就任する前は、使徒ペトロであったことも推測出来る。なぜなら、ペトロが教会の礎になることは定めやったからや。ローマ・カトリック教会や世俗的な人々は、使徒ペトロが初代ローマ教皇やという嘘を言うてるが、絶対に信じたらあかん。ローマ皇帝コンスタンティヌスがパウロの教義を基にした「キリスト教」を国教化し、四世紀に興った反聖書的な教義を持つ異教であるローマ・カトリック教会なんかが初めてのキリスト教会ではないことは明らかやし、土地もローマというイスラエルやユダヤとは無縁の土地やし、時代も数百年と開きがあるさかい、ペトロとは一切関係が無い。それやのに、当時のローマの司教どもはペトロの後継者と自称し、神の国に入るための鍵を持ってるとも僭越にも自称したことに由来する。見え透いた嘘やのに、現代でもこの嘘を信じてる人が非常に多い。パウロが使徒と自称した嘘に等しい程の大きな嘘。
拙者がヤコブより先にペトロがエルサレム教会を指揮したと考える根拠は、主イエスが「ペトロという岩の上に我が教会を建てる」(マタイ十六章十八節参照)と言わはったことから、ペトロが初代教会の礎になることは明らかやからや。上記で既に書いたとおり、ペトロはおもにユダヤ人相手に伝道しとったし、長い間エルサレムを拠点とし、上述したようにガラテヤ一章からもペトロと主の弟ヤコブはしばらくエルサレムで協働してたことは明白。異邦人が多いローマ帝国の中心地であるローマなんかにペトロが教会の拠点を据える筈がないし、初代教会はエルサレム教会が中心やった。ある程度軌道に乗ったら、ペトロはヤコブにその座を引き継ぎ、パウロと改名したサウロが律法を蔑ろにして信仰のみで行いが不要という独自の教義で異邦人伝道をやっとったんを正すため、やむを得ずペトロ自ら西方に赴いて伝道するために旅に出て殉教するんや。過去に述べたとおり、ヨハネ二十一章十八節にあるように、主イエスはペトロに対して、年を取ると望まへん所に行くと告げはった。続く十九節で、主イエスは、聖霊に導かれるペトロがどないな最期になるか、どないして神に栄光を帰すかを示しはった。明確に、これは主イエスの信仰によって処刑される運命のことを示したと思われる。生粋のユダヤ人でガリラヤ地方に生まれて長く暮らしてたペトロが異邦の地、しかも当時のユダヤを支配してた宗主国ローマ帝国の本拠地であるローマに行って暮らすことも、殉教することも肉の思いでは望まへんことやし、それ故主イエスはそう言わはった。
使徒言行録十八章二節のとおり、ローマ皇帝クラウディウスは、ローマからユダヤ人を追放する命令を出した。これは西暦四十九年頃とみられるが、クラウディウス帝が西暦五十四年に亡くなった時に同命令も失効した。ユダヤ人追放令はそれが初めてやなかったし、度々あった。何故そうなったかは、ユダヤ人キリスト者による伝道で律法を守るユダヤ人キリスト者がローマの権力者から疎まれたからや。当時のユダヤ人は律法を守る生活をしており、更に主イエスを信じて積極的に伝道したためにユダヤ教の新興分派と看做され、その勢力が拡大するとローマ帝国の統治の妨げになると思われて煙たがられた。使徒言行録十八章十三節にあるとおり、ユダヤ人たちはパウロが律法を蔑ろにしてると弾劾し、裁判沙汰にすることも多々あったし、こういう騒動を起こすことをローマ皇帝が疎ましく思い、ローマからユダヤ人を追放した。無論、律法を擁護する者たちの熱心さ故であった。パウロのような律法を蔑ろにする姿勢ならば、騒動は起こらず、追放令は無かったであろう。それに使徒ペトロは、手紙(ペトロ一 五章十二節〜十三節参照)において、異邦人のシルワノに代筆させ、バビロンから挨拶すると言うた故、ローマに滞在したことを示してる。バビロンとはローマを指す隠語や。黙示録でもバビロンという名が出てくるが、これは明らかにローマを指す。地理的にバビロンがかつてあったメソポタミア地域を意味せえへん。一世紀当時で既にバビロン一帯は廃墟で何も無かったさかい、そこに滞在するのは考えられへん。一世紀当時はローマ帝国による強大な支配の下にあり、ローマでは特に厳しく、ローマに楯突くような物言いをしたり、手紙を書くことも憚られたことから、バビロンと置き換えて表現したんや。

繰り返すが、パウロは他の使徒の誰にも会わず、主の弟ヤコブにだけ会うた(ガラテヤ一章十九節参照)と記録してることから、パウロが回心して三年経ってから、ペトロと知り合いになるためにエルサレムに行き、その時に他の使徒には会わず、主の弟ヤコブのみに会うたとある。ペトロを除く他の使徒たちはエルサレムには居らず、福音伝道のために他の地域に出払ってたことが分かる。また、パウロは主の弟ヤコブとエルサレム教会員の長老たちとも折り合いが悪かった。そのことは使徒言行録二十一章から明らかや。パウロの伝道を信じた異邦人たちは、パウロがエルサレムに行くことに反対してた。なぜなら、ユダヤ人からは律法を蔑ろにする故に嫌われ、酷い目に遭うのが目に見えてたからや。パウロは彼らの心配や反対を押し切り、命を失うことになろうともエルサレムに行かなあかんと訳分からん使命感に燃えて訪れた。すると、異邦人たちの予想は的中し、パウロはエルサレムに着いて、エルサレム教会のキリスト者と会うて律法を守ってへんとエルサレム教会のキリスト者である長老から注意された。また、それだけやのうて、エルサレム神殿に居ったユダヤ教徒のユダヤ人たちからもパウロは酷く嫌われた。当時ユダヤに居ったユダヤ人は外国人を排斥するという傾向はあった。すぐ隣に居ったサマリア人ですら異教徒として毛嫌いして関わらんようにしてた位やった。サマリア人というても古代イスラエル人の系譜であり、多少アッシリア等と外国人と混血していたというのがあったやろけど、イスラエルとまったく縁が無い訳やなかった。ペトロの出生地であり、主イエスが活動拠点としてはったガリラヤも北部に位置し、旧イスラエル王国の地域であり、南の旧ユダ王国の領内やない。それでもユダヤ人たちは、アッシリアに支配されて堕落したサマリア人を主なる神の信仰を捨てた異教徒と看做して嫌い、交際せんかった(ヨハネ四章九節参照)。当時、ユダヤ人たちは、ユダヤを支配してたローマ帝国、ローマ人なんてもっと嫌ってた。西暦六十六年からユダヤ戦争として宗主国ローマに戦いを仕掛け、熱心党と呼ばれるようなユダヤ保守勢力が蜂起した。十二使徒の一人にも熱心党のシモンが居った。このように、外国人を嫌う、排斥するというのは古代ユダヤ人にはその気質があった。日本人も幕末でペリー来航以来、攘夷(外国人を撃ち払い国内に入れない)という考えを持つ人が多かったように、外国人嫌いの気質は昔は強くあったし、今でもそういう意識のある人は居てる。よう似てるんですわ。せやけど、日本人は、戊辰戦争で西洋諸国と結託した薩長土佐らと徳川慶喜らといった売国奴たちの裏切りによって負けて明治維新が強行され、それ以来ずっと西洋かぶれが進んで攘夷意識が大いに低下したということはあっても、深層心理では日本が一番と思い、外国産は要らん、外国人は要らん、田舎も余所者は要らん等とそういう気持ちを持つ人も少なくないやろ。飲食物やその他様々な点で日本産、即ち、国産であることを好む人は多い。それが証明してる。ならば、服装も和服に拘れよって言いたいですけどね。洋服を着ておいて「西洋は好かん」と言うても説得力無し。服装はその人となりを表す物やし、生活必需品やし、支配の道具になるし、あんた方が思ってるより遥かに重要やで。過去記事「真のキリスト者に相応しい姿と信仰 前編」を読み直し、実際に行いで改めて示しなはれ。そうせん人はなんぼ日本が好きと言うたかて、口先だけの似非保守に過ぎひん。

ついでに面白い点を指摘しておく。やはり一世紀当時と現代のユダヤ人もエジプト人も民族が異なり、現代は偽物ばかりという事実や。偽ユダヤ人のことは過去に散々言うたから割愛するが、古代エジプト人も現代のエジプト人とは民族が異なるということ。使徒言行録二十一章三十八節では、ローマ兵の千人隊長からユダヤ人であるパウロがエジプト人に間違われた事実がある。現代では東欧の白人でハザール人の末裔がユダヤ人と勘違いされ、現代でエジプトに居るアラブ人がエジプト人と誤解されてる。しかし、聖書から明確にそれは誤りであることが分かる。聖書から分かる真実は、ほんまもんのユダヤ人の顔はエジプト人の顔に間違えられる程に似てるということ。拙者はほんまもんのイスラエル人、ユダヤ人は亜細亜系と言うてきた。故に、パウロがユダヤ人やのにエジプト人に間違われたということは、古代エジプト人も亜細亜系ということになる。既に研究からも古代エジプト人は西洋の白人、阿弗利加の黒人、中東のアラブ人のいずれでもないことは、はっきりしており、もしアラブ人ならば、顔からして日本人のようなもろに亜細亜系という感じには見えへんし、間違われようがないからや。外見上非常に似てへんと間違いようがない。現代のエジプトでアラブ人がエジプト人と称してるんはアラブ人が過去にエジプトに侵攻して定住したからに過ぎひん。古代イスラエルが長年栄えたあの地をパレスチナと現代で言われるんもローマ皇帝ハドリアヌスが反逆したユダヤ人を敵視し、過去古代イスラエル人に敵対し続けたペリシテ人にちなんでユダヤ属州をシリア・パレスチナ属州と改名した後であるし、七世紀以降にイスラム帝国のアラブ人が侵攻して占領して定住したからに過ぎず、十六世紀にはオスマン帝国の支配になった。このように入れ替わりが激しく、今の状態は聖書の記載の時代とは大きく異なり、ユダヤの地やエジプトは本来アラブ人のものでもないし、白人の自称ユダヤ人どもの所有でもない。すべて後世の戦争の結果(現在からすれば過去)、住人の人種・民族も文化も言語もすべて変わってしまっており、聖書が示す時代の様相は現代とは完全に異なる。例えば、ツタンカーメンを見て分かるように、顔つきは明らかに亜細亜系で、白人や黒人では有り得へんし、アラブ人にも見えへん。エジプトは過去幾度もあった戦争の結果、為政者も住人も大きく変わった。今の姿が昔からある姿なのではない。

以上のとおり、パウロが偽使徒であることがようお分かりいただけたと思います。これを認めへんという人は愚かなだけで、熱心なパウロ信者でしかあらへんし、キリスト者やない。世の諸教会がパウロの教義に則ってるか分かるであろう。「すべての悪の根源は金銭欲」(テモテ一 六章十節拙訳)とか創造の秩序等とええことも言うたんやが、救いに関わる点においてパウロは致命的に悪いことを言うた。この事実を受け止めへんような人は絶対に救われへん。パウロの律法を蔑ろにするという異端教義に惑わされ、道を逸れてるからや。拙者が前から言うてきたように、カトリック、正教会、プロテスタント等とすべての教派にも救いは無い。そこから離れよ。パウロは神が用意した篩であり、引っ掛かる者はふるわれて脱落する。律法違犯を犯し続けながら、「主よ、主よ」と繰り返してても無駄なことを認めい。主イエスが律法違犯を繰り返す不法を行う者を後で「全然知らない」(マタイ七章二十三節参照)と言わはると事前に宣言しはってるとおりや。それやのに、耳を傾けず、パウロ書簡を盲信して金科玉条としてるなら、滅びは免れへん。
あと、パウロは偽預言もした。携挙の根拠となる聖句として有名な箇所や。「主の再臨まで生き残る我等が〜」(テサロニケ一 四章十五節拙訳)とパウロは書いた。パウロ自身を含めテサロニケに居るキリスト者たちに向け、「主の再臨まで生き残る我等」と書いたことから、パウロは彼らが生きてる一世紀中にキリストの再臨があると考え、そう言うたという事実や。携挙については過去記事「携挙の真実」で書いたとおりで、キリストの再臨時に発生するため、世の終わりに起こる。艱難期は既にこのコロナ茶番によって始まっており、為政者どもが憲法違反の悪政を平気で行って人権や自由が侵害され、ワクチンという毒物によって命や健康を害され、それらに抵抗する正しい人が迫害され、欧米や豪州では逮捕や投獄が起こってるのが現実。この現実を以ってディスペンセーション主義者どもが唱える艱難期前携挙説は外れたことは明白や。そして、パウロも携挙の時期を約二千年も外したことになる。これは立派な偽預言や。巷にはようけ艱難期前携挙説を盲信し、いついつ携挙が起こる等と言う偽預言者も多いし、今でも艱難期前携挙説を吹聴してる愚か者が多いが、彼らは例外無くパウロ信者であり、それが偽預言であることにも気付いてへんし、律法廃止論も信じており、腐った毒麦や。今すぐ悔い改めい。さもなくば、ほんまに滅びるで。主イエスは偽預言者に対する警告を与えてる(マタイ二十四章)にも拘らず、多くの人間はそれに気付かずに騙される。それは多くの人が聖書を熱心に学ばず、研究もしてへんし、何より聖霊が居てへんから真理を悟ることがでけへんことに原因がある。熱心に悔い改めよ。

 

以上